第四話 愛のルートは愛を持つ者の数だけある
次の日。これぞうは春から始まる新生活に備えて、デパートで買い物することにした。もちろん新生活のパートナーであるみさきを連れ立ってのことだった。おまけで彼女の妹のみすずも付いてきた。晴天の下、三人は仲良く横に並んでデパートを目指した。
冬から春へとバトンタッチを行う時期の今日の河原には爽やかな風が吹いていた。10日ほど前なら頬を撫でる風が痛いこともあった。しかし今ではすっかり穏やかな春めいた天候となった。
「冬と春、二つの季節は今にもテイクオーバーゾーンでバトンを繋ぐために限りなく接近している」これぞうは晴天の下に見た季節のリレー実況を始めた。
「何言ってるの?お店が混まない内に早くいくよ」
文学青年のポエミーな語りに趣を抱かないスポーツ女子のみさきは、これぞうの一声を軽く流して歩を進めた。
「それにしても意外よね。二人が新居で新生活を始めるだなんて」みすずは夫婦を見て言った。
「ああ、それね。僕は兼ねてから僕の実家で暮らそうと言ってたんだけど……そうするとまずはあかり姉さんがいやらしい目でみさきさんを見るし、あとは一応男ということで僕のお父さんだってちょっとソワソワするんだよね。ああして周りが騒がしいと新婚夫婦の愛を育てるのには向かないかなと想って」これぞうは詳しいことを話し出す。
「かと言ってこっちの家にいてもね……お父さんが色々ね……昨晩だってこれぞう君に非常識な事を聞いて、同じく非常識なこの人はそれにホイホイ答えるし……」と言うとみさきは横を歩くこれぞうを見る。
「これは面目ない。以後気をつけます……」
みすずは仲良しな二人を見て微笑んだ。
「これぞう君、お姉ちゃんと一緒になれて良かったよね。振られたらストーカーになるんじゃないかって心配したこともあったんだよ」
「ははっ、何を言うのさ。僕らが結ばれない運命なんて用意されていなかったのだから、そいつは全くのフィクションで考えるだけ無駄さ」
その昔には、みさきと結ばれなければ自分はどうなるか分からないと屈託することが幾度となくあったのだが、これぞうはそんな苦難の過去は一切語らず自信を持ってのろけてみた。
「でもさ~、二人は一応は教育者なわけでしょ。結婚することになったけど、形はできちゃった結婚じゃない?ちょっと前に、自分の学校の先生ができちゃった結婚だったからってことで生徒達がその先生を糾弾するみたいなドラマがあったじゃない?あれで言うと、二人の結婚って子供達にとってはショッキングなんじゃない?」
みすずは歯に衣着せぬ物言いが特徴の女子だが、これはかなり深く切り込んだ質問だっただけに姉はギクリとして返答に困った。そこですぐさま口を切ったのがやはりこれぞうだった。
「みすずちゃん、確かにデキ婚ってのは望ましい手順の逆を行くということで、一般的には好まれない部類の男女仲の進め方だ。だが、愛の形は様々でそこに職種など関係ない。だから僕は真の愛さえあれば、結婚と妊娠の順番がどうであろうが関係ないと想っている」とこれぞうは真面目に語った。
「そして、これはくれぐれも忘れてはいけないということがある。それというのが、僕らは子供が出来る遥か前からとっくに結婚を約束した仲だと言うことだ。去年の夏には既に二人の未来が永劫重なることを誓った。そしてそれからは正月を待って籍を入れている。式こそまだだが、僕らはとうに夫婦だ。だいだいだね、僕なんかはまだ高校生だった頃からこの人をお嫁さんにすると決心していたんだ。彼女の腹に子の命が宿るに至る行為をする前からだって、僕らはもう人生を共にするという契を交わしていたんだ。ならばそれはデキ婚ではないよ。僕らはしっかり順番を守っている。愛を確認しあい、責任と覚悟を持って全て合意の上で赤ちゃんを作ったのさ。世間様にも、他の誰に対しても恥じることはないのさ」
これぞうは往来の真ん中で愛の大演説を行った。
「これぞう君……恥ずかしくない?」とみすずは問いかけた。
「いや、真実の愛に恥ずべきものがあるわけがない。ねぇみさきさん?」これぞうは笑顔でみさきの顔を覗き込むが、みさきは全然笑っていない。
「あのね、あなた、そういうのは恥ずかしいに決まってるでしょ。妹にそんなにしっかりした説明は不要よ!」
「あらら、また怒らせちゃった。そうだね、二人の愛の一時を吹聴して回るのは野暮ったかったね。ごめんなさい、怒らないで」これぞうは平謝りした。
姉が元気にこれぞうを叱ること。これはみすずが高校生の頃からも見慣れた景色だった。やはり二人は仲良しだと確認出来てみすずは微笑んだ。
というわけで、これぞうとみさきの愛のルートは全て正規のルートを踏んだものだった。