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未知との出会い  作者: En
第一章
38/109

魔女の「世界」⑲

「……くっ!」

 何度も何度も死にかけてようやく手に入れた魔法が、あと一歩で届かなかった。公平は奥歯を噛み締める。悔しさに溢れた顔を見て、ワールドは勝利を確信した。槍を大きく振りかぶる。

 今の一撃は、掠めただけだというのに確かな痛みが残っている。直撃していたらどうなっていたか分からない。危険だ。この人間は何が何でもここで殺さなくてはならない。エックスやヴィクトリーが魔女の世界から離れた理由。ありとあらゆる事柄の元凶。絶対に今、確実に殺すのだ。

 槍がもうすぐに投げつけられる。この一撃を受ければ終わりだ。公平は左手を前に出す。

「『最強の刃・レベル2』!」

 魔法を打ち消す魔法。『裁きの剣』を通し『槍』を迎撃する以外に生き残る道はない。銀色の壁が公平の眼前に発現した直後、ワールドは『槍』を放った。既に彼女は公平の行動を読んでいる。

 公平の扱える魔法の中で、ワールドが分かっている分だけではあるが──『世界の蒼槍』を止めることができるのは『最強の刃』かその『レベル2』のみ。先ほどの『裁きの剣』でも相殺することすら不可能だ。魔法の格が違う。

「『裁きの剣』!」

 公平が右手をかざして創り出した巨大な剣。それは『レベル2』の壁を通り抜け、銀色のコーティングがなされる。『槍』と『剣』がぶつかり合う直前の刹那に、ワールドは拳を握り公平に迫る。直接この手で叩き潰すほうが確実だと判断した。『刃』のせいであらゆる魔法は意味を成さないのだから。元より『蒼槍』は囮である。

「逃げろ公平!」

 吾我の声が響いたのと同時に、銀色に輝く剣は蒼い槍を打ち消した。そしてワールドに向かって勢いを増していく。関係ないことだ。この一撃はワールドに対しては意味を成さないのだから。

 仲間の命を賭け、決死の時間稼ぎの末に放った『裁きの剣』。その詳細はワールドには分からない。だが恐らくは魔力に何らかの仕掛けがあると考えている。あの時間稼ぎの中で複数回の攻撃が出来るだけの魔力の用意をする余裕はなかったはずだ。

 ワールドの拳と銀色の剣が近づいていく。その二つがぶつかり合う直前、急に疑問が生じた。どうして『レベル2』を選んだのだろう。『槍』を打ち消すだけなら通常の『刃』でいいのに。百歩譲っても『裁きの剣』と併用する必要がない。壁のままでも魔法に対する絶対的破壊性能は生きているのだから。疑問は悪い予感に変わる。

 ワールドの目に映る公平の表情。僅かに笑うその顔。予感は確信に。剣と拳が衝突する。彼女の手は切り裂かれ弾かれる。通り抜けた剣はワールドの胸に突き刺さった。

「うあああああ!」

 何故と思う間もなく、意識を失いそうになる程の莫大なエネルギーがワールドに流れてくる。だがまだ倒れるわけにはいかない。魔女の世界のために。ワールドは痛みに耐え左手を前に出す。右手で必死に剣の刃を握りしめる。何に代えてもこの人間だけは必ず──。彼女の手が剣を握りつぶしたのと同時に叫ぶ。

「『零の世界』!」

 公平の目が見開かれる。ワールドと公平、二人の姿が消えた。


「……やはり。ワールドを倒すためだけにここまで準備していたんですね」

「どうして二回目の攻撃も有効だったんだ」

「事前に魔女の魔力を貯めていたのですよ」

 魔女の魔力は蓄えることができるとミライは言った。きっとこの戦いが始まるずっと前から準備していたのだと。全てはワールドに有効なこの一撃を確実に叩き込むためのトリック。吾我は爪が食い込むほどに拳を握りしめた。

「奴はいつでもワールドや、なんならその前に戦った朝倉にも有効打を与えることができたってことか」

「ええ。先の戦いでも私は魔女の魔力を使って仕留めました。できれば温存したかったのですが、公平さんが使おうとしなかったのでやむなく。おかげですっからかんです。公平さんは敵から奪った魔法でダメージを与えていましたが知らんぷりしていましたね。万が一にでもワールドに情報が漏れるのを嫌ったのでしょう」

 結果的にここまで完全に公平の掌の上で踊らされていたというわけだ。言いたいことはたくさんある。全部文句だった。問い詰めてやりたい。掴みかかりたい。罵倒してやりたい。自分の作戦のために仲間の命を危険にさらしたのかと。貴様は人の皮を被った悪魔かと。

「君はそれでいいのか。わけも分からないままに自分の命を賭けられて」

「私が母から受けた指令は公平さんたちを助けること。ワールドを倒す策を用意しているのならば、それを邪魔するわけにはいきません」

「君は一体……」

 ミライは困ったように笑った。

「今はまだお話できません。タイミングというものがあるので……。いや、そんなことよりも!」

 ミライは誤魔化すように言った。分かっている。公平のことだ。状況から察するにワールドの創った世界に彼女と二人でいるはずだ。『零の世界』のことは事前にエックスから聞いていた。内部での魔法の使用を制限する空間だ。魔法が使えない以上は魔女には勝てない。このままでは公平は死ぬ。かと言って乗り込んで行ったところで踏み潰された血の痕の数が増えるだけ。ここから結び目を探しだし破壊すればいいのだが、どういうわけか位置を特定できない。

「まあ、エックスに鍛えられたんだ。脱出方法も知っているに決まってる」

 言いたいことはたくさんある。だから。

「早く帰ってこい」


 魔法が使えない『零の世界』。ワールドは更に世界の結び目を縦横無尽に高速で動かしている。結び目の位置を特定させないためだ。動き自体には規則性はあるが、それでも結び目を発見し破壊することは、内部にいる公平のみならず、外にいる仲間たちにも困難である。少なくともワールドが彼を踏みつぶすまでの時間はあるはずだった。

「私を倒すために、仲間の命を賭けたわけですか」

 初めて、ワールドはまともに公平に話しかけた。癪だが興味があった。この人間のどこにエックスは惹かれたのか。公平はワールドを見上げて答える。

「あの程度で死ぬような奴らじゃない。それにアイツ等は仲間じゃない。たまたま進む道が同じだっただけだ」

 ワールドは一歩前に歩き出した。その表情は嫌悪感で満ちている。

「最悪の生き物ですね」

「自分でもそう思うよ」

 ズンズンと、一歩一歩ワールドが近づいてくる。殺す。抵抗は出来ない。身体の大きさだけで決着がつく。はずなのに、公平はまだ諦めていないようだった。

「それでも。こんな俺がエックスを守ろうと思ったら、手段なんて選んでいられない」

 公平は手を前に出す。

「お前、愛とか絆の力って信じるか」

「そんなものはありません」

 公平の口元は笑っている。嫌な顔だ。どうして諦めない。

「じゃあ見せてやるよ。……『開け』」

「この世界では魔法は使えない」

「そんなこと愛とか絆の前には関係ない」

 手を大きく動かす。前から頭上へ。振り向いて後ろへと。その軌跡は空に張り付いて、空間を裂いた。想定外の出来事にワールドは思わず空を見上げてしまう。魔法が使えないはずのこの世界で一体何をしたのか。

「外からこの世界に入るなら魔法が使える」

「……外からここへの裂け目を作ったと?」

 頭の中で考えてすぐに否定する。あり得ない。確かに外から内への道を作ることは可能だ。そもそも侵入を制限する理由がない。ワールドが作りワールドが法則を創った世界。魔法の使用が制限されるという侵入者を容易く倒せる性質をもつため、入りやすくても問題はないのだ。だが。

「この世界の内から、外側で魔法を使って、内部への道は作れない!外からの位置指定ができないはずだ!」

 ワールドは激高して叫ぶ。この世界の内側から外側で魔法を使い、内への道を開く。複数回世界間を往復する工程の中で位置指定は困難となる。千回か一万回か繰り返せば、たまたま外からこの世界へ通じる道を開けることはあるかもしれない。だが、この土壇場の一発勝負で成功するわけがない。

「まともにやったらそりゃできないさ。けど言っただろ。愛とか、絆とかそういうよく分かんない物の力って本当にあるんだぜ」

 世界が捲れていく。一つの場所が見えてくる。ワールドがよく知っている場所だった。

「ここは……」

 さっきまで自分がいて、空間を歪めて彼女を閉じ込めた自分の屋敷の廊下だ。知らないわけがない。

 つまり、ここには彼女がいる。既にワールドの目にその姿は映っている。弓を引き矢を構えて。

「最高のタイミングだよ。公平」

 エックスがワールドのその顔を見たのはこの日三回目だ。今日だけで何回びっくりしたんだろう。ワールドの最大の弱点。想定外の事態に直面した時、一瞬思考が凍る。彼女の隙を作るには突拍子もないことをやってのけて驚かせるのが一番いい。

 放たれた矢にワールドは撃ち抜かれた。エックスは走りながら公平を拾いあげ、続けてワールドの首を掴む。そしてそのままスピードを上げた。

「さあ、こっから逆転だよ!」

 ワールドは思い出していた。あの人間は、人間世界から魔女の世界への道を、エックスがいる場所という指定だけで作ったことがある。魔女の世界がどこにあるかも、そしてどこにエックスがいるかも分からないはずなのに。

 そこに理屈はない。あったのは──。

「愛とか、絆……?」

 同じことをやっただけ。信じられないことだった。だが、現実に起きてしまったことを否定できない。

「ぐうううう!」

 ワールドの思考は更に続いていく。あの人間はその気になればいつでもエックスに助けを求めることができた。自分と戦っている時でも。朝倉と戦っている時でも。何なら屋敷に乗り込んできたその瞬間に。始めから仲間の命を勝手に賭けていた。信じられない。この作戦はあの人間一人では成立しない。エックスの協力は必要不可欠なわけで──。

「エックス、貴女は!」

「キミなら、無条件でこの廊下から出られるんだろう?外まで連れて行ってもらうよ!」


 何かが崩れる音がした。吾我が音のした方を見上げる。屋敷からエックスと、彼女に首を掴まれたワールドが飛び出してきた。

「な、え、どういうことだ!?

エックスがズンと地面に降りたつと、ぐるぐると回ってワールドを上に投げた。

「くっ……!」

「公平行ってこーい!」

 続けてエックスは公平を放り投げる。更にジェットの勢いも乗せて、風の魔法もおまけで付けて、ワールドを追い越していく。上空からその巨体を見下ろした。

「行くぜ行くぜ!行っちゃうぜ!溜め込んだ魔力、全部使っちゃうぜ!『裁きの剣』!」

「合わせるよ!『未知なる一矢』!」

 上下からの攻撃。

「『世界の蒼槍』!」

 ワールドは公平の剣を受けることを選んだ。『裁きの剣』は確実に破壊できる。だがそれはエックスの魔法を無視する理由ではない。本当の理由は、人間の攻撃から逃げるわけにはいかなかったからだ。真っ向から勝負し、破壊し、勝利しなければならない。それができなければ魔女の敗北を認めることになる。それだけは許されなかった。

 だがそんな事は公平には関係ない。剣は槍とぶつかる直前にその形を変えた。剣は魔法の手へと形を変えて、槍をするりと躱し、ワールドの胸から体内に入り込む。同時に公平の手が何かを掴む形になる。

「これ……!『悪魔の腕』……!」

 かつてエックスに使った魔法。敵の魔法を奪う『腕』。思わず歯ぎしりしていた。

「貴様どこまで私を騙し続ける!」

「どこまでも騙すさ!てめえを倒すためならなんだってやる!お前の魔法を、キャンバスを必ず奪う!」

 下方からエックスの矢が迫る。ワールドは槍をほうり投げて持ち手を変える。一瞬遅れたがそれでも槍は矢を受け止めるのに間に合った。

「最後の最後で判断を誤りましたねエックス!私のキャンバスを掴むということは私のキャンバスに掴まれているのと同じこと!この虫けらごときの力で私のキャンバスを奪うことは出来ません!このまま私の全ての力であなたの攻撃を凌ぎ、あの人間のキャンバスも奪い取ります!」

「ぐ……!」

 公平のキャンバスが強い力で引っ張られる。それでもここの綱引きで負けるわけにはいかない。ワールドの魔法さえ奪えば彼女を無力化できる。必死に踏ん張りワールドのキャンバスを引っ張る。──だがそれでも、このまま続ければきっと公平は負ける。それだけの力の差があった。

 エックスの矢もまた届かない。ワールドは全力でエックスの一撃を防いでいる。彼女の持つ全ての力が防御の為だけに使われている。届くはずがないのだ。

 ワールドが勝利を確信した瞬間、彼女の背中に激痛が走った。エックスと公平は殆ど同時に笑う。この状況に追い詰めることができれば、必ずこうなると二人は信じていた。ワールドは震えながら首を動かし、背後を確認する。そして、それが目に飛び込んでくる。

「この……虫けらどもがああああ!」

 吾我が。ジャックが。キングが。ミライが。全員が最後の力で魔法を放っていた。ワールドの全ての力はエックスの攻撃に対する防御に使われている。それゆえに。

「俺たちの攻撃でも!今のお前には容易く通る!」

「か、あ、ああああああ!」

 人間の最後の抵抗が通った瞬間、ワールドの意識が一瞬飛んだ。それを逃さず公平はワールドのキャンバスを一気に引っ張り奪い去る。キャンバスが失われたことで『世界の蒼槍』が消え、エックスの矢は彼女を貫いた。

 爆発に包まれて、ワールドの身体は落ちていく。エックスはそれを見上げていた。

「これで終わりだね。ワールド」

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