「最強」の刃①
公平は高校生時代に通っていた学校にいる。新潟県にある普通科高校。3-2組の教室の中で、一人で着席していた。久しぶりの学生服を着て、時計をぼんやりと眺めながら何かを待っている。その人の顔を思い浮かべた瞬間、教室の扉が開いた。
「……エックス」
見慣れないセーラー服姿で、彼女は人間大の大きさになって歩いてきた。一つ前の席に座って椅子ごと身体を公平に向けてくる。
「分かるよね。公平。コレは、夢だよ」
あ、と思わず声を上げ、頷いた。自分は高校生ではない。エックスはセーラー服なんて着ない。彼女は今、自分に語り掛けてはこない。だからこれは夢の中の出来事でしかないのだ。
公平は嬉しくもあった。夢の中でも彼女に会えた。そしてそう思う自分が情けなく感じる。情けない自分にお似合いの情けない世界だ。平和でしかなかったころの過去に、大好きな人がいる。ただ現実から目を背けただけの夢。
「俺はどうしたらいいのかな」
「公平がやるべき事は、公平にしか分からないよ。ボクに分かるのはボクがやるべき事だけだ」
エックスはそこで立ち上がった。そして『未知なる一矢』を構える。
「ボクは公平を世界最強の魔法使いにする。夢の中の幻だって特訓は出来るんだよ?」
彼女は本当のエックスではない。これはただの夢でしかない。だがしかし、夢の中であっても彼女がどう動いてどう戦うかを再現できるくらいにはずっと一緒に居て、ずっと修業をつけられてきた。公平もまた武器を手に取る。やるべき事は分かった。強くなって、強くなって、誰よりも強くなってエックスを救う事。たったそれだけだ。公平は剣を振り上げた。机も椅子も薙ぎ払った。教室も学校もズタズタにした。そんなことを一切無視して刃と刃がぶつかり合う。知らず知らずの内に公平は笑っていた。一手打ち込むたびにエックスは語りかけてくる。
「ユートピアの魔法。攻略の糸口は見えているかな?」
「ああ。考えてみればおかしいところがいくつかある」
どうしてユートピアはトリガーの『引き金』を封印しなかったのか。どうしてエックスの魔法を返してまで真っ向勝負を挑んだのか。どうしてトリガーやヴィクトリーにかかった洗脳は解けたのか。どうしてエックスを操ったユートピアは、その後他の魔女を洗脳しなかったのか。
少しずつ。二人でユートピアの魔法を紐解いていく。ユートピアの魔法は理想を現実に変えるものが多い。心を支配すること。魔法を封印すること。魔人という強い自分に変わること。だが、それらは完全ではない。そのほんの小さな致命傷に公平はたどり着きつつある。
自分の事を鍛えてくれながら、一緒に考えてくれるエックスを見つめる。彼女は夢に出てくるただの幻だ。だからこれは彼女の姿を借りた自分との対話なのだ。答えはもう自分の中にあった。
「そうか。そういうことか……!」
もしも公平の直感が正しければユートピアの魔法を崩すことができる。そのためにはどうしても必要なものがある。エックスは大きく跳びあがって矢を放った。公平はその一撃を切り払う。
「それだってもうキミの中にある。もう掴んでいるはずだ」
「ああ。そうだな」
公平は大きく叫んだ。
「『最強の刃』!」
そして。それと同時に公平は目を開いた。
ローズの手の中で眠っていたことに気付く。同時に人間世界で大きな気配を感じた。ナイトとソード。
そして、彼女がそこにいる。
「好都合だよ」
公平はローズの手の中から飛び出した。
『レベル4』をソードに見せつける。
「恐いだろう。お前を一度ぶった斬ったこの魔法だ」
「一切。アレはただの油断だ。油断さえしなければ」
上空に展開されていた13本の『断罪の剣』の剣先が同時に公平の方を向く。無軌道に動きながら落ちてくる。『レベル4』によって一息に切り伏せられることを防ぐためだ。
「人間如きに!私を倒せるものか!」
「倒すさ」
ソードもユートピアも全部倒す。エックスを救うために邪魔なものは全て切り伏せる。
「まずい!逃げろ、公平!」
「大丈夫だよ」
ナイトにかけた声はどこか穏やかだった。剣と同時に直接攻撃しようと迫りくるソードは瞳の中に映ってはいても見てはいない。見えているのはエックスだけだ。
「俺さ。今最悪の気分だけど、同時に最高の気分なんだ。笑けてくるよ。今ならなんだってできる気がするんだ」
『レベル4』を大きく掲げる。
「『最強の刃・レベル5』!」
爆発的に魔力が膨れ上がって、『レベル4』の刃が緋色に輝く。発動と同時に公平は上を向き、叫んだ。
「『断罪の剣・完全開放』!」
「なにっ!?」
13本の剣が発動し、天に向かって伸びていく。ソードは無意識に足を止めその光景を見ていた。自身の『断罪の剣』を、公平の『断罪の剣』が貫き、破壊していく。彼女の『剣』の最後の一片まで消滅してからすぐに公平の『剣』も消えた。ほぼ互角ではある。だが事実として、ほんのわずかにではあるが人間の魔法に負けていたのだ。
「……どうなっている」
相殺なら分かる。相殺でもあり得ないことではあるがまだ分かる。例えば先ほど公平が発動させた『レベル5』の能力が完全な魔法のコピーだったらどうか。相殺される可能性もないことはない。だが現実として、僅かにではあるが撃ち負けた。あり得ない。敵の方がより大きなランクのキャンバスを持つ魔法使いだったとしても、練度の差がある以上負けることはあり得ない。最低でも相殺には出来るはずなのだ。何か根本的に違う。
「……何をしたキサマ!」
「当ててみろよ。『世界の蒼槍・完全開放』!『勝利の剣・完全開放』!」
バカな、とソードは思った。目の前にあるのはワールドとヴィクトリーの魔法。仮にコピーであっても人間の魔力であの二つの魔法を同時に使えるはずがない。第一キャンバスのリソースが足りない。いくらランク99のキャンバスを持っていようと。
「……まさか!」
咄嗟にソードは『断罪の剣』を手に取ろうとする。だが『世界の蒼槍』により発生した超重力がそれを許さない。ピクリとも動けなくなったところを『勝利の剣』に斬り飛ばされた。傷を回復させながら公平を睨む。
「いやだが……!それ以外あり得ない。キサマ……その魔法は!」
「ああそうさ」
公平は再び二つの魔法を発動させる。キサナドゥの虚ろな瞳が少し大きくなった。そこにあったのは、『未知なる一矢・完全開放』と『星の剣・完全開放』。
矢が連続的に放たれ、振り下ろされた剣から極大の光が発射した。ソードは咄嗟に両腕で防ぐも防御が追い付かない。大きく吹き飛ばされ、一瞬途切れそうになる意識を必死に保つ。地面に落ち、這いつくばりながらも顔を上げ、公平を見る。
「コイツの俺のキャンバスを広げる力を持つ『刃』。今の俺はランク100だ」
『最強の刃・レベル5』は最強の力を持つ刃ではない。担い手である公平を、一時的にとは言え最強の魔法使いに変える刃だ。
ランク100がどういうものかを肌で感じた。エックスから話だけは聞いていたが、数式の間違いだと決めつけてまるで信じなかった。今になって悪いことをしたと思う。自分のものにして初めて理解できたのだ。
ランク100のキャンバスは心の中を越えて現実の世界にまで広がる。現実世界に直接魔法をイメージして、そのまま発動できる。心の中から現実世界に出力する工程がないので魔力を必要としない。同様に心の中から現実へ出力する時に発生する劣化もない。それ故に、公平の魔法はソードの魔法を上回ることが出来たのだ。
一歩一歩と迫りくる公平の姿に、ソードは初めて恐怖を自覚した。震える足を何とか立たせる。完全に回復できずとも、この傷を治さなくてはならない。
「『ゲア……』」
「『悪魔の腕』」
ソードの詠唱よりも一瞬早く、『レベル5』が輝いた。魔法の腕が彼女の中へと伸びていき、ウィッチのキャンバスを奪い取る。それによって回復の魔法を使うことが出来なくなった。
「……く、そ」
「あとはテメエのキャンバスを……!」
更に一歩前に足を踏み出した時、『レベル5』が点滅し始めた。そうかと思えば光を失って、バラバラに砕ける。同時に公平はその場に倒れた。
慌ててナイトが彼に駆け寄って、拾い上げる。あまりにも強力な『レベル5』による負荷。五分も発動させていないが、それでも公平の身体に限界が来たのだ。
ナイトは小さく震えながらソードに言う。
「……い、今の貴女が相手なら。私でも相打ちくらいには出来るぞ。エックス……いや、キサナドゥを動かす気がないなら逃げたほうがいいんじゃないか」
「……逃げる、逃げるだと?人間相手に?く、く、く……」
キサナドゥがソードのすぐ横に降りた。ナイトは今、公平と一緒にいる。彼が傷つく可能性がある以上キサナドゥは戦えない。きっとエックスが邪魔をする。
「どうする?」
キサナドゥは虚ろな瞳で心配そうにのぞき込んできた。何を言われようともう戦えない。はらわたは煮えくり返っているが、これ以上はどうしようもない。ソードは魔女の世界へと通じる裂け目を開いた。
「この借りは必ず返すぞ……。人間……!」
吐き捨てるように言って、キサナドゥと共に魔女の世界へと戻っていく。ナイトはその場にへたり込んだ。
「……よかった。だが、ユートピアにお前の情報が渡ってしまったな。これではまた封印されて……」
「いや……。だからいいんだ」
「え?」
ナイトは不思議そうに公平の顔を見た。仕掛けはした。彼の顔は小さく笑っている。