魔女の「世界」⑥
「あああああああ!許せねえ吾我あああああ!あんちくしょうの邪魔さえなければ今頃はああああああ!」
「負けてたね」
「ちょっと何も考えなさ過ぎたわね今回」
「おい!」
あの後、吾我は「魔女三人相手はキツイ」などと言って斧で空間の裂け目を開き潜って消えていった。それによりワールドも魔女の世界に帰っていき勝負も終わった。吾我がいったい何者だったのか何が目的だったのかは分からないが、その発言を考えるにエックスやヴィクトリーも標的としているようである。
「くそう。確かに二人の言うとおりだよ。アイツが来なかったら多分負けてたよ!くっそおあんな変な名前の魔法使ってるくせによお!」
「彼は人間世界で生まれた魔法使いらしいからねえ。ボクらの形式と違うのは分かるよ。しっかし、自力で魔法を使えるようになるとはねえ。公平より才能あるね」
「ええ!?」
「まあそうね。アンタ普通に生きてたら魔法使いになれたわけないし」
「ズカズカ言うなお前ら!もういいよ!俺もう学校行くし!」
公平を見送って、エックスとヴィクトリーは向き合う。今後のワールドともう一人の魔法使いの対策について話を始めた。
大学までの道中に、吾我がいた。
「お前……」
「付き合え。今日はお前を仕留める」
彼の標的には、自分も含まれている。それが分かった。公平は頭に血が上って、煽りに乗りそうになった。が、現状吾我の方が強いので「学校あるし」とだけ言って彼の横を通って先に進む。
「怖いのか?」
「そんな事言う奴現実にいるんだな」
よし勝った。少なくとも心の中では。満足して歩いて行く。
「『オレガアロー』」
「……あ?」
彼は弓を天に向けて構えている。そして「許可はもらってるんでな」と言い放つ。弓をゆっくりと弾き、手を放つ。
「よせえ!」
放たれた矢に飛び込んでいき、『裁きの剣』で受ける。が、やはり足りない。矢は剣を貫き、全身に衝撃が走る。それでも、歯を食いしばり地面に着地する。
「……ああ、分かったよ。そんなに闘いてえってんならやってやるよ!」
吾我がにやりと笑い、弓で裂け目を開く。
「ついてこい」
吾我が背を向けて裂け目の中に入っていく。公平はその背を思い切り蹴った。向こうで吾我はこちらを睨んでいる。公平はゆっくりと裂け目を通っていった。
「お前……」
「てめえのやりたいことってこういうことじゃねえのかよ」
異質な気配。前にワールドの空間で感じたものと同じ何かを感じる。
「エックス!」
「……ああ。吾我クンだ。どうも、公平に会いに行ったみたいだ。……ヤバいなあ」
「助けに行く?」
「ボクだけでいいよ。ヴィクトリーは、もしかしたらワールド来るかもしれないし待っててほしいな」
「オッケー」
「『怒りの剛腕』!」
「『オレガアロー』」
炎を吹いて突き抜けていく『怒りの剛腕』を光の矢が貫き砕く。腹立たしいが、それでもこうなることは計算の内。吾我の魔法の方が強いのだ。それは認めるしかない。だからこそ、剛腕の破片の陰に隠れてでも隙をつくしかない。
「……ふん」
吾我が弓を上に投げる。
(何をするつもりだ?あれじゃあ弓にも斧にも使えないだろ)
「『オレガフライ』」
弓は半分に割れて斧になり、斧は開いて羽ばたく蜻蛉に変わる。
「こんな埃の中を探すのは面倒だからな」
蜻蛉は空を舞いながら光線を連射する。おそらくは吾我が魔法で作った空間内の全てを破壊しつくす勢いである。
──だが、これは好機。吾我の手から武器が離れた以上、接近できれば攻撃し放題だ。
「『炎の一矢』!」
吾我に向けて矢を放つ。だが彼はたやすく避けてしまう。
「そこか」
だが、今の目的は攻撃ではない。炎の矢は、魔法の形を変え、すでに空間の裂け目を作っている。
「吾我ぁ!」
吾我の背後に開いた裂け目を通って、公平は『裁きの剣』を振り下ろす。仮に今、『ブレイク』や『アロー』を使ったところで、空を飛んでいる『フライ』が帰ってくるより公平が吾我の腕を切断する方が早い。ワールドの育てた魔法使いとの戦いの時は、彼らが単なる被害者であったからこそためらいが生じた。だがこいつは自分の意志でエックスたちの命を狙っている。関係ない人に矢を放つ外道だ。やってやる。
「くたば……!」
「『オレガアロー』」
吾我の手に弓が現れる。蜻蛉の羽音はまだ聞こえる。なんでと思うより早く、光の矢が放たれた。
「うああああああ!」
光に吹き飛ばされ、遠くに転がって行ってしまう。
蜻蛉の羽音が近い。蜻蛉と弓はそれぞれ独立して存在していた。
「二個出せるのかよ……!」
「なにか勘違いしてるようだったが。まあどうでもいいか」
蜻蛉の顔から光が漏れ始める。やられる。
「今度こそ最後だ、まがい物」
覚悟も出来ず、ぎゅっと目を閉じる。
ミサイルでも落ちてきたかのような大きな音がした。おそるおそる目を開けると、そこには巨大な、見知った足があって、おそらく蜻蛉は彼女に踏みつぶされたのだろうと分かった。
「……エックス」
「ゴメン。遅れた。ボクを迷わせるためにダミーの空間まで作ってよくやるよ」
足元の公平をそっと拾い上げる。ちょっと扱いを間違えれば壊れてしまいそうなくらい傷ついている。それでもその表情はまだ諦めていないようであった。
「……エックス、悪いけど、まだ俺が」
公平がそんなことを言うので、エックスは無言で自室への裂け目を開いて公平をその向こうに置いていく。
「まだっ……!」
公平はそれでも手を伸ばす。何があったかは分からないが、彼の気持ちは分かった。それでもここで無茶をさせるわけにはいかない。
「……というわけで選手交代だ。人間と戦う気はなかったけど。今ちょーっと怒ってるよボク」
「やれやれ。まだ魔女と戦う気はないんだがなあ」
「怖いんだ」
「そんなことを言う奴が現実にいるとはな」
そして、二人同時に魔法を唱える。「『オレガアロー』!」「『未知なる一矢』!」
エックスの矢はたやすく砕ける。だが、それはそうなることを目的としているのだからこれでいい。エックスは『オレガアロー』の矢を片手で受け止める。対して砕けたエックスの矢の破片の一つ一つは小さな矢になって吾我目掛けて加速する。
「……ならば。『オレガフライ』!」
同時に大量の蜻蛉を生成し、矢の一つ一つに向かっていく。蜻蛉はほぼ同時に自ら矢に貫かれて爆散した。
「標的を射抜くまで止まらないというのなら代わりを用意するまでだ」
「へえ……驚いた。まさかこれに対応してくるなんて」
「これで終わりなら、貴様の終わりだ!『オレガブレイク』!」
手斧を生成し、片方をエックス目掛けて投げる。エックスはそれを容易く躱してしまう。それを受けて吾我は思い切り飛び上がった。同時に彼の持つ斧と、投げられた斧が魔女のサイズまで巨大化する。二つの斧がエックスを挟む形になる。
「『オレガアロー』!」
斧は弓に戻ろうとする。このままいけば必然、エックスの身体は二つの斧に両断される。
「それはもう見た」
エックスひょいとしゃがんで再び斧の攻撃を避ける。エックスの背後で斧は合体し弓になり、空間に固定された。吾我はその勢いのままに弦を引く。照準はエックスに向いている。
「死ねえ!」
「『未知なる虚空』」
エックスは振り返りもせず、後ろに手だけかざして魔法を唱える。そして、吾我の目の前に巨大な暗い穴が広がった。彼の放った光の矢は、それに引き寄せられ、飲み込まれて砕ける。吾我さえも飲み込もうと強く強く引き寄せてきた。
「……ブラックホールか!?」
咄嗟に吾我は空間に固定された弓を掴む。だがなおも穴は彼を引き込もうとする。やがて彼の手の力が耐えられなくなり、少しずつ弓から離れていく。
「ぐ、ぐぐ……」
エックスは立ち上がってなおも手をかざしている。冷たく吾我を見つめている。そして、その時は来た。吾我の手が限界を迎え、弓から離れていく。
「うおおおお!」
と、同時に、エックスは手を思い切り握りしめた。それに伴い穴も小さくなり消える。吾我を中に入れる直前のことだった。引きずり込む力が消え、吾我は地面に落ちる。魔力で身体を強化しているので死んではいない。エックスはその彼にずんずん近づいていく。彼が足元に来る位置まで近づくと片膝を落として更に彼に近づき言った。
「今日はこれで許してあげるけどさ。また公平に酷い事したら、容赦しないから」
そう言って立ち上がり、部屋に戻る裂け目を開いてそれを通っていく。吾我は大の字に倒れたまま地面を叩いた。
戻ってからエックスは自己嫌悪で頭を抱えた。いくら公平が酷い怪我を負わされ頭に血が上っていたとはいえ、人間相手にやっていい事ではないような気だしてきた。ヴィクトリーが近づいてくる。
「大丈夫?なんかひどく落ち込んでるけど」
「いや、今日はちょっとやりすぎた。流石に反省した」
「やりすぎたって何をしたのよ」
「……虚空を」
「……え?殺したの?」
「生きてるよお!ちょっと脅かしただけだって」
「にしたって……。あれは……」
「ううう。分かってるよお!ああそれより公平は!?」
「ああ。出来る範囲で治療して休ませてるけど?」
彼の部屋を窓から覗き込む。包帯グルグル巻きのミイラになってうなされている。
「まあ、エックスの鍛え方が良かったというか。防御がよくできてたのよ。痛みはあるだろうけど見た目ほど大した怪我じゃなかった」
「ああー!ますますやりすぎだった気がしてきたよお!」




