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未知との出会い  作者: En
第一章
30/109

魔女の「世界」⑪

 『杭』の詳細が見えてきた。触れたもの、突き刺したものをその場に磔にする能力を持っている。

実体だけではなく影に刺さっても磔にされる。魔法で受け流そうとも、触れた瞬間に空間上に固定されてしまう。ぼんやりとした明かりで辛うじて生じる公平の影にも何度か突き刺さり動けなくなった。あらゆる魔法を無条件で消し去る『刃』が無ければ既に死んでいる。

(ヤツはこの暗闇の中あっちこっちに走り回っている)

 先の見えぬ深い闇の中、あらゆる場所から正確に公平を狙っている。こちらだけ光を放っているせいで場所が丸わかりだ。ワールドに引きずり込まれた世界である以上こちらはあらゆる面で不利であり、相手はあらゆる面で有利であるはずだ。ならば、敵の有利を一つでも潰す。

「炎よ!」

 公平が手を振れば、数多の火の玉が燃え上がり、空間を照らす。先日のホテルの一件では最後の最後まで忘れていたことが今回はちゃんと覚えていた。光の奥で初めてはっきりと杉本の姿を見ることができる。短髪で背の低い男子中学生。彼は突然の光に怯み、目を腕で覆っている。

(今だ!)

 魔力で体を強化し、一気に距離を詰める。それと同時に『裁きの剣』を発動させる。剣が届く間合いに踏み込む。

 剣を横に振りかぶったその瞬間、杉本の目が公平をとらえる。同時に『杭』を発動させ、刃に向かって投げつけてきた。その場に固定され動かなくなる。そこまでは公平の狙い通り。同時に剣を放し、拳を握る。この勢いのまま殴りぬける。

「おりゃああ!」

 ふん、と小さく笑う声が聞こえた。杉本は公平のパンチを難なく躱し、そのまま襟をつかんだ。

 重力がどこかに行ってしまったように、公平の体は宙に浮き、くるりと回って地面に叩きつけられた。

「……つっ」

 一瞬何が起きたか分からなかった。が、杉本の構えた手に光る杭を見て意識を戦いに戻す。

「開け!」

 公平は目の前の空間を開いた。立ち上がりながら裂け目を潜り抜けた。

 一度距離を取りたかった。接近戦は不利だ。杉本は何らかの武術、恐らくは柔道をやっている。体は小さいくせにあっさり投げられてしまった。魔力で体を強化しただけとは思えない。有利に立ち回るには距離を取った方がいい。が、杉本はそれを許さない。移動先に開いた裂け目に反応し、公平に迫ってくる。探知能力が相当高い。仮に公平を照らす光がなくとも、暗闇の空間で不自由なく戦えるレベルまで鍛えられている。

「『裁きの剣』!」

「『ハリツケライト』!」

 杉本の手から伸びる光の杭。反射的に剣で受けてしまう。これでもうこの剣は使えない。杉本の杭が光を失い消える。また一つ分かった。『杭』による磔効果は一度しか使えない。公平は剣を捨て、魔力を足に回して後ろに跳ぶ。

「そこだ」杉本の右手から『杭』が生えてくる。

「やべっ」距離を取るため跳びあがったのだが、空中では逃げられない。

「ふんっ!」投げつけられた杭が迫ってくる。

 だがまだ問題はない。『刃』を発動させる。魔法に対する自動攻撃能力によって『杭』に向かっていき消滅させた。

 地面に付くと同時に炎の弓を引く。「『炎の雨』!」

「『炎の雨』」

 杉本は同じ魔法を使い公平の魔法と相殺させられる。当然と言えば当然の事。彼の師匠は魔女、ワールドだ。魔女の魔法を使えない道理はない。だが『炎の雨』を使ったのは攻撃の為だけではない。文字通り雨のような物量の炎の矢。それらがぶつかり合うことによって生じた煙。それらは一瞬だが敵の視界を奪う。

「開け!」

 公平の声と同時に杉本も空間の裂け目を開いた。公平の作った裂け目の出口へ向かう。強力な探知能力により迷うことはない。公平の裂け目はすぐに閉じてしまったが関係ない。はずだった。

「……なに」

 たどり着いた先に公平はいなかった。きょろきょろと周囲を見回す。そんな様子を見て公平はほっと胸をなでおろす。

「よし……」

 裂け目はただ開いて閉じただけ。始めから一歩も動いていない。予想通り彼は策に嵌り自ら距離を取ってくれた。次の一手。エックスとの特訓を思い起こす。

「ワールドは自分の思うままに世界を造ることができる。その魔法の対策は教えたし、副産物として公平も同じことができたわけだ」

 確率空間を使えるようになって最初にエックスは言った。

「これでワールドと同じ土俵に上がったわけだな」

「ううん」

「え」

「ワールドどころか、ワールドが魔法を教えている子たちにも通用しないだろうね」

「え」

 予想外の言葉。苦労して手にいれた魔法が急にどうでもいいものに思えてくる。というより実際どうでもいい。ワールドたちとの戦いには使えないのだから。

「意味ねえじゃん!」

「だから副産物だって。基本的には何かの世界を造ったら破壊して脱出するだけでいいの」

「いや、でも、ワールドには通用しなくてもさあ」

「ワールドは世界創造・空間操作の魔法のスペシャリストだ。対策だって熟知しているし、それを教えないなんて考えられない」

「ええ……」

 このやり取りでテンションやモチベーションが下がったのを思い出す。思わず小さな笑いが零れる。そして、深く息を、吐く。対策されていても強力な魔法だ。キング相手には通用したのだ。公平は目を閉じ、両手に魔力を集めていく。これで杉本はこちらの位置を特定できただろう。空間の裂け目が開いたのを感じた。来る。それでもギリギリまで力を貯める。心臓の音が早い。呼吸を整え右手を開き前に構える。目を開いた瞬間、彼はすぐ目の前にいた。既に『杭』を突き立てようとしている。

「『確率空間』!」

 その発動と同時に彼は後ろに振り返った。両手に発動させた二本の『杭』を投げる。『確率空間』の結び目となる部分に一本目の『杭』が到達した瞬間、二本目の『杭』が一本目にぶつかり磔にした。

「これでアンタの空間は『杭』に邪魔され結ばれない。発動できずに崩壊する」

 彼が公平に振り返る。切り札を潰した。勝利を確信していた。だが、その目に飛び込んできた姿には落胆の様子はない。不敵に笑い、左手を前にかざし魔法を発動させている。

「潰されると思っていたよ。なんせワールドの弟子だからな」

 発動したのは公平と同じくらいの高さの銀色の壁。杉本が今まで見たことのない、ワールドから聞いた覚えもない、全くもって未知の魔法だった。

「だからこそ、何かしらの世界を構築すれば、意識はそっちに向かうと思った」

 『世界』の方が囮。本命はこの壁だった。

「魔法を消滅させる刃。魔法と魔法のぶつかり合いに限定すれば最強だ。俺は『最強の刃』って呼んでる」

「……それがどうした」

「コイツは、その『レベル2』だ!」

 『最強の刃 レベル2』。公平がエックスと二人で作り出した新しい最強の形だった。

「『ハリツケライト』」

 壁に向かって『杭』を投げつける。磔の効果は発揮されずに消滅した。性質は『刃』と殆ど同じ。自動攻撃機能が消えていて劣化しているようにも見える。だが油断はできない。これは世界創造の魔法を捨ててまで発動した魔法なのだ。

「ただの壁じゃないだろ」

「これはコーティングさ」

「なに?」

「『裁きの剣』!『勝利の鎧』!」

 公平は勝利の鎧を纏い、裁きの剣を手に持ち、走り出した。銀色の壁に向かって。

 壁は公平を包みこむ。鎧と剣は消えることなく銀色の壁に覆われる。

「『ハリツケライト』!」

 『杭』を多数展開した。右手を前に突き出すのと同時に発射される。公平は『杭』に構わず突進し続けた。鎧に触れた瞬間に『杭』は消滅してしまう。影に向かっている『杭』は剣で切りつけられる。いずれも磔の効果は発動しない。

(『刃』の性質を他の魔法に与えたのか!?)

 既に公平は剣の間合いに入っている。だが『杭』や腕で受け止めようとはしなかった。対魔法の『刃』の性質を持っているならば、魔法以外を斬ることはできないはずだ。

 怯まずに前に出る。公平は杉本の胸に剣を押し付けた。構わずに彼の腕に手を伸ばす。鎧に掴む所はない。だが歩行等の動作ができる以上関節となる部分は完全に守られていないはずだ。そこをへし折ってしまえば──。

 そこで、杉本の思考は痛みで掻き消された。剣から放たれた魔力の衝撃に吹き飛ばされたと分かったのは一瞬遅れてから。公平の操る剣は『刃』だけではなく、『裁きの剣』の性質も持っている。

 『コーティング』という言葉を思い出した。銀色の壁は『刃』の性質を持っているコーティング。『剣』はそれに包まれている。『刃』の性質を持った銀色のコーティングは人体には干渉しない。魔法以外のものには触れることもできずすり抜けてしまう『刃』と同じ性質だから。触れるのはその内部の『裁きの剣』。その状態で剣の持つエネルギーを開放すれば開いた必然こうなる。

「くぅ……」

「まだ立てるのか。けどもう戦えないだろ」

 公平はゆっくりと彼の目の前まで歩いてきた。そしてしゃがみこんで言った。

「もういいだろ。俺は君を助けに来たんだ。戦う必要なんて」

「『ハリツケライト』ォ!」

 杉本の手から『杭』が伸びた。公平の喉元に突き立てようとするも、鎧に触れた瞬間に消えてしまう。杉本の身体は大きく傷つき、判断能力も落ちているのが分かった。

「何でそこまで……」

「僕が負ければみんなが死ぬッ!」

「はっ!?」鎧の向こうで、公平の目が見開かれる。

 杉本は立ち上がり公平から離れていった。彼の言葉の意味をアレコレ考えてしまう。心臓の鼓動が早くなるのを感じた。


「さて。もう勝負はついたなら、一つ説明をしておいた方がいいですね」

 エックスは怪訝な顔でワールドを見る。彼女は微笑みと共に口を開いた。

「9人の魔法使いを配置しました。『あるもの』を背負って侵入者を待ち構えています」

「『あるもの』?」

「仲間の命ですよ」

 エックスの緋色の目が見開かれる。元よりぱっちりとした瞳が一層大きくなる。手の中にいる小さな命が震えていた。

「私が連れてきた人間は120人。そのうち30人は返したから90人が生き残っています」

 ほんの少しだけ安堵した。ワールドの気まぐれで何人かは死んでいる可能性があった。それでもこちらの戦力が不十分であったから助けには行けず、歯がゆい思いをしていたのだ。

「90人を人間世界に適当にばらまけばすぐに制圧できる程度には成長しました。ただ、ごく一部ですが、脅威となる個体が向こうには居ました」

「公平や吾我くんたちのことか」

「あれらに匹敵する力量を求めていたのですがそれに至れそうだったのは10人だけ。他はダメでした」

 10人。エックスの心臓の鼓動が少し早くなった。そんなに多く公平たちの力量を持った魔法使いが出てきたら、それだけで人間世界は終わりだ。

「なので、その10人には一人につき8人の命を背負ってもらうことにしました」

「どういう事?」

「私の期待に応えられない虫けらは、担当の8人ごと殺すという事です」

「……っ!」

 言葉が出てこない。友だちの命まで背負わされ、それでもふとした気まぐれでひねりつぶされる事もあり得た彼女たちの感情はどれだけ想像しても足りないように思えた。

「いずれ貴女がやって来る。お気に入りの人間たちを連れて。その時に育て上げた10人で全滅させることにしたんです。負ければ仲間が死ぬ、となれば彼らも必死でしょう。……まあ、すでに一人決着がついたわけですが」

「それなんだけど」

 エックスは両手を広げてワールドに見せる。先ほど捕まえた少女はいない。

「逃げられちゃった。だからまだ勝負は……」

「エックス。さっき言ったでしょう」

 ワールドの掌の上に裂け目が出てきて8人の子供たちが落ちてくる。咄嗟にエックスは走った。だがそれでも、もう間に合わなかった。

 ワールドの手が一気に握られる。エックスのしていたように抱擁するようなそれとはまるで違う。巨人の手でほんの少し力をいれれば──。

指と指の間から血が滴る。ああ、という声が、エックスの口から洩れた。

「虫けらでは魔女には勝てない。貴女がここに来た時点で勝負は終わっていたのです」

「……約束と違うぞ」

「貴女が戦った人間と今死んだ8人は運命共同体。殺したのは貴女ですよエックス」

「詭弁だ」

強がって言ってみるが、それが事実であることをエックスはよく分かっていた。足元で悲鳴が聞こえる。ワールドが不快な顔をして声のする方を見下ろした。「まだ一匹……」一歩前に出る・

 彼女が言い終わるより早く、エックスは魔法を発動させた。足元にいる彼女を再びその手の中に収める。

「この子はもうボクのものだ。キミには渡さない」

 色んな後悔が頭の中を駆け巡った。だけど、そんな事を幾ら想ったところで、現実が変わるわけではない。エックスは魔法を使い、公平たちに今の状況を伝える。これ以上の犠牲は出したくない。手の中を彼女は何度も何度も叩いてくる。胸が、痛い。

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