魔女の「世界」②
ワールドが現れたのは一条第一中学校という公立中学校であった。住所を確認したら新潟である。割に実家から近い位置だった事には公平も驚いた。
ワールドが帰ってすぐに警察が来た。校内は誘拐と、殺人の跡が残っている。そういうことに一切気を使わずに入ったので、毛やら指紋やら調べられたら犯人だと疑われそうな証拠品が落ちている。公平が助けた女生徒、水沢の証言が無ければ数日で帰してもらえなかったはずだ。
「それでも数日かかったけどね。公平はいいよ。警察署の中で寝泊まり出来てさ。ボクなんて駐車場でずーっと座ってたんだぞ」
「俺に言われても困るよ……」
そう言い合いながら二人は並んで歩いている。そこは、魔女の世界だった。
早く釈放されるために警官に魔法や魔女について洗いざらい話した。エックスに怒られるかなと心配していたのだが、彼女の方もペラペラ喋っていた。攫われた人たちの救助に自分たちが魔女の世界に向かうことまで許可させたのだから開いた口が塞がらない。「これ以上時間をムダには出来ないからね」とはエックスの弁である。
実際、時間は少ない。ワールドに生徒・教員他が誘拐されて既に数日経過している。考えたくはないが、既に何人かが殺されている可能性もあった。すぐさまワールドの居城に向かい救助に行きたかった。魔女の世界に赴く前にもそのように伝えた。だがエックスはそれを許さなかった。
「今行ったって無駄死にするだけだ。そんなのボクが許さない」
「じゃあ何しに魔女の世界に行くんだよ!時間を無駄にできないって言ったのはエックスだろ!」
「カリカリしないの!今ワールドに会いに行ったって戦いになるだけだ。賭けてもいいけど絶対勝てない。だったら他の子に会いに行ってもらうしかないじゃないか」
「他の子って誰だよ!エックス以外に味方してくれる魔女なんていないだろ!」
「一人だけ、ボクの敵ではなくなった魔女がいる。彼女に頼んでみるんだ」
今回、魔女の世界に来たことを絶対にワールドに知られるわけにはいかなかった。勘付かれればその場で攻撃されかねない。だがその為には一つ大きな問題があった。キャンバスを持つ者が世界と世界を越えた時、歪みが起きる。これによってエックスや公平は他の魔女の出現を察知できていた。逆に言えばキャンバスを持ったまま魔女の世界に入ればその侵入が察知されるということである。
「けど、この間ワールドが現れた時は何も感じなかったぞ。魔法を使われて初めて分かったくらいだ」
「いくらワールドだってキャンバスを持っている限りボクに察知される。それを防ごうと思ったら、キャンバスを捨てるか初めからキャンバスを持っていない体で入ってくるしかない」
「けど、魔法を使っただろ。だから誰か来たって分かったんじゃ」
「そんなの簡単だ。人間世界にはキャンバスがいくらでもあるもの」
「……あ、そうか。あの学校の生徒に魔法を使わせたのか」
魔力だけならば持って行っても察知は出来ない。自前の魔力だけを持って行って裂け目を開かせる。そうすればワールド自身は一切魔法を使わずに全員丸ごと魔女の世界に送れる。
「こっちも同じことをするだけだ。上手にやればワールドに探知されずに裂け目を開けて魔女の世界に行ける。ボクは魔法でキャンバスを持っていない体を作れるけど、公平にはまだやり方教えてないから……。ていっ」
エックスが公平に向けて指をさし、ぴょんと上に向ける。何かが失われた。そんな感じがした。
「今公平のキャンバスを奪った。これでワールドには見つからない」
「……え、こんな簡単なの!?」
「うーん。公平には簡単じゃないかな」
言いながらエックスは人間サイズの裂け目を開いた。裂け目はぐにゃぐにゃに歪んでいて不安定である。すぐさまエックスは魔法の身体に意識を移し、公平の手を引いた。
「ホラ行くよ。ワールドにも見つからないくらい弱い裂け目だからすぐに閉じちゃうんだから」
「ちょ、ちょっと待って魔法使えないってことは──」
公平の言葉を待たずに、エックスは彼を引っ張って裂け目の向こうへ飛び込んでいく。
「──今魔女に会ったら即死じゃねえの!?」
「魔力はあるんだからそれで体を強くして逃げるしかない。そんな事より早くヴィクトリーに会いに行こう」
ヴィクトリーは敵では無いらしい。信じられなかった。ついこの間襲いかかってきた魔女だというのに。他にも聞きたいことはある。何故ヴィクトリーに会いに行くのに彼女の家の近くではないのか。何故魔女の家々から遠く離れていると思われる原っぱに出てきたのかも聞きたかった。聞いたら怒られそうで聞けなかったが。
公平は魔女の世界を「暗い」と思った。空は曇っていて太陽は見えない。そのくせ別に寒くもない。ただ暗いだけである。真っ直ぐ向こうには丘があって、それを越えたさらに遠くに魔女の物と思われる大きな家がいくつか見えた。公平はエックスの後ろについて歩いていく。足元に茂る草も、ぽつぽつ生えている木も普通の大きさだ。魔女に合わせて特別大きいという事もない。それが却って不思議だった。エックスはまっすぐ早足で歩いていく。周りを見ていたら遅れてしまいそうだった。公平は慌てて彼女についていく。
「別に面白いもんじゃないでしょ。公平の世界とそんなに変わらない」
「逆にびっくりだって。もっとこう、エックスに合わせて色々大きいのかと思った。ミクロな身体で冒険しなきゃいけないのかと」
「うーん、まあその辺話すと時間かかるから後で」
「まあいいけどね、別に。俺が知らなくて困る事じゃないんだろ」
「……まあそうだけどさ。公平ってボクの過去にあんまり興味ない?」
「教えてくれるのを待ってたんだけど」
「聞いてくるのを待ってたんだけど」
二人は一瞬見つめ合い、それからおかしくなって笑い出した。落ち着いてから公平は言う。
「うん。じゃあ後で教えてよ。色々」
「うん。教えてあげよう。色々」
それから二人はしばらく歩いた。道中で警察に捕まった時の事を話したり、結局うどんを食べていない事を話したりした。結局エックスの過去は聞かなかった。
そうこうしているうちに丘を越えて、一つの魔女の家の前に来る。魔力で身体能力を高めているおかげで思いの外疲れずにここまで来られた。流石に魔女の家だけあって、巨大である。エックスはその前を素通りして更に進んでいく。
「ここヴィクトリーの家じゃないのか」
「もうちょっと向こうだね」
エックスの進行方向を見ると確かに2キロ程先にまた別の魔女の家がある。
「ここを越えた方がまだ安全だ。さっきのはナイトの家だから」
「……なるほど。しかし寂しいところだなココ」
「魔女なんて三十人もいないからね。集まって生活するってこともないからさ」
「ふーん。なんか寂しい感じだ」
ヴィクトリーの家は彼女らしく金ぴかの豪邸である。ナイトの家ですら西洋風の民家をそのまま50倍くらいに大きくしたものだというのにヴィクトリーのは三階建てだ。その装いは良く言えば豪華絢爛、素直に言うと悪趣味。そもそもヴィクトリー一人で住んでいるだろうに三階建てである意味はあるのだろうか。
門は魔女の大きさに見合って巨大である。普通にやったら開ける事は出来なさそうだ。
「どうするんだ」
「こうするんだ」
そう言うとエックスは魔力で脚力を強化した。左足だけで身体を支え、右足を上げる。力を込めたその足で思い切り、門を蹴った。門は大きく音を響かせ震えている。遠くから、恐らくはヴィクトリーの物と思われる巨大な足音が近づいてくる。開いた口が塞がらない。
「逃げよう。ね、逃げよう」
「え?なんでさ。出てきてもらわないと話にならないよ」
「だからって!普通人ンちの門を蹴りぬくか!?」
「抜いてないよ。穴開いてないじゃないか」
「そういう問題じゃなくて!」
そうこうしているうちに門が重い音を響かせてゆっくりと開かれていく。ヒッと声が漏れた。扉は少しだけ開かれそこからヴィクトリーが顔だけのぞかせる。左右をきょろきょろと見つめ、最後に下に視線を落とした。
「あら、エックス。あとえーっとエックスのお気に入りじゃないの。お久しぶり」
名前は覚えてもらってないがフレンドリーではある。それが却って恐かった。