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未知との出会い  作者: En
第一章
22/109

「未知」との時間④

暫くワールド現れなかった。おかげで大学にも安定して通える。エックスの協力もあって期末試験も潜り抜けた。エックスが数学出来るのが不思議だったので、理由を聞いてみた事はあった。何でも魔女の中にそういう事を趣味にしている子がいたので教えてもらった事があるらしい。何冊か教本ももらったとか言っていた。その後は魔女の世界から追放されて大分長い事一人だったので、時々暇つぶしに遊んでいたという。

「やることないからね。パズル感覚で問題解いて時間を潰してた」

「おお……。それは、なんというか。なんというかだなあ」

「うわーばかっぽい表現」

エックスはクスクス笑いながらラーメンをすする。以前ラーメン富士に来た時から彼女はここのファンになっていた。今日も二人でこの店に来ている。しかし富士山ラーメンはもう頼んでいない。店主から注文してくれるなと泣きつかれたのでしょうがない。100%食べきってしまうので禁止されているのだ。

どうにかこうにか夏休みを迎えられそうである。不安や心配は当然あった。ワールドが現れない以上攫われた人の安否も分からない。いっそこっちから乗り込んでやろうと思ったこともあるがエックスは反対した。

「今行ってもワールドから助け出すのは難しいね。慌ててもしょうがないさ。あの子にとってはこの戦いはゲーム。自分の持ち駒を無駄に減らせないはずだ」

 それで納得したわけではない。しかしエックスの言う事にも一理ある。今の実力・戦力はワールドに戦いを挑めるような状態ではない。

エックスの部屋ではテレビが使えない。当然携帯の電波も届いてこない。世界の情報が一切入ってこない、切り離されたような疎外感があった。おかげでエックスと出かける時はテレビの置いてある飲食店に入ることが多くなった。富士にもテレビはある。その向こうでは吾我が映っていた。

吾我を倒した時、後のことが面倒だったので全部を気絶している彼に押しつけて逃げた。今では彼はヒーロー扱いである。巨大な魔女に立ち向かい、ボロボロに傷つきながらも攫われた人を二度も救った英雄だ。彼の傷を負わせたのは公平なのだが。イヤな奴の癖にファンも多い。こんなことなら自分が表舞台に立てばよかったかなと後悔した。

「そう言えばこの間吾我がさあ」

「うん?吾我クンがどうしたの」

「いや、二回目に戦った時にアイツさ、……オレガアローを……」

急に笑いがこみあげてくる。なんだか知らないが『オレガアロー』と言う単語がツボに入ってしまった。笑いが止まらない。

「あんまり人を笑いものにするもんじゃないよ」

 エックスの緋色の瞳がこちらを非難するかの如く見つめてくる。

「分かってる!分かってるよ!うんっ!いや、アイツさ町に向かって攻撃しようとしたんだよ。その時に『許可は貰ってる』とか言ってたんだ。アレなんだろうなって」

「許可ねえ。町を攻撃する許可?……誰が出したんだそんなの。少なくとも個人じゃないよねえ」

「だよなあ。いやもうぶっ飛ばしたし、これ以上関わりたくないなって。なんか碌でもない事になりそうだし」

「まあでも、最近来ないしね。ワールドが出てこない今のうちにボクたちは特訓を続けよう。なるべく早くこっちから攻めるんだ」

「そんな時間があるのか?」

ヒヤリと背筋が寒くなる。聞いたことのある声。振り返るとヤツがいる。短髪の鋭い目つきの背の高い男。

「吾我……。なんの用だよ。またケンカしに来たのか」

「いいや。すいません富士山ラーメン一つ」

公平は目を丸くする。正気かコイツ。アレは常人に食いきれるものではない。

「食いきったらタダなんだろ。得じゃないか」

「食いきれたらな。で?今日は何の用だよ。ナチュラルに人のテーブルに、しかもエックスの隣に座りやがって。カウンター席があいてるだろうが」

「お前らと話に来たんだ。そっちに座ってどうする」

歯を食いしばりながら吾我を睨む。何を言おうと油断はできない。特に今はエックスが無防備の状態だ。

「すいませーん替え玉くださーい!」

エックスはニコニコ顔で追加の注文をした。油断しきった表情だ。自分がいつでも戦えるようにしておかなくてはと気を引き締める。

吾我はおとなしく富士山ラーメンが来るのを待っている。先にエックスの替え玉の方が来た。本来は富士山ラーメンを最優先で作るのだが、エックスだけは特別だ。本当は富士山ラーメン食べたいところを我慢してもらっているのである程度彼女の注文が優先される。

「……遅いなラーメン」

「富士山ラーメンが五分十分で出てくるわけねーだろ!いいから要件を言えよ!」

せっかくの夏休み。エックスと二人の時間。それが終われば魔法の特訓。余計な事で時間を使いたくない。

「分かった。単刀直入に言おう。まがい物。お前俺に協力しろ」

「断る!せめてちゃんと名前を呼べ。俺の名前は公平だ!まがい物って言うのをやめろ!」

「魔女の力を借りて魔法使いになったお前が魔法使いのまがい物じゃなくてなんなんだ」

「だったら今日からテメーを負け犬と呼ぶ事にする。まがい物に負けた魔法使いが負け犬じゃなくてなんなんだ」

「……公平、俺に協力しろ」

 勝った。普段田中の屁理屈と詭弁に鍛えられているお陰かもしれない。

「近々ワールドから攫われた中学生を救い出しに魔女の世界に行く。そういう要請があった」

「なんだそりゃ。要請ってどこから」

富士山ラーメンが公平と吾我の間に置かれる。エックスがごくりと唾を飲んだ。食べたいのだなと公平には分かった。

吾我は公平の質問に答えずにラーメンを食べ始めた。

「おい!俺の質問に答えろよ!」

「……お前も知っている、とある国の政府だよ。一応言っとくと日本ではない。もちろん日本政府からの許可も得ているけどな。これ以上は聞かない方が身のためだぞ」

公平は椅子にもたれて天を仰いだ。「もう聞かねえし聞きたくねえ」命を狙われた理由が分かった気がする。きっと偉い人たちは自分で制御できない『魔法使い』が増えるのが嫌なのだ。

「日本じゃないってどこさ?もうちょっと詳しく教えてよ」

「やめろ!俺はまだ平和に生きていたいんだ!」

公平は耳に手を当てたり離したりしながら「あーあー」「あーあー」と言い、聞こえないようにする。世界全部を敵に回しても勝ててしまいそうなエックスは気楽であるが、公平はまだ命が惜しい。

「今ワールド相手に戦いを挑むなんてやめた方がいいと思うけどなあ。まだ暫くこのゲームを続けて、じっくり準備をしてからの方が勝算あると思うけど」

「人命第一だ。向こうもそろそろ本気で来るだろう。手段を選ばず強力な魔法使いを育て上げるかもしれない」

「怪しいなあ。そーんな大きな国のえらーい人が、こーんな小さな国の田舎町の子供助けるのを第一に動くかなあ?」

 エックスは明らかに挑発している口調だ。公平は慌てて彼女を止める。

「やめよ?この話やめよ?せめてエックスの家でやろう?俺なんだか怖いんだけど?」

公平は周囲を見回しながら言った。どこかで誰かが聞いてやしないか気が気じゃない。エックスは無視して続ける。「本当は魔法使い増やしたくないんだろ。助けるよりは、始末したいんじゃない?」

聞きたくない。聞いたら寿命が100年くらい縮みそうだ。そのまま席を立ち、トイレに逃げ込む。これ以上は耐えられなかった。

 十分くらいして公平は帰ってきた。青い顔でエックスになんとか笑いかける。

「話は終わった?」

「うん。偉い人と話がついた」

エックスはあっけらかんと言い放つ。頭を言葉で殴られたような衝撃。エックスは吾我に携帯を返した。何かの冗談だと思いたい。だがエックスならやりかねない。

「十分足らずで話を纏めるとはな」

「え?なに?何やったんだ?いや、聞きたくはないけど聞いとかないともっと大変な事になりそうだ」

「取りあえず助けに行くっていうのは決定」

 話が違うぞ。とは言えなかった。エックスはさらに続ける。

「こんなに時間をかけているんだからワールドなりに大切に魔法使いを育てているだろう。まだ誰も死んでいないはずだ。吾我クンとその仲間たちが手伝ってくれるならギリギリ何とか救助できると思う」

怖い。お嫁さんの事が怖い。一体何をしたらそうなるのか。とはいえ、公平はエックスの旦那であり、世界最強を目指す男だ。青ざめながらも精一杯強がって「任せとけ」と返した。

せめてワールドと戦うなら夏休み中にしてほしいと言った。下手な事をしてまた単位のピンチに陥るのは困る。だが、吾我のバックがバックなので公平の都合では動けないようである。

「心配しなくてもこれで大学卒業できなくなる事はないし、就職活動に失敗する事もない」

 吾我は麺をすすりながら言う。「もういいかな」と言って丼を持ち上げ一気に麺ごと飲み始めた。公平には分かる。コイツ魔法を使ってラーメンをどこかに移動させている。インチキだ。空っぽの器だけが机に置かれた。

「今回俺に協力すればそれだけで今後の人生安泰だ」

「こわっ!こいつマジこええよ!だからお前と関わりたくないんだよ俺!」

「そうだね。学校に行かないのは良くない事だ。またボクが話をつけようか?」

「いい!これで何もかも上手くいったら俺もう今までみたいにのんびり生きていけなくなる気がする!」




 吾我と別れ、エックスと魔法の特訓をした後、公平は一人で夜の町を歩いていた。すれ違う人は多くはないけれど、みんな平和そうだ。

暫く夜の町を彷徨った。このまま永遠にぐずぐずしていたかった。いっそのこと消え去ってしまいたくなる。同時にそうしたらエックスが一人になるなとも思うのだった。

 気が付くと町の中心部から外れて住宅街にいた。家々から漏れる光と街灯と、それ以外に明かりはない。ただ暗闇の中だというのに、遠くの方でやけにはっきり見える物がある。電柱に寄りかかっている人影のだ。そこだけ不自然に明るいなどと言う事はなく、どちらかと言えばちょうどどこからも明かりが届かなくて暗いくらいなのに。流石に表情は見えないが、それでもそこに誰かがいるという事は分かった。闇に眼がなれてしまったのだろうと納得し、人影のある方へと歩いていく。決してそこに用があるわけではなく、単に進行方向に誰かいるというだけの事だ。

 近づいていくにつれて、その人影がより鮮明に見えてくる。こちらから見えるのはその右半身だけだが、それでも色々なことが分かってくる。

 一つ。おそらく女学生。セーラー服を着ていたから。ただとっくに夏休みのこの時期にセーラー服着て外出する女の子なんかいるかなと思った。

 二つ。彼女は結構な彼女は結構な美人さんである。学校ではきっと男子に人気の女の子なのだろう。

 三つ。これは通り過ぎた瞬間にようやく分かったのだが、左腕も左脚も無い。なんなら左の顔も殆ど削れている。ようやくこの子は幽霊なんだな、と理解できた。慌てて回れ右して逃げ出す。

「なんなんだよもぉお!」

 魔法を手に入れてから良い事だけじゃなく悪い事も沢山起きている。道を踏み外したつもりは無いが、他の道はもうちょっと楽で安全だったかもしれない。




「おかえり。遅かったね」

 エックスの部屋に戻ってきた。食欲を誘うソースの匂いがする。最近料理を勉強中のエックスである。得意料理はヤキソバ。他にレパートリーはない。今日も晩御飯はヤキソバ。一週間くらい連続でヤキソバ。日々日々美味しくなっているのは素晴らしい事だと思う。それでもたまにはソース味以外が食べたい。

 いまのエックスは本来の巨人な身体である。食事はもう済ませたか、今日は食べないつもりなのだろうと理解した。魔女は本来食事を必要としない。ただその味を楽しんでいるだけだ。食べ物を用意しているのも料理をするのは70%は公平の為である。

「はい、どーぞ。ヤキソバ」

「うん、ありがと」

 公平は温め直したヤキソバを口に運ぶ。美味しくなっている。昨日よりも美味しい。だからこそそろそろヤキソバではない何かを作ってみてほしい。言葉にはしないがそういう思いはあった。

「どうしたのさ。こんな夜中に外を出歩くなんて」

「うーん。考え事してた」

「あー。分かっちゃった。今日吾我クンと決めた事だろ」

 エックスはあっさり見破った。あまりに軽く言うのでちょっとムッとした。こっちはとんでもない事に巻き込まれてビクビクしているというのに。

「発想を逆転させてみなよ。こわーい誰かが後ろにいる吾我クンを敵にしとくよりは協力した方が安全だろ?」

「うん?……うん。アレ?そういえばそうだな」

「まあいざとなったらボクが公平を守るよ。ボクが負けるわけないんだから」

 エックスは自信満々で胸を叩く。何だかそんな気がしてきた。急に安心してきて、同時にお腹がへった。ヤキソバを啜る。

「うまい」


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