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第二十二話 冷めても美味い晩飯と愛しき人が待っている家

「馬鹿者!もう二十歳も過ぎた男が、飯の時間をとっくに過ぎても連絡なしに帰ってこないで一体どこで何をしていたかと思えば、それが公園で遊んでいただと?お前はこれから一家の大黒柱になるんだぞ。そこら辺の自覚はあるのか?いや、ないと困る。ないのなら、今夜にでもその覚悟と責任を叩き込んでやる」父ごうぞうはこれぞうを叱りつけた。

「いえ、お父さん違うんだよ。僕は公園で遊んでいたわけではない。僕は自転車に乗る練習をしていたんだ」

 その日、これぞうは松野と二人して公園で自転車に乗る練習をしていた。夕方に始めた特訓は、これぞうが思った以上に乗れないこと、教える側と習う側双方に熱が入ったことで長引いた。そのため気づけばとっぷり陽が暮れていた。これぞうは姉に叩き込まれたジェントルマンの心得として松野をちゃんと家まで送り、それからゆっくりと歩いて自宅に帰った。すると時刻は20時前だった。


「何?自転車ぁ?それが遊びだろう?まったくお前というヤツは……」

「遊びじゃないよ!これから赤ちゃんが大きくなれば自転車に乗るようになるだろう?親の僕は自転車の乗り方、そのすばらしさを教えなきゃいけないだろう?その段になって、親の僕が自転車に乗れないだなんてことがあってはいけないでしょう?」

「ああ、そりゃ確かに問題だ。というかお前はそんな歳になってまだ自転車に乗れなかったのか?」

「お父さん、それは環境によるものだから年齢がどうこうじゃないよ。でもとにかく僕は自転車に乗れない男だったとついさっき知ったんだよ。だからすぐにでも乗れるようにならないといけないと思い、たまたま会った友人の松野さんに特訓を受けたわけさ」

「で、乗れるようになったのか?」

「うん……20メートルくらいは」

「情けない。あかりの自転車で練習して、結婚式までには隣街まで飛ばせるくらいになりなさい」

「はい……」

 これから結婚する息子とその父は玄関で突っ立ったままこんな話をしていた。


 それから二人は晩飯が並ぶ居間に移動した。居間の机には母しずえが精魂込めて作った料理が並んでいる。席に着いているのはしずえ、あかり、そしてこれぞう最愛のヒロインみさきだった。

「あっ、みさきさん!」

 おバカなこれぞうは忘れていたが、今日は結婚式前の挨拶を兼ねた食事会の日だった。ちなみにみさきを招いて行う結婚挨拶を兼ねた食事会は今年に入って三度目のことだった。ここの家族はみさきが好きなので何回でも誘いたいのだ。


「今日はみさきさんも来て食事会だというのに、肝心の飯は冷めてしまい、もっと肝心なみさきさんはと言うと、ほら見てみろ」と言うと父はみさきを指差した。「先に食べてしまえば良いと促したが、お前を待つと言って……可哀想に、あんなに腹の虫を鳴らしている。嫁を空腹状態にするようなヤツが一端の夫なわけがあるか。これぞう、反省しなさい」

 普段は18時半から19時の間に飯を済ませるみさきにとっては飯を取るのが一時間も遅れている。腹ペコ乙女がこの一時間を耐えることは容易なことではなかった。

 これぞうはみさきの元に駆け寄ると正座した。「みさきさん、これはすまなかった。すまなかった、そして待っていてくれたことはありがとうございます」

「まぁもういいだろう。今はとにかくみさきさんの腹の虫を黙らせることが先決だ。お腹の赤ちゃんのためにもそれが良い」と言うと父も席についた。

「そうだ。今はみさきさんの腹の虫を黙らせることこそ最優先事項!さぁ食べよう。僕のために冷ませてしまったが、それだけのことでしっかり美味しいこのご馳走を食べよう」と言うとこれぞうはみさきの隣の席で箸を握った。

「いただきます!」一同は挨拶を済ますと空腹を満たすために飯にがっついた。

 みさきはというと、座ったまましばらくは顔を赤くしていた。

「みさき先生、セクハラばっかり言う夫と義父を持って、苦労するね?」向かいの席のあかりが言った。

 この後、みさきは腹の虫がだんまりを決め込むまで豪快に飯をかきこんだ。若い体は飯を欲しがり、その体に宿るもう一つの小さな命もまた飯を欲していたからだ。

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