第十七話 愛の証明
後日、これぞうとみさきの二人は改めて引っ越し前の準備を行った。
「ふ~。やはり無いなぁ」
これぞうは何かを探し、それが見つからなかったことを告白した。
「え、何が?」
「うん、スカートだよ」
「は?」
みさきは食器類を片付けていたがそれを聞いて手が止まった。
「この箱にね、衣類をすっかり綺麗に詰めたんだよね。で、一つ一つ確認したけど、みさきさんのスカートが一つも出てこない。あるのはジャージとか、あとはみさきさんらしく慎ましく控えめな柄のパンティ」
みさきはこれぞうの肩を掴んだ。
「あっ、痛い!ちょっとどうしたの?」
「誰が服や下着の片付けを頼んだの?男が女の服を物色するものじゃないわ」
「そうは言っても僕らは夫婦なわけで、何も下着泥棒でもあるまいし、そこは余計な気遣いなのではとか」
「余計じゃない!もう、あっちで小物でも適当に詰めておいてよ」
女性に対してはややデリカシーに欠ける、これがこれぞうの良いところでもあり同時にネックとなる部分でもあった。
みさきは女性にしてはおしゃれに疎く、衣服の数はかなり少ない。他にも余計な物が少ない生活をしていたので所有する物自体はそう多くはなかった荷物の片付けは早めに終わった。後は掃除などに時間を使った。
部屋の隅に荷物を詰めたダンボールを置くと、すっかり物がなくなった部屋の真ん中に二人は腰掛けた。
「ははっ、昨日はゲームに熱くなりすぎたね。もう大人なのにいけないね。このゲームはその子が大きくなったら与えてやるとするか」
これぞうはそう言うとみさきのお腹を見た。
「ねえ、お腹触ってもいい?」
「え、何で?」
「何でって、痴漢でもない夫として腹を触りたいと言うのだから、それは我が子の胎動を感じたいということに決まっているだろう?」
「なによその生物学的言い方は?」
「そうかい?でも僕が理科の選択コースで選んだのは地学なんだけどな」
そんなやり取りの後、これぞうはみさきの腹に手をやる。
「何も、感じない。というか、まだまだお腹が膨らんでないね。一体いつの段階になったらお腹が動くのが分かるのだろう?」
みさきの妊娠が発覚してからまだ日が浅いのでそこに命があることは分かったが、外部の者が生命力を感じるにはまだまだ足らなかった。
「何もないようで、しっかりここには命がいるのだね。何だか不思議だなぁ。それこそさっき言ってた生物学で生命の誕生の理屈は分かったけど、理屈と実体験とはまた別物だね。この僕が新たな命の誕生に一役かったなんで未だに信じられないなぁ」
これぞうは天に座する我らが神同様、自分もまた命の創造主となったことに実感が持てずにいた。新郎の感覚なんてこんなものだ。
「実感ならこれから嫌でもするわよ。たぶんね。あなたがどんな親になるかも楽しみね」
「ははっ、親の見本ならお互い良いものを見ているからね、きっと大丈夫だろう?」
これぞうにとって愛しい時間が流れる。
「男と女、どっちが出てくると想う?」
「さぁ、どっちだろう。どっちでも嬉しいけどね」
「う~ん、僕はここのところ考えるのだけど、新たな生命には名前をやらないといけない。それを行うのはかなりの責任がいる。名前を考えてはみるけど、なかなかいいのが出てこないんだよね」
「へぇ、意外。そういうこと考えるんだ?」
「そりゃ考えるさ。みさきさんと子供との未来を考えないで他に何を考えるっていうんだい?」
これぞうは親としての責任や実感というものを考えるようになっていた。この段階に来ると、自分の両親は実に良く「親」をしていると思えた。彼は両親を愛し、尊敬していた。
みさきは三角座りの状態で、頬を膝につけた。そしてこれぞうを見て言う。「ねぇ……私のどこが良かったの?」
「は?何を今更」
これぞうは少し考え込んだ。
「みさきさん、まさかマリッジブルーてやつかい。意外だなぁ、あなたみたいな豪気な女性でも、やはり根は女子ということかい。でもね……」ここでこれぞうは立ち上がり、みさきの後ろ側に回って彼女の両肩に手を置いた。
「どこが良いだなんて、それについては一概にこうだってことは言えない。僕が、ていうか人が人を好きになって一緒になりたいって想いは、ある種の衝動性や、あとは運命によるものが決定打になることだ。愛をいちいち紐解いて口にするのは非常に難しいし、あとは野暮ったい。どこなんて話じゃない、僕はみさきさんのことを魂ごと愛しているんだ。この気持に揺らぎはないよ」
みさきは両肩にこれぞうの手のひらの熱を感じる。
「と、真面目くさって恥ずかしいことを言ったけどね、とにかく安心してよ。僕は一過性の熱に浮かされてではなく、あれだけ悩んで吟味してこの人だって、みさきさんを選んだのだから」
「うん、ごめん。なんかよく分かんないけど聞きたくなったの」
「いやいや、愛とは話しあうことでもあるね。何でも聞きたいことがあれば聞いてよ。会話ってのは人類の美徳だ。これは僕のお祖父さんの言葉さ」
彼の祖父は独自の語録を有し、その人生の中で放ったたくさんの格言は孫の胸にも宿っていた。
「二人でいい人生にしよう。今はそれだけを望むよ」言いながらこれぞうは背後からみさきを抱きしめた。
「もう一人いるの忘れてない?」
「そうだった、赤ちゃんがいたね。じゃあ三人で、にしよう」
夫婦は頬を赤らめ、愛の確認を完了させた。
「ふぅ~、難しいことを考えて言葉にしたらカロリーを持っていかれて腹が鳴る。みさきさん、どうする?牛丼でも食べに行こうか?それか駅前に洋食屋があるんだけど、あそこのハンバーグもイケるよ。赤ちゃんの栄養のためにもガンガン食べなきゃ」
喋りながらこれぞうの腹は鳴っていた。
「もう……あなたって食べることばかりね?」
「ははっ、人類はまずそれをしなきゃ他のことが何も出来ないのだから仕方ないさ」
夫婦は人類永劫の欲求である食欲を満たすために街に繰り出した。




