第六話 Eの怪 part 2(end)
「はぁ!なに言ってるのよ。こんな所で脱げって、頭おかしくなったの?」
「いや!大丈夫だ。僕は素面で正気だ。いいから脱ぐんだ」
これぞうは床に膝をつき、立った状態のみさきのズボンを脱がせようとしている。みさきは、これが頭のクリアな者の取る行動とはとても思えなかった。やっていることは痴漢の仕事と一緒だったのだから。
その日みさきはジーンズを履いていた。これぞうはマジだ。本気で脱がす気でいる。ジーンズのボタンが外され、チャックも降ろされた。みさきの白く美しい腿とふくらはぎが覗くが、薄暗いエレベーターの中ではしっかりチェックすることが出来ない。
「ちょっと!あなた何を考えているよ!」
「君のことしか考えていない!」力強く返したその言葉は、恋人のまぐわいの時にでも言われればときめくものだったろう。しかし、こんな状況で言われても変態臭いだけだとみさきは想った。
「ちょっと、パンツ……手、離しなさいよ!」みさきはこれぞうの頭に拳骨を喰らわす。
「いたっ、ちょっと痛いって!」
「当たり前でしょうが、痛めつけないと正気に戻らないのでしょう。どうしたいのよ?」
これぞうは顔を上げ、みさきを見つめた。
「みさきさん、出すんだ!」
「はぁ?」これにはみさきもポカンとなった。
「いいかい、救助はいつ来るか分からない。いますぐかもしれないし、1時間後、半日後になるかもしれない。それまで君の我慢が持つ訳がない。それだけあれば今は無事な僕だってきっと漏らす。男の僕ならまだしも、乙女の君が公共の場で漏らす。そんなことがあって良いものか。扉が開いた時、床は水で濡れている。それは救助に来た者に、店の者にも見られる。乙女がそんな醜態を大衆にさらせば、その心は深く傷ついて一生回復できないかもしれない。君はもちろん、赤ちゃんにだって心身共にずっと元気でいてもらわないと困るんだ。僕には花嫁の心身をあらゆる傷から守る義務がある」
これぞうの言うことは確かに論理的、一生懸命話す様を見れば正気を失った者の行いとは思えない。みさきは一旦落ち着きを覚えた。
「で、なんで脱ぐの?」
「だから出すんだ!」
「え……?」
みさきは再び謎に落ち、思考停止した。
「我慢しても出るものは出る。でも、出した証拠は僕が消す!」
「……」みさきは言葉を返さないが、この段階に来て彼が何を考えているのか分かった。先程彼が床においたトイレ消臭剤、あれの意味も同時に理解した。みさきはこれぞうの口元を見た。
「無理……それは無理」みさきは首を横に振る。
「いや、無理でもやるんだ。僕は君を守る。最善の方法がこれなのだから、これで行く!」
これぞうはみさきのスカイブルーのパンティを掴んで下に引っ張る。みさきはそれを上に引っ張って抵抗する。
「もう!やめっ、変態!」
「みさきさん!こいつは、確かにアブノーマルプレイだが、誓って僕にその趣味はない!全て君のためだ。それに、尿は鮮度のある内であれば含んで害はないとかなんとかって本で読んだ。安心して出せばよい」
「出来るか!やめっ、離して!」
みさきは大声を上げてこれぞうの頭部を殴りまくる。
「だから……」と言うとみさきはこれぞうの頭を掴む。
「やめろって言ってるでしょ!」言い切った勢いで腕を下げると、瞬時にれぞうは床とキスをした。顔がめり込むかと想う程の勢いでこれぞうの顔面は地面に押し付けられたのだ。
「ぐぉ……」これぞうは弱く呻いた。
その時、エレベーター内が明るく照らされた。
「あ!」みさきは周りを見渡す。
エレベーターの扉がゆっくりと開いた。
向こうからガタイの良い作業服の男が姿を現した。エレベーターの修理業者のようだ。
「無事ですか!大丈夫ですかお客さっ……」
男は声をかける途中で絶句した。パンツ姿の乙女と、脱がしたジーンズに片手をかけて床とキスした変態男を見たからだ。
次の瞬間、みさきの姿はエレベーター内にはなかった。光の如き速さでジーンズを履くと、みさきはトイレ目掛けてダッシュしたのだ。
第一発見者の男は女がどこに行ったか不思議になったが、それよりも先に男の処分を考えた。
「警備員!早く!こいつをひっ捕らえてくれ!」
エレベーター内に駆け込んだ二人の警備員はこれぞうの両手を掴んで立たせた。
「こやつ、気絶しておる……」
警備員二人は不思議なものを見たという顔をして互いを見やった。