魔女の「世界」⑧
「なんの用だ。まがい物」
公平はそれに答えず駆けだす。吾我の横を通り抜け、ワールドの連れてきた魔法使いへ飛び蹴りをかます。魔力で強化されたキックで、あっさりと気絶させてしまう。前回は甘かった。たとえ怪我させようと殺しさえしなければいい。勝たなければ、結局何も護れない。続けて剛腕を発動させ振り回す。何人かは躱し、何人かは吹き飛ばして気絶させた。
「……ふん」
吾我はかろうじて公平の攻撃を躱した魔法使いに向けて斧を投げる。斧は魔法使いのすぐ目の前で爆発し、彼らの意識を飛ばした。
そうして、ワールドの連れてきた十人は今回も全滅した。ワールドはその様子を見て、無言で自分が造った世界を破壊しようとする。
「待てよ!ワールド」
「いや」
「今から俺と吾我が戦う。もしかしたらどっちか死ぬかもな。見ていかなくていいのか」
ワールドの眉がピクリと動く。「ふうん」
「見ていけよ。お前の嫌いな人間が一人減るかもしれないぜ」
公平はふてぶてしくワールドに言ってのける。それで慌てたのはヴィクトリーの方だった。
「ちょ、ちょっと!何バカなこと言ってんの!」
「そうだ。お前のようなまがい物と戦って何になる」
吾我のその言葉。公平は彼を睨む。
「自力で魔法使いになったお前からしたらまがい物かもな。けど」
エックスはただ見つめている。分かっている。公平の想いは分かっている。だからここに来るし、吾我と戦わなくてはならない。
「俺は世界最強の魔法使いにならなきゃいけないんだよ。目の前に俺より強いヤツがいるなら、ぶっ倒さなきゃならない」
公平は『裁きの剣』発動させ、吾我に刃を向ける。
「安心しろよ。今日は誰にも邪魔させないからさ」
エックスは目を閉じて、諦めたように笑う。
「しょうがないなあ。と、いうことだ吾我クン。今日ボクは手出ししない。今日に限っては公平を殺しても許そう。特別中の特別だ。公平だって君の獲物だろう?」
その言葉を受けて、吾我は斧を構えた。
「よし。忘れるなよその言葉。今日はコイツの首をもらう」
吾我の殺気に身体が震える。それでも公平は不敵に笑って返した。
「いいや。今日地面に這いつくばるのはお前だ」
二人は同時に走り出した。刃がぶつかり合う音が響く。
吾我は今、少しだけ驚いている。前回の対決ではあっさり打ち砕いたまがい物の魔法使いの剣が、自分の斧を受け止められるだけ強く硬く進化している。考えられる理由は、彼の魔法空間がより大きく広がっているから。魔法空間が広くなれば魔法自体の力も強くなる。魔法に込められた魔力量以上に影響は大きい。
「──だが!」
両手の斧で連続的に撃ちこむ。それでも、根本的に魔法の強さが違う。たとえ一つ二つ受け止められたところで、結果は同じことだ。必死に下がり逃げようとするのをより前に出て追い詰めていく。
「ぐう!」
刃にひびが入る。このまま行けば早晩刃は砕け散る。確かに多少は強くなった。だがそれだけだ。右手を振りあげる。
「その剣ごと切り殺す!」
「くっそ!」
公平は一気に後ろに跳び下がる。それだって読んでいる。ほぼ同時に脚に魔力を送り、一気に前進する。
「逃がすかあ!」
その瞬間、ニッと公平が笑った。同時に彼は真後ろに開いた裂け目に飛び込んでいく。
「こっちだ間抜け!」
後ろから叫び声。慌てて振り返る、よりも早く公平のひび割れた刃が自分を切っていた。裂け目の出口は自分の真後ろ。
「ぐあ!」
「逃げるのは得意なんだよ!見たかあ!」
「……それが最強の魔法使いの戦い方か?」
「勝ち方なんかどうでもいいわ!」
公平がゲラゲラ笑いながら叫ぶ。
「どんな手段を使っても、絶対に負けず勝ち続ける。それが最強ってことだろ!?」
「……こっの、クズめぇ!」
高笑いする公平に、吾我は走っていく。
「どっちが悪役なんだか」
ヴィクトリーが苦笑いしながら言う。エックスは頭を抱えた。
「ここに来る前と後でキャンバスが一気に広がってる。冷静になって吾我クンに負けたのが悔しくなったんだろう。感情の高ぶりはキャンバスを成長させるから。……それにしたって気持ちは分かるけどもうちょっとさあ」
ヴィクトリーのすぐ隣に空間の裂け目が開き、そこからワールドが出てくる。「なかなか愉快な余興ですね。今のまま行けばアナタのお気に入りは死ぬことになりそうだけど」
エックスは複雑そうな表情をしつつも彼女に答える。
「そうだね。公平には致命的に決め手がないから」
「……大丈夫?エックス」
ヴィクトリーは心配そうに公平を見つめている。分かっている。公平に何があっても絶対に手出しはしないという吾我との約束。
「貴女の約束は私が守らせてあげます。アレに何があっても、あなたの助け舟は出させませんよ」
助けたくてもできない状況ではある。すぐ隣のワールドはこちらの動きを邪魔する用意はできているらしい。公平が敗れた時、ワールドに一瞬足止めされている間に吾我はとどめを刺してしまうだろう。
「……まだ公平が負けたわけじゃないよ」
そうは言いつつも彼らの戦いから目が離せない。いざとなれば約束なんか無視して公平を助けに行くつもりだった。ワールドだってどうにかして彼のもとに行くつもりだ。それでも最後まで彼の力を信じたい。
吾我の矢に、公平は転がされる。「ああっ」と声が漏れた。
「ちょろちょろ逃げやがって。だが、これで終わりだ」
「……終わらせてみろよ」
吾我が弓を引いていく。現状出来る事は『裁きの剣』で矢を弾く事だけ。ならば、それだけを考えていればいい。剣を構える。
「死ね!」
矢が放たれる。公平は魔力による強化を使う。集中して目の性能を高めた。前進しながら矢を弾き落とす。強化された動体視力だからこそ、閃光のような矢にも対応できる。一発弾いた剣は投げ捨て、即次を生成する。今の剣なら一回は受け止められる。致命的な一撃の身を回避し続ければいつかは吾我に届く。
「なんだと!?」
「これでてめえをぶった切る!」
攻撃一つ一つを弾いて、ついに『裁きの剣』の間合いに入った。吾我は最後の矢を放つ。既に距離は詰めた。攻撃を切り払い、次の剣を生成してから攻撃しても十分間に合う状況である。これで──。
吾我の僅かな笑みが見えた。
公平が剣を振りかぶるのとほぼ同時のタイミングで背後から攻撃され、公平の剣が弾く。
「何ッ!?」
そこには、吾我の蜻蛉が羽ばたいていた。
「ッ!しまった!」
慌てて吾我の方に振り返る。既に矢を構えていて、放たれる。剣の生成が間に合わない──。矢は公平に当たると同時に炸裂した。悲鳴とともに吹き飛ばされる。
「……ひっかかったな間抜け」
「てンめえ……!」
息も絶え絶えになりながらも、剣を支えに立ち上がる。足はがくがく震えている。かなりいいのを貰ってしまった。やはり、強い。吾我は強いのだ。今の自分よりもずっと。
だから、勝たなければならない。誰にも負けないくらい強くならなくてはいけない。最強の自分にならなくてはいけない。だってそうなれば。
「……エックスを」
剣を投げ捨て、手を前にかざす。まだ弱い自分だから、もっと強い力がいる。普通ならただ願うだけで手に入るものじゃないけれど、今の自分には魔法がある。願いを叶える力。心で描いた景色を現実に変える力。
「この力で俺は」
ゆっくりと、腕に力を込める。手で『それ』を少しずつ掴んでいく。公平が望んだ、『最強』の力を。
直感的に、吾我は矢を撃っていた。このまま公平を放置すれば何か厄介なことをすると気が付いた。
迫る矢を見ることもなく、公平は腕を振っていた。手に持った『それ』は、まるで今まで弾くのがやっとだった矢を容易く両断していく。吾我の目が僅かに見開かれる。既に事は起きてしまっていた。
「……なんだ、それは」
「これは、俺の。最強の」
『刃』。公平の手の中で冷たく輝く小さな願いの結晶だった。