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未知との出会い  作者: En
第二章
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「未知」の昔話④

「ちょっと待っててね。今ご飯用意するから」


 そう言って母は台所に走っていく。公平とエックスは居間の畳に座った。公平が家族に事前に何も話していないのは完全に想定外である。普通何かしら言っておくべきだろうに変なところでズボラな男だった。突然押しかけてきた失礼な女と思われているに違いない。ここから巻き返すにはどうすればいいか。

 車を停めて父も帰ってきた。改めてエックスは自己紹介した。出かける前に作法は一通り調べて覚えてある。丁寧な挨拶は相手の心に訴える物があるはずだ。エックスが読んだ本にもそう書いてあった。

 

「エックスと言います。車でも言いましたケド改めまして、よろしくお願いします」


 エックスは深々と礼をする。公平はそれを見てあることを思った。


「土下座だ」

 

 思った事をそのまま言った。エックスは憤って言い返す。


「違う!これは茶道の真の礼だ!」

「ああ、これはご丁寧に」


 父も同じように礼をする。こちらは多分本当に土下座である。形だけでも改まったものにしたせいで急に空気が重たくなる。エックスは耐えかねたのか立ち上がって台所に向かった。


「あ、わ、私お母さんのお手伝いするね」

「お、おう。いってらっしゃい」


 父と二人になった。よく知った間柄だというのにお互いにいたたまれない気持ちである。エックスの緊張感が感染してきたみたいだった。公平は意を決して口を開く。


「あのー……ゴメン!今日の事話しておけばよかった」

「いや、うん、いいよもう。いい子みたいだし」


 公平はほっと胸をなでおろす。そう言ってもらえるとありがたい。実際いい子なのだ。



「お母さんすごいです!いっぱい料理を知ってるんですね。私ヤキソバしか作れなくて」

「大丈夫だよっ!料理なんて何度も練習すれば作れるし、あたしも教えてあげるから」


 エックスは母と作った料理をおいしそうに食べている。食卓にはトンカツとポテトサラダがあった。どちらも公平の好物である。


「お母さんから作り方教わったんだー。今度作ってあげるからね」

「おー!楽しみ!」

「公平にこんないい彼女ができるなんてなあ。大事にしろよ」

「勿論だって!」


 食事と家族の団欒。魔女になるまでは妹たちとだって得ることのできなかった時間。何だか不思議な気持ちになる。魔女の世界を追い出されてずっと一人でいた千年間は、こうして迎え入れてくれる人たちができるなんて想像していなかった。

 もしかしたらこれは夢か幻か、あるいは嘘なんじゃないかと疑ってしまう。幸せであればあるほど大きな声で期待をしてはいけないと声をかけてくる自分を感じた。

 食事を終えても公平は家族と一緒にお酒を飲んで楽しそうである。エックスは最初にお風呂に入らせてもらった。今の身体は魔法で作ったもの。常に清潔に保たれているので特に必要はないのだが気持ちは休まる。


「ほう……」


 リラックスして息を吐く。この家に来てからずっと緊張しっぱなしだった。楽しかったけれど疲れていた。湯船の中で落ち着いたことで少し気になった。自分のいない場所で公平は家族と何を話しているのだろう。


「公平怒られたりしてないかな……」


 湯船に口までつかりブクブクと泡を立てる。事前に話もせず、突然眼の色も髪の色も違う異国の人間を連れてきたのだ。怒られていてもしょうがない。もしかしたら交際自体を反対されているかもしれない。


「まあ、しょうがないけど」


 エックスは期待なんてしていないように独り言を言う。この平穏が本物だなんて思っていたら、それが突然無くなった時に悲しくなる。早く本当の事を知ってしまって、やっぱりねと冷笑すればいい。


 耳に意識を集中させる。魔法で作ったこの身体は普通の人間よりずっと性能がいいのだ。その気になれば色んな事が出来る。ここから居間の会話を聞き取ることは容易いことだ。急に怖くなる。期待なんてしていないのに。


「まさか公平にあんないい彼女ができるなんてねえ」

「本当だよ!ちゃんと事前に言えよなあ!もっといろいろ用意したのに!」

「ああ、ゴメンゴメン!今度から気を付けるよ!今度から!」

「いいよ!今度は連れてくるって分かり切ってるから!」

「それもそうか!そうだ、明日卓也とか勇人と会うんだ!エックスと一緒に行ってくるわ!」


 そして聞こえてくる笑い声。胸が苦しくなった。自分の思っているようなことは言っていない。ただ喜んでいる。笑っている。二人の未来を祝福している。


 喜びより先に自己嫌悪に襲われた。あの優しい人たちを疑った自分が。あの優しい人たちを騙している自分が。



 エックスと公平は、彼がこの家に住んでいた時に使っていた二階の部屋にいた。実家に置いておいた漫画を二人で読んでいる。エックスにはその内容は入ってこなかった。グルグルと一つの想いが頭の中で駆け巡る。

 読んだふりをしたまま、ちょっとだけ勇気を出して、それでいてなんでもないことの様に口を開く。


「あのさ」

「うん?」

「今日は、楽しかった」

「ホント!?そりゃいいや!」


 公平は漫画から顔を上げて目を輝かせている。まだ少し酒に酔っているらしい。普段よりもテンションが高い。少したじろぎながら、更に続ける。


「あのさ。今日はウソついちゃったからさ」

「ウソ?」

「『私』とか言っちゃったし……。本当は異世界から来た魔女なの隠してるし……」

「あー……やっぱあの人たち気付いてないよねえ」

 

 エックスはこの世界に来た頃何度かテレビに映っている。それでも両親から気付かれていないのはその巨人と今のエックスでは見た目が同じでも体の大きさが違い過ぎて同一人物だと認識できないからだ。


「だからさ。このままってのも気が引けるし、明日本当のことを話そうと思うんだけど」


 それを聞いて、公平は暫くエックスを見つめていた。目を丸くしてまじまじと。


「な、なにさ」


 エックスは怪訝な表情で尋ねる。公平は一言で返した。


「止めといたほうがいいよ」


 今度はエックスが目を丸くする番だった。公平はきっと賛成すると思っていたのに。


「何で?何でそう思うのさ?」

「だって俺に聞いてきたから」


 意味の分からない理屈だった。エックスには彼が何を言いたいのか分からない。そんな様子を察したのか更に続ける。


「エックスはさ。自分のやりたいことは俺の意見なんか聞かずに勝手にやると思うんだよ。そうやって俺や、いろんな人を巻き込んでいくでしょ。俺に聞いてきたってことは本当はやりたくないってことだよ」


 エックスはその言葉に沈黙した。間違っていないからだ。出来ることならこのままでいたい。だがそれはよくないことだと分かっていて、本当の事を言う理由を誰かに求めていた。

 公平は再び手元の漫画に目を落とす。


「本当のことを話せる時に言えばいいよ。でも多分それって今じゃないんだろ」


 その言葉に頷く。嘘で作った時間だけど、もう暫くの間だけその嘘に浸っていたかった。

 自分の正体を話してしまえば、もしかしたら万に一つか億に一つくらいの可能性で、拒絶されるのではないかと思ってしまって、それを思うと怖くて怖くてたまらなかった。


「公平さ」

「うん?」

「実は少しお酒が入っている時の方が賢いんじゃないの」


 ちょっとだけ図星を突かれた仕返しをした。公平は「かもね」と言って笑った。


 公平は下から持ってきた布団を敷いた。エックスはそこに寝転がる。その隣に更にもう一枚布団を敷く。こっちが公平のものだ。


 部屋はクーラーが効いていて少し寒いくらいに涼しい。公平はかけ布団がないと夏でも眠れないので少しオーバーなくらいに温度を下げる。そんな悪癖にエックスはあまりいい顔をしていない。


「電気代かかるよ」

「いいんだ。せっかくたまに実家に帰ってきたんだからいいんだよ」


 自分を納得させるように答える。楽しかったけれども疲れていた。まだ日付が変わる前だが、今日はもう眠ることにする。


 公平は自分のアパートや部屋で眠る時は電気を完全に消さない。以前アパートで深夜にゴキブリを見かけて以来真っ暗闇でねむる事は即ち死であると思っている。エックスの家には絶対にあの黒い悪魔はいないと分かっているので完全に消す。豆電球のオレンジ色の光に包まれて二人は並んで横になった。


「ねえ公平?卓也とか勇人って誰?」

「あれ?聞こえてたの?中学の時の友達だよ。明日カラオケ行ったり酒飲んだりして遊ぶんだ」

「ふうん。じゃあ、ボクはお留守番してようかな」

「え!」


 公平が少し慌てた様子でエックスに顔を向ける。それが何だかおかしくてクスクス笑った。


「冗談だよ。たっぷりキミのお嫁さんを自慢させてあげようじゃないか」

「ああ良かった」

「で、一馬ってのは?」

「うん?……あー弟」


 公平は少し口ごもっている。エックスはその様子に興味を持った。寝返りをうって、公平の方に向き直る。


「喧嘩してるの?」

「うーん。そうだよ。しょうもないことだけど喧嘩してる。かれこれ二年くらい口きいてないな」

「二年かあ。まあまあ長いね」


 公平はそう言うエックスをじいと見つめる。見た目も精神も若々しいが実年齢で言ったら千歳とっくに超えているくせに。


「仲直りした方がいいと思うけど」

「エックスが親に本当のこと言ったらこっちから謝ることにするよ」

「ずるい」


 二人はそうやってくすくす笑った。そして、どちらが先かは分からないが、いつの間にか眠りに落ちていた。

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