「最強」の刃⑥
「やった……?」
ワールドが呟く。その直後に、煙の中から何かが飛び出す。
「っ!?」
その右腕がトリガーの首を掴みかかる。正体はユートピア。彼女の身体は傷だらけだったが、それでも致命傷には至らなかった。
「……ふ、ふふふ。加減したねトリガー。そりゃそうだ。お仲間のムシケラどもがこの『箱庭』にはいる」
「く、くっ……」
トリガーが本気で『完全開放』を撃てば『箱庭』を丸ごと焼き尽してしまう。彼女にはそれが出来ない。他の魔女たちはともかく、ここには本来ならば魔女同士の争いには無関係だったはずの人間もいるのだ。彼らまで犠牲には出来ない。
必死に両腕両脚を動かして、ユートピアの手から脱出しようとする。しかし首を抑える力は強く、まるでビクともしなかった。
「トリガー!」
「このっ!」
ワールドとローズが彼女を助けようと飛び込んでくる。
「ふんっ!」
見計らったかのようにトリガーを放り投げ、二人にぶつける。
「うあっ!」
「きゃあ!」
そして、ユートピアは両手に魔力を集めた。
「『切り裂け。BLADE』!この手に来い、『星の剣』!」
同時に二つの魔法を発動させる。右手には自分自身の剣が。左手にはエックスから奪った剣が。剣の魔法において、頂点に近い二本が彼女の手に揃う。怯んでいる三人の魔女に向かって剣を振った。放たれた斬撃が彼女たちを切り裂かんと迫りくる。
「させるかあ!『ガガガ・オレガゴーレム』!」
地上を走る吾我のバイクが変形、ロボットに変わり巨大化。そのままジェット噴射で飛んでいき、魔女たちの前で大の字になる。ユートピアの斬撃を受け止めて爆発した。ワールドたちはそれを唖然とした表情で見た。
「……ちっ。ムシケラの分際で生意気な」
ユートピアが吾我を見下ろす。その視線に背筋が凍る。
「……だが!」
ウィッチの時のような根源的な恐怖ではない。まだ戦える。
「ここからは俺も加わる……!『ガガガ・オレガアーマー』!」
再度発動した魔法のロボットを今度は鎧のように纏い、魔女たちの前に出る。
「『ゲアリア』!」
更に三人の傷を治癒。彼は公平からウィッチのキャンバスを受け取っている。より強力な回復魔法が使えるようになっていた。
傷が癒えたトリガーとワールド。二人は他の何かを考えるよりも前に、目の前にいる吾我の恰好にゾッとした。
「な、なんですコレは?魔法のつもり?」
「……気持ちわる」
聞こえないように小声で言う。あまりに魔法らしくない魔法なので生理的な嫌悪感を抱いてしまったのだ。
「お疲れ、弟子一号!勝ったの?」
「いいや。高野レンが変わってくれた。で、アンタが気になったんでこっちに来たんだ」
「そう。まあ……それならそれでいいわ。師匠と弟子。一緒に戦うなんてワクワクするじゃない!」
そしてユートピアに視線を向ける。ワールドとトリガーは相変わらず気持ち悪いと思っているのだが、ローズが特に気にしていないようなので、気にしないふりをすることにする。
「……全く。ムシケラどもが集まってどういうつもりだか」
ユートピアの両手の剣が再び輝く。攻撃の準備を整えながらも、その頭にあったのはいくつかの疑問だけであった。『レベル5』を失ったからと言って、どうして公平がこちらにいないのか。その公平はどうしていつまで経っても戻ってこないのか。そもそも、どうしてヴィクトリーではなくローズがこちらにいるのか。
彼らの敵はランク99の魔女。かつて多くの魔女が立ち向かい、遂に心を折ることでしか倒すことのできなかった最強の魔女、エックスと同等の力。本当にここで倒すつもりがあるのなら最強戦力を回すべきなのはこちらである。この面々が相手ならば、彼女が本気を出せばとうの昔に全員血祭りにあげている。
「……まさか」
その瞬間、ユートピアは気付いた。公平は気付いている。自分の魔法『UTOPIA』の持つ弱点に。だからこちらに自分やヴィクトリーが居なくても問題ないと判断したのだ。
視線の端で爆炎が上がる。丁度その位置でソードが敗れたのを感じた。ぐずぐずしていればヴィクトリーまでこちらに来る。ユートピアは翻り爆炎の方へと向かう。ワールドたちは彼女を追いかけた。
「……うっとおしい!」
背を向けたまま斬撃を放つ。当たらなくてもいい。一瞬でも追跡者たちの気を逸らすことができればそれでいい。その一瞬で一気にスピードを上げてソードの元まで向かう。
「きゃあ!?」
「な、なに!?」
暴風を起こしながら地面を滑って降り立つ。その勢いでミライとヴィクトリーを吹き飛ばす。倒れこんでいるソードに歩み寄る。
「あ、ユート……」
「お疲れ。うん。その状態じゃあもう戦えないね」
「な、にを……」
それ以上ユートピアは答えない。代わりに『悪魔の腕』を行使する。
「く、あああ!」
「まあ、二流だけど悪くないキャンバスだ。動けない魔女にはもったいないね。『ボク』が有効活用させてもらう」
「貴様……!」
動けないソードは無視。追ってくる敵に向かって手を伸ばす。
「『断罪の剣・完全開放』!」
「なっ!?」
四人の周囲に剣のネットワークが展開される。魔力場が彼女たちを縛り上げる。
「どうして公平クンが追ってこないのか。どうしてさっさとキサナドゥのキャンバスを回収して戻ってこないのかようやく分かった。彼は『ボク』の魔法の弱点に気付いたんだ」
彼女の魔法の弱点。それは操った相手のキャンバスの広さと同じだけ、彼女自身のキャンバスのリソースも消費されるという事。
キサナドゥはエックス本来のキャンバスの4/5を所持している。ランクとキャンバスの広さの関係式をもとに計算すると、79~80の広さ。それと同じだけ、ユートピアのキャンバスも使われることになるのだ。奪い取った他の魔女のキャンバスを無視すれば本来の力の1/5しか扱えない。
ソードの屋敷で戦った時、ヴィクトリーを解放したのもそのためだ。それだけのキャンバスが使えなくては幾ら本調子ではないとは言えエックスを相手に戦えない。
「エックスを操るのにリソースを割いている今なら、いくら『ボク』でもキミたち三人を相手にするのは難しい。そうなればキサナドゥを開放して、本来の力で戦わざるを得ない。……公平クンはそう考えたのかな。悪いけどそうはいかない」
しかし彼女はそれを選ばなかった。代わりにソードのキャンバスを奪うことにした。これで十分に戦える。心が高鳴る。ただの人間がその小さな脳みそで必死に自分を追い詰めてきた。早く公平と戦いたい。早く公平が欲しい
「そこの前座に退場してもらう!」
咄嗟にローズは弟子である吾我を手の中に包みこんで守ろうとする。ワールドは無防備になったローズを庇おうとする。剣が分散してくるのならばこれでも十分対処できると考えて。そして、ユートピアはそこまで読み切っていた。
「まずはトリガー!」
宣言通り、13本の剣は全てトリガーに狙いを定めて放たれる。
「くっ……あっ……!」
剣が突き立てられる。血が流れだした。ユートピアは腕を上に掲げた。連動するように魔力場ごとトリガーの身体も上昇。ワールドとローズを置き去りにする。そして、剣の力が炸裂した。トリガーの身体が爆炎に包まれる。血だらけで地面に落ちる彼女の姿に、ワールドは視線を向けた。その一瞬。ワールドが目を離したその一瞬で、彼女の懐まで入り込み、『星の剣』で切り裂く。これで二人。
「あ、あ、そんな」
ギュッと吾我を手の中に隠して、倒れた二人をそれぞれ見下ろすローズ。ほんの数秒で二人がやられてしまった。どうすればいいのか分からなくなって頭が真っ白になる。その隙にユートピアは斬撃を放った。悲鳴を上げながら彼女も落ちていく。
「コレで全滅。当てが外れたねえ。公平クン」
彼の気配に意識を向ける。これでエックスを解放することは出来ない。所持するキャンバスの広さも大きく変わった。この状況ではキサナドゥからキャンバスを奪う以外には選択肢は無いはず。
「──これで」
堪え切れず笑みが零れた。これで。あの巨大な感情とぶつかり合うことが出来る。想い人を奪った敵に対する、憎しみと殺意。或いは愛と絆よりも大きな感情。それを受け止め、塗りつぶし、反転させる。その時こそエックスから全てを奪い取る瞬間なのだ。舌なめずりしながら、彼の元へと向かう。
公平はユートピアが近づいてくるのを感じとった。ワールドたちは敗れたらしい。だが死んではいない。吾我がいるのならきっと回復してくれるはず。
キサナドゥとの戦いに『レベル4』は殆ど必要が無かった。キサナドゥはエックスの妨害で攻撃できず、公平はエックスの姿をしたキサナドゥを攻撃できない。
そう。今、必要な魔法は『レベル4』ではないのだ。魔力を右手に集めて大きく上昇する。キサナドゥを見下した。向こうからユートピアが迫ってくる。この位置、この瞬間だ。手を前に出して叫ぶ。
「『悪魔の腕』!」
キサナドゥの内部に、キャンバスを奪う腕が入り込んだ。
ユートピアは遂に辿りついた。上空には公平がいる。魔法を失ったであろうキサナドゥにエックスの最後のキャンバスを渡す。公平は自身のランク99のキャンバスに加えて、エックスのキャンバスの4/5を所有している。二対一でないと不利だ。キャンバスを得たことでキサナドゥは浮遊の魔法を張りなおす。
「さあ。始めよう。公平クン。『ボク』を倒すんだろう?エックスを取り戻したいんだろう。なら決戦だ!さあ、さあ!『ボク』とキミの、最終決戦だ!」
「ユートピア。一つ聞かせろ」
「うん?何かな?」
「お前、愛とか絆とかの力って信じるか?」
「……ああ。信じているよ。魔法は想いを現実に変える力。だから強い想いは──」
「ああ、いや。そういう事じゃないんだ」
ユートピアは公平を見上げた。彼の小さな身体が少しずつ、落ちてくる。
「何だ?」
「確かな力があるんだよ。大好きな人を助けたいって気持ちにはさ。自分の全部を捨てる勇気をくれる」
公平が見つめているのは、緋色の瞳だけ。
「命だって惜しくない。俺が持っているものは何だって捨てられる」
緋色の瞳は、公平だけを見つめていた。
「俺の仕事はここまでだ」
彼女は、彼をその手に包みこむ。そして。強い意志を秘めた瞳が振り返る。
「えっ!?」
「ユートピアァ!」
大きく脚をあげ、宿敵の顔に向かって回し蹴りを仕掛けた。ユートピアは咄嗟に腕で防いだ。腕が痺れる。身体と身体が触れ合った瞬間にキサナドゥへのアクセスを試みる。だが、通信できない。この身体の中にキナナドゥがいない。つまりこの身体を動かしているのは。
「な、なんだ?何が起きた?な、何で、エックスが!」
「そんなの決まってンだろ!愛とか絆とかの力だよ!」