第三十八話 若年者にもきっと伝わるその魅力
穏やかな午後、みさきと土上は河原を歩いていた。ここはみさきがランニングでよく通る道だが、それと同じく多くの者が走る道でもある。ピッタリしたシャツを着た中年男性ランナー、ポロシャツを着た高齢者、各校の運動部連中、犬などなど、二人は多くの走る者とすれ違った。もちろん、幾人かの歩く者ともすれ違った
「ここは気持ち良い風が吹くし、綺麗な川も見えて良い所ですね」
「でしょう?朝と夕方にここを走るととても気持ち良いの」自分の気に入りの場所を土上に褒められるとみさきは嬉しくなった。
土手と反対側の広場からは子供達の声が聞こえる。友人同士で集まって野球をしているようだ。みさきと土上は足を止めて試合を見た。
「みさきもああいうのによく参加したのですか?」
「うん、男子に混ざってよくやってたよ」
「そうですか、今にあなたの子供があそこに混ざるようになるでしょうね。そして旦那様と応援に行く」
「ドニー、野球をするまでになるのはずっと先だよ」
土手から広場までの下り坂は、野生の草や花で緑色に覆われている。もう緑が出てくる季節になったのだとみさきは思った。
「ところでみさき?あなたの旦那様は少年野球のコーチでもしているのですか?」
「え?まさか、しばらくバットも握ってなかったとか言って連日バッティングセンターに通うようなレベルよ」
「でも、あそこ」と言って土上が指差した先にはなんとこれぞうの姿があった。ベンチで何やら大声をあげている。
「あかねちゃん!頑張れ!僕と、僕の尊敬する君のおじいちゃんがついてるぞ!さぁ恐れずバットを振るんだ!」
これぞうはバッターボックスに立つ選手を応援している。打者はこれぞうの恩師田村薫の孫娘のあかねだった。最近バッティングセンターで顔なじみになったのが縁でこうして応援することになった。
キャッチャーの少年は打者のあかねに声をかけた。「あれ誰?お前の兄さん?」
「違う。これぞう、うるさいってばぁ!」あかねはこれぞうの応援が嬉しかったけど、恥ずかしくもあった。
「ふふっ、これぞう様は本当に元気で面白い方です。野球のコーチをするのに、どうしてあんな物を手に持っているのでしょう?」
土上は片手に日傘を持ち、もう片手で口を押さえて微笑を漏らした。彼女が笑った理由は、これぞうがテニスラケットを持っていたからだ。
「ああもう~絶対に変な人と思われるよ」みさきは額を押さえて言った。
彼女にはこうなっただいたいの検討がついていた。義父との対戦に向けて素振りをしたいこれぞうだが、バットを持っていないので代わりにテニスラケットで素振りをしていた。ついでにランニングでもしてここまできたら知り合いの子が野球をしているので応援でもしているのだろう。みさきが推理したこれで大正解だった。
「私達も見ていきましょうか?」土上は興味を持って言った。
「うん……あれを連れて帰りましょうか……」
カキン。
あかねは男子のピッチャー相手にも良い当たりを飛ばした。
「うぉ~凄いぞ!走れ走れ~、今世紀の女三四郎だ!君の未来は明るいぞ~」これぞうは熱量豊富に歓声を飛ばした。子供たちは彼をうるさいと思ったが、同時に愉快なお兄さんだとも思った。だってテニスラケットを握ってベンチに座っているのだから。
「こら、何してるの?自分のトレーニングは?」
これぞうは、自分の服の襟を引っ張りながら声をかける人物は誰かと思って後ろを振り返った。
「み、みさきさん!」
「うるさい。それから、女三四郎は女子の柔道家のことでしょ?」
うるさい夫を制するみさきであった。
「どうしてこんなちびっこ広場へ?」
ここはそんな名前ではなく「ソニックオロチシティ市民運動広場」というのが正式名称だった。
「それはこっちのセリフよ。あなたみたいに心はどうだか知らないけれど、体はしっかり大きいのがどうしてちびっこに混ざってるの?」
「ははっ、言うね。心もしっかり大きいですよ」
土上は、みさきの後ろから夫婦のやり取りを見て微笑んでいた。
「あぁ、あなたはみさきさんの友人のメイドさん……土上さんだ!」
「覚えていてくださって光栄です」土上は頭を下げた。
「そりゃ覚えますよ。初めて見たメイドさんなんですから、それにこう……荒野にも花が咲くような、そんな感じのきらびやかさがありますからね」
「お口が上手な方なんですね、みさきの旦那様は」
「はっは~みさきさんの旦那様だなんて~、なんだろうか、旦那様って良い響きだよね~。ねえ、みさきさん?」
「もう、そんなのいいから。私はドニーを駅まで送るところなの。これぞう君も遊んでないで早く帰りなよ」
そうこうしている内に、仲間の攻撃が続いて無事ダイヤモンドを一周したあかねがベンチに帰って来た。
「これぞう、誰?」あかねはこれぞうの他の二人の女性を見て言った。
「僕のお嫁さんと、その友人だよ」
「え!どっちが!どっちがこれぞうのお嫁さん!」あかねは驚いて尋ねた。
「ははっ、あかねちゃんはどっちがお嫁さんだと想う?」
「どっちもこれぞうのお嫁さんに見えないよ」あかねは即答した。
「ええ~!じゃあ、どちらとも誰のお嫁さんになら見えるっていうんだい?片方は紛れもなく僕のお嫁さんなんだから」
このやり取りを見て土上は笑っていた。
「う~ん……これぞう、嘘ついてんじゃないの?そういう嘘は良くないよ」
「そりゃそうさ。嫁でもない人達をそうだと言うなら罪というものだよ。だから確実に片方は僕のところに来たお嫁さんなんだよ」
「ちょっと、来たってなら、あなたの方から熱烈に迫ったんじゃなかった?」みさきが口を挟んだ。
「ははっ、そうだったな。こっちが拝み倒してのことだったよ」
「え?こっちのお姉ちゃんがこれぞうのお嫁さん?本当に?」あかねは信じられないという顔をしてみさきを見上げた。
みさきは屈み、あかねと目を合わせて話し始めた。「こんにちは。そういう訳で、私がこの人のお嫁さんなの」
「お姉ちゃん、もっといい人いなかったの?美人さんなんだからもっと探せたと想うの」
「て言ってるわよ?」みさきは笑いながらこれぞうを見た。
「あのね、もうこれ以上ってのがいないから、僕がそのいい人だったから、こうして一緒になったんだよ。こういうのはあかねちゃんにはまだ難しいかな。君も大きくなれば分かるよ」
「あかねちゃんは、このお兄ちゃんよりもいい人を探してね」と言うとみさきはあかねの頭を撫でた。
「でも、これぞうもいい所あるよ。私、これぞう好きだし」
「え!」あかねの突然の告白に驚いてみさきはこれぞうを見た。
「いや~まいったね、嬉しいや~」これぞうは後ろ頭に手をやった。
まだ7歳の子供にもこれぞうの魅力は伝わったようだった。




