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未知との出会い  作者: En
第三章
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「最強」の刃④

「おや。どうしたんだコレは」


 ユートピアが現れたのは『箱庭』の上空。エックスによって作り上げられた模型の街並みはあまりに成功に出来ていて、彼女はここが人間世界ではないことに一瞬気付けなかった。一緒に来たはずのソードや二人の魔人はそれぞれ数十キロ離れた別々の場所に出現した。そばに居るのはキサナドゥだけ。


「……そういう事か」

「かかったなあユートピア」


 耳に届いた声に視線を向ける。模型のビルの上に公平が立っていた。そして彼の頭上、空中に空間の裂け目が開き、三人の魔女が出現する。


「ワールド……。そうか貴女の仕業ね!」


 キサナドゥがワールドを指差した。彼女は微笑みを浮かべる。


「ええ。上手く騙せたようですね。一緒に来た連中は他の者が相手をしています」


 ワールドの仕掛けは完璧であった。格上の相手であるユートピアですら張られた罠に気付かなかったほどである。


「エックス……」


 公平は空を見上げて呟いた。キサナドゥに支配されたエックス。今日ここで必ず取り戻す。

 眼前の魔女たちはいずれもトップクラスの実力者。だがしかし、ユートピアはそのいずれもあまり意識していない。気にかかるのはたった一人だけだ。


「やあ。公平クン。久しぶり」

「……へえ。俺の名前なんか覚えてたのか」


 人間の名前をちゃんと覚えて、名前で呼んでくる魔女なんて珍しい。一応は味方に付いたはずのワールドですら名前ではなく『人間』とか『ムシケラ』とかの呼び方をする。もしかしたら覚えていないのかもしれないと思っているくらいだ。

 ユートピアは胸に手を当てた。強い想いを言葉にのせて語り掛ける。


「覚えているさ。『レベル5』。素敵な魔法だ。久しぶりにこの心が高鳴ったよ」


 公平は自分を見つめるユートピアの視線が、何か異様な熱を帯びていることに気付いた。


「お前……何のつもりだ」

「……ねえ公平クン。一つ提案があるんだけど」

「提案?」

「エックスを解放する。だから、代わりに『ボク』のものになってよ」

「……何だと」


 公平は眉間にしわを寄せた。


「『ボク』の魔法を、いや。『ボク』を受け入れてほしい。そうすれば、エックスを開放してもいい」


 公平は周囲の空気がピンと張り詰めたのを感じた。たまらずワールドが口を開く。


「人間!そんな提案は……!」


 直後、強大なエネルギーを秘めた光の弾がワールドを吹き飛ばす。模型のビルが巨体に押し潰された。膝をついた状態でユートピアを見上げる。


「くっ……!」

「お前の意見は聞いていないぞワールド。『ボク』は今、公平クンと話をしているんだ」


 再び彼女の視線が公平に向けられる。


「さあ。どうする?」


 エックスはキサナドゥの中で叫んだ。ユートピアを受け入れてはいけない、と。

 公平にはその声は届かない。だがしかし、届かずともよかった。不敵に笑いながらユートピアに言い放つ。


「決まってンだろ。そんなモン誰が呑むか!」


 周りの雰囲気が一気に弛緩したものに変わったのを公平は感じた。

 エックスもキサナドゥの中でこれを聞いていた。ホッとしたような拍子抜けしたような乾いた笑いが思わずこぼれる。


「……公平らしいや」


 柔らかな空気にユートピアだけがついてこれていない。相変わらず笑顔ではあるが、その表情はほんの僅かに強張った。どこか戸惑いの色が窺える。


「……へえ。……いいけど。まあ、いいけど……。でも……『ボク』の提案だって悪くないと思うけど。……良ければ理由を聞かせてもらってもいいかい」

「それはなあ……。エックスを奪ったお前を、俺は死ぬほどぶっ潰してえからだよ!」


 そう言って公平は手を前に出した。


「『レベル5』!」

「『BAN』!」


 ユートピアの指から放たれた魔法が公平の手から『レベル5』を弾き飛ばす。この瞬間、彼は切り札にして最強の魔法を封じられたことになる。


「これでも?これでもまだ『ボク』と戦うっていうの?」

「……戦うさ」


 諦める理由はない。代わりに手に取った黒い刃、『レベル4』。これも以前、封印された魔法だ。どんなに強い魔女であろうと空間ごと切り裂くことができる必殺の魔法である。だがそれを前にしてもユートピアは動かない。


「コイツは封印しなくていいのかよ」

「一度見切った魔法を封印する必要はないからね」


 彼女の言う通り、『レベル4』では勝てないかもしれない。不利になったことに変わりはない。だがしかし。内心で公平はほくそ笑んでいる。一歩、ユートピアを追い詰めたと。彼の想像通りなら彼女は『レベル4』を封印してこないはずだった。正確に言えば、彼女は『レベル4』を封印できないはずなのだ。


「そう。ユートピアと戦い、倒す。それ以外の道はないですよ人間?」


 ワールドが合流する。公平は小さく笑った。


「さあ始めようユートピア。テメエは俺がぶっ潰す!」




「あの時のリベンジだ!キサマら二人とも引き裂いてやる!」

「あの時のように仕留めるだけだ!」


 吾我の斧とファルコの鉤爪がぶつかり合う。かと思えば猛スピードで上空へと離れていき、旋回してまた攻撃してくる。

 魔人側も対策を取ってきた。杉本相手では相性が悪い。ファルコがどれだけ早く動こうと磔にされればそれで終わり。だから、相手をしないことにした。杉本はスタッグに任せる。


「以前のようにいくと思うな!」

「……!」


 吾我の頬に冷や汗が流れる。戦う相手を変えただけではない。前回戦った時よりも強く速くなっているのだ。動体視力を鍛えて、更にそれを魔力で極限まで強化してようやくギリギリ反応できている状態だ。再び空へと離れたファルコを目で追いかける。


「ならば……!『バララ・ギ・オレガフライ』!」


 蜻蛉の大群が空を覆いつくす。高速で飛び回るファルコを追いかけながら光線を撃つ。彼は舞うようにして包囲網を掻い潜り、地上の吾我に狙いを定める。

 脚を前に出して、蹴りこむ姿勢を取る。その瞬間に四方八方から光線が放たれた。逃げ場がないことをファルコは悟る。この状況ではどれだけ早く逃げてもどれかには当たる。


「これで終わりだ!ファルコ!」

「舐……めるなあああああ!」


 吾我の目が大きく見開かれる。ファルコは光線の包囲から逃げなかった。真っ直ぐに真正面から向かってくる。光が何度も何度も彼の身体を貫いた。血が噴き出してそれでもなお止まらない。


「殺す!刺し違えてでもキサマを殺す!」

「なにっ!?」


 咄嗟に斧を手に取り振り切る。魔人の鉤爪が胸を貫くのが速いか、斧が魔人の身体を切り裂くのが速いか。決着がつくその刹那に。誰かがファルコを吹き飛ばした。翼を大きく羽ばたかせて空にとどまる。


「誰だ!?」


 そして、そこにいる者の姿に目を疑う。


「お前……誰だ?」


 吾我は思わず尋ねてしまった。見たことのない魔人が立っていた。両腕両脚、そして背中も硬そうな甲羅で覆われている。初見の印象はカメの魔人。その身体が光に包まれる。


「……レオン。貴様ァ……!」

「レオン?高野レンか!?どういうことだ!?」

「私の身体は変幻自在。そういう魔人ですから」


 光が消えて、緑色のトカゲのような姿になる。獅子の魔人ではなかったのだ。その真の正体カメレオンの魔人。獅子の姿は彼女が変身できる無数の姿の一つだったと吾我は気付いた。


「裏切るのか!?母さんを!」


 高野はファルコを見上げた。


「思い直しただけです。ソードは私の、私たちのお父さんとお母さんを殺した魔女。……アイツに従っていたことがそもそも間違いだった!」

「……何を言っている?」

「貴方の両親もアイツに殺されたの!このままアイツに従ったって……」


 その瞬間ファルコが翼を大きく羽ばたかせて刃のように鋭利は羽を飛ばす。吾我と高野は咄嗟に躱した。


「レオン……。お前は……今更そんなことを言っているのか?」

「何ですって……?」

「分かりきったことじゃないか。分かった上で僕は母さんに従っている」

「なにっ!?」


 吾我の反応にファルコは小さく笑った。


「母さんは生まれた瞬間にボクを潰すことだって出来た。だがそうはしなかった。ここまで育ててくれた。魔法をくれた。だからこの命は母さんのものだ。母さんのために消費する。母さんが望めば今すぐにでも投げ出す。そこには一切の躊躇いもない!」

「アイツ……どうかしてる」

「吾我レイジ」


 高野の呼びかけに顔を向ける。


「この場は。ファルコは私が止めます。貴方は杉本クンを助けに……」

「アイツは強い。俺が助けに行かなくても平気だ。……この場を任せていいんだったらもっと気になる所に行くが」


 高野は一瞬だけ顔を落とした。だがすぐに視線を戻す。


「分かりました。この場は、私に預けて下さい」

「ああ」


 そう言って吾我は魔法のバイクを発動させその場を離れる。ファルコは上空でそれを見つめる。


「逃がすか」

「いえ!」


 高野の身体が再び光に包まれる。追いかけようとするファルコの真下に飛び込んだ。光の向こうにある彼女の姿は彼と瓜二つのもの。そこに居たのはもう一人の魔人ファルコだった。


「レオン……!貴様ァ!」

「最後の勝負!行くぞファルコ!」


 彼女はまだ納得できていない。彼女は納得したい。高野レンは納得できる生き方をしたいのだ。




 ファルコとの距離がどんどん離れていく。以前戦った時と同じだ。どちらかがピンチになった時に助けに入るのを防ぐためだろう。

 だが今回は以前とは違う。そういう作戦だと分かっている以上は狼狽えない。杉本はかつて倒した相手だ。確実に倒してファルコの元へと戻るだけ。

 事実、杉本はここまで防戦一方である。どれだけ『杭』を打ち込まれてもほんの一瞬動きが止まるだけ。釘付けにされた部位を切断すれば、すぐに戦線復帰できる。有効打は与えられていないがいずれ仕留められるのだ。

 振り下ろされたスタッグの刃を杉本の『杭』が固定させた。すぐさまそれを廃棄し、次の刃に持ち替えて斬りかかる。杭による迎撃では間に合わないと判断した杉本は大きく後ろに跳び下がった。ほんの僅かだが、彼の胸部から血が飛び散る。


「……くっ!」

「お前は俺とファルコを遠ざけたつもりだろう。……だが。逆に言えばお前は仲間との距離を取られたことになる。そして俺はお前を以前一度倒している。勝負は見えたな」


 その言葉に杉本の唇が僅かに歪んだ。


「そう思うなら。試してみろよ」


 スタッグは何か嫌な予感をした。虫の知らせだろうか。だがぐずぐずしてはいられない。ここで手早く杉本を仕留めてファルコの元へと戻らなければならないのだ。地面を強く蹴り、走り出す。杉本が待っていたのはこの瞬間だった。


「『バララ・ギ・ハリツケライト』!」

「無駄だ!」


 無数の『杭』がスタッグの全身のいたるところに打ち込まれた。だがしかし。どれだけ『杭』の力で磔にされようと彼はそれを強引に破って脱出できる。


「こんなものは無意味……」


 そう思った。だがしかし、スタッグの身体はピクリとも動かせない。心臓を潰されるギリギリの強さで握られたような感覚が襲う。


「な、なんだこれは。何が……?何をした!?」

「手や足を動かそうとしたとき、その前に必ず他の部位が動く」


 杉本の『杭』は身体を動かすために必要なありとあらゆる部位を磔にしていた。腕を動かす前に動くはずの部位が動かない。それでも無理やり脱出しようと思ったら、全身を数十の破片になるまでバラバラにしなくてはならない。そんなことをすれば如何に魔人の超再生能力があろうと死んでしまう。


「く……く……」

「逃げたければどうぞ。逃げられるものなら」

「い、いずれ『杭』の効果は切れる。そうなれば」

「そうなったら次の『杭』を打ち込むだけですよ」


 杉本は冷たく言い放った。スタッグは何も言い返すことが出来ない。『オーバーヒート』も使えない。ここで杉本を仕留めたところでファルコに合流する前に魔人化が解ける。反動で戦えなくなる。


「やってみて分かったんですけど。僕の魔法ってアナタとも相性がいいものだったんですよね」


 ここまで効果的に杭を打ち込む技術が身に着いたのは吾我やローズとの修業の賜物である。それが無ければきっと負けていた。


「貴様……。これで俺をどうするつもりだ……!」

「ただ逃がさないだけですよ。僕は他のみんなが勝つことを信じるだけだ。万が一にもお前に邪魔させないためにここで足止めし続ける」


 言うと杉本はその場に座り込んだ。


「さあ。ここで他の戦いを見守ろうじゃないですか」


 顔を右に向ける。ずっと遠くで行われる魔女同士のぶつかり合いが地面を揺らした。

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