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時止まりの令嬢と女嫌い侯爵  作者: 千山芽佳


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溢れる想い

 

  王族の舞踏会に、シークレットゲストとして招待を受けたメルディ。

 自分のような元孤児が参加できるとは。まるで物語のように魔法にでもかけられたようだ。

 侯爵家の後継ぎであるアランも、もちろん参加していた。会場では相変わらずみんなの視線を集めている。

 しかしメルディは、彼と目を合わせることはなかった。

 先日の涙の理由を聞かれても、誤魔化せる自信がなかったから。

 アランの視線を感じながら、舞踏会場に移動する。

 国楽団の演奏が始まると、まずは王太子と末の妹君によるダンスが披露された。

 豪華なシャンデリアの輝きを反射する大理石で造られたホール。その中で優雅に踊る二人の姿は、まるで夢見心地になるほど美しく華やかだった。

 両殿下が舞台から下りると、今度はゲストの番となる。

 手を組んでダンスホールに繰り出す男女を横目に、ついにこの時が来てしまったと小さくため息を溢した。

 ダンスが苦手なメルディは、断る言い訳は考えてきたが、果たしてそれが通用するだろうか。

 父には足を踏んでも踊るべきだと言われたが、不幸な怪我人が出るだけだと躊躇ってしまう。

 先程から集まる男性の視線を、メルディは気付かぬ振りをして考えていた。


「私と踊っていただけますか」


 遂にこの時が来たかと、目の前に差し出された手を辿る。

 メルディをダンスに誘った人物に、心臓が止まるほど驚いた。


 王太子レオハント!?


 会場は波を打った静寂の後、騒然とした。

 アランまで駆けつけて助け船を出してくれる。

 なぜ王太子が――という疑問も、用意した言い訳もその場では通用しない圧倒的権力の元、無理やりダンスホールへと誘われる。

 王太子のダンスとあって、ホールにはメルディとレオハント以外誰もいない。

 周囲は異色の二人を固唾を飲んで見守った。

 曲が流れる。

 ゆったりとした曲に安堵するが、緊張で繋いだ手が小刻みに震えていた。

 レオハントは「大丈夫。私に任せて」と優しく声をかけ、メルディも微笑んで返すが、彼はダンス講師の悲惨な足を見ていないからそんなことが言えるのだ。

 ここまで来たら腹を括るしかないと、深呼吸して一歩を踏み出した。

 レオハントのリードは素晴らしかった。

 メルディが上手くなったと勘違いしそうになるほど、自然に踊れていた。

 それでも失敗の無いよう、全神経をダンスに向けた。

 だから、全くもって油断していたのだ。


「なぜ君は自分を疑うよう私に仕向けたのかい?」

「……え?」

「メルディは偽者だと自ら手紙を寄越しただろう? レオンに孤児院を調べるよう仕向けたのも君だね?」


 初めは何を言われているのか分からなかった。

 メルディをリードしながら軽い口調で話しはじめたレオハントの、あまりにも自然な態度に頭が追い付かない。

 二曲目に入り、レオハントは続けて笑顔を張り付けたまま、メルディを問い質した。


「なぜアランに近づいた? 君はアランを騙していたな。君は孤児だ。伯爵令嬢ではない」

「――っ」


 この瞬間、メルディはレオハントの真意に気付いたが遅かった。

 彼がメルディをダンスの相手に選んだ理由。

 二人きりの逃げられない状況で、メルディを追い詰めるためだ。


 メルディ


 一瞬、レオハントの声も楽団の音も聞こえない静寂の中で、アランの声だけが聞こえた気がした。

 視線は無意識に聴衆の中のキャラメル色の瞳を探してしまう。


「君はーー、偽者だ」

「……」


 無情にもレオハントに突きつけられた宣告――。


 どんなにダンスを練習しても、言葉遣いや立ち居振る舞いを直したところで、私は伯爵令嬢になんかなれない。 

 父も、私を娘として認めなかった。

 ええそうよ。

 私は偽者メルディ。

 その魔法は今、解けてしまったの――。


 メルディに残された時間はあと僅かだ。

 王太子に出自が知られた今、このまま伯爵家で過ごすことは許されないはず。

 それなら最後に、やるべきこと――。

 ニーベルグとレントンの復讐は阻止出来た。

 後はメルを屋敷から連れ出した誘拐犯をなんとか割り出し先手を打つ。

 時間が無い。

 考えろ、考えろ!


 ダンスを終えて、庭園の支柱に佇むメルディは、圧し潰されそうな不安と闘いながら、震える体を抑えて唇を噛んだ。


「先程のあれは実に不愉快でしたわね」

「ええ。伯爵家は娘の教育が行き届いていないのでしょう」


 一人になりたくて静かな場所を選んだというのに、耳に届く不快な猫なで声に辟易した。

 彼女たちは明らかにメルディを追いかけ、釘を刺しに来た。

 面倒臭い。

 相手にもしたくないというのに、その言葉は、悪意は、受け流すことも出来ないほど、メルディの全身を燃え上がらせた。


「伯爵夫人は精神を病んでいる」


 メルの死を受け入れられず、心を病んでしまったお母様。正気を取り戻すと今度は、おかしくなってしまった自分に愕然とし、傷付き苦しんでしまった。


「嘲笑されるくらいなら、死んでしまった方がーー」


 自らの腕に刃を突き刺し、川に身を投げたメル。メルはこうした連中に嘲笑されるのを恐れたのだ。

 今ならわかる。あなたが生きてきた世界はこんなにも――。


「メルディ!」


 なぜ、こんな人達に二人が笑われなければならないの。

 お母様は、メルは、何も悪いことをしていない。

 それなのに、なぜこんな酷い仕打ちを受けなければならないのか。

 

 邪魔しないで、アラン様!


 私は何を言われても、どうなっても良かった。

 ただ事情も知らない人達が、二人を馬鹿にするのが許せなかった。

 アランを責めるつもりはなかった。

 謝らせるつもりはなかった。

 こんな私なんかを庇わないで。

 私はもっとあなたにひどいことを――!


「ルディ」

「その名で呼ばないで!」


 優しい声で、本当の名を呼ばないで。

 あなたにだけは知られたくなかった。

 私が偽者だと知って、失望したでしょう?

 呆れている?

 それとも、私を憎んでいる?


「君の力になりたい」


 やめて。


「何をそんなに抱えているの。何をそんなに苦しんでいるの。私じゃ力になれないのか」


 やっぱりあなたは向いていないわ。

 疑わなければならない相手にまで心を寄せてしまうんですもの。

 でももうお終い。

 もうアランには近寄らない。いいえ、そもそも近寄れなくなる。

 初めから何もかもが間違っていた。

 出会いも、住む世界も、あなたに惹かれたことさえも――。




 大舞踏会の翌日。

 馬車の音で目覚めると、外は初雪が降っていた。メルが死んで二年目の冬がやって来た。

 メルディは、悔恨から正気を取り戻すとクローゼットに向かい、ずっと大切にしまっていた男物のブーツを取り出した。


「……」


 いつでも出て行けるよう、荷造りは済ませてある。

 とはいっても鞄に入れたのはクローゼットの中でも一際簡易なワンピースと下着だけ。

 宝石や香水、ドレスなどは平民に戻ったメルディには必要のないものだ。

 それでもアランからもらったアマリアの髪飾りを胸に抱き、大事に鞄の中にしまった。


「奥様、いけません!」


 廊下で使用人の声を聞いて、荷物をクローゼットの中に隠した。

 玄関ベルが鳴り、執事が対応に出る。その隙にメルディは母を連れ戻すため、廊下に出た。

 来客はアランと――、レオンだった。

 その時初めて、メルディはレオンの正体を知った。

 昨夜、物腰柔らかく自分を追い詰めた青い瞳。その瞳の色も髪の色も、うまく誤魔化していたが間近で聞いた声は王太子レオハントそのままだった。

 つまり、メルディは王太子の仮初の姿とは知らずに、同一人物に手紙を送っていたのだ。

 そして、レオハントはメルディの正体に気づいた。

 二人はメルディの正体を暴き、追い出すためにやって来たのだろう。

 最後の復讐には間に合わなかったが、このまま諦めるつもりはない。

 ちらりとクローゼットの荷物と、秘密の出口を思い浮かべる。

 牢獄に入るのは、メルの矜持を守り、父とラオネルの復讐を止めてからだ。


「旦那様は先程お出かけになられました」

「!?」


 なぜ……今日は外出の予定はなかったはず。それなのに、出かけた? ラオネルと?

 まさか、二人は誘拐犯がわかったというの? それとも、まだ捜査の段階? 監視されているレントンの復讐を強行しようとしたのかも……。

 分からなくても体は直ぐに動き出す。

 偶然、通りを走っていた乗合馬車に声をかける。客はいなかったので「急いでレントン邸へ向かってほしい」と伝えた。


 馬車は雪を跳ね返し進んでいった。


「キース! 父親はどこにいる!? 目を離さないでって言ったのに――」


 驚くキースの後ろから、きらりと光る物が見えた。

 それが何なのか、確認するよりも声を出すよりも先に体が動いていた。

 もう、誰の命も奪われてほしくない。


 ――ルディ


 ――ルディ


 私の名を呼ぶのは誰?


 お母様? それから……、アラン様……。


 痛い……私、撃たれたのね? 血がこんなにたくさん出ている。私、死ぬの?


 ――絶対、大丈夫だ。絶対、助ける。


 ええ。アラン様の言葉なら信じられる。


 溢れ出しそうな想いに何度も蓋をして、気付かぬふりをした。

 だけど、もう無視できないほどその想いは大きくなっていた。

 遠くに声が聞こえるのは、私の意識が遠のいていくからだろうか。

 もう、アランの声も聞こえない。

 手を離さないで、側にいて。

 胸が熱くなって感情が溢れる。


 あなたが好き


 苦しくて息が出来ないほど、あなたが好きなの……。




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