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第三十四話 帰って来た新人

 みさきは、社会人生活を始めて7年間住んだソニックオロチシティから別天地へと越すことになった。次なる住処は、ソニックオロチシティとポイズンマムシシティの間にある街、フラッシュコブラシティだ。

 高校教師である彼女が、教師生活スタート第一日目に出会ったのが現在の夫だった。彼女はその夫と共に現在の住処を後にすることになる。

 夫婦間の話し合いにより、二人の故郷の間にある街を夫婦生活スタートの地とすることに決定した。この引越地の決め手については、水野の父の強い意見が働いていた。並々ならぬ娘大好きおじさんの彼は、家を出て家庭を築くにしても、こちらが半日以内で会いにいける地でないと認めることは出来ないと言ってよこしたのだ。というわけで、夫婦どちらの実家から見ても隣街となるここに決定した。このことについてみさきは、父にはいつも感謝しているが、それとは別に面倒くさい親父だとも思っていた。

 ソニックオロチシティに来てからというもの、みさきは色々あって住処をあちこちに変えていた。その期間で一番長く腰を据えたのが「ニューメゾンオロチ」だった。彼女は今、我が城を後にしつつある。現在のみさきの心中は、城を後にすることで今が過去になる寂しさと、次なる地に馳せる希望で満たされていた。とにかくここが人生の大きなターニングポイントだ。


 みさきはニューメゾンオロチの駐車場に出て、これからお別れする建物全体を眺めていた。

「みさきさん、感じ入ってるんだね。やはり、ここを出るのは寂しいかい?」これぞうはアパートを見上げるみさきの心中を察して言った。

「うん。色々あったから、思い出もたくさん。一人のものから、あなたに関することまでね」


 ここでみさきの住処の遍歴を辿ろう。

 彼女は大学を卒業するまでの22年間を実家で過ごした。その後、この街一番のボロアパート「メゾンオロチ」に入居するが、ボロすぎたため約半年後にアパートは倒壊した。それから五所瓦家、龍王院家に居候した後、龍王院家が所有する優良アパートに入居。それから約一年半後、倒壊後にリニューアルしたここ「ニューメゾンオロチ」に帰って来て今日の引っ越しに至る。(全て前作参照)


「いろいろありすぎたね~」と言うとこれぞうはみさきの右肩に手を置いた。これぞうも一緒になって彼女の遍歴を振り返ると、苦労しているなと実感できた。

「本当にね。住んでいる家が潰れたって人、自分以外で知らないもの」

 みさきの人生29年間のどこを探しても、我が住処の倒壊を経験した者はいなかった。


 そうこうしている内に駐車場に引っ越し屋のトラックがやって来た。トラックには「引っ越しのドラゴンテンダネス」と表記されていた。これぞうの従姉妹桂子の実家が営む大企業「龍王院グループ」傘下の会社だ。そしてやはり今回も、みさきの引っ越しといえばお決まりのあの方達が現場担当作業員だった。


 最初にトラックから降りて来たのは熊のような大男だった。「こんにちは水野さん。それから元気か?ファイブ!」

「ああボス!お久しぶりです!元気そうで何よりですよ!」これぞうはそう言うとボスに駆け寄って手を取った。

 次にトラックから降りて来たのは、ボスと違って細長い男だった。名をイケさんと言う。二人共これぞうの元同僚、そして先輩上司だ。

「イケさん!相変わらずシュッとしてますね!」

「ははっ、ファイブ!お前だってそうだろ?」イケさんはかつて後輩として可愛がったファイブの頭を雑に撫でながら言った。

「水野さんは毎度のこととは言え、ファイブ、今回はまさかお前もお客様とはな。おっと、そうなると五所瓦さん、だな。あっ、そういえば水野さんは五所瓦婦人になったんだっけ?」

「ははっ!ボスってば止してくださいよ。先輩達の手を離れ、客として会ったとしても、やはり僕はあなた達にとってはコードネーム『ファイブ』ですよ。そっちの方が落ち着くんですから」

 ファイブとは、この会社にいた時のこれぞうの愛称である。

「ははっ、ファイブは相変わらず元気マックスに喋るなぁ。最近の若いのにしては珍しいよ。今日はお客様として、俺達の仕事を見ててくれよ」イケさんはそう言うと社の制帽を被り直した。

 これを聞いたファイブは一歩前に踏み出し次の言動に出た。「いいえ、誰が今日はお客様として、と言いましたか?」と言うとこれぞうは上着のチャックを下ろし、ズボンも脱いで上下の衣を投げ捨てた。とんだストリップ行為と思いきや安心せよ、なんとこれぞうは服の下にドラゴンテンダネスの制服を仕込んでいた。そしてズボンの尻ポケットから制帽を取り出すとしっかり頭に被った。

「さぁ、久しぶりに三人で現場入りしましょう。もちろん龍王院社長、つまりは僕のおじさんに許可を貰っています」

 これぞうの粋な現場入りに対して先輩二人は歓喜した。

 ボスは目頭を押さえて言った。「くぅ~、やってくれるぜファイブよぉ!嬉しいなぁ~こいつは嬉しいぜぇ。お前の門出のための仕事を、他でもないお前本人と一緒に出来るなんてよぉ~」

 ここでボスは顔から手を下ろすと、きりりとした職業人の表情に戻って続きの言葉を喋った。「よし!イケさん、いつもよりも気合を入れろ。ファイブも、今回は特別復帰だがこいつは仕事だ。遊びは抜き、全員怪我なしで終えるぞ!いいな!」

「はい!」イケさんとこれぞうは答えた。

「よし、かかれ!」ボスの号令と共に、三人は二階端のみさきの部屋に駆け足で向かった。


 一人駐車場に残ったみさきは思った。あの三人が揃うと「毎度熱狂しい」と。

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