「未知」との時間 / 魔女の「世界」
それからの時間、公平とエックスの二人は一緒だった。いつものようにご飯を食べ、いつものように遊んだ。魔法の修練だけは対ワールド用として少しハードに。そうして過ごす時間はあっという間に過ぎていき、そして終わっていく。
やがて、その時は来た。
吾我たちと外で待ち合わせた後でエックスの家に連れて行く。入った瞬間に公平は思い出した。吾我の仲間の四人のうち、二人は本来のエックスには会っていない。魔女の巨体にジャックとキングは慄いている。当然と言えば当然の事。しかも今回はエックスだけではないのだ。
「貴女も来たのか」
吾我がヴィクトリーに言った。二人の魔女の威圧感は相当なものである。
「エックスが向こうに行くならこちらを守る魔女が必要でしょ?」
「助かる。こちらも一人は残しておこうとは思っていたが、貴女も残ってくれるならありがたい」
彼の態度には違和感があった。いやに素直だ。
「あんなにエックスの事は疑っていたのに。ヴィクトリーの事は随分簡単に信じるんだな」
「毒を食らわば皿まで」
「毒って」
魔女を信用するというのはそれほどの事だろうか。
そこで、公平は思い出す。本来はきっと吾我が正しい。ワールドに蹂躙された町。踏みつぶされた人たちの事を思い起こせば当然なのかもしれない。
きっと自分は例外だ。エックスとずっと一緒にいるから慣れているだけ。本来は魔女のというだけで恐ろしいのだと思う。
「おい聞いてるのか」
「え。あ、ごめん聞いてなかった」
吾我が何かを言っていたらしい。心ここにあらずの状態で会議に参加していたので頭に入ってこなかったのである。吾我は呆れた顔で舌打ちした。
「……今回、アリスとヴィクトリーにはこちらの世界に残ってもらう、というところまで話した」
「ああ。そう。じゃあ残ったメンバーで魔女の世界に行くわけだ」
「そういうことになる」
吾我はそれから説明を続けた。
主目的は連れ去られた中学生たちの救助である。ワールドと戦って勝つことではない。そもそも吾我は勝てると思っていないのだ。
基本的に人間の魔法使いは魔女とは戦わずエックスに任せる。彼女が近くにいなければ逃げる。それでも救助が困難だと判断したら撤退する。
「俺たちは死ぬわけにはいかない。第一優先は死なないことだ」
「まあ、当然だな」
ジャックがそう返した。キングは無言で頷いている。公平はそんな様子を黙って見ていた。肯定も否定もしない。そんな公平に吾我は念押しで言う。
「お前もだぞ」
「え。何で」クスッとエックスが笑った。吾我は彼女を一瞬見上げる。
「何でじゃない。今回は俺に従え。お前だってこっちの世界の大事な戦力なんだ」
吾我の言葉と鋭い視線を公平は受け流す。
「俺はお前の部下になった覚えも仲間になった覚えもないけど」
「こちらの戦力はこれだけなんだ。分かるだろう」
「そうだな」
魔法使いはここにいる五人だけではない。ワールドに育てられた魔法使いたち。そのうち公平たちに救助された者がいる。彼らはすでに日常生活に戻っている。彼らの魔法は消えたわけではない、が、戦力にはならないと判断した。
彼らは助けられてから暫く入院していた。公平とエックスで会いに行こうとしたことはあるが、会話はできなかった。彼らの入院する病室に入った瞬間、全員の手が振るえ汗が拭きだし呼吸も荒くなっていた。これ以上近づくことはできないと思った。一歩踏み入れればパニックになり魔法で攻撃されそうだった。近づいただけで、こうなったのだ。ワールドとの戦いに連れ出すことはできない
そういう事情もあって戦える魔法使いはここにいる五人だけ。魔女は二人いるけれど、純粋に人間の戦力という意味では五人だけである。
「まあ、危ないと思ったら俺を置いて帰ったらいいさ。俺は一人でもやるだけのことはやるよ。これくらい出来てこその世界最強だからなあ」
「いつ世界最強になったんだ」
「さあ。今日か明日か明後日か。いつだろ」
吾我は困ったように顔に手を当て、それから言った。
「もういい。お前は好きにしろよ。その代わり邪魔だけはするな」
「もちろん」
「話は終わった?そろそろ行くよ」
エックスは魔女の世界へと続く時空の裂け目が開いた。先行してエックスが通る。この先は魔女の世界。その中にあるワールドの居城。踏み入れれば帰ってこられないかもしれない。
「おい吾我」だからこそ、公平には言っておくべきことがある。
吾我が怪訝な表情で見返す。「何だ急に」
「俺は全然大変じゃないからな」
「そうか。それは何より」
そう言って吾我は公平を後ろから思い切り蹴り飛ばし、裂け目に押し込んだ。
「え」
「さっさといけ!」
このやろーという声が裂け目の向こうから響いてくる。吾我は少し笑った。「行こう」と仲間に声をかける。
裂け目の向こう側にたどり着く。すぐに公平は異変に気が付いた。先行したはずのエックスがいない。後に続くはずの吾我たちも出てこない。誰とも合流できないままに裂け目は閉じた。
何か仕掛けられたらしい。魔法で入ってきたら別々の場所に到着させる罠。ワールドは空間や世界を支配する魔法を得意とする魔女。この手の罠は得意なのだろう。
公平には自分のいる場所がワールドの住処だとは思えなかった。家具も何もない空間。明かりすらほとんどない。公平の周りがぼんやり明るく半径3m位を照らされているだけだ。一歩踏み出すと明かりも連動して動くのを確認する。
「アンタが僕の敵か」
闇の向こうから声がする。
「敵じゃなくて、助けに来たつもりなんだけど」
「……そう」
暗闇から光り輝く何かが公平の頭めがけて飛んできた。倒れるようにそれを躱す。後ろを振り返りその正体を確認する。輝く杭が地面に突き刺さっている。
「何するんだよ」立ち上がりながら言った。
「僕の名前は杉本優」
「聞いてないっての」
「アンタは僕の敵だ。名前くらい覚えておけよ」闇からの声はそう答えた。
「……まあ予想はしていたけど」
先に入って、向こう側にいた女子中学生魔法使いを二秒で無力化したエックス。
じたばた暴れる彼女を右手で摘まんでいる。
「みんなはどうしてるかなあ」
「なん、でなんで魔女が!」
「ふふ。なんででしょー」
必死に指先から逃れようとする姿がかわいらしい。巨大な緋色の瞳を近づけてまじまじと見つめる。少女が怯えているのが分かって少し悲しくなった。
「一応助けに来たんだよ?感謝してとは言わないけどさ。暴れることないんじゃない」
「……うう。まだ負けてないもん」
「ふうん。ずいぶん負けず嫌いだねえ。でもそう簡単にボクには勝てないよ」
エックスは少女に笑いかけた。
「そのとおりです」
暗闇の向こうから声がする。エックスはそちらに視線を向ける。既に笑顔は消えた。
「所詮は虫けら。貴女には勝てません」
よく知っている声だった。指先の少女が震えるのが分かった。摘まむのをやめて手の中で優しく握る。たとえ自分がどうなろうと彼女だけは守らなければならない。
「久しぶりですね。エックス」
「そうだね。ワールド」