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供え文  作者: 齋藤ごんきょう
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夢の苦み

「お…い、…いや。聞いて…のか…。」



「おい、快や。聞いてんのかいな。」



呆然としていた俺はしばらくコエを「声」として認識できていなかったらしい。気づけばカウンターには二名ほど常連のお客さんがいた。お互いに知った仲なのか話に華が咲いているようだ。今朝、学校で佐竹から冗談半分で聞いた噂話がここまで現実味を帯びて生活にその影を落とすとなると他人ごとではいられなかった。それからのバイトの時間は俺の半分が心ここにあらずといった状態に近く、完全に集中の糸が切れていた。

バイトを終え帰宅をするも普段であれば口にする夕飯も手を付けることなく、自室のベッドへと一目散に体を預けていた。こんな状況であってもベッドはいつ何時であれ俺を平等に受け止めてくれる。まさに今の俺はそういった存在を欲していた。そしてひとまず、明日学校に行ったら佐竹に「供え文」に関して詳しく話を聞こう。全てはそれからだ。


少し頭の整理がついたところで通学カバンからファイルを取り出す。ホームルームで配布された今後の進路、夢に関するアンケート用紙が顔を覗かせていた。この状況下ではだいぶ脂っこい。考えを巡らせるだけでも胸やけしそうだった。ひとまず気分転換にブラックコーヒーを飲むため、ギシギシと悲鳴をあげる階段を降りる。リビングには母がいた。これもまた年季が入ったからなのか、味わい深い茶色に変色したソファでくつろいでいる。


「あんた、夕飯は食べないわけ? せっかく作ったのに。」

「青春の悩みでお腹いっぱいでそれどころじゃない。今日はいらない。」


「お、なになにスパイシーな反抗期か少年よ。恋の悩み? 母さんで良かったら聞きますよ?」


反抗期にスパイシーもマイルドもあるかよとツッコミを入れつつ、安易に要らんことを言った自分に後悔し、ブラックコーヒーのセッティングをする。比較的ルーズな性格の持ち主で構成されている我が家で腑に落ちない点がコーヒーに関しては異常なまでの執着があるらしく、インスタントのものはない。いつ何時であれハンドドリップを余儀なくされる。今でこそ慣れた手つきでこなせるまでになったが最初は苦労した。そして不思議なものでコーヒーをドリップしている時間がたまらく好きになった。おそらく、じいちゃんからの受け売りで定着した我が家の習慣なのかもしれない。


ゆめ、ユメ、夢…。


ある一定の年齢を期に、ソイツを見ること考えること向き合うことを半ば強要される。もちろん、時の経過の中で自然発生的に夢を見つける人もいる。しかし自分はどうやらそっち側ではなかったらしい。まだ人生を十数年と少ししか生きていない自分にとっては難題中の難題だった。国語や数学の設問の解は学校の先生に聞くか、参考書を頼ればいい。ただ、夢に限っては現状、あいにく答えを持ち合わせていない。そしてこれからも。意を決し、ホームルームの話を踏まえて母に尋ねてみた。


「夢かぁ~。響きだけでもかゆくなるね、この歳になるとさ。快にもその命題を課される時が来たわけね。そしたらね、母さんが知っている、そして世の大人のほとんどがやっている夢との上手い付き合い方、見つけ方はね…」

いきなり満面の笑みで核心に迫る母に多少なりとも困惑しながらその先の言葉に期待を寄せてしまう。


「それは、折り合いをつけること~。」

拍子抜けだった。答えを聞けば夢に対しての道が明るく開けるものだと思っていた。母が出した答えはむしろ真逆で期待していた答えとはかけ離れたものだった。そして俺は理解ができなかった。鼻をくすぐるブラックコーヒーの香りと煮え切らない心のモヤモヤが渦巻きその場で発狂したくなった。

そんな俺を横目に母はお風呂場へと鼻歌を口ずさみながら向かって行った。


分からない。何もかもが分からなくなった。永遠に続く螺旋階段を登り続けている感覚にそれは近かった。



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