「未知」との時間⑤
新しい魔法の特訓、との事であった。今のままではある致命的な理由により100%ワールドに負けるという事らしい。
「一応これを教えるまではワールドと戦う気はなかったんだ。吾我クンとの戦いで公平のキャンバスも広くなったし、ようやく次の段階に進める」
「ふうん。そういう事ね。やってやろうじゃないの」
何をやるかは分かってはいないが取りあえず威勢はいい。エックスはくすっとした。公平のこういう所は嫌いではない。
「で、何するんだ?」
「今から見せるね。『白紙の世界』」
エックスが指先をくるくるさせながら魔法を唱える。それが眩い光を放って、一瞬何も見えなくなった。この感じは、前にも体験したことがある気がする。
視界はすぐに開けた。目の前にあるのは草や花が生い茂る草原。これは魔法で作られた空間だ。
「ふふーん。驚いたかあ。ボクもこれくらい出来るんだよ?」
「……いや、すごいけどさ。これがあるとどうして俺が勝てないんだ」
「そうねえ……それを説明する前に、取りあえずこの空間壊してみようか」
「はあ。壊すのね」
公平は炎の弓を構えて天に向けて引く。何度か魔女の作った空間に入った事があるのでどこが弱点かは概ね分かる。魔法で作った空間は風呂敷のようなものである。世界に広げられて、対象ごと包み込む。風呂敷の内部は外とはまるで違う世界が広がっている。そして風呂敷なので結び目がある。そこを破壊すれば──。
「うりゃ」
公平は炎の矢を放った。どこまでも広がっているように見える空に向かって伸びていく炎の矢は、突然何もない場所に刺さり、爆発を起こした。同時に、空が割れていき世界が崩壊を始める。何度も見てきた光景だ。
「で、これが何なんだ」
「よしよし。入門編クリアってところかな」
エックスの作った世界は完全に崩壊し、彼女の部屋に戻ってくる。彼女は再び指を立てる。
「では、本番デス。『零の世界』!」
再び光が放たれる。それが新たな世界に公平を誘うのだ。
次の世界は巨大な白いドームに覆われた世界。天井には光源などないのに明るく、地面は白いタイルが敷かれていた。だが、結局同じだ。すでに綻びが見えている。公平はエックスに背を向けた。
「また壊せばいいのか?」
「どうぞ。壊してくれるとボクも嬉しい」
「はいよ」
公平は弓を引く格好で構えた。炎の弓は現れない。一度構えを解いて、もう一度構える。炎の弓は現れない。エックスが笑いをこらえているのが分かる。公平は目をぱちくりさせ首を傾げ、その場でジャンプして大きく深呼吸した。そして再び弓を構える格好になる。弓は出ない。
「なんでだよ!」
「こうへーい?」
「あン?」
と、目の前に巨大な足裏が降ってきた。思わず身構えてしまう。当然だが、エックスは公平を踏みつぶす事はしない。ギリギリのところでそれは止まってくれる。
「……どうなってんのさ。魔法が使えないよ?」心臓がまだバクバクしている。必死に冷静なふりをした。
「この世界の中では誰も魔法が使えない。発動したボクでさえも。それが『零の世界』だ。前にワールドが使おうとしたのもコレだね。さて、今の公平がここに閉じ込められたらどうなるでしょうか」
「……死ぬ。100%」あの時無理やり戦闘を終わらせた理由が分かった。
「はい正解。なので今日はこれからこの世界から脱出する方法を教えよう。さっき言った通りこの世界の中で魔法を発動させることは出来ない。けど、この世界の外に対してなら魔法を発動させることはできる。外側に魔法を出して、それを操作して外側から綻びを壊す。それが脱出方法」
「簡単に言ってくれるなあ」
とはいえやるしかないのは事実である。これが出来るようにならなければフィジカルの差であっさりとワールドに捻りつぶされてしまう。
思いの外、ドームに覆われた世界の中であれば容易く破壊できた。理由は単純。世界の果てはドームの壁そのもの。その外側に魔法を出すイメージは容易い、綻びの場所も分かっているからあっさりと脱出出来た。
しかし順調な道のりもここでストップがかかる。
「これはあくまでも練習です。世界の外側に魔法を使うってこういう事だよって分かってもらう為にね。次は壁を取っ払います」
そう言って作られた次の世界は白いタイルが貼ってあるだけの、青空の世界である。地平線が見える。何もなさ過ぎて、これはこれで新鮮だ。
「……果てが無いんだけど」
「ずうっと遠くにあるよ。実際そこまで行っても壁とかそういう物は何もないけどね」
難しい。何が難しいって果てが無いのに外側を想像することが難しい。公平は諦めて歩き出した。
「うん?何処行くの」
「ちょっと世界の果てまで」
「ばかっ!」
そう言ってエックスはズンズン寄ってくる。慌てて逃げ出した。魔力で身体を強化する事は出来たのだが、エックスにだってそれくらいできるのですぐに捕まってしまう。
「はなせ―!」
「そんな事してる間ワールドが何もしないでにこにこ待っててくれると思う?こんな風に捕まるだけだよ?」
「だって果てが……果てが無いじゃん!」
「慌てないの。今からやり方説明するからっ」
エックスが作ったこの世界には目で見てそれとわかる果てはない。だがそれでも果てを見つけることは出来るのだ。それが魔力を利用した探知である。
どれだけ離れていようと魔女が異世界から現れればその気配を探知できる。どれだけ離れていても大きな魔法が使われればその位置を特定する事ができる。ではそれを可能にしているのは何か。エックスはそれが魔力により残る痕跡なのだと言った。
「魔女の出現も魔法の発動も、別に意識しなくても分かるだろ。ではそれはいつからだろう」
「自分の魔力が使えるようになったあたりかな」
「うん。魔力がキミの感覚を鋭くしているのだ。意識しなくったってね。つまり、意識して魔力を使えば、その探知能力は上がる」
「ほー。なるほどねー。それでこの世界の果てを……見つけられるの?」
「できる。それも多分公平が思っている以上に簡単にね。身体じゃなくて感覚を魔力で強化するイメージだ」
意味不明だと思いながらも試してみるとエックスの言葉通りであった。ほんの少し意識すれば時間は多少かかったがこの世界の果て、限界が分かる。当然その外側に魔法を発動させ、破壊することも容易であった。エックスは満足げに壊れていく世界を見つめている。
「よし。これでワールドと戦えるか」
「無理だね。今のままだと絶対負ける」
「ええっ!?だって魔法で作った世界を壊せるようになったぞ」
エックスはニッと笑って公平を見下ろす。
「ここまでで基本編は終了だ。次は実践編に行きましょう」
公平はへとへとになってエックスの手の上で倒れ込んだ。やりすぎたと反省してしまう。だがこれも仕方のないこと。ここを乗り越えられなければワールドと戦えない。公平ならば必ずこれをクリアできると信じてもいた。
現状の問題点はたった一つだけ。世界の果てを見つけ、破壊するまでの時間である。平均で五分かかっている。それではワールドが足元に居る公平を踏みつぶす方がずっと早い。よって現在行っているのは二つの特訓だ。一つは感覚の強化のスピードを上げる事。もう一つは感覚強化と身体強化を同時に行えるようになること。前者で一秒でも早く世界の果てを見つけ出し、後者で一秒でも長くワールドから逃げる。
ワールド役としてエックスが相手をし、実践と同じようにして特訓を行う。お陰で何度も傷つける事になる。なるべく攻撃を当てないようにはしているが時々拳や脚が当たってしまう。
「まあ……それでも大分いい感じになってきたけどさ」
掌の上で眠る公平を突っつきながらつぶやく。実際世界の破壊まで平均二分弱で行えるようになった。目覚ましい成長である。計画通りに進めば一週間でワールドと戦っても生き残れるレベルまで成長してくれるはずだ。
「頑張ってよ。そして、世界最強の魔法使いになってね」
そうささやいて優しく唇を彼の身体に当てる。少し恥ずかしい。顔を真っ赤にして公平を連れて寝室へと入っていった。