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時止まりの令嬢と女嫌い侯爵  作者: 千山芽佳


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あるべき場所へ

 

 朝霜が降りる街道に、キース=レントンは目当ての人物に会うため、同じ場所をぐるぐると歩き回っていた。

 約束どころか面会も許されない身の上では偶然を期待して出てくるのを待つしかない。とはいっても時間は限られていたので、朝早くから待っていたのだが、それが功を奏した。

 目的の人物は供も連れずに一人屋敷から出てきてくれた。


「よお」

「! キース?」

「会えてよかった」


 待ち構えていたキースに驚くメルディ。

 避けられる前に口早に用件を切り出した。


「驚かせてすまない。あんたにどうしても伝えたいことがあって、待っていたんだ」


 メルディはキースの持つ大きな旅行鞄をちらりと見た。


「家族と国を出ることにした。心機一転。外国でまた商売を始めようと思う」


 人身売買の件は、父がその顧客情報をすべて告白したことで刑が減軽となり、国外追放で済んだ。

 それでも、国を追われることになったキースに、メルディは苦い顔を浮かべていた。


「別にあんたのせいじゃない。親父は自業自得だし、権力に目が眩んで逆に目を覚まさせてもらったと感謝してる」

「……それをわざわざ報告しに来たの?」


 目を逸らし、興味がなさそうなメルディ。

 キースは彼女の腕に視線を落とした。

 服の上からでは傷は見えないが、キースにとってメルディは命の恩人だ。


「いいや。助けてもらって、ありがとう。きちんと礼を言いたかった」

「……」

「それから、フレッドを殺したなんて言って悪かった。あいつが自殺なんてするはずないと、気が動転してあんたがやったと決めつけた」

「……謝らなくていいわ。あなた達を巻き込んだのは私よ。フレッドが死んだ原因は、私にあるもの」

「そうじゃないんだ」


 キースには最後にどうしても伝えなければならないことがあった。


「あいつ、殺される前に本当は自殺しようとしてたんだ」

「え」

「伯爵が捕まった日、拳銃を握って死のうとした。だけど思い止まった。それを止めたのは他でもない。あんただよ、メルディ」


『メルディを思い出したんだ。彼女はこれ以上誰の命も失いたくないと願った。僕が死んで何が解決する? メルディをまた苦しませるだけで、ただ自分が楽になりたいだけだ。殺された少女達と、メルディに報いるためにも、今僕がすべきは死ぬことじゃない』


「あんたが原因? 違う。フレッドは、あんたに命を救ってもらったんだ」


 フレッドの残した言葉に、メルディは一瞬驚いた顔をすると、瞳が左右に揺れ動き、目を閉じてぐっと唇を噛みしめた。


「……」


 メルディが再び顔を上げた時には、その表情から感情を読み取ることは出来なかった。


「話はそれだけ?」

「ああ。それだけ伝えたかった。引き留めて悪かったよ」


 キースは旅行鞄を握って別れを告げた。


「キース」


 その背にメルディが呼び止める。


「……がんばって!」

「! おう! どこに行ったって商人がやることは同じさ。レントンの名を世界に轟かせてやるぜ!」


 豪快に拳を上げるキースに、メルディは最後に笑顔を見せて見送った。

 キースが振り返ると、メルディは反対の方向へ歩いていった。

 その簡素な服と、しっかりした作りの男物のブーツに違和感を抱きながら、その背を見送った。



    ***



 早朝、アランが王城へ上がる準備をしていると、先触れがあった。

 キースが別れの挨拶に来たいと連絡を受けたのだ。

 彼らレントン商会の罪は捜査に協力したことで不問となったが、公にならない代わりに国外追放を言い渡された。


「朝早くに時間を取ってくれて感謝する。最後に君に挨拶が出来てよかった」


 事件の他にも偽物を扱ったことで風当たりの強いレントン。

 キースの旅立ちは寂しいものだと想像できた。

 アランも行き違いにならず、最後にキースに会えてよかったと思った。


「新しい土地でも頑張ってくれ。君達の活躍を耳にする日を待ち望んでいるよ」

「ああ」


 それからキースは、フレッドの件にも頭を下げて礼を言った。

 まだ世間には公になっていないが、旅立つキースには先に犯人を捕らえた旨を手紙で伝えていた。

 晴れやかな表情のキースを、アランも玄関まで見送る。


「そういえば……」


 キースは何か思い出したかのように振り返った。


「ここへ来る前にメルディにも会いに行ったんだ」

「ル……メルディに?」

「ああ。怪我をさせたことと、疑ったことを謝りに。いつもと服装が違っていて、供も付けずに一人で出かけて行ったが、どこに行ったんだろうな」


 キースは今度こそ別れの挨拶をして出て行った。

 アランもそのまま御者に馬車を用意させて乗り込んだ。


「王城へ行かれるのですね?」


 御者の問いに首を振り、当初予定していた行き先を変更した。


「先にロックベル邸へ、急いでくれ!」


 キースの言葉が引っかかる。

 何もなければいいのだが……。



    ***



 イヴァンが着替えを済ませると、訪問を知らせるベルが鳴った。

 こんな朝早くから一体誰だと訝しむ。

 執事が扉をノックし、訪問客の名を告げた。


「アランが……?」


 アランは玄関で待っていた。イヴァンがやって来ると息を切らしながら突然の訪問を詫びた。


「すみません。メルディは――、ルディは部屋にいますか?」

「!」


 アランの慌てた様子にイヴァンも急いで使用人に確認するよう命じる。

 メルディは部屋で眠っているはずだ。


「だ、旦那様! 大変です! こんなものが――」


 渡された紙切れを急いで開く。

 アランも近くまで来て覗き込んだ。


ーーあるべき場所へ戻ろうと思います。今までのこと、深く感謝いたします


 短い文の中に告げられた感謝と別れ。

 呆然と立ち尽くすイヴァンとは対照的に、アランは脇目もふらず外へ駆け出した。

 その昂然とした姿に自分を比べ、情けなくも足が竦んでしまう。


「あなた」


 振り返ると、知らせを受けたマリーが慌てた様子で玄関までやって来た。


「追いかけないのですか?」


 動かないイヴァンに不安気に声をかけるマリー。


「私には、あの子を引き留める資格がない……」


 そう呟いて、足はアランとは真逆に私室へと向かっていく。

 イヴァンはルディを追いかけることが出来なかった。その原因は分かっていた。

 あの子、ルディが撃たれた時、なぜルディがレントンの所へ行ったのかと不思議だった。

 イヴァンはすぐにラオネルを問い詰めた。

 ルディは、自分達が復讐のために動いているのを知っていた。

 そしているはずのない場所でレントンの息子を庇って撃たれた。

 その時、気が付いた。

 ルディは我々の復讐を止めようとしていたのではないかと。

 思い返せば思い当たる節が多々ある。


 ベッドの上で、血の気の失せた娘が目を閉じている。


『ーーっルディ!』


 呼びかけたのは、あの子の本当の名だった。


 ルディが撃たれ、イヴァンは自分の愚かさに気付いた。

 イヴァンのせいでルディは危険な目に巻き込まれたのだ。

 血だらけの、ベッドに横たわるルディを目の当たりにして、メルディを失ったあの日を思い出し、目が覚めた。


 なんという愚かな……。

 私はまた、大切な娘を失おうとしている……。


『復讐をやめるとはどういうことだ! 裏切るのか!?』


 怒るラオネルに返す言葉が無かった。

 犯人を今でも憎く、殺したいほど恨んでいる。

 それなのに、イヴァンはもう、これ以上ルディを巻き込みたくはなかった。


『私は、いつかはここを出ていく身ですから』


 違う、 

 君は私の子だ。

 そうだ……、ルディは私の子供だ。


 それなのに、あの子をメルディに仕立て上げた。

 メルの死が公になるのを避けるため、あの子を身代わりにした。

 ルディは、全てを分かった上でメルディになった。

 傷ついたメルを救い、

 妻の壊れかけた心を癒し、

 父である私の罪を許し、

 伯爵家を守ろうとした。


 私は、全てをあの子に背負わせた、愚かな父親だ。



 イヴァンはソファに腰を落とすと、頭を抱えて項垂れた。


「追いかけないのはルディをメルの身代わりにしたからですか?」


 部屋に入って来た妻は背筋を伸ばし、イヴァンの側に立った。


「あなたに資格がないのなら、私にはもっと無いのでしょう」

「マリー?」

「私はあなたが復讐の後に死のうとしているのを知って、ルディに救いを求めたわ。あの子の優しさに付け込んで、楔を打ち込んだのは私。私の方がより残酷よ」


 マリーの告白に驚くと同時に、イヴァンは首を横に振った。


「そうではない。あの子は……、ルディは私の子供なんだ」

「ええ。知っているわ」

「!?」

「……本当は、もっと前から気づいていた。あなたはディアンヌを愛し、ディアもあなたに想いを寄せていたと」

「マリー」

「二人の仲を裂いたのは私。でもあなたは、結婚すると誠実に私を愛してくれた。ディアは一切私を不快にさせなかった。嫉妬しなかったと言えば嘘になるけれど、それでも私はあなた達には感謝していたわ。そして、子供が出来難い体だと知った時、伯爵家の血を絶やしてしまうかもしれないという恐怖が私を襲った。あなた達の仲を裂いてまで結婚したのに、役に立つことが出来ないと申し訳なく、怖かった」

「何を言っているんだ」

「あなたが深酒をしたあの夜、ディアにあなたの介抱を頼んだのは私。無意識に、そうなれば心が軽くなると思ったのも事実」

「やめてくれ! もう終わったことだ」

「いいえ、聞いて。だけど私は妊娠した。ディアの様子がおかしくて、直ぐに彼女も妊娠していると気づいたわ。ええ、私は気づいていたの! だけど、ディアは沈黙を選んだ……。だから私も、彼女の気持ちを受け取った。まさか、まさかルディが孤児として苦労しているなんて知らなかったのよ! そのまま知らぬ振りを続けたのよ!」

「お前は悪くない。悪いのは私だ」

「いいえ! あなたが自分を責めるのと同じように、私だって後悔しているわ! でもあなたほど愚かではない。私は、私の罪を分かっている。もし許されるのなら、ルディとやり直したい。あの子は私の痛みに寄り添い、メルを救ってくれた。私を、もう一度母親にしてくれたのはあの子なのよ……!」

「マリー……」

「もう、二度と娘を失いたくないわ。あなただってそうでしょう?」

「……」

「〝メルディ〟と呼んでいても、全てを身代わりにしていたわけじゃない。この二年間、ルディは、私達の可愛い娘だったじゃない!」


 マリーは力強くイヴァンに訴えた。

 そして机の引き出しを開けると、色あせた封筒を胸に大事に抱えた。


「メルは、ルディの幸せを望んでいた。選ぶのはあの子。私達からその手を離してはいけないわ」


 マリーはイヴァンにメルの最後の手紙を差し出した。


 『選ぶのはあの子』


 イヴァンは手紙を受け取ると、メルに力を分けてもらうよう胸に抱いて立ち上がった。



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