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未知との出会い  作者: En
第一章
27/109

「未知」との時間⑨

「また建物ぶっ壊す仕事をやるって?」

「そう!前々から頼まれてたんだけどね」

 わざわざエックスに頼むような仕事だろうか。公平は何か厄介な気配を感じた。

「公平にも手伝ってほしいんだけど?」

「まあそう来るよね。いいよ。やるよ」

 二つ返事で了承する。嫌だと言っても連れていかれるのだ。最初から諦めて一緒に行くことにすれば時間を無駄にせずに済む。

 その日の夜、二人はその場所に着いた。

「ここは……?」

 エックスの手に乗せられた公平の目の前に映るのは三階建てのボロボロの建物だった。公平の心臓が高鳴る。まさかとは思うが「そういう」案件ではなかろうか。

「えっとね。平成に入ったころから放置されてきた宿泊施設だって。なんでもここで殺人事件が起きたせいで潰れたらしい。解体工事をしようとしたら原因不明の事故が多発するんで中止になってたとか」

「そうか。雰囲気あるもんな。ちょっと用事思い出したから帰るわ」

 言ったとたんにエックスの手はぎゅっと握られる。苦しくはないが逃げられない程度の絶妙な強さ。ご丁寧に常に公平の魔力を奪い続けて魔法による逃亡すら防いでいる。

「こんな真夜中に用事なんかないだろ。悪いけど今日はちっとも逃がす気はないんだ。どうしてもあの中に入って幽霊をやっつけてきてもらう」

「いやだ!幽霊はいやだ!」

 必死に暴れてみるもエックスの拳はびくともしない。魔力による身体強化もできないのだ。逃げられるわけがない。

「ふふん。無駄無駄。もう君は逃げられないのだ。……というか、前々から思ってたんだけど、公平もいい加減強くなってるんだからもっと自信を持ってよ。ランクでいうなら95以上はあるのに」

「らんく……?」

「忘れたの!?」

 エックスに怒られたので必死に昔の記憶を掘っていく。以前聞いた説明に『ランク』とかいうものがあったのを思い出す。キャンバスの広さを表す概念で最大値は100だったはずだ。

「え!?95!?」

 最大値が100なのに。そんなに強くなっている気が公平にはしなかった。

「……計算式忘れてるな。吾我クンたちもそれくらいだよ。魔女に比べて身体が強くない代わりにキャンバスは成長しやすいみたいなんだ。殆どの魔女はランク50くらいしかないからね。魔法に関して言えば優秀な方だと思うよ。それなのに今一つ自信がないというか。もうちょっと勇気を持って積極的に戦うべきだ。そんな調子でワールドと戦えるの?」

「うう……」

 更にエックスは続けた。吾我もやっていた公平の動かし方を実践する。

「世界最強になってボクを守ってくれるんでしょ?」

「あ、当たり前だろ!」

 操りやすいなあ。エックスは心の中で言った。




 ドアが開く軋んだ音が暗闇に響く。内部の空気はどこか冷たい。まだ八月も半ばだというのに外と中で別世界のようだ。ここで人が死んだ。否が応でもその事実を思い出させる雰囲気がある。

一歩進むごとに足音が暗闇に響いて溶けていく。進むごとにある思いが強くなる。『ここで幽霊と戦うことと世界最強になることと何の関係があるんだろう』

始まってしまった以上戻れない。外でエックスが見張っているからである。逃げようとすれば最後、翌日酷いことをされるのが分かる。もはやこのホテルを彷徨い、幽霊を見つけ出しやっつけて脱出する以外の道はないのである。

「公平!」

「うわあ!」

 情けなく悲鳴を上げて振り返る。そこにいたのはエックス。

「え?あれ?外にいるんじゃないの?」

「そのつもりだった。けど暇だったからキミが逃げないか見張りも兼ねて一緒に探検しようと思うんだ」

 少しわくわくしている様子のエックスだった。彼女を見ている時、突然あるひらめきが脳内を走った。

「ちょっと待て……お前本物か!?」

 廃病院での出来事を思い出す。あの時はニセモノのエックスが出た。危うく大量の幽霊が巣食い、無数の遺体が転がる地下病棟に連れていかれそうになった。このエックスが本物である保証がどこにある。

 疑われたエックスは不愉快そうに見つめている。目を瞑ると、ホテル全体が揺れた。

「ポルターガイスト!?」

「本体に戻って揺らしたんだよ!」

 目の前のエックスが叫ぶ。

「あ、本物だ」

「分かればよろしい」

 二人はホテルの探検を再開した。エックスが来てくれたことで少し落ち着いてきた公平である。後ろについてきてくれている、一緒にいてくれる人がいるだけでなんとありがたいことか。

「ところで、噂の事件が起きたのは三階らしい。だからなのか一階上がるごとに危なくなるとか」

「怖いこと言うなよ……」

 どうしてよりによって目の前に階段があるこの状況でそんな事を言うのか。急に二階に上がるのが怖くなる。『こっちに来るな』と聞こえてくるようだった。チラリと後ろを見るとエックスが腕を組んでこちらを見つめている。分かってるよ、と心の中で呟いた。一段上る。ここで逃げるようなら世界最強になどなれない。即ちエックスを守ることなど出来ない。

 一段上がる毎に圧力は強くなる。構わず進む。

「なあ」

「うん?」

 公平は後ろにいるエックスに問いかける。

「ここで一体何人が亡くなったんだ」一段上る。

「ボクが聞いた話だと14人。当時三階にいた人がみんな亡くなったらしいね」一段上る。

「そうなんだ。じゃあ、やっぱりおかしいよな」一段上る。

「あ。気づいた?」一段上る。

「流石にここまでくればおかしいって分かるさ。そもそも、見えてるしな」また一段。最期の階段。たどり着いた二階のフロア。

「うーん、そうだね。いや、こんなはずじゃなかったんだけど」

 エックスが公平の隣に立つ。そこにいたのは数えきれないほどの人影。少なくとも14なんて数じゃない。もっともっと沢山だ。表情は分からない。顔である部分には何もない。真っ暗ののっぺらぼうだ。公平は手を前に突き出した。この状況で案外落ち着いている自分がいる。ただそれでも迷ってしまう。果たしてこれを消していいものか。

「公平」エックスが話しかけてくる。「ここにあるのはただの魔法だよ。それも飛び切り危険なものだ。迷わず消してしまうべきだ」

「分かってるさ」

 ──分かってるけど。その言葉を飲み込んで、それでも公平はそれを出来ずにいる。幽霊は、ただの魔法だ。頭では分かっていてもどうしても一般的なイメージが頭で引っかかっている。彼らにも意識や思うところがあるのではないかと。それを消してしまっていいものだろうかと。

「……ボクには君が何を迷っているのか分からない。ただ、一応幽霊については勉強してきた。だからボクなりの考えをいうと──」

 公平は目を閉じた。そして一言だけ呟く。「いや、いい」

目を開き、力を使う。『魔法』は『魔力』に還る。そのイメージがフロア全体を駆け巡り、幽霊を全て消し去った。

 言われなくても、エックスの言いたいことは分かっている。幽霊は今後も人を殺す、とか。消すことが救いなのだ、とか。そういう類のことだ。分かっているのならこれ以上迷う意味はない。

「ごめん」

 公平は小さく謝った。エックスの言葉を待ってから動き出したのでは決断を委ねたことになる気がした。それは許せなかった。これからは自分で決めて自分でやらなければならない気がしていた。

 一息おいて、エックスは小さく笑った。

「いや、うん。いいよ。きっとこれでいいんだ。うん。これでいい」


 死者と霊の数が合わない。それだけの人がここで死んだのだ。二階にある扉を一つ空ければ死体がある。多くは白骨化し崩れていたが、それでもいくつかはその死の状況を読み取ることができた。首を吊ったもの。舌を噛み切ったもの。自ら首を切り裂いたもの。形としてはどれもが自殺のようである。これだけ人が死んでいて警察の調査がされていないのが不思議だった。

「調べたくても調べられないんだろうね。入ったら自分が餌食になるからさ」

「そんな危ないところ本当にあるんだ」

 公平は歩きながらエックスに言う。まだここは二階。本当に危険なのはこの上らしい。

「けど、それも今日までだ」

 そこへと続く階段を見上げながら言った。先はまるで見えないけれど、構わず一歩を踏み出す。

 前に進むごとに少しずつ違和感が生まれてきて、大きくなっていく。二階への道は進むごとにこちらを拒むような圧力を感じた。だが、こちらは違う。何も感じるものはなく順調だ。

「さっきとは違うね」

「なんでだろうなあ。三階まで行けば分かるかもしれない」

 そうこう言っている三分にも満たない時間で、二人は三階にたどり着いた。二階と同じく大勢の人影が見える。公平は手を前にかざした。直後に目の前から人影は消え去った。

 だが、ここにはまだ何かがある。何かを感じるのだ。公平が簡単に消すことのできない何かが。エックスが三階のフロア、客室が並ぶ廊下へ足を踏み入れ、左右をきょろきょろと見まわす。そして右方向を指さした。

「向こうに残ってるものがあるね。どうする?その気になれば消してしまえるだろう?」

「まあ、うん」

 公平はそちらへ歩いて行った。興味があった。自分がすぐさま消すことのできない存在。何があるのだろうと。

 エックスは公平の後ろをついていく。二人は無言で暗い廊下を進んでいった。

 部屋の番号は307。ドアノブに手をかける。鍵はかかっていない。公平はドアを押した。

「──久しぶりだ」

 声が聞こえた。暗闇から響くような声。この部屋の主。公平は暗闇に向かって進んでいく。

「久しぶりの客だ。女もいる。ひひひ」

「喋れるのかお前。何なんだ一体」

 暗闇の向こうに影が見えた。ここに残っている最後の亡霊。問いかけに対して返答はない。静寂が闇を包みやがて声が響く。

「死ね」

 同時に何かが公平の首に向かって飛んでくる。それが何かは分からなかったが、魔法であることは分かった。弱い魔法だ。反射的に魔力に還元してしまう。

「──あ?」

「なんだ今の。お前魔法が使えるのか」

 影は答えず、魔法をいくつも撃ってくる。落ち着いてみれば闇の中でも形は分かる。ナイフだ。魔法で作られたナイフをいくつも飛ばしているのだ。

 これはただの『魔法』じゃない。確かな悪意を持って人を傷つける『亡霊』だ。

「なんで、なん──」

 公平は影に触れた。

「うるせえ」

 そしてあっさりと、影は消え去った。

 公平はエックスに振り返る。

「何だったんだ今の」

「うーん。多分犯人……なのかなあ。聞いてた話だと事件起こした後この部屋で自殺したらしい。……まさか意識があるなんて」

「エックスのその体みたいなモンかな」

 言いながら公平は部屋を出る。エックスはその後ろについてきた。

「さてどうする。このままここぶっ壊すわけにはいかないよなあ」

「うん。遺体も残ってるしねえ。取り合えず依頼人に連絡とって処理してもらうことにしよう」

「そうなるよなあ」

 それから、二人は静かに階段を下って行った。

「あのさ」

「うん?」

「もしかしたら。公平に消してもらった亡霊の中に──」

「意識あるのも居たかもね。二階に上がりづらいのってこっちに来るなーってメッセージだったかもな」

「──うん。三階はむしろ逆だった。犯人の……幽霊の力が強かったから。アレの犠牲者が増えるのを止められなかったんだろうね」

 エックスの言いたいことは分かっている。まだ意識の残っている『幽霊』を消した。そのことについて。

「俺が決めたことだから。だからこれでいいんだよ」

 そう言って公平は階段を下りていく。暗闇の向こうに消えていくその姿を、エックスは慌てて追いかけた。

「ああそうだ」

 公平は立ち止まり魔法の火の玉を作り出し自分の傍で浮かせる。それだけであたりが明るくなった。

「何やってたんだろ。始めっからこうしとけばこんな暗いとこ明かりも持たずに歩かなくて済んだのに」

「……何かの意図があってやってると思ったけど忘れていただけかい」

「ごめんごめん」

 公平はエックスに向かって手を差し伸べる。「行こう。明かりがあっても廃墟は危ないからな」

 エックスは、それだけで少し安心できた。その手を握り、「うん」と答える。

 外に出ると同時に、隣のエックスも消えていく。そして建物の外で目を閉じて体育座りをしているエックスが目を覚ました。

「というか、先にそっちに帰ってもよかったのに」

「──忘れてたんだよ」

 言いながらエックスの手が公平に向かって伸びてきて、彼を捕まえてしまう。

「あは。やっぱりこれくらいサイズ差があるほうがいいよ。そっちの方がかわいげがある」

 手のひらの上で公平を転がしたり弄んだりしながらエックスは言った。公平は最早抵抗しようとも思っていない。精神的に疲れ切ってしまってそんな元気は残っていない。



 エックスは公平を握ったまま家に戻り、ベッドに飛び込んだ。そこでようやく開放する。

「疲れちゃったな。もうこのまま寝ちゃおうか」

「できれば風呂に入りたいんだけど」

 流石に汗が酷い。夜とはいっても夏だから当然である。

「ダメ。ボクはもう寝ちゃうので公平にも付き合ってもらいます」

 そう言ってエックスは灯りを消した。部屋が暗闇に包まれる。

「えー」

 絶対寝苦しい。……とはいえこう言っている以上、どれだけ抗議しても無駄だということを公平は分かっていた。

 段々と目が闇になれてくる。目の前にある静かに大きな呼吸をする彼女の顔を見つめる。それだけで心が満たされていく。

「なあ」

「うん」

 エックスが目を閉じたまま返事をした。

「明日遊びに行こう。まだ、財布買えてないしさ」

「……うん。いいね。うん。行こう。」

「うん」

 ワールドとの戦いが近づいている。その時までのやらなければならないことは全部やっておきたかった。思い付きで言ってしまった部分もある。プランなんてほとんど考えてない。明日のことを考えながら、微睡みの中に落ちていく。

 暫くして、エックスは目を開き起き上がる。

「……なんで?」

 完全に無防備だったのに、公平は一切手を出さなかった。キスすらせずに寝てしまった。

「そんなに魅力がないのかボクは!」

 エックスは怒りの行き場を求めてベッドを叩く。衝撃で公平の体が跳ねあがり、またベッドに戻ってくる。それでも公平は起きない。完全に熟睡である。公平の50倍以上大きいから女の子扱いされていないのだろうか。

「……知らない!」

 エックスは公平に背を向けて布団にもぐる。もやもやが彼女の頭の中を支配した。


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