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未知との出会い  作者: En
第三章
108/109

エックスと公平①

「ねえ。公平。デートしようか」


 エックスは公平に言った。二つ返事で了承する。

 ユートピアとの戦いが終わってから暫くの間、エックスはずっと忙しくしていた。あちこち走り回って部屋にいないことも多かった。ようやくひと段落着いたのだと公平は理解した。

 人間世界に吹く風は冷たい。ついこの間まで夏だったような気がするのに、いつの間にかこんな季節だ。


「ちょっと寒いね」

「もう12月になるからなー」


 帰りにコートや手袋を買ってあげようと思った。マフラーもあった方がいいかもしれない。

 二人は映画館に到着する。エックスは見たい映画があるらしい。そこそこヒットした作品なのだが、公開されたのが数週間前だったからか上映回数は少ない。今日は次の回で終わりだ。


「もっと早く来ればよかったかな」

「いいよ。きっと二人きりで静かだよ」


 劇場に入る前。エックスは何かに気付いたような顔で駆けていく。公平が後に付いていくと、その先にあったのは宝くじ売り場だった。


「こんなの買うの。宝くじなんか好きだった?」

「うーん。どうかな。でもほら。コレ当たったらスゴイよ」


 そう言って一等六億円のクジと一等一千万円のスクラッチをそれぞれ一枚ずつ購入する。六億の方を公平に手渡した。


「はいプレゼント」

「ありがとう。なんか当たる気がする」

「思ってないくせに」


 エックスはクスクス笑った。心の中で苦笑いする。図星だった。それに宝くじなんか当たらなくたっていい。

 エックスはクジ売り場の前のテーブルでスクラッチを削り始めた。公平は横からそれを覗き込む。


「当たるといいな。一等」

「……当たったらどうする?」

「え?どうするって。あ、なんか当たった」


 宝箱のマークが三つ並んだ。この場合は。クジの端に書いてある当たりの一覧を見る。五等はリンゴのマーク。四等はブドウのマーク。三等は星のマーク。二等は王冠のマーク。一等は。


「……え?宝箱?え?コレ一等?」

「当たったよ」


 心臓がバクバクと高鳴る。こんな奇跡があってもいいのか。


「ど、ど、どどどどどうしたらいいのこの場合。あそこに持っていけば一千万貰えるの?」


 震える指先が売り場を指す。エックスはけらけら笑った。


「あそこに一千万円あるわけないだろ。ばかだなあ」


 そして震える手をきゅっと握る。


「後で考えよう。今は映画を見に行こう」


 エックスは公平を引っ張っていった。もう映画に集中できる気がしない。




 二人は並んで座った。エックスの言った通り他の客はいなかった。暗い空間で二人だけがスクリーンを眺めている。

 頭のどこかに一千万がちらついているが、始まってしまえば思いのほか没入できるものだ。

 一時間くらい経った頃。映画が終盤に差し掛かった時。


「ねえ。公平」


 エックスが声をかけてきた。本当ならマナー違反だが、他の客はいないので問題ない。


「うん?」


 公平はスクリーンを見たまま答える。


「一つ、お願いがあるんだ」

「うん。うん?お願い?」


 今言わなければいけないことって何だろう。彼女に顔を向ける。

 真っすぐに緋色の視線が貫いてくる。公平は思わず唾を呑んだ。


「な、なに?」

「ボクとさ。お別れしてほしいんだ」




 映画が終わって、先ほどのエックスの「お願い」について話し合った。どうして別れてほしいなんて言ったのか。まずは理由が聞きたい。公平がそう言うと彼女は素直に答えた。


「ボクは、本当のランク100になった。『レベル5』による疑似的なものじゃない。今ならどんなことでもできる」

「はあ。……え?なに?もしかしてそれが理由?そんなこと俺は別に……」

「理由は別にある。……キミのことだよ。公平」

「俺?」

「ボクと一緒に居たら。キミが危ないんだ」

「……どういうこと?」


 エックスは一瞬目を落とした。言うべきか迷っているようであった。


「ボクはランク99になってから百年以上鍛錬を積んだ。だけどランク100には決して到達しなかった。無限のキャンバスは普通にやったんじゃ手が届かない。鍛錬だけでは無理なんだ」

「じゃあどうして……」

「キミの『レベル5』。あれでランク100に届いて、そして戻らなくなった。……つまり。ランク99の壁は鍛錬だけでは破ることが出来ない。外部的な要因で一時的にでもいいから無理やり破る必要がある。その瞬間、ランク99に戻ろうとする力を振り切ってしまうほどの鍛錬を重ねた時、ランク100の領域に、真の意味で届く。……最後の壁を破る魔法を使えるのは、公平だけだ」

「い、いやいや待て待て。俺だけってことはないじゃん。そりゃさ、ランク99のキャンバスは必要だよ。でもそこまでいけば自分で作るやつだっているんじゃないの?魔法の炎だって色んな種類があるしさ」


 その言葉を否定するように頭を振る。


「あの魔法は例外だ。キャンバスを広げる魔法は人間や魔女を全能の存在に変える力。誰にだって使えていい物じゃない。一度使用者が確定すれば、そのキャンバスがない限りは使用することはできない。この『連鎖』にはそういうプロテクトがかかっている」

「れ、れんさ?」


 急によく分からない単語が出てきて困惑する。


「いや、というか。なんでそんな事分かるんだよ」

「……見たからね」


 エックスは小さく笑って言った。表情と裏腹に彼女の口調は暗い。


「ランク100は、全能の力。そう言っただろう?その力で調べた。『連鎖』の置いてある無数の世界全部を俯瞰で見て、あらゆる情報を抽出した。それで分かったんだ」


 エックスの言っていることは殆ど理解できなかった。わざと分からないような説明の仕方をしているに感じる。一人だけ置いていかれたような気持ちになった。それでも。キャンバスを広げる魔法を使える者は、自分以外には存在しないということは分かった。


「そ、それで?それの何が問題だって」

「もしも。ボクがの存在が。ランク100の魔女の存在が知られたとして。そこに至った経緯を知ってしまったとして。この力を手にしようとした時、最初に襲われるのはキミだ」

「……だから、俺が危ないって?」


 ようやく彼女の言いたいことが分かった。自分を守るために離れるというのだ。エックスは笑っているのに泣きそうな顔だった。


「本当はさ。キライになったって言おうと思ったんだ。本当の理由なんか話さないでさ。バイバイって別れようと思ってた。だけど、ダメだね。全能なんてウソだよ。ボクはそういう嘘は吐けないみたいだ」

「……誰が襲ってきたって関係ない。どんな奴だろうと蹴散らすだけだ。俺は負けないよ」

「……それは、キミが世界最強だから?」

「うん」

「なら。ボクと戦ってよ」

「え?」

「ボクと戦って。ボクに勝ってみせて。もしもボクを倒せたら、キミの強さを認める。誰が襲ってきたって問題ないって信じられる」




 そして。二人は『箱庭』へと移動する。エックスの身体を見上げる。彼女のランクは100。全能の力を手に入れたという。だが、公平も疑似的・時間制限付きではあるがランク100に到達できる。そういう意味では互角のはずだ。


「はじめようか」


 エックスは呟くように言った。暗い瞳で公平を見下ろす。ここで証明する。彼女を守るために手に入れた力を。手を前にかざした。


「『レベル5』!」


 緋色の刃を握り締める。『箱庭』全域にキャンバスが広がる。その瞬間、エックスのキャンバスの巨大さを思い知らされる。同じ次元に近づいたことでようやく理解できた。冷や汗が落ちる。自分が持っている疑似的なものと本物とではその大きさがまるで違う。公平のキャンバスを一つの街とするなら、エックスの物は宇宙のようだ。

 怯むな。自分に言い聞かせる。

 どれだけキャンバスが広くても現実世界に展開されているという点は同じ。刃をエックスに向ける。緋色の輝きと共に彼が見てきた最強と言えるあらゆる魔法を発動させる。


「『未知なる一矢・完全開放』!『星の剣・完全開放』!『世界の蒼槍・完全開放』!『勝利の剣・完全開放』!『断罪の剣・完全開放』!『荒神の引き金・完全開放』!」


 最初から全力全開。対魔女戦の基本は敵が油断している瞬間に一気に決めること。エックスはまだ動きを見せていない。今なら初撃で決められるはず。


「いけええええ!」


 公平の叫びと共に、五つの魔法が力を解放する。迫りくる攻撃を前にエックスはゆっくりと手を前に出した。次の瞬間、途方もない衝撃が公平を襲った。魔法は全部打ち砕かれて、彼自身も大きく吹き飛ばされる。

 かろうじて生きている。公平が顔を上げると『箱庭』の全域は壊滅していた。ビルの瓦礫すら残らない。目の前に広がるのは何もない更地である。『箱庭』は公平の住んでいた街の再現。その全部を消し飛ばすことも今のエックスには容易い。

 『レベル5』は消滅した。もう一度発動するだけの余力はない。エックスはそんな状態の公平に言った。


「次は?」

「あ、あああああああ!」


 雄たけびを上げて立ち上がる。その手にあるのは『レベル4』。今の公平にはこれが最大戦力。この力を向けたくはなかった。だがエックスに力を証明するためには、もう手段は選んでいられない。

 むやみやたらに刃を振るう。エックスはその攻撃を涼しい顔で躱している。避けるということは当たればまずいということ。一撃でも当てれば勝てる。この絶望的な戦いで初めて希望を感じた。近づけば的が大きくなって当てやすくなる。そう思って前に出ようとしたとき。


「一撃でも当てれば、ボクに勝てると思っているね」

「っ!?」


 希望を磨り潰すように言い放つ。


「なら。当たりやすいようにしてあげるよ」


 直後、エックスの姿が消えた。同時に『箱庭』の世界を巨大な影が覆う。咄嗟に空を見上げた。


「な、に……?」


 視界いっぱいにエックスの顔が広がっている。更地になった街を丸ごと覆いつくす身体は、それでも全容を窺い知ることが出来ないほどに巨大である。ランク100は全能の力。巨大な魔女の身体を更に大きくすることだって出来る。


「……や、そんなに大きくなってどうするんだよ?」


 次の瞬間公平の身体が浮き上がってしまうほどの上昇気流が発生する。エックスが息を吸い込んでいるのだと分かった。心の中に彼女の声が響く。


『さあ。どうする?今ならその刃も簡単に当たるんじゃない?』

「く、くそ……!」


 半ばヤケクソ気味に刃を振る。エックスを斬るはずの一撃は僅かな傷も付けることが出来なかった。


「な、なんで……?」


 当たれば危険だから避けていたのでは、と公平は思う。エックスの声が心の中で返ってくる。


『その魔法は確かに強い。その気になれば星だって斬れるだろうね。……ただ。残念だけどボクを相手にするには次元が低すぎる』


 そして。彼女はろうそくの火を消すよりも優しく、ささやかに息を吹きかけた。甘い吐息が暴風となり、その勢いで地面に叩き落され、吹き飛ばされ、何が何だか分からなくなる。

 全てが終わった後。元の大きさに戻ったエックスは公平の元へ歩み寄る。しゃがみこむと両足の間でピクリとも動かない小さな存在を見下ろした。生きているのは幸運だったのでも彼が頑丈だったのでもない。ただ殺さないようにと加減しただけの事だ。最初から最後まで彼は彼女に生かされていた。これは戦いですらなかったのだ。

 エックスは公平を拾い上げて右手に載せた。それからその真上に左手をかざす。暖かな光が降り注いで、傷が完全に消えた。これで本当に最後だ。


「じゃあね。公平。……ゴメンね。バイバイ」


 そして、エックスを守るために世界最強の魔法使いとなった男は、彼女の吐息一つに敗れてしまったのであった。




 エックスは公平を人間世界へと返すと、『連鎖』が見える大きさにまで巨大化した。『連鎖』とは複数の異世界・宇宙の集合である。『連鎖』上の世界たちは互いに関係しあっていて、言葉や文化が近いものになる。それが俯瞰で見える大きさになったということは、その気になれば世界そのものを潰してしまえる大きさだということ。『箱庭』よりも大きくなった時も全く本気ではなかった。どこまでの事ができるのかは彼女自身にも分からない。

 この一つに公平がいる。これから始めることを思うときゅうっと心が締め付けられた。それでもやる。両手を人間世界の上にかざす。


「人間世界を離れるんですね。それでいいなら私は構いません。でも私はローズみたいに優しくはないですから、人間を守るなんて絶対にイヤですよ」


 最後にワールドとした会話を思い出す。彼女はエックスがランク100に到達したのを気付いていたらしい。

 暗に人間世界を離れるなと言っているのが分かる。彼らを守るなら自分で守れと。だがエックスの気持ちは変わらなかった。


「守ってほしいとは言わない」


 人間は自分の身は自分で守ることが出来るくらいには強い。


「気にかけろとも言わない」


 ずっと見守らなければならないほど人間は幼くはない。


「ただ、彼らの存在を受け入れてほしいんだ。きっと、もう少し先の未来では今よりいい関係を築けると思うから」


 ワールドは「分かった」とは言わなかった。ただ「そうですか」と言っただけである。それでもその声の調子から、きっと大丈夫だろうとエックスは思った。


「……『起動せよ。UTOPIA』」


 『UTOPIA』はユートピアの魔法。ランク99の彼女が使っていた時は完全ではなかった。ランク100の者が使えば、対象の心どころか世界そのものを理想の形に改変できる。

 魔法が動き出した瞬間。人間世界はエックスの理想郷に書き換えられた。彼女の理想郷は公平が幸せに生きていける世界。魔法のことを忘れて平和に生きていける世界。いつか魔法の時代が来た時には最高の魔法使いとして輝ける世界。




 そして。自分なんていない世界。

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