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未知との出会い  作者: En
第一章
11/109

「未知」との時間②

「うん?エックスさん連れてきたんかお前」

「……ああまあ。ちょっと思うところがあってさ」

今日は解析学の授業の日。公平の隣にはエックスが座っている。いつもはそこには田中が座っているのだが、今日は埋まっているので後ろの席を取った。

周りの学生のざわめきを感じる。知らない女の子がいきなり来たのだから仕方がない。ましてここは理学部数学科。女性との交わりには最も縁のない学部の一つ。本当は専門の授業には連れてきたくなったのだが、そうもいっていられない事情があるのだ。

話は一週間前にさかのぼる。公平はその日の昼から大学へ行き、夕方に部屋に帰ってきた。エックスはベッドに座って「おかえり」と言った。それから先は魔法の練習をしたり遊んだり楽しく時間を使った。翌日、公平は朝から大学へ行った。帰ってきたのは昼ごろ。エックスはベッドに座って「おかえり」と言った。そして前日と同じように時間を使い眠った。そしてまた次の日。公平は昼ごろに大学に行き夕方に帰ってくる。エックスは同じようにベッドに座り「おかえり」と言う。ここで、何か違和感があった。公平が帰ってくるとき、エックスはいつも同じようにベッドに座りどこか虚空を見つめている。帰ってくると嬉しそうにしているが、外出している時は何をしているのだろう。公平はふと気になって、翌日ある実験をしてみた。

この日、本来なら授業はない。だが公平は大学に用があると言って出て行った。それから十分くらいしてから忘れ物をしたとか言って帰ってきた。果たして、エックスは同じようにベッドに座って虚空を見つめている。公平が帰ってきたのに気付くと嬉しそうに「おかえり」と笑った。何か、背筋が寒くなった。とんでもない間違いを犯している気がした。

その次の日、公平は携帯のカメラでエックスの部屋を撮影しながら部屋を出た。この日の授業はいわゆる「教授の趣味」。別に出なくてもいいのだがそれでも午前中は真面目に話を聞き、帰ってきた。

「おかえり」

いつものように、エックスはベッドに座って笑いながら言った。公平は「ただいま」と返した。

「いやー携帯忘れちゃったよー」そう言いながら、ベッドに仕掛けた携帯を回収する。トイレに行くふりをして中を確認する。

映像を確認して頭を抱えた。エックスは、公平が出てからずっとベッドに座っていた。微動だにせず、何も言わず、ただ静かに時間だけが流れていく。流石に携帯のカメラではエックスの巨体の全部を撮ることは出来ないが、それでも彼女の状態は分かった。

公平はエックスの元に戻り「ご飯食べに行こうか」と言った。彼女は無邪気に喜んで「何がいいかなー」なんて言っている。これからはなるべくエックスを外に連れ出そうと思った。公平自身は家にいる方が好きだが、エックスの事を想うと……。

「いや待てよ」

そもそも、エックスはどっちが好きなんだろう。家でぼうっとしてる方が好きなのか、外へ遊びに行く方が好きなのか。無理に外に連れ出すのはもしかしたら自分勝手な事ではないだろうか。公平はそんなことを思った。


どっちがいいのかは分からないが、取りあえず今はなるべくエックスと一緒にいる事にした。土曜日曜は一緒に部屋で過ごし、翌週の月曜日には彼女を大学に連れてきた。もの珍しそうに教室をきょろきょろ見ている。やがて、チャイムが鳴り教授が入ってくる。興味なさげにつかつか入ってきて来る。この人は、黒板に授業する人だ。基本的には学生の事なんか顔を向けず、延々数式を書いている。彼が学生の顔を見るのは授業が始まる直前だけ。

「はい、じゃー……、アナタ誰?」

「え、えっと……」

「経済学部の友達です!俺の!興味があるっていうから連れてきました!」

「そう。それ、です」

「……そ」

そして、教授はいつものように授業を始めた。普段なら黒板とおしゃべりするなと心の中で悪態をつくのだが、今日はその無関心がありがたい。

一時間ほど授業を聞いて、ふと隣を見る。エックスはどうしているだろうと。「えっ」と声が漏れた。直前に買ってきたノートに綺麗に板書を写し、ポイントとなる部分を赤ペンで強調している。きっちり内容を理解していないと作れないノートだ。どこで数学を勉強したんだろう。

「何見てんのさ。前向きなさい」

小声でエックスに叱られたので、取りあえず話を聞く事にする。それでも行き場のないもやもやが頭の中から離れなかった。

やがて終了のチャイムが鳴った。教授は適当な挨拶をして板書を消していく。エックスは「ちょっと質問してくるね」と言って、そんな彼の元へとてとて歩いて行った。

「浮気だな」

「質問って言ってたろうが!」

後ろから聞こえてきた田中の声に反論した。田中はひるまずに続ける。

「彼女は今日初めてこの授業に出たんだ。なのに内容が理解できるわけがない。内容が分からないのに質問できるわけがない。何故なら何が分からないかがそもそも分かってないからだ。つまりあれは質問を聞きに行ったのではない。じゃあ何しに行ったか。答えは一つ。浮気だよ。はーい論破。反論あるなら聞いてやる」

「反論してやるよ。戻ってきたらエックスのノート見てみな。内容が理解できてないって仮定が間違ってるって分かるからさ」


「はーっ……」

食堂にて、エックスの作ったノートを見ながら田中は唸った。ハンバーグとカレーを一緒に食べるエックスを見つめて言う。

「すごいなコレ。教授の板書より分かりやすいわ。コレテスト前とかに一ページ百円で売れるぞ」

「金の事しか頭にねえのかよ。こないだの『富士』の時だって……あ」

公平はある事を思い出し、手を田中に差し出した。

「何?」

「富士の一万円。貰ったんだろ?なぜかお前が」

「ああ、ハイハイ」

そう言って田中は財布から五千円札を取り出しエックスに渡す。

「ナニコレ」

「前に食べたラーメン。食べきるとお金がもらえるんだ。コレはエックスさんの」

エックスは「へー」と言いながら札を取る。そして田中は財布を仕舞った。

「いや待て!」

「は?何だよ」

「なんでお前が半分持ってくわけ?」

「アイデア料。お前の取り分なんかあるわけないだろ。文句言ってただけで何もしてないんだから」

「ふざけんな!だったらせめてエックスに全部渡せよ!お前だって何にもしてないくせに!」

「分かってねえなあ。今の時代一番難しくて大事なことは0から新しいアイデアを出す事なんだよ。まあ、そのアイデアを実行できるのは彼女だけだったし、折半ってのが妥当な線だろ」

「いや、けど」

「大体な、お前はもう五千円貰ってるんだぞ」

「貰ってねえよ!」

「いいか、あの富士山ラーメンは一杯五千円の代物だ。代金を払うのはお前だった。お前の財布の中身の増減はマイナス五千円だな。でも彼女が15分で食べきったから料金払わなくてよくなった。財布の中身の増減は0だ。0からマイナス五千引いてみな」

「……プラス五千」

「お前は五千円儲けた。俺らも五千円儲けた。平等だな?はいQED」

「てめえは落語か!」

公平の怒りもどこ吹く風である。腹立たしいことにこの男には口では勝てない。詭弁を喋らせたら天下一。最終的に公平は黙るしかない。

「仲いいねえ二人とも」

いつの間にやらカレーとハンバーグを食べきって、エックスはにこにこ顔で言ってくる。

「どこが」

「仲がいいっていうか、コイツのノートはテスト前にあると便利なんで付き合ってやってるだけですよ。エックスさんが毎週ノートとってくれるならコイツとつるむ理由もなくなりますわ」

「よくそんなこと言えるなテメー!俺が教えてなかったら去年の単位いくつ落してんだ!」

「俺は無駄にカロリー使わないの!授業なんか出席だけしてあとは寝る!テスト前には真面目に授業聞いてノート作ってた公平君から要点だけ聞いて乗り切る!で、残りは遊んで今にしかできない経験を積む!これが出来る学生スタイルってもんよ!」

「くう!なんかそんな気がする!」

二人のやり取りを、エックスは楽しそうににこにこ聞いてる。


公平は部屋に戻る前に買い物に寄る事を提案した。坂を下り、右方向へ歩いていく。

「小枝はあっちだよ」

大学へ通じる坂を下りて左に曲がれば小枝に着く。今は逆方向に歩いている。

「俺は出禁らしいから」

「えー」

 エックスは小枝に行きたそうだ。公平は苦笑いしながら方向転換する。

「はいはい」

このまま行ってもスーパーがあるのだが、彼女に従い小枝に向かう事にする。エックスが自分のキャンバスを取り戻し、公平が自分の魔力を使えるようになったことで、もはや小枝の駐車場で待ち合わせる事も無くなった。必然的にエックスが小枝に立ち寄る機会も少なくなっていた。他の人と出会う機会も少なくなって寂しい思いをしていたのかもしれない。

小枝まではここから歩いて十分くらいで着く。その際、どうしてもワールドによる破壊の跡を横切らなくてはならない。エックスはずっとそれを気にしているようだった。

「この身体でみたらさ。これは恐いね」

「そうだね。……うん。だから、二度とこんな事起こしたくないんだ」

「うん」

エックスは公平に背を向け、瓦礫の山を見つめながら静かに答えた。

暫くそれを見続けて、やがて「ごめんね」と公平に言い歩き出した。公平は何も言わずについていく。それから言葉もなく、ほんのわずかな時間を歩いて行った。彼女が何を想っているのか、公平には分からなかったので、何も言わずにいる事が正解なのだろうと信じた。


小枝の店内はがらんとしている。平日の昼下がりなのでそういう物なのだろうと思った。一番入口に近いレジに店長が立っている。こちらに気が付くとつかつか歩いてきた。

「キミ、何しにきたの」彼女は公平を見上げていった。

「買い物だけど」

「忘れたの?キミは出入り禁止」

「そういうことやってるとマジに潰れるぞ。俺何にもしてないじゃん?」

「えっちゃん来なくなったでしょ。何かしたんじゃないの?」

「それは別に来なくてもよくなったからで……」

今日は来ている、そう伝えようとエックスに目を向ける。彼女はニコニコ顔である。公平に釣られて店長の目も動いた。

「……どちら様?」

「がーんっ!」

エックスは露骨にショックを受けてみせる。顔をおさえて泣いたふりまでしだした。

「あーあ。泣かせちゃった」

「え?え?なんで?」

「だって、店長さんボクの顔忘れちゃったから……」

そう言いながらゆっくりと手で隠していた顔を露わにする。

「……え?え。えーっ!?」

エックスに指をさし驚嘆の表情を見せる。

「え?なんで?なんで小っちゃくなったのえっちゃん!?」

「ふっふっふっ!色々理屈はあるけどざくっというと魔法が使えるようになったからですっ!」

「……はあ、魔法が。はあ。まあそれくらいじゃないと納得できないけどねえ」

「納得するんかい」

公平の言葉は無視して女性二人で楽しそうに話し始める。公平は少し待って、取りあえず野菜を取りに行くことにした。

久しぶりに料理を作ろうと思った。取りあえず簡単な物でいい。適当に野菜と豚肉をとり、最後にヤキソバ用の麺を手に取った。

「ああ。そうだ」

エックスの事。聞いてみるなら店長は適任かもしれない。公平には女性の気持ちは分からないが、店長は女性なので女性の気持ちが分かるだろう。

『お前のような女の子の気持ちが分からない奴に彼女ができるわけがない』

田中の言葉が思い出される。癪だが、アドバイスとして活用しようと思った。

一通り必要なものをカゴに放り込み、店長の元へと向かう。

「これ買うんで清算して下さい」

「え?ああ。他に空いてるレジがあるんでそっちに行ってください」

そう言ってエックスとの雑談に戻ろうとする。この不良店員め。「アンタに用があるんだよっ!」

しぶしぶ店長はレジに戻る。公平はそれについて言った。その後ろをエックスもついてくる。

「いや、エックスは待ってて!どうせすぐ終わるし!」

「えーっ」

そしてエックスを置いて歩いていく。店長がちらりとこちらを見た。


「用って」

店長は商品のバーコードを読み取りながら聞いてくる。「実はさ」

公平はここ最近気が付いたエックスの様子について話した。

「ふうん。それで」

「わっかんないんだよな。もしかしたら好きでああしてるのかもしれないしさ。だったら無理に外に連れ出すのも悪いような気がしてさあ」

店長ははあと息を吐き、公平を睨んで言った。

「そんなもん本人に聞きなさい」

「分かってねえなあ。それで聞いたって本当の事言ってくれるか分かんないだろ。それに俺恋人とか出来たことないから女の子の気持ちもよく分からないんだよ」

「友達の男の子が何考えてるのか分かるのかキミは」

「いや分からんけど」

「そうだね。男性女性関係なく他人の考えてることは分からないね。そこまで分かってるんだから彼女の事は本人に聞きなさい。はい千八百円」

「……はい」

公平は二千円を出し、お釣りを受け取った。そしてとぼとぼレジを離れていく。言われてみればそうである。後悔で胸がいっぱいになった。

レジ袋に野菜や肉を入れながらエックスはどうしているだろうと思った。

「……」

袋を放り出し、エックスと別れた場所に戻る。彼女はそこできょろきょろと店内を見回しながら待っていた。

「ごめん!待った?」

「え?別に」

「寂しかった?」

「いや……別に?」

「……そう。うん。よかった」

 エックスは不思議そうに公平を見つめている。公平は少し困って頭を掻いた。

「……今日ヤキソバ作るんだけど食べる?」

「おー。おいしい?」

「うまいと思う。うん」

「わー楽しみ―」

そうして置いて行った食材を回収し、店を出る。そしてエックスの部屋へと戻って行った。


アパートから持ち出したフライパン。捨てなくて良かったと思う。流石にこのフライパンに対応したコンロはないが、そこは魔法で対応する。

「ふむふむ。いい匂いだね」調理をしている公平の後ろからエックスが覗いてきた。

「ヘタクソが適当に選んだ食材で雑に作っても美味いのがヤキソバのいいところだ」

「ふーん。ボクでも作れるかなあ」

「よゆーよゆー。刃物と火さえ使えればこんなん誰だって作れるって」

「ほー」

野菜と豚肉を炒めソースをからめたところに、水でほぐした麺を投入しソースを追加する。焦げ付かないように適度に箸でかき混ぜて、適当に炒めたら完成だ。二つの皿に盛りつけて一つをエックスに渡した。

「はいどうぞ」

「おー!これがヤキソバ!」

「……前々から思ってたんだけどさ、エックスのいた世界ってコーヒーやらパンがあるのにラーメンとかカレーとかヤキソバとかそういう普通の料理ってなかったの?」

「ないね。パンもコーヒーもたまーに食べられる高級品だったし。普段は味のしない緑の四角いプルプル食べてたね」

「すげえ。ディストピア飯だ」

「なにそれ」

「なんかSFのアニメとかで出てくる食いもん。総じてマズイらしい。話を聞く限りエックスの食べてたプルプルそのものって感じ」

「ああー!思い出したくない!その話は終わり!」エックスはどんどんヤキソバを食べていく。皿の上はすぐに空っぽになっていた。

「おかわり!」

「おかわり?ないよ、そんなの……」

「えっ」

エックスは本当にショックを受けたような表情をしていた。仕方がないので自分の皿から半分取り分けてエックスに渡す。

「それでおしまいだからな。言っとくけどエックスのご飯代で俺の財布の中身は最近寂しいんだ」

「そんなにいっぱい食べてないもん」

「……分かってないなら言うけどこの間のカレーは一杯で1人分くらいだ」

「嘘!」

「ほんと」

「うそお……。ボクそんなに食べてた?」

「まあ良いんだけどね。あそこのカレー十杯くらいなら壱万円もしないし。他の子とのデートだったらもっとお金かかると思うんだ」

「……ええー」

エックスは申し訳なさそうに五千円を出してきた。確か幽霊が出る廃墟を解体する仕事をしたはずだが、結局あそこには大量の死体が転がっていたので使い物にならず、結局お金をもらわなかったのでコレが今のエックスの全財産のはずである。

「いいよ。貰ったのはエックスだし。田中も言ってたけどあの時俺は何にもしてないからなあ」

「でも……」

「いいって。それで今度買い物してきなよ。どうせ俺の財布に入ったってエックスの為以外にまともな使い道無いんだから」

「うん……」

エックスはしょんぼりしながら皿の上のヤキソバを見つめている。公平はそれを見て彼女の皿に箸を伸ばした。エックスは慌てて隠す。

「何するんだ!」

「早く食べないと冷めちゃうぞ。金なんて別にいいんだって。俺はエックスが嬉しいならそれでいいからさ」

「……またそういうこと言って。まあ素直なのは嫌いじゃないけど」

そうしてエックスはヤキソバを食べだした。それを見て公平も食べ始める。

「そういえばさ」

「うん?」

「俺が学校行ってるときって何してんの」

「別に何も。ぼーっとしてるだけ」

思いの外素直に答えてくれたので拍子抜けした。もっと突っ込んで聞いてみる。

「俺がいないと寂しかったりする?」

「別に」

「まじか」

思いの外素直に答えてくれたので拍子抜けした。ただし精神的なショックはあった。

「昔魔法を取られたとき、この部屋ごと世界の外に追放されてずーっと1人だったからね。慣れてるんだ」

「そうか……」

「けど不思議なんだ。一人でいる時間の方がずっと短いはずなのに、公平と一緒にいる時間の方が感覚的には短く感じる。何でだろうね」

「……さあ。そんな難しい事俺には分からないよ」

その答えにエックスはくすくす笑っている。彼女の本当の気持ちなんて分からないけれど、ただその『不思議』は本当なのだと信じた。

「取りあえず、これからはもっと外に連れ出してやる。俺はエックスと離れてると寂しいから」

「ふーん。なら楽しみにしていようかな。ごちそうさま」

「早い!もう食べたの!?」

エックスはきょとんとしている。まだこっちの皿には殆ど残っているというのに。

「そんなに早かったかな。普通じゃない。それか公平が遅いんだ」

「そんなわけないって。言っとくけどこの前食べたあのラーメンだって普通の人は食いきれないレベルなんだぞ。それを10分で片付けた事の意味をよく考えた方がいいぞ」

「……でもね、僕の口って本体の方に繋がってるからあれっぽっちじゃすぐに食べきっちゃうんだよね。覗いてごらん」

エックスは大きく口を開けた。若干気が進まないが公平は彼女の口の中を覗く。分かった事はその果てが見えないという事。試しに手を入れてみた。「ひょっ!」エックスが文句を言ってくるが好奇心の方が勝った。

「おーすごい。腕全部入っちゃった。これなら恵方巻きも丸々食えるな」

「むー!」

エックスが嫌がってパンチしてくる。「ごめんごめん」公平は腕を抜いた。

「怒った!ボクは怒ったぞ!」

そういうとエックスの姿がパッと消えた。つまりこれは意識を本体に戻したという事。嫌な予感がした。直後、部屋が大きく揺れて、昇るエレベーターに乗っているような浮遊感を受ける。公平は慌てて窓を開けた。エックスの瞳が中を覗き込んでいる。この部屋はエックスの部屋に置かれている建物。エックスにとってはドールハウスのようなものだ。従って彼女は外から簡単に持ち上げる事ができる。

「公平は僕のお口が大好きなんだよねー」

「開け!」

反応がない。逃げようと思ったが魔法が発動しない。エックスに妨害されているのだと察する。

少しずつ、部屋全体が傾いていく。公平の身体が窓へと落ちていく。その向こうには彼女の口が待ち構えている。部屋の中の物が落ちていかないのは、彼女の温情だろう。

「待て。待て!待て待て待て待て!」

公平の叫びもむなしく、公平はエックスの口めがけて落ちて行った。窓枠を掴み、最後の抵抗をしてみせる。

「あら、しぶとい」

そう言ってエックスは上下に手を振った。負けじと全力で魔力で握力を高め、しがみ付いた。

「は、ははは。ははははは!無駄だあ!この手に流した魔力は絶対に守り抜く!」

「ああそう」

エックスはそう言って、ぶら下がっている公平に唇を近づける。困惑している間に咥えられた。そして、口内に引きずり込もうと吸い込んでくる。

「……いや、いやいや。関係ないし!そんなんされたってこの手は離さないし!」

「んー?」

エックスは気にすることなくちゅうちゅうと吸い付いてくる。同時に手に流れる魔力が少なくなっていくのを感じた。そこでハッとする。直接触れている時はより多くの魔力が奪えるのだった。

「貴様卑怯だぞー!」

公平はその絶叫と共に、手に流れる魔力を全て奪われて口内に引きずり込まれてしまったのだった。

口の中で公平を転がしてみる。その度に情けない悲鳴が響いて愉快だった。魔法を使ったり魔力で身体を強くしたりして脱出しようとしているらしい。だが口内というある意味これ以上ないくらい近い距離にいるので、発動すらさせない事が可能であった。

「出せー!出してえ!」

ほっぺを内側からぺちぺちと叩いてくる。無駄な抵抗が面白い。エックスはこのままの状態でベッドに向かった。明日の朝まで口の中に閉じ込めておくことにする。

横になって目を閉じる。小さな体の精一杯の抵抗はくすぐったくて気持ちいい。このまま眠ったら愉快な夢が見られる気がした。一人でいても寂しくはない。寂しいのは、こうして公平と遊んでいる楽しい時間ほど、早く流れ去っていく事だった。


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