魔女の「世界」⑱
「……まだかっ!」
彼の頼みである時間稼ぎ。その為に吾我とミライは前衛での攻撃を行う。有効でなくても攻撃さえ当たればワールドの攻撃を防ぐことができるからだ。ジャックとキングは公平の護衛に動いていた。ワールドを倒す準備を整えるために。
「魔女を倒すやり方、さっき話したな」
「防御膜を打ち破るんだろう」
「エックスとの特訓で他の手法も見出している」
吾我とジャック、そしてキングは目を丸くする。
「そんなこと聞いていないぞ。何故説明しなかった」
「あの時はそんな事をしなくても勝てそうだった。それに準備中に俺がやられたんじゃしょうがないだろ。万が一俺が死んでも相手を倒せる戦術の方が良かったんだ。……でも今の相手はワールド。ヤツはあのレベルの魔法を使っているのに防御膜は健在だ。全員でアイツの攻撃を潜り抜けて攻撃して、それでもヤツの防御を突破するのは難しい」
雲の鳴る音が聞こえる。次のワールドの攻撃が来る。朝倉の時とは違う。これ以上話し合っている時間はなさそうだ。
「とにかく頼む!今はそれしか言えない!準備は戦いながらだって出来る。俺も前に出るから!」
「……分かった。それしかないんだな」
公平の作戦の詳細は、吾我たちには分からない。だが今は彼に賭けることにする。
「お前は戦わなくていい。代わりに三分以内でその準備を終わらせろ」
その言葉に公平は無言で頷いた。
『槍』による攻撃を妨害するために必要なのは連続攻撃。吾我とミライでできる限り近づく。雷撃や竜巻。スケールが大きい攻撃だからこそ自分の近くでは使いにくいはずだと判断した。そうして矢継ぎ早に攻撃をし続けることでワールドの動きを邪魔する作戦である。
言葉にすれば簡単だが、現実はそうはいかない。雷撃・突風・岩の弾。上下左右四方八方からの攻撃は全て致命傷になりうるもの。それらを避けながら攻撃を通すだけでも至難の業であった。ある程度まで接近できてもそれより先には行けなかった。
雷はミライの刀を避雷針代わりにして避け、突風は影響を受けないギリギリ位置まで離れた。岩は吾我の蜻蛉が破壊した。そうやって見つけた間隙を縫って攻撃する。そうやってワールドの次の一撃をかき消していく。そうすることでギリギリ二人は生きのびていた。
あと少し。そんな言葉が二人の脳裏をよぎる。その時を待っていたかのように突然地面から蔦が伸びてきた。吾我とミライの脚に絡みつく。二人はほんの一瞬、無視すればなんという事はないただの蔦に意識を向けてしまった。
「あっ!」
「しまっ……!」
それがワールドの作戦であることに気が付いた時には次の攻撃は動いていた。山が鳴り、震えだす。燃える岩が大砲のように二人を狙って噴きだした。今まで仕掛けてこなかったスケールが一つも二つも違う一撃に、さらに思考が遅れる。溶岩の砲撃に備えるための魔法すら間に合うかどうか紙一重だった。
そして、この砲撃すら見せかけのもの。本命の攻撃は雷。思考を少しずつ鈍らせ、防御の手を少しずつ遅らせ隙を作ることを狙った策。ワールドの口元が少しだけ笑った。二人がそれぞれ溶岩を切り裂いた瞬間雷が落ちる。
吾我とミライが上を見上げるよりも早く、二人の頭上に空間の裂け目を開かれる。地面に雷が落ちる。困惑する二人のすぐ横を駆け抜けていく。
「来ました!」
「やっとか!」
公平がワールドに向かっていく。彼を仕留めるためにワールドは更なる攻撃を仕掛ける。吾我とミライはそれらから公平を守る。ワールドを倒す一撃に続く道を開くために。
「『裁きの剣』!」
公平は巨大な剣を作りだす。手を前に突き出すと同時に、剣がワールドに向かっていく。
「そんな魔法で一体何を!?」
吾我はその魔法を何度も見てきた。自分の『斧』にも劣る威力。それで一体何ができるというのか。吾我の心中とは裏腹に公平は不敵に笑っている。剣が当たる直前、彼女の目が大きく見開かれた。ワールドは咄嗟に身体を動かし剣を躱す。避けきることは出来ず彼女の左腕に掠った。反射的にそこを押さえる。同時に槍の光と翼が消える。
「……何かあるとは思っていたけど」
この戦いの中で初めて、ワールドの顔が歪んだ。その瞳は鋭く公平を睨んでいる。
「攻撃が通った?なぜ?」
「魔女の魔法と魔女の魔力。その二つが揃ったからです」
ミライが吾我に言った。
「魔女の防御膜は、魔女の魔力で発動させた魔女の魔法であれば、無視することができるんです」
公平はエックスとの特訓を思い出していた。
「ずっと前から不思議だったんだ。公平のキャンバスは十分に大きいのに、どうして今一つ魔法が弱いんだろうって」
「ずけずけ言ってくるな」
だがそれは自分でも感じていたことではある。吾我たちの魔法に比べても弱い。同じ魔法を魔女にぶつけても押し負ける。
「『裁きの剣』だって吾我くんの斧に負けるような魔法じゃない。思うに、これはボクの責任でもあるんだけど、公平の使っている魔法が魔女の魔法だからじゃないかな」
「魔女の魔法?」
エックスが頷く。魔女が開発した魔法は、人間の身で使いこなすことは困難だと考えている。
「もちろんこれは仮定だ。ボクだって人間に魔法を教えたことなんてないからね。実際のところはまだ分からない」
「……そりゃそうだ」
だが彼女の考えが正しいのならば、話は厄介である。魔女でないと使いこなせない魔法を使い続けている自分。今更吾我たちのようにオリジナルの魔法を作る時間はない。このままでは一人だけ足手まといになるのではなかろうか。
「……公平がナイトと戦った時のことを思い出してほしい」
「え?えーっと。そうだ……。トータルで俺の勝ちだったな」
「いつからそんなに図々しくなったんだキミは!ギリギリのところで倒れたくせに!」
エックスが叫ぶ。比喩的な意味でも物理的な意味でも耳が痛い。本当のことを言わないでほしい。
「……でもまあ、あの戦いで最後に出した『裁きの剣』はなかなか良かった。当たればナイトにも勝っていたと思う。でも最近はあれくらいの威力が出ていないよね?どうしてだと思う?」
公平は腕を組んで考える。必死さが足りなかったのだろうか。こう考えて自分で否定する。必死でなかった戦いなんて今までなかった。では他の要因があるのだろうか。
『魔女の魔法』という言葉が頭をよぎる。
「あ……。もしかして。ナイトから奪った魔力で出したから?」
「うん。ボクもそう思う。魔女の魔法を魔女の魔力で放つ。これができればワールドとだって戦えるはずだ」
その結果始まった特訓は本気でエックスと戦いあうというものだった。始めは「なんで?」と思っていた公平だったが、いつの間にかこうなっていたのだ。
エックスは言った。
「公平の魔力を少し調べてみたことがある。こう言っちゃなんだけど、ボクたち魔女の魔力に比べたら質が悪い。燃料を水で薄めた後みたいだ。でも多分、吾我くんたちなら問題ないんだ。純粋な人間の魔法なら人間の魔力全部をエネルギーに出来る。でも魔女の魔法はそうじゃない。根本が違うんだ」
強引に質を改良していこうにも方法が分からない。そして時間もないので命賭けで追い込んで手法を見出すしかないという考えだった。言いたいことは分かる。分かるが。
果たして特訓が始まってすぐに公平は死にかけた。怒涛の魔法波状攻撃。そしてそれを魔法で受けとめなければならない。
「死にたくなかったら魔力の質を高めるんだ!ボクは手加減なんかしないぞ!」
公平の魔法ではエックスの魔法を破壊できない。直撃を受けないように逸らすのが精いっぱいである。避けようとすれば。
「むっ!避けるな!」
エックスが時空の裂け目を作り、離れたところから殴り掛かってくる。直撃はしてこないが目の前に振ってくる巨大な拳の衝撃に吹き飛ばされる。避けることは許されないのだ。必死に意識を保ち、次の魔法に備える。
「うおおおお!」
辛うじて魔法を受け流し、それでもなお更に迫る巨大な魔法に立ち向かう。こんなことを続けて数日経った頃。とうとう公平は特訓中に立ち上がれなくなった。エックスはピクリとも動かなくなったの公平を確認して近づいてくる。
「どーしたー?もう限界ー?」
足元の公平を見下ろす。うつぶせになって返事はない。少し心配になったが油断はできない。戦いになればどんな手段を使ってでも勝ちにくる男だと理解している。身体を近づけるのは危険だとエックスは判断した。足で軽く蹴ってひっくり返してみる。反応はない。
「……死んでないよね?」
少なくとも気絶している。エックスはしゃがみこんで彼の脚を摘まみ上げる。逆さまになって万歳する格好の公平を顔に近づける。微かな声が聞こえてくるので生きていると分かった。ほっと胸をなでおろす。
「流石に今日はここまでかな」
その直後、公平は目を見開き、『裁きの剣』を放つ。完全な不意打ち。攻撃に乗せた気持ちの半分は仕返し。それをエックスは顔だけ傾けて容易く躱す。公平は愕然とした。ここまでやって一撃当てることもできないのかと。一方でエックスは驚嘆の声を漏らす。不意打ちにびっくりしたのではない。『裁きの剣』が顔の横を通り抜けていった瞬間に感じ取った力に感激したのである。
「今のは結構よかったよ!死んだふりも上手になったねえ。最後まで諦めず攻め続けてるのもステキだ!ちょっと魔力の使い方を変えたのかな?」
「あ、ああ。魔力を……圧縮して密度を高めるイメージ?」
エックスの反応は何やら愉快である。この宙ぶらりんの状態から半殺しくらいにはされると覚悟していた公平は彼女の様子に戸惑いながら答えた。
近いことはずっと前からやっていた。世界構築魔法のように、規模が大きかったり強力な魔法を使うときはいつだって多くの魔力を引き出している。今回は更に魔力の圧縮を工程に加えてみた。エネルギーの密度を高めたのだ。数日かけてエックスと特訓してようやく何かの歯車が噛み合ったのである。
「なるほど。倒れている間に準備したのか。よし!じゃあ明日はその圧縮を使いこなせるようにしよう」
「……コレ明日もやるの?」
エックスは公平を持ち直し、掌の上に載せる。
「もちろん。公平には強くなってもらわなくちゃ」
エックスの屈託のない笑顔が視界全部に広がっている。彼女は本気で公平を最強にするつもりである。公平の方も本気で最強になるつもりはあるが、その顔は大分引きつった笑顔だった。
ワールドの屋敷に乗り込む前日までこの命賭けの特訓をやっていた。誰でも嫌でも魔女との戦い方が身につくというものである。