回りだす歯車
「ん、どした?」
祖父のその一言で動揺を隠せない俺は我に返った。佐竹が言っていたあの話、俺の周りで幼少期から囁かれていたあの「供え文」は現実として起こっているのか。そんなモヤモヤが俺の食欲ひいては味覚を鈍らせ、それまで美味しく感じられていたオムライスはすっかり別物になっていた。
「じいちゃんはさ、「供え文」ってきいたことある?その一面にも載っている。」
祖父は目を通していた記事から目を離し、慣れた手つきで新聞をひっくり返し、眼鏡を通さずに上目遣いで供え文に関する記事を今一度読む。
「確かにこの噂話は快も知っての通り、俺がガキの頃から既にこの地域では知れ渡っていた噂話よ。それがこうも立て続けに証言者が現れるとはいたずらにしちゃ少々出来過ぎたと思うな。まぁ、信じ難いがの」
「ちょっと、新聞貸して。」俺は自分の目でそこに書かれている記事を追った。
今月二十日、市内に住む女性(28)の証言によると、仕事を終えて帰宅すると自宅のポストに切手も送り主の記載もない封筒が一つ投函されていた。4ケタの数字「0819」と封筒の裏面右下に書かれてあるだけの封筒の封を切ると、中には便せんが三枚入っていたとのこと。恐る恐る内容に目を通すと、それは十年前の当時彼女が高校生だった頃、同じクラスの男性が綴ったラブレターであった。不可解なことに末尾に書かれていた日付は十年前のものであり、字体と便箋の状態からもどことなく当時の彼が書いた雰囲気がでていた。
不審に思った彼女は十年ぶりに友人のツテを使いその彼に連絡を取った。すると彼の口からは「身に覚えのない」の一点張りで白を切られてその場は終ってしまったとのこと。似たような事例が今月に入り立て続けに四件、これはもう噂話の域を超えた“事件”なのかもしれない。
(編集 加賀美 新)
読み終えた俺はますます謎が深まった。なぜ今になって十年前のラブレターなんかを渡すのか、そして筆跡や便箋の雰囲気は十年前のそれにどことなく似ている。これじゃまるで手紙がタイムスリップして現世にやって来ているみたいじゃないか。
噂話が現実味を帯びて日常に降ってくる息づかいについていけない俺は、体はそこにあっても心だけが綿毛のようにフワフワと浮遊していた。
昨晩の仕事帰り、送り主不明でなおかつ謎の4ケタの数字が書かれた手紙を手にした私はそれからというもの何をしていてもその手紙の存在が気になり、頭の片隅から離れなくなっていた。
とは言いつつも今日も私は誰かが運んできた今日を生きなければいけない。出勤時に必ず立ち寄るコンビニで朝刊を一部買う。これが私の小さなルーティンになりつつあるが、周りからは定期契約にしたらどうなのと指摘を受けることも多々あるなかで、わざわざ立ち寄って買う行為に意味を見出している私であるが故に、素直に聞き入ることが出来なかった。
日野楽器、と書かれた5階建ての社屋の2階、法人営業部が私の所属する部署になる。メンバーは私含め五名。特に人間関係でギクシャクしているわけでもなければ、こぞって休日に予定を合せて時間を共にする仲でもない。至って普通の会社員の集まりである。
誰がそうすると決めた訳ではないが出社をするのは私が何故か一番早く、セキュリティを解除し、窓を開け空気の入れ替えを行い、コーヒーマシンをセットするのが自分の担当になりつつあった。自然とこの役目になっていたためか特に異論なくここまできている。
そして出勤前に買った新聞を流し読みする。これもまたルーティンの一つ。
ピロリン、、、ピロリン
私一人しかいないオフィスに響く通知音は友人の有希からのメッセージだった。鞄から携帯を取り出すと、メッセージが一件と写真が一枚送られてきているのが画面に映し出されていた。
「朝からごめん! 昨日の夜、家のポスト確認し忘れていたのを思い出してさ、朝確認したら気味悪い封筒が入ってたんだけど…なにこれ(泣) 絵里なんか知ってる?」
メッセージの後に添付されていた写真に写るそれは私が昨晩見たあの封筒に似ていた。そしてあの封筒と同様に写真を指で拡大すると右下には四ケタの数字が擦れながらも書かれており、有希のものには「0439」と記されていた。
冷や汗が頬を伝う感触はありつつも、私は有希に返信を打つことがしばらく出来なかった。
何かが起こっている。だれが一体、何のために。
「そうじゃ快よ、ワシのガキの頃、その「供え文」なる噂話の一つにな。
-文を受け取りし相手が封を切るとき、文を送りし相手はその一切を失念する-
っちゅう言葉があったのを思い出したわい。」
音の響きだけが俺の鼓膜を駆けていく、ただそれだけでありそれ以上でもない。
俺は祖父に返答することができなかった。
何かが起こっている。誰が一体、何のために。