「未知」の昔話
ある日の真夜中。吾我は地下深くにある彼の所属する組織の事務所でPCに文字を打ち込んでいた。魔女の世界での戦いの報告書を作成している。実は一度完成させていたのだが、仲間と読み返した後に相談して一から作り直すことにした。
最初に作った報告書には起きたことをそのまま書き記した。公平やミライが中心となって勝利を導いたと。
「これじゃあつまらない。俺たちが中心になって事態を解決したことにしよう」
勿論本心ではない。他の三人も分かっている。彼らの活躍をそのまま書けば、更なる面倒ごとに巻き込んでしまう。行方の分からないミライはともかく、公平にはそれは迷惑でしかない。自分たちの仕事は魔女との戦いだけではないのだ。テロ組織の壊滅。紛争地帯への武力介入。その他諸々。そんなモンやるかと文句を言う姿が目に浮かぶ。
なので、ミライの存在は抹消し、公平は最初にやられて気絶してそのまま起きなかったことにした。エックスと協力して自分たちがワールドを倒したと。だいぶ非現実的な内容になったがこれで良しとする。
「ホウ、先日のレポートかい?」
肩を叩かれる。小学校の理科室みたいな匂い。声を聞かなくてもそれだけで、誰が来たのかはそれだけで分かる。白衣を着たメガネをかけた、長い黒髪の女性。吾我の恩人だった。
「お久しぶりです。明石さん」
明石四恩は29歳。10年以上前から彼女は組織の研究者であり、吾我の魔法を成長させた人物である。
吾我は8年前に魔法が使えるようになった。学校に向かう道で交通事故に遭いかけたのだ。元より魔法の才能が眠っていた彼は死を目前にしたことでその力を開花させ、逆に相手のトラックを運転手ごと粉砕した。目の前に現実を理解できずその場を逃げ出した吾我は暫く自分の部屋から出てこなかった。明石が現れたのはそれから一週間ほど後の事だ。
「キミのその力、世界を守るために使わないか?」
彼女がどこで自分の事を知ったのかは分からない。だが吾我には関係なかった。自分の価値を見失った彼には、差し伸べられた手を握る以外の選択肢はなかったのだ。
そんな明石が自分の背後に立ち、書きかけの報告書を読んでいる。ニコニコと興味深そうにしていた。
「ウム。一つ確認したいことがあったのだが、もう一つ増えたよ」
「確認したいこと?」
明石は報告書のある個所を指差した。
「コノ朝倉という女はどうしたんだい?」
魔女になった女。吾我は答えた。
「死にました」
嘘をついた。明石が魔女の研究をしたがっているのは知っていた。だからこそ彼女と朝倉を会わせたくなかった。まかり間違って人間を魔女にする技術が確立してしまえば厄介なことになる気がした。恩義があるからこそ、問題になりうる事を彼女にやらせたくはない。
「ムウ。今度そういう魔法使いを見つけたら生かして連れてくるにするように」
「すいません。もう一つの方は?」
「ワールドという魔女のことだが」
明石の表情から急に笑顔が消えた。薄々分かっていた。恐らく魔女の身体を調べたいのだ。
「コノ施設の更に地下にいると聞いたが?」
「ええ。いますよ。会いますか?魔法が使えなくなったと言ってもあの巨体だ。相当危険ですから、あまりお勧めしないですよ」
明石は吾我の目をじいと見つめた。その目の向こうにある感情はうかがい知れない。ほんの二秒か三秒くらいだったが、酷く長く感じた。そうしていると明石はニパッと笑顔になった。
「イヤ。やめておくよ」
そう言って明石は離れていった。思わず息を吐いた。諦めたわけではないだろうが先延ばしにはできた。
「エックスという魔女……会ってみたいなあ」
去り際に呟いた彼女の独り言。吾我は聞こえないふりをして報告書を本部に送った。
「そういえば俺明日新潟帰るけど、エックスも来る?」
ワールドを倒して数日経った頃、二人でお茶をしていた時に何の気なしに言ってみた。エックスは目を丸くして手に持ったコーヒーカップを落っことした。巨大な白いカップが自分のすぐ目の前に落ちてきて、慌てて避ける。
「危な!き、気をつけてよ!」
「ば、ば、ばかっ!何でそんな大事なこと急に言うんだよ!」
「だって今日決めたし」
昨日の夜夏休みだしそろそろ帰ろうかなとふと思い立ち、翌日の今日電話連絡をして翌日帰ることにしたのである
「ばかばかばか!常識ないのかキミは!」
そう言ってエックスは机をたたいて立ち上がる。衝撃で身体が一瞬浮いた。異世界から来た巨人に常識を説かれるとは思っていなかった。
「ええと何着て行こう。こんなスウェットじゃ駄目に決まってるし」
エックスは魔法で色んな服を出しては着てみる。ああでもないこうでもないと言いながら服を合わせている。
「いつもの赤い服にジーンズでいいんじゃないの……」
「あれもお気に入りだけどだけどちょっと暗い色だし、他の服も考えないと!」
「確かに固まった血みたいな色だし……」
「ワインレッドって言うんだよ!ばか!」
強い言葉に泣きそうになった。というか泣いた。だがそんな暇もなくエックスは公平に叫ぶ。
「泣いてないで服見てよ!ボクだけだと判断つかないんだから!」
それからエックスが着ていく服を決めるのに夜までかかった。投げやりな態度を見せれば折檻を受けるのは分かっていたので最後まで真剣に分からないなりに一緒に考えた。
「やっぱりコレだねっ」
結局のところ、血のような色……ではなくワインレッドの服にジーンズで行くことにした。身体にお気に入りの服を当ててはしゃいでいる。そんな姿を見つめる公平の視線にエックスは気付いた。
「それでいいなら最初からそれにしろよとか思ってるな」
「思ってないよ」
思っているけど。
翌日の昼過ぎ。エックスは公平と一緒に新潟へ向かう新幹線に乗っていた。窓の外を流れていく景色を楽しんでいる。
魔法で帰ることもできた。だが、両親は帰省のたびに交通費を渡してくれる。それなのに電車を使わずに帰ることはインチキのような気がしてやめた。エックスが新幹線に乗りたがったのも理由の一つである。
「ねえ公平」
「どうしたの。外見るの飽きた?」
「違うよ」
エックスがむくれる。公平はおかしくって思わず笑った。
「ごめんごめん。で、どうした」
「うん。そろそろ話しておきたいんだ。ボクのこと」
「うん。うん?……今?」
公平は笑顔のまま固まった。ぐるぐると頭の中を疑問が駆け巡る。言うタイミングなら他にいつでもあった。別に今でもいいのだが何故今なのだろうかと。
「お父さんとお母さんに会わせてくれるんだろ。その前に言うべきことは言っておかないとさ」
公平の両親に会う前に隠し事は無くしておきたかった。そのスケジュールが急に決まったのでエックスの方も唐突だと思いつつもこの場で言う決心をしたのである。
公平は何だか申し訳なくなる。せめて三日くらい前には話をしておくべきだったと反省した。
「聞いてくれる?ボクのこと」
次回は土曜日に投稿します。