魔女の「世界」④
「すげええええ!」
ヴィクトリーは得意げに胸を張っている。ちょっと落ち込んでいた彼女だが、褒められた嬉しい。
「言っとくけど、最初にヴィクトリーに任せようって考えたのはボクだぞ!ボクだってすごいんだよ!」
エックスが不満げに言う。公平はエックスの方に振り返り頭を撫でる。
「いや確かにそうだ。今回ばかりは俺は何もできなかった。二人のお陰だありがとう!」
「おー」
エックスが気持ちよさそうにする。こんなことしかできないし言ってあげられないけれど、それしかできないから精一杯やってやる。
「いや、本当に素晴らしい成果だと思う。それに100人以上も仲間が増えてくれるんなら心強い!」
ハハハと笑う公平。だがエックスもワールドもぽかんとして公平を見ているだけである。違和感があった。少しずつ笑いが小さくなり、やがて消える。
「……え?何?俺なんか変な事言った?て、言うかずっと不思議だったんだけど、さっきまでそこにいたヴィクトリーが連れてきた人何処行ったん?」
「いや向こうに送ってもらったけど。それより100人以上の仲間って?」
「アナタ何か勘違いしてない?戦うのはお前一人の予定なんだけど?」
一人。ヴィクトリーのその言葉が耳から耳に抜けていく。相手は何人だったか。120人だ。こっちは何人の予定か。一人だ。
「無理だあ!」公平は思い切り立ち上がり二人に向き直る。
「いや、無理じゃないよ。公平なら何とかなるって」
「無理無理無理無理!だってお前……俺一人でお前……」
「大丈夫大丈夫。一人一人をアナタくらい強くするのにはかなりの時間がかかるもの。ワールドがそんなのんびりやるわけないわ。相手は皆アナタより弱いはず」
「でも120人いるんだろお!?」
「120人が同時に襲い掛かってくるわけないだろ。いいとこ10人くらいじゃないかな」
「10……?……いや待て!やっぱり10対1って厳しいよ!」
公平が喚く。エックスとヴィクトリーが互いに顔を見合わせて首をかしげた。そしてエックスはてくてく公平に近づいていき、彼の前で座った。不思議そうに彼女を見下ろすと手で座るように促してくるので従う。
「公平。一つ質問です。ヴィクトリーの身長は?」
「え?エックスと同じくらいだし100m前後?」
「公平の身長は?」
「175センチ」
「ザクッと2mとして、50倍の差があるわけだ。でも君はどーにかこーにか勝った。とっくの昔にこれだけの逆境をひっくり返してるじゃないか」
「……うん?えーっと、うん。そういえば」
「どうして今更10対1くらいであたふたしてるんだ。どーんと構えて胸を貸すくらいのつもりでいればいればいいんだよっ!ボクの旦那様だろ!」
公平の肩を思い切り叩く。ふつふつと、心の中で何かが湧き上がる。「なんか何とかなりそうな気」と言う他ない何かはだんだんと大きくなりやがて言葉として溢れ出した。
「なんか何とかなりそうな気がしてきた!」
天に向かって吠える。よくよく考えたらそうだった。何とかなりそうな気がする。何とかならないわけがない。何とかなる。
「……この子もしかしてバカ?」
「ばかだねえ。うん。ばかだよ公平は」
「バカに負けたのかあ」
エックスはクスっと笑う。魔女二人の会話も、馬鹿の耳には入らなかった。
「──さて」
ワールドは120人の人間を置いて部屋から出て行く。彼らは少し安心していた。少なくとも命の危険はない。死ぬことはないのだと。
暫くしてワールドは帰ってきた。透明な箱を持って。その中で何かが蠢いている。近づいてきて、その正体を誰かが認識した。
「人……?」
箱の中身は、全裸の男女であった。何人も詰め込まれている。卓上の人間一人一人の鼓動が早くなる。ワールドはそんなことを一切気にしない。
ワールドは箱を彼らの真上に持ったまま見下ろす。暫くして箱を下ろしてきた。机の上の人たちは慌てて走りだす。死なないと思っていてもやはり恐ろしい。彼らが動いたことでできたスペースに箱を置いた。
「改めて今の状況を認識してもらう」
ワールドは乱暴に箱に手を突っ込み、何人かを掬い上げる。箱の中で数人が潰れた。攫われた人たちは、そういう光景を何回か見せられていたけど、それでもやはり慣れない。何人かが泣き出した。
「この世界の人間は絶滅危惧種。今では何人かの魔女が飼育している分しか残っていない。これはその一部を貰ったもの。こんな虫けらでも貴重なのよ」
彼らを握った手を、机の上の人間たちの頭上に持っていき、そして、力を籠める。
当然と帰結として、手の中の人間たちは潰れ、彼らの血と肉片が、卓上の人たちに落ちてくる。人間たちの悲鳴がワールドには不快であった。
「魔法が使えることを除けば、お前たちの価値はこのゴミと同じ。お前たちを生かしておくのはヴィクトリーたちと勝負が成立しているからに過ぎないの。私は勝算のない戦いはしない。お前たちがまともな魔法使いにならなければ、あの子たちとの戦いはなかったことにします」
そうなれば──。自分たちがどうなるかを思う。
「だから、精々死ぬ気で強くなりなさい」