「未知」との時間⑦
翌日、吾我が公平とエックスを呼びつけた。場所は以前と同じ喫茶店。今日は店を貸しきっているらしく静かである。店員に連れられて席まで行ってみるとそこには吾我とアリスと知らないマッチョの外人と知らないメガネの外人がいた。吾我は普段黒い服を着ているが、この二人は同じ服装であった。暑くないのだろうか。公平は「誰だ」と訴える視線を向ける。お前の知り合いだろ。お前が紹介しないとこっちは何も分からないんだよ。大体四人で四人席に座ってるからこっちが座る場所がないじゃないか。しょうがないから通路挟んで向かいに座るが。もうちょっと考えろ。そもそもどうして要件は昨日で済ませろ。これくらいの感情もついでに乗せた。
公平の心の声に気付いたのか「ああ」と口を開く。直後それを遮るようにマッチョの方が何事かまくし立てる。何を言っているのか分からない。少なくとも日本語ではない。
「なんて言ってるの?」エックスが聞いてくる。
「分からない。大学のレベルが低いからかも」
マッチョの言葉に吾我は「いやしかし」と日本語で言い返す。それでも構わず謎の言葉を強い語気でぶつけてくる。そして吾我はそれを日本語で静止する。メガネの方はそれをニコニコしながら見つめていた。日本語と謎語の口喧嘩は見ていても意味不明である。マッチョは突然公平を指差し何か意味の分からないことを言い出した。
「もういい!そういうことが言いたいなら本人に分かるように日本語で言え!」
そこで吾我がキレた。この場合先に怒ったほうの負けである。
「ちょっと待って。この人日本語喋れるの」
「当たり前だろ」
マッチョはフンと鼻を鳴らして一言。
「何で俺がこいつのレベルに合わせてやらなきゃいけないんだ」
嫌な奴だ。公平はそう思った。
「な、なんて嫌な人だ。公平が日本語しか喋れないのを知っているのにわざわざ知らない言葉で罵るなんて」
エックスが憤る。ふと、公平の中に疑問が浮かんだ。
「何でエックスは日本語喋れるの」
今更?とアリスは思った。この一連のシーンで一番冷静だったのは彼女である。
「吾我クン。この人、キミの友達?」
「彼らは俺の仲間だ。二人とも魔法が使える。名前は」
再びマッチョが謎の言葉で吾我に何事か言う。諦めたようにため息を吐いて、紹介を続ける。
「ジャックとキングだ」
「トランプ?」
「……俺たちのコードネームだ。アリスがクイーンで俺がエース」
「なるほど」
コードネームって本当にあるのか。初めて知る事実である。公平にとっては吾我を弄るネタが一個手に入った形だ。これからは積極的に吾我のことをエースと呼んでやることにしようと心に決める。アリスが顔に手を当てている。どうやら知られたくなかったようだ。
「大富豪的にはお前が一番強いわけかエース」
吾我は鋭い視線で公平を睨みつける。「そう呼ぶな」という怒りを感じた。
「ああ。そういうことか」
するとエックスが公平の手をつかんで掲げる。
「じゃあ公平が一番強いんじゃん。リーダーだね」
四人の視線が公平に突き刺さる。さあっと血の気が引いていく。慌ててエックスの手を離して下ろす。リーダーなんて面倒な役割押し付けられたらたまらない。
「俺は一番下でいいから」
「でも強いのは公平じゃん」
「エース!何とか言え!お前のほうが強いんだろ!昨日言ってただろ!」
吾我は水を飲んでから「まあ」と続ける。
「お前は俺に勝ったわけだし」
「不意打ち!ラッキーだった!」
「お前のほうが強いな」
「エース!おいエース!」
「本当の事だ」
「吾我ぁあ!お前なあ!」
エース呼びの仕返しのせいで突然崖っぷちに立たされる。マッチョが公平を見て、「なるほど」なんて言っている。嫌な予感しかしない。
「つまりだ。お前を倒せば、俺がエースでもいいのか」
マッチョが手の骨を鳴らしながら言う。冗談じゃない喧嘩する気なんてないのに
「いやそんなの吾我が許すわけ……」
「別にいい」
「吾我!」
吾我は知らん顔している。公平は歯切りした。
「戦わねーぞ!不戦敗でいい。お前はエース降格だ」
「へえ。ありがたいね。楽でいいや。ありがとうよ腰抜け」
「公平は腰抜けじゃないよ!ただちょっと、痛いのが怖いだけだ!」
エックスに言いたい。それだとただの腰抜けだ。ただ事実腰抜けなので言わずに流れに任せることにする。腰抜けでもいいのだ。
「肩書なんかどうでもいい。……ただ」
吾我は公平の目をまっすぐ見つめ、口を開いた。
「ここで逃げる奴が世界最強になれるのか?」
それを言われたら、逃げるわけにはいかない。
「操りやすい奴だな」
「いやあ吾我クンはすごいねえ。そんなに長い付き合いじゃないのに公平の扱い方をわかってる」
吾我はエックスをチラッと見る。今日はまだエックスは本体を見せていない。勝負の舞台の空間も今回は公平が作ったものである。
「たいしたもんだな。いつの間に魔法で異空間を作れるようになったんだ」
「ふふーん。ワールドと戦うのを想定して鍛えなおしたからね。これくらいできないと困る」
視線を公平の方に向ける。以前、エックスの本気の一端を見た。それでも本調子ではないという。魔法のキャンバスを五人の魔女に奪われているからだ。そのうちの一人──ワールドはおそらく現状のエックス以上の力であるはずだ。それと戦える実力があるのか。
「吾我クンたちとの実力の差は殆どないよ。ただ万が一、一人で戦うことになってもボクが助けに来るまで持ちこたえられるようになっただけだ」
「ふうん」
続けて吾我はアリスに尋ねる。
「公平は勝てると思うか?」
彼女は躊躇いつつも答えた。
「彼の実力は分からないけれど、難しいと思う。アナタに勝ったと言っても不意打ちでしょう」
「そういう評価か。ふうん」
「……何が言いたいの」
吾我はアリスを一瞥して答える。
「公平の実力は測り切れない。一見弱そうで、戦いになればどんな手段を使っても勝ちに行く。不意打ちだろうが騙し討ちだろうができることは何でもやる。どこまでやるのかちょっと見てみたいんだ」
その視線の先、二人の男が向かい合っている。戦いが始まる時が来た。
「さあ来いよ筋肉ダルマ。さくっと負かしてやるぜ」
先ほどまで戦いを嫌がっていたというのにいざ始まってしまえば相手を煽りだす公平である。マッチョの方もそれに乗ってきた。
「ほざいてろ腰抜け。すぐにぶっ潰してやる」
マッチョが右手をかざす。来る。ごくりとつばを飲む。
「『クラッシュ』!」
出てくるのは巨大なハンマー。見た目どおりのパワータイプ。マッチョが駆け抜けてきた。公平もまた呪文を唱える。
「『怒りの剛腕』!」
『剛腕』は火を噴きながら向かっていく。
「パワーにはパワーだ!」
「はっ!こんなものがパワーだと!?」
ハンマーの一振り。それで『剛腕』は容易く破壊されてしまった。土煙がもうもうと立ち込めて相手の影しか見えない。それに向かってハンマーを振り下ろした。
「このままぶっ潰す!」
再び巻き上がる土煙。これで敵の視界を奪いながら追い詰めていく作戦だ。思いのほか速く攻撃を避けてしまうが時間の問題だろうと思う。
ドンドンと大きな音が響いている。なかなか粘っている。紙一重で攻撃を捌き続けている。防戦一方ではあるが思っていたよりは動ける相手だ。だが──。
影に向けて振り下ろすハンマーを一歩後ろに下がって避ける。だが彼は直後に躓いて転んだ。これがもう一つの狙い。ハンマーで攻撃しながら床を破壊する。足場を崩し続ければいずれ相手は足を取られると分かっていた。
「死ねえ!」
振り下ろしたハンマー。周囲に大きな金属音が響く。違和感がある。人間を叩き潰した感覚ではない。
「鎧?」
と、鎧が激しく発光し、直後に爆発した。
「うわあ結構でかい音したなあ。悪いことしたかなあ」
公平はエックスの隣で言う。本当に酷い男だと吾我は思った。公平は最初の一撃の後、土煙に隠れて『勝利の鎧』を発動させた。そのまま裂け目を開いて帰ってきたのである。破壊すれば爆発する罠を『鎧』に仕込んで。
マッチョがボロボロになって帰ってきた。
「お前……!」
「悪い悪い。けど不意打ちしてくる奴だって知ってるくせに正直に真正面から来るほうも悪いってことで」
「くっ……」
それ以上は何も言ってこない。負けは負けと認めたようだ。思いのほか素直な男である。
こちらの煽りに乗ってきて、力任せに動いてくる。そういう動きで素直な相手だと何となく分かった。騙しやすそうだと思っていたが思いのほか上手く嵌った。実行した公平にしても以外である。
二人の決着を見て、吾我はエックスに尋ねた。
「これが今のヤツの実力か?」
「半分だね。戦い方が上手くなってきたところはある。けどもっと強い魔法はまだ見せてないよ」
「そうか……。キング。お前はどう思う」
「うん?ああ。そうだね」
え。と公平は『キング』と呼ばれた男に振り返る。メガネの男が顎に手を当てていた。
「そっちがキングなの?」
てっきりマッチョのほうがキングかとばかり。本当のキングは公平に視線を向けた。
「僕も戦ってみたいな。できれば本気の実力を見せてほしい」
はははと乾いた笑いが自然に出てくる。面倒ごとはまだ終わっていないようだった。