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未知との出会い  作者: En
第一章
2/109

「未知」との出会い②

「では修行を始めます」

 広い机の上に載せられて、公平は憂鬱だった。結局巻き込まれてしまった。もうあんな怖い思いはしたくないというのに。……そう怖い思いをした。巨人に捕まった女の子を助ける為に高度から投げ飛ばされてたった五回しか使えない魔法で脱出するミッションだ。正直、今命があるのも不思議である。ちなみに言うと五回で脱出するという意味なら失敗している。自分が騙されやすい性格なのだと自覚したので以後詐欺には気を付けようと思った。

「まずは基礎体力をつけましょう」

「魔法と関係あるのそれ」

「ないよ」

 公平は抗議した。ただでさえやりたくない事なのに余計なことまで要求しないで欲しかった。

 エックスはニコニコしている。その巨大な拳が持ち上がり、思い切り机をたたく。ダイナマイトが爆発したみたいな音がして、衝撃で公平は一瞬宙に浮いた。

「そういう怖い事はやめようよ」

「では文句を言う前に話を聞いてください」

「はい」

 こほんとエックスは咳払いした。不本意ながらおとなしく聞く事にする

「さっき言ったように魔法を使う事自体に体力をつける必要はありません。そういう意味では無駄なことかもしれない。けど、君が相手にするのはあのおっきくてこわぁい魔女たちだ。想像してご覧よ」

 想像せずとも目の前にいる。何なら昨日の魔女より目の前にいるエックスの方が怖い。当然力では敵わないし、何度か逃げようとはしたがうまくいった試しがない。

「なーんか失礼な事考えてそうだな」

「気のせいです。邪推です」

「まあいいや。分かってると思うけど、魔女の手からは簡単に逃げられない。大きいからねみんな。ボクも何度か追っかけてみて分かったけど君はすぐに逃げ出す癖に足は遅いわ体力はないわそのくせ口は悪くて相手の嗜虐心を煽るわで、ついでに……」

「余計なことは言わなくていいんだよっ!」

「あれじゃあ魔法が使えてもすぐに捕まって弄ばれて両手両足もがれて踏みつぶされるか握りつぶされるか頭までモギモギされてお仕舞だ」

「そういう怖いことも言わないでほしいな……」

「というわけで、根本的なところから鍛え直さないとすぐに死ぬと判断しました」

「不本意ながら分かった」

「よろしい。では特訓を始めましょう」

 そういうとエックスは公平を床に下した。何をするつもりか不安でしょうがない公平の目の前に、エックスの巨大な足が踏み下ろされる。

「登れ」

「お前の趣味がだいぶ入ってるだろコレ」

 目の前には黒い靴下に包まれた巨大な足があった。片足だけで公平の何十倍もの質量を感じさせる。その先には、青色のジーンズが数十メートルの高さで聳えている。

「一応聞くけど、どこまで登るの」

「ボクの頭の上までに決まってるだろ」

途中には、下からでもはっきりと存在感を放つ胸。公平と同じスケールでも十分に大きいと思われた。下から上まであますところなく挑戦者を絶望させる仕様になっている。

「いや、むり」

「取りあえず頑張るんだ。ホラ傾斜をつけてあげるから」

 エックスは脚を前にだし、身体を椅子ごと後ろに持って行った。

「……分かった。頑張るよ。でもせめてもうちょっと傾いてほしい。最初だし」

「もう、しょうがないなあ」

 もうちょっと。もう少し。もう一声。公平はちょっとずつエックスの体勢を崩していく。そして──。

「あのーそろそろ限界ですよぉ?」

 エックスは両手で椅子をしっかりと握っている。身体はピンと伸びて、プルプルしていた。

「登って……登ってぇ……」

「ありがとう。俺の思う通りの形になってくれて本当にありがとう。……じゃあな!」

「はあ!?」

 公平はエックスに背を向けて猛ダッシュで逃げ出した。

「ウハハハハ!散々人をバカにしやがって!その恰好じゃすぐに動けねえだろ!悪いが足は遅くても頭の回転は早いんだよお!」

 公平は後ろを振り返った。そして目が点になる。まるで新体操の選手のごとく、椅子を握った力で逆立ちし、その巨体を支えている。そのまま腕だけで飛び上がり、空中で一回転して椅子の後ろにきれいに着地した。その直後、椅子を蹴っ飛ばした。公平のすぐ目の前に巨大な椅子が落下する。

「頭の回転がなんだって?」

「なんでもないよ。これは足を早くするための走り込みだよ」

「頭の回転が早いんだっけ?試してみる?クルクルーって」

 言いながらずんずんとエックスは公平に近づいてくる。

「いや、いいよ。ほら修行するんでしょ。登るんでしょ」

「もうそれはいいや」

 そして、エックスは公平を踏みつけた。生暖かい靴下に包まれて、むぎゅうと潰れたカエルのようなうめき声をあげる。

「ようはボクに踏みつけられても死なないくらいにキミが丈夫になればいいんだ。こっちの方が早い。逃げようがないし」

 公平は必死に足裏を叩き、くぐもった声でごめんなさいごめんなさいと叫ぶのだった。



 エックスは腕組みしてツーンとした顔で立っている。足元には公平がいた。

「椅子は?」

「ないよ」

 彼女からの信頼を失い、直立した身体を登る羽目になった公平である。真上に見上げても、頭の先は見えない。

「これ何メーターあんの」

「めーたー?」

「……長さの単位」

「ボクの身長は170ポイポイだけど」

「何だポイポイって。何で長さの単位だけ俺たちと一致しないんだ」

「でもボクらは身長をポイポイで測るし……」

「嘘を吐くな嘘を!パンだのコーヒーだのありとあらゆるものがそのままで意味が通るのに長さの単位だけ一致しない事なんてあるか!」

「でもね。ボクの身長は100mです。なんて言ったら、嫌になって登らないでしょ」

「ほんとだ。ポイポイのままでよかったわ」

 公平は諦めて靴下を掴んだ。始めは軽い傾斜の登りである。大して苦ではない。それは最初の最初のほんのわずかな距離だが。足首から先はただの塔である。人間が登るものじゃない。せめて登山家が挑むくらいだ。

「なにしてんの。さっさとここまで来なさい」

「マジで言ってんのかお前。これ絶対途中で落ちるよ。賭けてもいいよ」

「落ちても助けてあげるから登りなさい」

「はーい……」

 二度目の諦めと共に公平は腕を上に伸ばした。これが靴下ならば柔らかくて掴みやすく足場にもしやすかったかもしれない。だが、今掴んだのはジーンズの生地だ。硬いし、ザラっとして足場にはなるが安定しない。登りにくそうにしているのはエックスにも分かった。次回はもっと柔らかいズボンをはいてあげようと思う。

 公平はただ上だけを見ていた。何をやっているのだろうという疑問が頭によぎることもある。それでもなるべく無心で一つ一つ上を目指した。無心になれない時は文句かせめてエックスの胸まで頑張ろうという邪念が心を支配した。

 結局のところ、頭はおろか胸までも、もっと言うと上半身まで行くことはできなかった。膝のあたりで限界が来たのが分かったのでエックスに回収されたのだった。

「まあこんなもんだよね」

「……いま……なんポイポイまでいったの?」

「40くらいかな」

「まじかよお」

 エックスの目標は頭の上まで。170ポイポイである。まだ1/4も登れていない。このままでは魔法を覚える前の基礎訓練で一生が終わるのではないかとさえ思えた。

「結構がっくり来てるね」

「うん。まあね」

 うーんと、エックスは悩んだような声を出す。公平は疲れ果ててそんな様子にも気づかなかった。

「あのさ、公平クン。本当はね」

「ああ!今何時だ!?」

 公平は携帯を取り出した。火曜日のお昼である。

「やばい!ちょっと出るよ俺っ!」

「え?なんで」

「学校だよ!今日解析の日だった!」

「あ……学校。うん。ならしょうがないね」

 自分の部屋への穴を開け、向こうにくぐろうとする。そこではっとした。自分だけ外に出たらエックスが出られなくなる。

「あぁ……やっぱ、今日休むかな……」

 エックスを見ながら小さく漏らす。エックスはちょっとだけ怒ったような顔になった。

「ダメ。学校はちゃんと行かないと。ボクなら外で待ってるから大丈夫」

 叱るような、諭すような、優しい口調で答えた。

「……大丈夫?本当に?」

「忘れたの?ボクは君と一緒に学校を助けてアクアを追っ払ったんだよ?感謝されすぎて困ることはあっても危ない事なんてあるもんか。もしかしたら、もっといい魔法使い候補を見つけちゃうかもね」

「俺以上の候補がいてたまるか!魔法使いになるのは俺だ!」

「だったらもっとやる気を出せっ!素直にボクの言うこと聞きなさい!事あるごとに文句言いやがって!」

「魔法は使いたいけど戦うのとか痛いのとか怖いのは嫌なんだよぉ」

 軽口を言いながらも公平は少し心配だった。確かに、エックスはヒーローだった。学校を襲うアクアをやっつけて、一人のけが人も出さずに事態を収めた。だけど、やっぱり、心配だった。




 穴を開けたら閉じなくてはならない。穴の向こうにはエックスも一緒に行かなくてはならない。流石に大学に一緒に来てもらうことはできず、必要な荷物だけ部屋から取り出し、エックスと一緒に近所のスーパーの駐車場に出た。滅茶苦茶に目立ってしまうが、それでも一番迷惑にならなそうな場所はここである。近くにイオンが出来たせいで全く流行っていないのもありがたかった。

「じゃあ、講義出たらすぐ帰るから。今日はこれだけだから。お昼までには帰ってこれるから」

「分かった分かった。キミは心配性だなあ」

「俺以外の魔法候補を見つけられたら困るからな」

「それはどうなるか分かりませんなあ」

 自分の思いが上手く口に出せなかった。公平は大人しくしているようにだけ言い残して自転車で走っていく。エックスは、少し寂しそうに小さく手を振っていた。

 道中何度か携帯が鳴った。だが、必死に自転車をこいでいる公平にはそれを確認する余裕はなかった。公平の通う大学は山の中にある。長い坂道を上がって行って、ようやく辿り着くのだ。大学に向かう車はいつもより多い気がした。ただ公平は授業に間に合うかどうかのタイミングで家を出たことはないので、時間帯の問題だと思った。

 自転車小屋についてから、携帯をチェックする。さっきの通知は何だったか。が、確認する前に表示された時間を見て、授業開始五分前であることに気が付き、無我夢中で走り出した。自転車小屋から、大学構内の教室までは遠い。普通に歩いていって五分以上かかる。走らなければとても間に合わない。結局携帯を確認することはなかった。

 教室に入って最初に思ったのは、いつもより人が多い事である。友人の田中がいたのであいさつした。

「え?なんか人多くね」

「いや、俺もさっき大学からのメールで分かったんだけどさ。みんな避難してきたんだって。ホラ、警察もいるだろ」

 心臓がドキッとした。なぜ避難してきた。何から逃げてきた。答えは明白であった。

「授業も中止みてーだし……。あれ?アイツどこ行った」

 公平はもう一度走り出した。ここに来る時よりずっと早く。自転車小屋に向かう。




 坂を下る。いつもはブレーキを効かせて走るが、今日は全力で走った。道中、エックスの表情がぼんやりと確認できた。すましたような表情。その足元で何が起きているのか、公平には分かっている。

 坂を下りきり、イオンを横目に駆け抜け、エックスの元へ向かう。俺は馬鹿だ。そんな想いでいっぱいだった。少し考えればどうなるか分かったはずだった。大丈夫だと言われても、怒られても、ひどい目に遭わされたってエックスを外で待たせるべきではなかった。

 スーパーには警察がエックスに銃を向けて何やら叫んでいる。そんな玩具が役に立つものかと滑稽である。エックスは相変わらずすまして何も言わずに聳え立っていた。遠巻きに野次馬が集まっている。

「どけーっ!」

 公平は叫びながら猛スピードで自転車を走らせ突っ込んだ。群衆はこっちを見て慌てて避けていく。それを見てスピードを緩めつつ突破した。何のかんの言っても人にぶつかりたくはない。野次馬を超えて、エックスを囲む警官たちを見る。文句の一つも言いたくなったが、まあやってることは納得しかできないので何も言えない。代わりにエックスを見上げて叫んだ。

「エックス!帰ろう!講義は無くなったしもういいよ!」

 公平はエックスに向かって手を伸ばした。彼女は薄く目を開けた。

「誰キミ」

 そう言い放ちエックスは足を上げる。群衆も警官たちも何も出来ずに逃げ出した。公平の真上に、巨大な足が掲げられ、落ちる。公平は動かなかった。ただ、空が落ちてくるような光景を見上げていた。

 ずうんという音とともに、エックスの足が踏み下ろされた。土煙が舞って、エックスの周りに集まっていた人々からはその足元で何が起きたか確認できない。ただ、最悪の結果だけは予測できた。外側ではそんな様子だったが、中では公平は無傷であった。すぐ横に落ちた巨大な靴をちらりと見る。

「俺にだけ当たりがキツクないか」

 銃を構えて敵意をむき出しにしていた警官も、恐怖と興味だけで集まった野次馬も無視し、一応助けにきたつもりの自分はポーズといえ踏みつぶしに来る。どういう意図かは分かる。分かるが、これはヒドイと思う。公平はエックスの足に手を置き、彼女の部屋をイメージした。

「開け」

 足元に穴を開け、そのまま帰る。ほとぼりが冷めるまでエックスと隠れていようと思っていた。

「……ありゃ」

 が、穴は開かない。エックスからの魔力の供給がなかった。公平はエックスを見上げて、呆れの溜息を吐く。そして田中に電話をかけ、二、三、話をした。そうしているとエックスが公平を摘まみ上げる。ついでのように彼の自転車が踏みつぶされた。

「なにすんだてめー!弁償しろ弁償!」

「何をわけわからないこと言ってるんだか」

 エックスは冷たい目で公平を見つめている。そんな彼女の様子に改めて呆れたように溜息を吐いた。

「これはどういうことだ?」

「見て分かるだろ?」

「分からないから聞いてるんだ」

 そう言うとエックスは黙った。公平に顔を近づけて公平にだけ聞こえるような小声で話す。

「だって、ここにいるだけでこんなになるんだよ?ボクなんかといたら公平クンまで酷い事になるよ」

 顔は無表情で恐ろしいままなのに声だけ優し気なのがおかしくて噴き出してしまう。

「なにがおかしいの」

 急に真面目な口調で言い出すものだから完全に笑ってしまった。

「……哀れだね。恐怖でおかしくなっちゃったんだ」

「おかしいのはアンタの方だからね。言っとくけど」

 そう言って公平は思いっきり息を吸った。

「あのなあ!昨日言ってたアレ、ちょっと間違ってるぞ!」

 エックスは表情を変えずに公平を見つめる。声が下まで届いているか分からない。もしかしたら、エックスにしか聞こえていないかもしれない。それならそれで構わない。

「俺がいたからみんなを助けられたってやつだ!アレは違う!全然違う!」

 エックスにそう言われて嬉しかったのは本当だ。けれど、公平の想いはやはり違うのだ。

「みんなが助かったのはエックスのおかげだ!作戦立てたのもエックスだ!魔法が使えたのもエックスのおかげだ!魔女を追っ払ったのもエックスだ!俺がやったことなんかちっぽけなところだけだ!」

 エックスの無表情がピクリと動いた、気がした。そんな顔は似合わない。昨日のお返しをしてやろうと思った。

「だから、その、おかしなことをやめろ!他の連中なんか気にせずにやりたいようにやっていいんだ!なんかあったら、俺が何とかする!出来る限りの範囲内で!」

 ぷっ、とエックスが噴出した。アハハハと大きな声で笑いだす。それを見て、公平も同じように笑い出した。

「なにそれ。おっかし」

 緋色の瞳が潤っているように見えた。エックスがすぐに目元をぬぐう。

「泣いてるのか」

「笑いすぎたんだよ。うるさいな」

 ああよかった。昨日の仕返しが出来た。公平は思った。




「さて」

 エックスは足元を見る。周りの人は遠巻きにエックスを見上げていた。その表情からは恐怖の色は消えていない。そろそろ戦車や戦闘機が来るのではないかと思った。

「どうしようかな」

「一応出来る限りの範囲内で出来る限りの事はやったよ」

「はあ」

 怪訝な表情で見てくるエックスに対して、公平は携帯電話を向けた。

「携帯電話だね」

「知ってるのかよ。面白くねえな」

「基礎知識だよ。それで何するっていうんだ。偉い人に電話するのか」

「これは今テレビ電話の状態になっている。エックスが俺を摘まみ上げたときからずっとな」

「……うん?」

「友達に頼んでそれを学校に避難している連中に聞いてもらった。警察のみなさんには特にしっかりとな」

 エックスの顔がぽおっと赤くなる。頭の中で色々な想いが駆け巡った。さっきの会話を全部……?あの小声で話した不安の吐露も、そこから半泣きになって大声で笑い出すまでの流れもみんな?

「言ったろ。俺はちょっと頭が回るんだ。ここに来るまでの道中で考えたのさ」

「そんなんでどうにかなるわけないだろ!ばかっ!」

 大声でエックスが怒鳴った。耳がキーンとなる。鼓膜が破れそうだった。

「薄々分かっていたけどこんなばかだと思わなかったよ。ばかばかばかの大ばかだ君は。ちょっとでも頼りそうになったボクがばかだった」

 ばか、ばか、ばかとエックスは公平を罵る。恥ずかしいのをごまかすために、エックスは必要以上に怒っている。ばかばか言われすぎてゲシュタルト崩壊しそうだった。ここまでばかばか言われるのは初めてだったので今度は公平が泣きそうになった。

「俺だって一生懸命考えたんだよ!」

「得意げに携帯取り出したと思ったら……。ああもう恥ずかしいっ!ばかっ!ありがとっ!」

 そう言ってエックスはフンっとそっぽを向いた。心なしか嬉しそうな表情にも見えた。

 さて。ここまでの流れを下から見るとどうだったか。摘まみ上げられた大学生と笑いあう巨人、かと思ったら突然顔を真っ赤にして、恥ずかしいのを必死に我慢した顔で大学生にばかばかと怒る巨人。そのまま「ありがとっ!」と吐き捨てて照れくさそうにそっぽを向いてしまう巨人。下から見ただけだったが、彼女は最初に現れた巨人とは、少し違うように思えた。どこがどう、と言われると言語化できないが、彼女は体が大きいだけの普通の女の子に見えたのだ。そういう状況だったので、避難所の大学で活動していた警官から聞いた電話の内容も信じることが出来た。その日のうちにSNS経由でその電話の内容や、今のやり取りを収めた動画がネットの海を流れていった。そして、最後に結果を述べると公平の思惑通りになってしまったのである。




「えへへへへ」

 エックスはニコニコしながら、公平の帰りをスーパーの駐車場で待っている。車の駐車スペースが大幅に削られることを無視すれば、巨人の女の子が店番しているスーパーという謎の話題性のおかげで近くにイオンが出来る前の活気──があったかどうかはともかく客先は伸びているようであった。エックスに声をかけてくる客も多い。先日銃を向けた警官は、今日はお昼ご飯を買いにスーパーに向かい、店先で一時間エックスと雑談し、昼の休憩が終わりそうになったので急いで店内の弁当を適当に買って帰って行った。

「おーい、エックス!終わったよー!」

 公平が近づいてくると、エックスの表情はもっと明るくなる。

「帰ろうぜ」

 公平がそう言うとどこからか罵声が聞こえた。「お前だけ帰れ」「大学に帰れ」「実家に帰れ」「くたばれ」

「なんでだよ!俺だって頑張っただろうがよ!」

 これはもう、いつものやり取りになっている。エックスはクスクス笑いながら公平に手を伸ばした。

「うん。帰ろう公平!」

「うん」

 公平はエックスの手に触れて、いつものように唱えた。

「開け!」




「よし、やるか」

 公平は目の前に聳え立つエックスを見て言う。エックス登りは日課になっていたが、二度目にしてエックスはこの意図を語っていた。これは、体力をつける修行ではない。魔力で身体能力を強化する練習であると。『無理やりやらせて身体に覚えさせようとしたけど、やめた。ちゃんと言わないと最後まで分からないでしょ。公平ばかだし』おまけに言われたセリフである。公平は泣きたくなったが我慢した。男の子は簡単に泣かないのだ。

 始めのうちは魔力で身体を強くする感覚は分からなかった。が、三日目くらいで何かの歯車がぴったりと噛み合った。この特訓を始めて一週間。今ではエックスの頭の上まで三分足らずで行ける。一飛びでエックスの下半身を乗り越え、上半身を登っていき、胸に近づくと叩き落されるので腋を経由して頭を登りきる。

「うん。第一段階は十分だね」

 頭の上から公平を捕らえ、床に下す。

「次は第二段階だな。何だか知らんけど」

「うん。さあ、もう一度登ってきなさい」

「よぉし」

 公平は同じようにエックスの魔力を全身に送る。送る。送る──が。

「うん?」

 魔力はいつものように流れてこなかった。試しにジャンプしてみると、普通の高さで落ちていく。上を見上げるとエックスがいたずらっぽい笑顔で公平を見下ろしている。

「フフフ。さあ、登ってきなさい」

 うん?と公平は首を傾げた。

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