「未知」の昔話②
今回はなんとなく読みにくいんじゃないかと思って適当に行間を入れてみました。
かえって読みにくいようでしたら直しますので教えて下さい。
エックスの話はそのまま魔女の世界の歴史の話であった。
もともと彼女の世界には魔法が使える人間はいなかった。公平たちの住む人間の世界では誰もが持っている魔法のキャンバス。魔女の世界にはそれを持つ人間は存在しなかったのだ。
だがある時、魔法をもつ少女が──少なくとも4人、生まれたのである。そのうち3人は姉妹で、もう一人はその姉妹の住む国からずっと離れた海の向こうの国に住んでいた。四人はキャンバスを持っているだけで魔法は使えなかった。使い方を知らなかったからだ。当然魔女になる事もないまま、長女は17歳になった。
「その時に戦争が起きたんだ。姉妹の住む国と、もう一人の住んでいる国とで」
長女は妹たちと生きるのに必死だった。両親は戦火の最中亡くなっていた。彼女の国は劣勢であった。ある日とうとう敵国の兵隊が上陸した。姉妹の住む国はどんどん制圧されていく。国民に出来ることは逃げることだけだった。逃げて逃げて、遂に三人の姉妹も追い詰められた。
いくら戦争中と言っても逃げている一般人をわざわざ追い回して殺そうとする兵士はそうそう居ない。だが姉妹を追い詰めた兵士は違った。そういうことを楽しめる人間だったのだ。
彼はすでに何人も遊びのつもりで殺している。姉妹に向けられているのはその殺戮の凶器である銃だった。引き金が引かれた瞬間、咄嗟に長女は妹たちをかばった。無駄なのは分かっていた。ここで妹たちを守れても、自分が死ねば次に妹が撃たれるだけ。だけどそうせずにはいられなかったのだ。
そして、奇跡が起きた。長女の身体は光に包まれ、巨大化したのだ。初めて魔女が生まれた瞬間である。
長女は茫然としていた。自何が起きたのか理解が追い付かなかった。服が破れてしまって裸になってしまったことも、自分を殺そうとした兵士が叫びながら逃げていく事もどうでも良かった。手の中で守り抜いた妹たちとこれからどうやって生きていけばいいのか。彼女の頭はその事ばかり考えていた。
何となく、この長女がエックスなのだろうなと公平は思った。どうして自分の話なのにわざとぼんやりとした話し方をするのか不思議だ。
ただ水を差すようなことはしない。そんな事したら怒られそうだった。
「それで……あ、ゴメン。ちょっと待ってて」
そう言ってエックスは目を閉じた。彼女の身体から力が抜けたのが分かる。本体に意識を戻したのだと公平は理解した。恐らくは彼女が身柄を預かり、魔法の牢屋で眠っているはずの朝倉が何かやらかしているのだろう。
帰ってくるのを待つしかない。新幹線の席に深く腰掛けて少し目を瞑ろうと思った矢先にアナウンスが響く。
[まもなく****]
「え!?」
新潟に向かうにはここで乗り換えて特急列車に乗る必要がある。だがエックスは眠ったままだ。彼女の頬を何度か軽く叩く。
「おい!起きろ!乗り換えだぞー!」
更に彼女の肩を何度も揺するも反応はない。公平は何度かそれを繰り返して何とか起きてもらおうと頑張った。だがエックスは暫く帰ってこられない。彼女の部屋で朝倉が魔女に変身して人間世界に向かおうとしていたのだ。それを止めるまで戻るわけにはいかないのである。
「ただいまー。……あれ?なんかこの席変わった?」
「いや……気のせいじゃない?」
結局15分エックスは帰ってこなかった。ピクリとも動かない彼女を背負い、荷物も一緒に持って新幹線を降り、次の特急が出るホームまで走っていくことになった。
今のエックスの身体は魔法でできた人形のようなものだ。本人の意識が入っているうちは元気に動いたり話したりできるが、それが離れればピクリとも動かなくなる。死体と間違われやしないかと心配であった。
「まさかあの檻を壊しちゃうとは」
「大丈夫かよあの女放置して……」
「大丈夫じゃないからヴィクトリーに預けてきた。あの子は、見張りが近くにいないとちょっとまずい」
「ふうん」
ちょっと気の毒に思った。だが魔女になって街を壊されては困る。
「それで……どこまで話したっけ」
「ええと、エック……いや、三姉妹の長女が魔女になったところ」
「ボ、ボクジャナイヨ」
「へえ……」心の中で「嘘だ」と思った。
長女は妹と相談して人の住むところを離れた。戦争には関わりたくない。誰も傷つけたくない。二人の妹も長女と同じ気持ちだった。そして誰もいないところで、三人で静かに暮らそうと決めた。
だが、どんなに離れていても母国の人間は彼女たちを見つけてしまう。その巨体はどこに行っても目立ってしまう。そのたびに戦いに駆り出されそうになる。そしてそのたびにこう言うのだ。
「いやだ。ボクは誰も傷つけたくないんだ、ってね」エックスは噛み締めるように言う。
「やっぱりエックスじゃん」公平は小さく呟いた。
「ち、違うったら」
「他に一人称『ボク』の魔女なんかいねーよ」
「いや、いるよ!」
むくれるエックス。彼女の表情はころころ変わる。からかうのが何だか楽しい。
「もう……。とにかく長女は戦いを避けていたんだ。三人で生きていくうちに二人の妹も魔女になった。身体は大きくなったけど慎ましく平和に生きていこうと思っていたんだ。でも、海の向こうでも魔女が生まれていてソイツがまたトンデモナイ奴だった。自分で自分の国を滅ぼしちゃった。そしてボクたちのいる国に向かってきたんだよ」
「今ボクたちって」
「ゴメン間違えた。姉妹。姉妹のいる国ね」
その後、結果的に戦争は終わった。敵国の少女が物理的に終わらせてしまった。自国の全てを踏みつぶし、全てを蹂躙して。少女は次に敵だった国をターゲットにした。恨みや怒りではない。自国以外で知っている国はその国だけだったのである。彼女が近づいていることは最初に魔女になった長女もすぐに知ることになる。
ある時長女はカスタという軍人に呼ばれた。カスタは尊大にして傲慢。何度も戦争に協力しろと言ってきた軍人の一人だ。姉妹が人間を攻撃しないのを分かっているので態度も悪い。
「X01!海を越えて巨人が我が国に向かっている!」
姉妹には名前がなかった。この国の一般人に与えられるのは個人番号だけ。名前を持っているは一部の特権階級の人間だけのものであった。巨人と化した姉妹には個人番号すらない。それぞれX01、X02、X03と呼ばれるようになっていた。未確認の生命体+確認された順番という意味である。
「それで?」X01は緋色の瞳でカスタを見下ろす。カスタは真っ直ぐにこちらを睨んできた。
「我が国のためにあの巨人、X04を止めろ!」
「いやだ」
X01にはカスタ達に協力したいと思わなかった。国に守られなかった自分たちが国を守る義理はない。自分たちは大きいから巨人に踏みつぶされる心配もない。
カスタはその巨人の危険性を訴えた。くい止めれば望むものを全て与えるとも言った。
「ボクたちが欲しいものは静かな暮らしだけだ」
カスタたちが来なければ、もっと言えば戦争さえ起らなければとっくの昔に手に入れていたものだ。
「このままではツイスの国もガシワと同じように滅ぼされてしまう!」
「いいんじゃないの?踏みつぶされて死んじゃえば?」
そう言うとX01は立ち上がり、カスタの真上に足を持ち上げる。
「それともここで潰してあげようか」
カスタは無言でX01を見上げている。足を彼の真横に下ろして脅してみる。だがカスタの反応は薄い。同じようなことを何度もやって追い返しているせいだ。
「つまんないの」
そう言ってX01は去っていった。巨大な裸の女性が、素足で木々を踏みつぶして去っていく。カスタは見送ることしかできなかった。
そして遂に、海を越えて異国の魔女X04がやってきた。
X04は話の通り危険な巨人であった。手始めに海上を守る軍艦を一隻残らず沈めた。逃げる最後の一隻はわざとゆっくりと追いかけまわした。砲撃もわざと受けて無傷の身体を見せてやる。そうやって人間との次元の違いを十分すぎるほど理解させたのち、その巨大な手で掴み握りつぶした。奇跡的に海で生還している乗員が目に入れば、そこら一体を掻きまわして溺れさせた。そうしてたっぷり遊んだ後、彼女は上陸した。
一般国民の生活区域を踏みつぶしながら真っ直ぐに進んでいく。目指すは大きくて壊しがいのある建物が沢山ある、上級国民の住むエリアだ。
「ヤッホー!虫けら諸君!はるばる海の向こうから来てあげたよー!」
X04は足元の人間たちに向かって言う。舌なめずりし胸に手を滑らせる。人間を殺戮する事を心の底から楽しんでいる表情だった。
「戦争の続きをしようね」
巨大な足が逃げる一団を踏みつぶす。足の下の潰れた死体も少し踏みにじってしまえば、僅かな痕跡さえ残らずに消えてしまう。
軍隊はX04を止めようと必死であった。だがそれも無意味に終わる。戦闘機の攻撃は痛みを与えることすらできず、近くにいるものから順次はたき落していった。地上から砲撃を行う戦車隊のいくつかを拾い上げて握りつぶし、残りは雑に踏みつぶした。
「ほらほらどうしたのー?みんな死んじゃうよー?」
次の一歩が下ろされるその直前。「待てー!」と大きな声が上空から聞こえてくる。上げた足を下ろして、その声に目を向ける。いくつもの飛行機に吊り上げられた巨人が一人いた。
「こ、これ切れないよね!ボク人とか建物とか踏んだりしたくないんだけど!」
X01は、結局手を貸すことにした。自分の傍で人が死ぬのは気分が悪い。なるべく被害を出さないように手伝う条件で手を貸すことにしたのだ。その結果が飛行機に吊り上げられての登場である。相変わらず裸であり、ともすれば間抜けな恰好。X04はその何だか滑稽な姿を見て思わず笑ってしまった。
「なにがおかしいんだよ!」
「だって、どう見てもおかしいじゃん。なんかのジョーク?それ」
ひとしきり笑ってから。X04は背を向けた。そして破壊と殺戮を再開する。
「ぐぬぬぬ。もっと近づいて!」
飛行機たちは彼女の要請を無視してワイヤーを切り離して落とした。一般国民の生活区域に向かってX01の巨体が落ちていくが、軍人たちにとってはどうなってもいいものである。
「え?」
重力に従って街並みはどんどん近づいてくる。X01は慌てた。足元にはまだ生きている人がいる。このままだと彼らを踏みつぶしてしまう。
「いやだー!ウソツキー!バカー!飛んでー!」
意味不明なことを叫ぶ。だがこれが功を奏した。『飛んで』という言葉に反応し、風が彼女の身体を浮かび上がらせた。
「ふーん。飛行機で運んだんだ。……できるもんなの?」
ラジコンの飛行機何台有れば人間を宙に浮かせることができるのだろう。もちろん縮尺だったり力の比率は適当だが、なんだかリアリティがないと思った。
「うーん。今にして思うと、あの時は無意識の内にちょっと魔法が使えたのかもしれない。実際浮き上がったときにはカスタもびっくりしてた」
「へえー。……ちょっと魔法が使えたってなに?」
「ふふん。まあボクって魔法に関しては天才だからね!知らず知らずのうちに使っていてもおかしくないってことさ!」
公平は思わず吹き出してしまった。それでエックスも気がついたようである。
「やっぱりエックスなんじゃん」
「違う!間違えた!ゴメン!」
顔を真っ赤にして必死に訂正する。隠したいのか隠したくないのか一体どっちなのだろうと、公平はおかしくなった。
次回は来週の土曜日正午に更新します。
暫くはこの曜日この時間に投稿していきたいと思いますのでよろしくお願いします。