第五十一話 その先に待つは希望の光
3月末、これぞうの大学の卒業式が終わり、次に控える彼の独身生活の卒業式である結婚式は二日後に迫っていた。
その日の昼の天気はこれ以上にない晴天だった。それはイコールして最高のデート日和でもあった。
これぞうはポイズンマムシシティの駅前の本屋にいた。店の前でみさきと待ち合わせをしている。何の目的でかと言うと、結婚前最後のデートをするためである。
現在二人は水野家で生活しているが、一緒に家を出ずにわざわざ待ち合わせをした。みさきに準備があったからこれぞうは先にここに来ている。また、同じ家に住んでいても待ち合わせをした方がデート感があって良いというのがこれぞうの恋愛観だったからこうなっている。
これぞうは落ち着いて立ち読みなどしていられる心境ではなかった。みさきの登場が楽しみだった。ソワソワし、ワクワクもして待っている。これぞうは店の外に出て遠くに目を向けた。ここまで来るには長い一本道しかない。通りの先にみさきのシルエットが浮かぶのがいつかと首を長くしていた。
彼の常人以上の視力が遠くのみさきを捉えた。まだ小さいが彼女はもう視界に入った。程なくして抱きしめられるくらいの距離に彼女はやって来る。当然デートは初めてではない。これから結婚するという仲にまでなってこれぞうには待ち合わせやデートがドキドキする新鮮なもののままだった。
「みさきさ~ん!」人目も気にせず相変わらずデカい声でこれぞうは愛する者の名を呼ぶ。
「みさきさ~ん、みさきさ……」元気よくみさきの名を連呼するのが急に止まった。みさきを近くで見て、いつもとは違う点に気づいたからだ。
「おまたせ……どうかな?」みさきは少し俯いてからの上目つかいでこれぞうに尋ねた。
「みさきさん……」これぞうの目線は下に落ち、みさきの脚部を向いている。「いい、いい!めちゃめちゃいい!」
これぞうは笑顔になってみさきの顔を見た。
その日、みさきはこれぞうがこれまで何度もリクエストしたのを全て蹴ってきたミニスカ姿で現れた。これぞうは歓喜の声を上げた。みさきはそれが恥ずかしかった。
まだ若い女性がミニスカートを穿くこと、それは普通なら何ら恥ずかしことではないはず。しかし、それが恥ずかしいのがみさきだった。みさきは自分が最後にスカートを穿いたのがいつだったか思い出せない。それくらいに普段の彼女はズボンで決めていた。私生活ではジーンズやトレパンで下半身を覆っている彼女にとって、この格好は新鮮すぎ、落ち着かず、恥ずかしかった。
みさき本人が鏡に移った自分のミニスカ姿を新鮮に思ったのなら、他者であるこれぞうにはもっと新鮮に思えた。加えて彼は予てより彼女のスカート姿をリクエストしていたのだ。であればその感動は一入と言えるものだった。
「いや~感激だなぁ~。結婚前の最後も最後へ来て、こうも神々しいものを見れるとは……いやぁ、やっぱりしっかり引き締まった筋肉が織りなす脚線は、目にして間違いなく美しいものだ」これぞうの表情にいやらしさはない。無意識の内にこれぞうは和式便所で用を足すポーズを取り、最愛の妻の美脚を評論していた。それはただただ感動からのアクションだった。その間も本屋を出入りする人間は何人かいた。もちろん今のこれぞうにはみさきしか見えていないから、それらの客が彼を怪しんで見てもを何も気にすることはなかった。
「ちょっと、立ちなさいよ。そこ、交番あるんだからね。お巡りさん、こっち見てるよ」みさきは駅横の交番前に警官が立っているのを指差して言った。
「ははっ、ごめんごめん。感動していたら目線だけでなく体勢も下へ下へと……てね!」
これぞうは立ち上がった。みさきよりもずっと下がった目線は、みさきの目線よりも少し上になる。これがいつもの二人の差。
「とっても良く似合っているよ。それはどうしたの?」
「うん。あかりさんの……これぞう君がミニスカが良いってうるさいから……」
「ははっ、うるさいことはないだろう?しかし、結婚式前に願望が叶って良かった。見せて何ら恥ずかしいことがない部位をどうして今日まで隠していたのか。謎だし勿体ないと思っていたんだよね~」これぞうは天の神と最上のアシストを行った姉に感謝した。
「だって……なんか、落ち着かないじゃない?男の人には分からないだろうけど、ズボンと違って足もスースーして……なんていうか危なっかしい」
「ああ、パンツが見えちゃうかもだからね。でも、それも油断しなければ大丈夫!」
正解だが、ここでズバリ正解を言う辺りがこれぞうのデリカシーのなさを露呈している。それが分かるとみさきはムッとした顔でこれぞうを見た。
「よし、じゃあ今日は対ミニスカ用の飛んだり跳ねたりはゼロの落ち着いた、それも結婚前最後で最高のデートにしよう」
「うん」
みさきはニコリと笑って答えた。
「よーし、それじゃあミニスカデート一発目に入るのはっと……前から願っていた駅前に新しく出来たおいしいスイーツを出す喫茶店か、それともドカンと牛丼かカツ丼か……どうする?」これぞうは腕組みして頭の中で思ったことを話し、最後にはみさきを見た。
「もうっ、喫茶店!」みさきは不機嫌な素振りを見せて答えたが、何ら不機嫌なことはない。自分がたまのおしゃれをしても食の思考がまるでいつも通りのこれぞうを見て少し安心した。
「はっはっ、そうかそうか。この神々しい格好で牛丼屋はないかぁ~」
これぞうは一歩踏み出すと振り返ってみさきの前に手を差し出した。
「さぁ、姫君、お手をどうぞ!」
「いらない!」
みさきはもうこれぞうの前を歩いていた。
「あぁ!ちょっと待ってよ。もう照れ屋だなぁ」
これぞうはさっさとみさきに追いつく。
「どうしようか、パフェにする?白玉かな?アップルパイも良いって噂だよ。ていうか全部注文してシェアしようかなぁ」
これぞうは笑顔だ。みさきを見てずっと笑顔で喋る。彼がまだ高校一年だった春、二人が出会ったあの時から今まで、これぞうはいつだって自分に笑顔を向ける。今日まで何度この笑顔を見たか分からない。この段階でもう数が分からないのに、今日よりも先もこの笑顔はずっと増えて行く。学業優秀で数字に強いみさきの計算能力が全く役立たないこの笑顔の増殖がみさきには嬉しかった。これからもこの笑顔は自分の隣にある。それを想うみさきの心は幸せそのものだった。
そして笑顔を向けたい相手が隣にいていくれることはこれぞうにとっても最上の幸せだった。まだ恋を知らない自分があの春に撒いた恋の種が花開き、実をつけ、種も残そうという段階に達している。これぞうは人生を駆けてその成長を楽しんでいた。
この春、二人は多くの人々の祝福を受けて今一度夫婦の契を交わす。
幸福が向こうから二人を手招きしていた。二人はそれと知らずに招かれた方向を目指す。若い二人は、希望しかない明るい道を歩き始める。その光は広がるばかり。眩しくて見えないその先を目指すのが、二人の生涯の楽しみとなった。
「僕の人生は上々だ!」
これが劇中における五所瓦これぞう最後のセリフである。




