「魔女」の世界①
公平は見知らぬ森にいた。木々に覆われ空は見えない。何故だか自分は裸である。後ろから木がへし折れる音がする。振り返るとそこには巨大な黒いハイヒール。公平は慌てて逃げだした。自分の左右前後の木が順次踏みつぶされる。そして、空を見上げた時それと目が合った。
真っ黒な闇のような瞳。長く伸びる黒い髪。黒いローブに黒い三角帽子をかぶった女。まるで魔女。その顔立ちは、何故だか見覚えがあった。一瞬硬直している間に彼女は公平に手を伸ばしてくる。慌てて逃げだすも彼女は容易く公平を捕まえた。巨大な瞳が公平を見つめ、そして彼女の口が開かれる。
悲鳴を上げながら公平は跳び起きた。
「ゆ、夢か……」
いやにリアルな夢だった。時々魔女に、特にエックス食べられそうになる夢はたまに見るが、身体を包む恐怖が普段の比ではない。今日見た魔女はどこかエックスに似ていた気がする。
「大丈夫?」
エックスが心配そうにのぞき込んでくる。今日は公平の実家で同じ部屋で眠っていたのだ。彼女の姿に公平は思わず悲鳴を上げてしまう。流石にエックスはムッとした。
「失礼じゃない!人が心配してるのにさ!」
「ご、ごめん。ちょっと怖い夢をみて」
「怖い夢?どんな?」
「実は……」
そこでハッとする。言っていいのか。エックスに似た魔女に食べられそうになる夢を見た、なんて。それが恐怖で飛び起きるほど怖かったなんて。少し悩んで出鱈目を言うことにする。
「実はワールドに……」
「嘘だ。それなら一瞬だって迷うわけない」
鋭い。
「本当はどうしたの。ちゃんと言いなさい」
「……エックスに食べられる夢を」
「ひっどーい!」
こうなるのは分かっていた。エックスが頬を膨らませて怒っている。
「大体キミは魔女のことを誤解している。ボクたちは人間なんて食べないんだ。そんな野蛮なことは誰もやらないよ!」
「でも口に中に入れられたことは何度もあるぞ」
「それ以上はしてないっ!」
エックスの瞳がずいっと近づいてくる。人間サイズでも迫力があった。
「飲み込んだことはある。けどあれは緊急事態だったからおなかの中に避難させただけだ。食べようとしたわけじゃないしアレも本当はイヤだった」
「な、なるほど。とにかく人間を食べるってのは魔女的には野蛮な行為で誰もやらないってことか」
「そう。そうなのです。勘違いしないでね!」
言われてみれば納得はできる。エックス以外の大体の魔女は人間を虫けらと呼んでいる。人間だって足元にいる虫を好んで食べたりはしないだろう。個人の趣味趣向はあるとしても、少なくとも現代日本の社会ではそういう行為はマイノリティ側だ。似た価値観が魔女の中にもあるということだろう。
公平は納得し、エックスをなだめる。そして部屋を出た。新潟に帰ってきてから最初の朝は夏の光がさしてきて既に暑かった。だが不思議と身体中に寒気が走っている。昨日クーラーで部屋を冷やし過ぎたのかもしれない。
「俺風邪引いたかも」
「えー。どうする?今日は友達と会うの止めとく?」
「うーん」
公平は彼らとやり取りしているLINEの画面を開いた。少し様子を見て、行かないことも考えたほうがいいだろうと思う。
公平はエックスと一緒に階段を降りて居間に向かう。一歩ごとに身体の調子が悪くなっていく気がした。
「朝ごはんなにかなー」
「いや……ないんじゃないかな。二人とも仕事のはずだし」
平気な風を装った。だが今日は父も母もまだ部屋にいた。布団から身体だけ起こし寝巻のまま呆然としている。
「どったの。仕事は?」
「……ああ」
何かがおかしい。二人の様子にただならぬものを感じる。
「……なんだこれ」
エックスの声に振り向く。彼女はテレビを見ていた。その向こうには、魔女が映っている。おそらくヘリで撮られた俯瞰の映像だろう。テロップのようなものはない。ニュース番組のような映像でありながらニュース番組とは思えない静かな雰囲気があった。
そこに映る魔女には見覚えがあった。真っ黒なローブを羽織り、黒い三角帽子をかぶって、顔はエックスとは別人のものだが、あれは夢に出てきた魔女と同じ存在だと公平には分かった。
「何だコイツ?もしかしてコイツがソード?それともトリガー?」
「……いや」
「じゃあ、X04?」
「違う。誰だこの子!こんな魔女知らないぞ!?」
エックスは混乱してる。公平の身体が少し震えた。
気配もなく突然現れたエックスも知らない未知の魔女の映像。普通に考えればフェイクだ。もしかしたらエックスは半分そう思っているかもしれない。だが、公平には分かった。
彼女は確かにそこに、現在進行形で実在していると。
テレビに映る魔女は足元の人間を摘まみ上げる。口元に運びその中に招き入れ、そして飲み込んだ。
そこでエックスはテレビのリモコンを取り電源ボタンを押す。画面は真っ暗に切り替わる。
「悪趣味だ!」
エックスは憤慨した。魔女は人間を食べない。ついさっきまでそういった事を話していた。だからこそ彼女はこの映像に怒っているし、今見ているものが作りものだと確信したようである。
「どういうつもりだ!こんなモノ流して!公平、作った人に文句言おうよ!」
「いや……あれは」
作りものじゃない。その言葉が出てこない。公平の両親が悲鳴を上げ布団を頭から被る。恐らく二人にはこちらの会話は聞こえていないはずだ。それくらい取り乱している。その姿にエックスは戸惑った。
「いや、アレそんなに怖かった?大丈夫ですよ。きっとニセモノですから」
エックスは明るい口調で言うも状況は変わらない。公平は奥歯を噛みしめてもう一度テレビを点ける。映っている場所にはスカイツリーが見える。位置は大まかにだが分かった。東京まで行ってしまえばあれだけ目立つ巨体だ。すぐに見つけられる。公平は外に飛び出していき、東京への道を開いた。瞬間全身を包む嫌な感じが強くなった。家の中から両親の叫びが聞こえる。エックスは二人を心配そうにしながら公平の後をついてくる。父と母の気持ちが公平には痛いほど伝わった。
「……行こう。ヤツを止める」
それでも。震える身体を黙らせて一歩前に踏み出す。
東京に出てすぐに魔女を見つけることができた。本体に戻ったエックスも公平のすぐそばに現れ、魔女のいる方に目を向ける。
「本当に本物だったのか……。じゃああの子は誰なんだろう?」
「さあ……。けど、行かなきゃ」
「……公平、大丈夫?さっきから様子がおかしいけど」
「いいや、うん。大丈夫」
エックスはそれを受けて、公平を拾い上げて空を駆ける。黒い魔女向かって一直線に。
黒いハイヒールの周囲で動けないでいる人間。魔女はそのうちいくつかを拾い上げ観察する。恐怖におびえ切った表情。思わず笑みが零れた。そのうち一人を口内に招き入れる。どうにか外に出ようとする抵抗がくすぐったい。舌で押さえつけてみた。動きは一層激しくなる。少し力を入れてあげると段々と弱くなっていく。もうこれは面白くない。こくんと飲み込んで次に手を伸ばす。
「やめろー!」
その声の方向に黒い魔女は目を向ける。エックスは彼女目がけて飛んでくる。魔女は動かない。のんびりと次の獲物を口に運んでいる。理由は分からないが、黒い魔女の足元にいる人は一切逃げようとしない。このまま攻撃すれば巻き添えになる。彼女の直前でエックスは止まった。
「馬鹿だなー」
魔女は当然のように一歩前に踏み出した。血を踏みにじる右足を軸にしてエックスを蹴る。腕を交差し受け止め、空中にとどまる。
「お前は誰だ!」
魔女は上空のエックスを見上げ、にんまりと笑った。その口が開かれる。
「ウィッチ」
エックスの知らない名前の魔女。見たこともない彼女は続けた。
「アタシの名前はウィッチ。千年ぶりにアタシの世界に帰ってきた、ただの魔女だよ」
少しの間更新頻度を上げます。