魔女の「世界」⑤
そこはワールドが魔法で作った荒野の空間。10人の魔法使いを連れて人間世界に来たワールドは「この勝負は魔女の作った空間の中でやる。そういうルールだ」というエックスの言葉に従い、自ら空間を生成して引き入れた。存外素直である。こんなルール決まってもいないはずだが。
「そっちの人間はそれだけですか?」
公平一人でぽつんと立っている。
「流石に1週間じゃ誰も使い物にならなかったんで公平ひとりに任せる事にした。まあいいよね?1対120でそっちが有利なんだしさ」
「はあ……。まあ、良いですけど。こうなるのは想定していましたし。ではさっさと始めましょうか。そのムシケラ一匹殺せばこっちの勝ち。逆に簡単になってありがたいくらいです」
そう言ってワールドは離れていく。足元に連れてきた人間を残して。
「じゃ、頑張って」
「必ず勝つこと。アナタしかいないんだからね」
エックスとヴィクトリーもまた、公平を残して去っていく。
腕をグルグルと回して相手の魔法使いを見る。どこか目が虚ろだ。普通に考えて彼らがワールドに従う理由がないし、精神に何かされたのかもしれない。教員なのだろうが大人しかいないのが気になった。
「ま、いいけどね。どーでも」
そう言って準備運動をする。半分強がり。もう半分は純粋な自信だった。エックスに乗せられなくとも、冷静に考えれば負けるわけがないのだ。潜ってきた場数が違うのだから。
屈伸をし、アキレス腱を伸ばし、その場でジャンプ。この辺りで、合図ってないのかなと思い始めた。
「……何やってんだ公平の奴」
「準備運動してる間に囲まれてるじゃないの。まさか開始の合図待ってるんじゃないでしょうね」
「待ってるね。ばかだから絶対待ってる。あ、攻撃された。ははは。怒ってる」
魔女の視点で見ると何が起きているのかがよく見える。
「こんにゃろー!不意打ちなんて卑怯じゃねーか!」
後ろから鉄の塊で攻撃された。魔法が使われたのは分かったのですぐに防御したのだがそれはそれとして急に攻撃してくるのは酷い。公平は強化された脚力で上へと飛び上がり、炎の弓矢を構える。
「くらえ!」
放たれた一本の矢は雨のように別れて降り注ぐ。今の公平の実力ならば『炎の雨』程度なら、呪文を唱えることなく使えるのだ。
「『雷の槍』!」
「『嵐の刃』!」
「『炎の一矢』!」
魔法による連続攻撃が、落下中の公平に迫る。避けようと思えば避けられる。が、それではつまらない。
『裁きの剣』を発動させて握る。攻撃の一つ一つを真正面から切って落としていく。このまま落下し攻撃。まずは一人倒せる。
「ぶった切る!」
落下の勢いのままにまず1人。相手は防御もせずに無防備にこちらを見上げている。──おかしい。いくら何でも、何もなさすぎる。
「ぐっ!」
ギリギリで相手の魔法使いの、ワールドの意図に気付く。彼らは防御なんてしていない。ただ受けるつもりだ。そうなれば死ぬのを分かって。それに気付けば公平の攻撃が止まるのも分かって。果たして公平の手は止まった。目の前の魔法使いは素早くしゃがみこむ。
「『炎の一矢』」
炎の矢が公平の腹部にあたり、爆ぜた。
「そういうことね。まあ、ワールドが彼を出すの分かってて何も策を用意せずに来るとは思ってなかったけど」
「うーん。ちょっと想定外だ。けど考えてみれば合理的。この10人捨て駒にしてでも公平を倒してしまえば、残りの110人で攻め込めるもんな」
「……で?これからどうするの?」
「うーん……。まあボクなら……」
「ちっくしょ!」
炎の矢をキレイに貰ってしまった。そのダメージは決して小さくはない。しかし公平は必死に頭を落ち着かせた。周りには他にも魔法使いがいて再び囲まれている。この状態でボケッとしていたら袋叩きにあうだけだ。公平は空間の裂け目を開いて魔法使いたちの輪から脱出する。
「……きたねえ!」
最初の炎の雨による攻撃は、運が良かっただけだ。場合によってはあそこで死者が出ていたかもしれない。
輪からおよそ100m離れた位置に出る。殺さずに倒す。策は一つあった。
公平は魔法使いたちに向かって走っていく。彼らが自分の魔力を使える状態だとは思えない。ワールドから魔力をもらっているに決まっている。ならば魔力を使い切ってしまえば、実質戦えないのと同じだ。戦いが始まれば魔女のサポートは受けられない。あくまで人間対人間の勝負なのだから。ワールドによる魔力供給も無いはずである。
公平は魔法使いたちに向かって走り出した。それに気づいた彼らは公平に向かって魔法攻撃を仕掛けてくる。その一つ一つを叩き斬り、それでも前へ。剣が折れれば次を出す。エックスは胸を貸すつもりで戦えなんて言っていたが、まさしくそんな感じだ。これでいい。もっともっと来い。到達できなくても魔力が尽きるまで全部ぶっ壊せば、それで勝利だ。
「来い!来い!もっと来い」
一人、また一人と魔法が使えなくなって膝をつく。計算通りだった。このまま、全部壊してやる。
やがて、公平は魔法使いの元へと至り、同時に最後の一人が倒れた。──勝った。ワールドを見て叫ぶ。
「どーだ!俺の勝ちだ!卑怯な事しやがって!これに懲りたら次は正々堂々……」
おかしい。ワールドは何を笑っている。嫌な予感がして、倒した魔法使いたちに向き直る。
「あ……」
全員が攻撃の用意を完了している。魔力はまだ、尽きていなかった?
「違う!」
公平はとび下がり、同時に巨大な裁きの剣を突き立て、敵の攻撃を受け止める。かつての公平の経験上、あれだけの魔法を使って魔力が尽きないわけがない。これがワールドによる魔力供給なら、無理やり相手の反則負けにだって出来るはずだ。少なくともエックスとヴィクトリーは文句を言っているはずである。で、無いならば。
「あの中に、自分の魔力を使える魔法使いがいるんだ……!」
一人でも魔力を操れるものがいればそれを通して仲間に魔力供給ができる。その誰かを仕留めなければ勝てない。だがどうやって特定する?いや、そもそも倒せるのか?
「どうすれば……」
その時、空が割れて何かが公平と敵との間に降ってきた。
「な、なんだ!?」
土煙が舞って何が起きたのかが分からない。
「『オレガアロー』!」
「あん?」
かっこいい声で変な言葉が聞こえた。と、同時に視界が一気に晴れる。目の前にあったのは知らない背の高い短髪の男の後ろ姿。手には、なんだかメカニカルな弓を持っている。
「ハァ!」
男が弓を引くと、光の矢が放たれる。一人の魔法使いの肩を貫いて血が溢れた。
「おいよせ!アイツら防御してねえんだぞ!」
「……『オレガブレイク』!」
弓が中心から真っ二つに分かれる。別れた弦を柄にして、手斧のように構えて彼らに近づいていく。
「てめっ……人の話を聞けよ!」
「邪魔だ!」
彼は止めに入ろうとする公平に振り返りそのまま斧で切り付けてきた。
「うああああ!」
魔力で防御していたため実際に切り傷はないのだが、切られた痛みだけは受ける。こんなもので一切防御をしてこない彼らを攻撃したら……。
「よせ……」
公平は裁きの剣を手にその男に向かって走っていく。彼は振り返りもせずに左手の斧を投げつけてくる。公平はそれを剣で弾き飛ばし、なお距離を詰める。
「よせってんだよ!」
「『オレガアロー』!」
弾いた斧はUターンし、背後から公平を切り付けて男の手元に戻っていく。そしてそれは右手の斧と合体し、再び弓になった。くるりと回転しながら公平に照準を合わせる。
「消えろ。まがい物」
「!」
裁きの剣で受け止める。はずだった。光の矢は刃を貫いて、公平を吹き飛ばしてしまう。それから、突然現れた男と魔法使いの戦いは遠く離れていく。意識を失わないようにするのに精一杯だった。
「ぐっ……」
男は再び弓を斧に分けて、魔法使いたちへつかつか近づいていく。彼らの攻撃を斧で軽く弾いていく。そして、一人を斧で切りつけられる距離に入った。
「死ね」
「やめろおおおお!」
斧が届く、直前に巨大な矢が彼らのすぐそばに突き刺さる。放たれた方向に振り返る。エックスが光の弓を構えている。
「ここまでにしようか」
「エックス。あなたの乱入で反則負けということでいいですか?」
「君の魔法使いは公平をやっつけられなかったけど、それでいいなら」
ワールドは一瞬押し黙って、やがて深く息を吐いた。「引き分けにしておきましょうか」
指をひょいと動かし、連れてきた魔法使いたちの真下に開いた裂け目に落とす。それらはエックスの掌の上に落ちてきた。
「それはあげます。特別サービスですよ。……で、これは何?ヴィクトリーにあげたムシケラにいたかしら」
ワールドが突如乱入してきた男を見下ろして言い放つ。
「俺は」男がぽつりと口を開く。
「俺は吾我。吾我レイジ。この世界の魔法使いだ」