魔女の「世界」/「未知」との時間
エックスは魔法で飛び、落ちてくるワールドを抱きかかえた。彼女の元に公平が近づいてくる。
「ほら。エックスのキャンバスだ」
公平はワールドから取り戻した力を渡す。エックスの身体はそれを受け取めた。
「……うん。確かに。これで二つ取り戻せた」
言葉の調子は静かだが、嬉しそうにしているのは分かった。表情も明るい。
「それから、これも」
公平がエックスに預けようとしたのはワールドのキャンバスだった。だがそれに対してエックスは首を横に振る。
「それはいい。公平が持っていてよ」
「エックスが持っていた方いいんじゃ」
自分が持っていたことで万が一奪われたら恐い。エックスが持っていた方が安心安全だと思った。だが彼女の意志は変わらなかった。
ワールドが目を開く。自分が敗れたことは理解できた。意識は戻っても身体は動かせない。
元はアクアが見つけ、遊び場にしようとしていた世界だった。彼女の為にエックスを排除するのが最初の目的だった。やがて魔女を倒しうる魔法使いが生まれた。人間を滅ぼさなければならないという使命が芽生えた。魔女になれる人間も現れた。仲間が増えるかもしれないという希望を手にした。だが結末はこういう形だ。魔法を失い、身体は傷だらけ。何より無念なことは。
「……貴女のお気に入りだけは殺しておきたかった」
公平はゾッとした。
「悪いけど、そんなことはさせないよ」
上から見えたエックスの笑顔に、ワールドは苦笑いした。
「キミを人間世界に連れていく。向こうで身柄を預からせてもらう」
事前と吾我と決めていたことだ。ワールドの命を奪えば、彼女が庇護してきた他の魔女の怒りを買う。本当に魔女の世界との戦争になってしまう。それは避けたかった。
「どうぞご自由に」
存外大人しいワールド。急にエックスは心配になって、小声で耳打ちした。
「たまに会いに行くからさ」
「そうですか」
つっけんどんな態度は最後まで崩さず、ワールドは目を閉じた。微かな呼吸の音が聞こえた。
地上に降りる。エックスの足元では吾我たちが彼女を見上げていた。彼らの無事を確認し、顔の横で飛んでいる公平に語りかける。
「帰ろうか」
「俺はもう疲れたよ」
彼女の両手は塞がっている。帰り道を開こうと公平は手を前に出した。
「待て」
その時、下から吾我の声がした。
「三つ確認させろ」
エックスは一回下を見て、それから公平の方に振り向いた。酷く申し訳なさそうに、何かを訴える眼差しで見つめられている。作戦を考えたのは二人なのに。暫くの間、公平は抗議するようにエックスを見つめていたが、やがて観念して地上に降りることにした。
吾我が怒っているのは分かるし、その理由も分かっている。地上へ向かいながらどう釈明したものかとあれこれ考えた。言い訳より先にまずは謝るべきだろうと判断した公平は、地上に着いてすぐに口を開く。
「ごめ」
「まず一つ」
問答無用である。
「あの時お前はエックスに助けてもらったんだな」
「はい」
「二つ。お前はいつでもエックスに助けてもらえたんだな」
公平は目を逸らした。
「……はい」
吾我は目を閉じた。彼の後ろで、彼の仲間が動揺しているのが見て取れる。平気な顔でいるのはミライだけだ。
ゆっくりと吾我の目が開かれていく。最後の質問が投げかけられた。
「三つ。お前は……最初から俺たちを利用していたんだな」
流石に答えに詰まってしまう。本当の事は言いにくい。だが嘘も言いたくない。これ以上彼らを騙したくなかった。公平は改めて、吾我の目をまっすぐ見つめた。
「うん。そうだ」
「っ!お前ふざけ……!」
ジャックが怒鳴ろうとするのを、吾我は腕で制する。そしてそのまま小さく笑った。
「なら良かった」
「へ?」
流石に公平も予想外の返答である。顔が変形するまで殴られるのも覚悟していたのだが。
「最初から俺たちは仲間じゃないんだ。今回は俺たちが利用されただけ」
「お前……」
「次は俺たちがお前たちを利用する。何かあったら手伝えよ」
キングやジャックのはらわたは煮えくり返っていることだろう。吾我だって許したわけじゃない。流石に公平もそれは分かっている。だからこそこういう形で落ち着いた理由は分からなかった。
吾我は理由を言うつもりはなかった。公平が無事で帰ってきたことに安心して怒りを忘れてしまったなんて口が裂けても言えない。
ミライは魔女の世界に残った。まだ用事があるとの事である。彼女には聞くべきことが多々のだが、敵ではないことは分かったので、無理に聞き出すことはしなかった。彼女の方から話してくれるのを待つことにする。
朝倉は気絶していたところを回収され、その身柄はエックスが預かることになった。魔女の力を持っている以上野放しにはできないので仕方がない。
待機している中学生たちは戻ってきたエックスの姿に悲鳴を上げていた。
「そ、そんなに恐がらなくったっていいじゃないか!」
彼らの恐怖の象徴であるワールドをズタズタにして連れ帰ってきたのだ。反応としては酷く喜ばれるか酷く恐がられるかの二択であろう。全員に恐がられたのは運が悪かった。
「……と、取り敢えず。この子たちは吾我くんに任せていいんだよね?」
エックスは念を押すように言った。吾我はそれに頷く。エックスが彼らを気にかけている以上は危害を加えることは出来ない。一時的な保護施設へ通じる裂け目を開き、彼らを誘導した。
「あと、ワールドだけど……」
「彼女にはここに入ってもらう」
吾我はそう言って新たに裂け目を開く。地下深くの、魔女を軟禁しておくための部屋に繋がっていた。エックスは中に入り、魔女が使える程の巨大なベッドにワールドを下ろす。
「じゃあね。近いうちに顔見に行くよ」
ワールドは目を閉じたままで答えない。すうすうと寝息が聞こえる。反応がないのは分かっているが、エックスは手を振って部屋を出た。
「結構いい部屋だな」
「粗末な部屋にして暴れられたら困るからな」
そうするように指示したのはエックスである。人間の技術では魔女を閉じ込めておける部屋なんて作ることは出来ない。負けを認めさせたうえで綺麗な部屋に連れていけば出ようとする確率も下がるだろうと思っていた。
「さあ!ヴィクトリーとアリスちゃんのところに戻ろう。二人ともきっと待ってるよ!」
エックスは人間世界への裂け目を開いた。日の光が差してくる。ずっと暗い魔女の世界にいたからか、なんだか太陽が懐かしい。街が何ともないのはすぐに分かった。戦いの形跡もない。取り越し苦労だったかもしれないが、ヴィクトリーたちがこの世界を守るために残ってくれていたおかげで安心して戦うことができた。
裂け目の向こう側はスーパー小枝の駐車場。ヴィクトリーの巨体が彼女の出来る限りで小さくなっている。彼女の手の上でアリスが眠っていた。ヴィクトリーがずっとここに居たのなら、駐車場に停まっている車が少ないのも当然である。
「おつかれ。勝ったみたいね」
ヴィクトリーは寝ぼけまなこを擦りながら言った。随分と退屈だったらしい。
「まあねっ!」
エックスは胸を張って得意げにした。
ヴィクトリーはアリスを起こして地面に降ろす。それから立ち上がって、身体についた埃を払った。それらは公平に降りかかる。だが文句を言う間もなく魔女の世界に繋がる裂け目を開く。
「じゃあ私はこれで。用があるから。またね」
そう言って彼女は手を振りながら裂け目の向こうに歩いて行く。その姿は誇り高く、堂々としていた。
その日の夜の事。エックスは公平と無理やり一緒になって布団にくるまっている。
彼女の部屋は人間世界とは切り離されている。外が夏でもその暑さはここには来ない。だが、それでも彼女の巨体は寝苦しいくらいに暖かかった。更に今夜のエックスは普段以上に甘えてくる。ワールドとの戦いに勝利したからだろうかと公平は思った。
「ねえ」
エックスは囁いてくる。黙って続きを聞いた。
「ボクね。実は今日ちょっと思ったんだ」
「うん。何を思ったの」
「もう魔法はいらないって。これ以上取り戻さなくていい。二つで十分だよ」
五等分されたエックスの魔法は、二つ取り戻しただけでも人間世界を守るためには十分すぎる力だった。これ以上は求めない。だからワールドの魔法も自分のものにはしなかった。公平と二人でのんびりと静かに生きていくだけならこれ以上の力は必要ない。却って邪魔なくらいだ。
「これで全部を終わりにしたっていい」
エックスの瞳は公平を見つめている。甘い吐息がくすぐったい。
くすくす笑いながら公平の事を握りしめた。傷つけることのないように優しく、それでいて決して離さないように強く。
ここまでお付き合いいただきありがとうございました。
今回で連載開始時に用意していたストックは終わりました。
お陰さまでなんとか一か月毎日投稿を続けることができました。
実は今回で終わりでもいいかなと思って書いていました。
けど思いのほかまだ自分のやる気は残っているので、もう暫く続けさせて下さい。
ただ、申し訳ありませんが、投稿頻度は少し落ちると思います。少なくとも毎日投稿はもうできません。
それでもなんとか投稿を続けてこのお話の完結を目指したいと思っています。
今後ともよろしくお願いします。