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時止まりの令嬢と女嫌い侯爵  作者: 千山芽佳


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21/33

秘めた想い

 

 メルディが目を覚ますと、銃撃から丸二日が経っていた。

 傷は命に係わるものではなかったが、出血が酷く、目を覚ますまでに時間がかかった。

 父は意識を取り戻したメルディに安堵し、母は泣いて喜んだ。

 母は眠っている間もずっとメルディの側から離れようとしなかったという。

 そんな二人にメルディは、「心配をかけてごめんなさい」と言葉少なめに謝った。


 医師が「これでもう大丈夫でしょう」と両親に伝える。術後の傷の処置の説明を虚ろに聞いていた。

 医師が退出する間に徐々に意識がはっきりとし、自分が眠っていた間の事が気になった。


「アラン様は?」


 まず思い浮かぶのは何度も自分の名を呼び、意識を手放す瞬間まで手を握ってくれたアランのこと。


「アランは銃撃が公にならないよう働きかけてくれた。お前が無事に目を覚ましたと連絡しておこう」

「……ありがとう」


 アランはここにはいない。それが寂しくもあり、しかしメルディのために最善の方法を考え動いてくれている。

 アランには最初から感謝しかないが、そうなると彼に会うのはいつになるのか、大分先になりそうだと思うと、会いたくて仕方なかった。


「……」


 泣き続ける母の横で、父はメルディに何か言いたそうに佇んでいた。

 メルディも、その視線を受け止めて父を見上げた。

 互いに言葉が出ないのは、問いかけられても答えることが出来ないからで、互いの中にある不安も疑いも、気持ちの整理も出来ていない状態だからだろう。

 今、何か聞いたところで探り合いになるだけだ。

 先に目を逸らしたメルディは、顔を背けて休む振りをした。

 それを合図に父は母を残して部屋を出て行った。


「ルディ……私のせいよね」

「!」


 メルディは母を振り返った。

 部屋にはメルディと母の二人きり。母は時折正気を戻すと、メルディの本当の名を呼んでくれる。


「違います。あの件とは関係ありません。私が早とちりをして巻き込まれただけです」

「いいえ、いいえ! あなたに一生の傷を残してしまったわ!」


 布団に顔を埋めて泣く母に、メルディは怪我をしていない方の手で慰めた。

 傷なんて、とメルディは思う。

 貴族の娘ならば気に掛けるだろう。しかし孤児のメルディにはどうでもいいことだ。

 そう伝えたところで更に悲しい想いをさせるのが分かっていたので、黙って背中をさすった。


「……」


 自分が傷ついたことを、嘆き心配し、泣いてくれる人がいる。

 メルの母親は優しい人だ。

 ルディとは血の繋がりはないのに、本当の娘のように可愛がってくれる。


「お母様もお疲れでしょう、後は部屋で休んでください」


 寝ずに側にいてくれた母を労り、侍女を呼んであとを頼んだ。

 部屋で一人きりになると、急に心細さが増した。

 息を大きく吸い込み布団を頭から被った。

 布団の中で怪我をしていない方の腕で自身を抱きしめ丸くなる。目をきつく瞑って歯を食いしばり、情けなくも今更体が震えだした。

 耳を劈くような銃声。激痛が走り、身動きが取れないまま自身の流れる血を眺めていた。


 ああ、私はこのまま死ぬのか。


 あの時、初めて死の恐怖がメルディを襲った。

 その中で私の名を呼び、抱きしめてくれた。あの人の温もりにまたしても救われた。

 取り乱したアランを前に、何故かメルディの方が落ち着いていられた。虚勢を張り心配をかけないよう努めた。

 先程の話の中で医師が言うには、パニックになって血を流し過ぎなかったことが良かったと聞いた。

 激痛と恐怖、胡乱な記憶の中でも、何故かはっきりとアランの声だけは耳に届いたのだ。

 アランはメルディを抱き上げると、強く抱きしめ「絶対に助ける」と誓った。

 アランなら、絶対助けてくれると信じられた。

 今、布団の中で蹲り、ルディの中に溢れる感情。

 恐怖よりも勝る胸の鼓動は、認めてしまうには怖くてできそうにない。

 眠くはないのに、これ以上溢れてはいけない秘密の想いに、蓋をかけるよう、メルディはきつく目を閉じた。




 二日後には痛みは残るが血はほとんど止まり、経過は良好だった。

 その証拠に屋敷の中を歩けるまで回復した。

 銃撃事件は、アランとレオンの計らいによって新興宗教の事件と処理してくれたらしい。

 勿論メルディが撃たれたことも秘匿にしてくれた。

 慌ただしい周囲がこれ以上煩わされる事がないと思うと二人の対応に深く感謝した。


「それじゃあお母様、少し部屋で休んでいますね」

「そうしなさい。夕食は部屋へ運ぶわ。まだ無理をしてはいけないわよ」


 談話室で過ごした後、気分転換に歩き回るメルディに、母がきつく言い渡す。

 平気だと言い返したいが、心配してくれる相手にこれ以上の負担をかけないよう、素直に頷く。


「最近の奥様は随分と体調がよろしいようで、何よりでございますね」


 メルディ付きの侍女の言葉に同意する。

 母はここ数日、メルディが撃たれた後から気持ちが不安定になることもなく正気を保っていた。

 前のように過去の記憶に戻ることもなく心穏やかに過ごしてくれている、そう思うとメルディもうれしい。

 部屋へ入ると、従兄のリックから貰った花が萎みかけているのが目に入った。

 リックはメルディが撃たれたことを知らないので、ただのご機嫌伺いに来たようだが、勿論こんな状態なので会いはしなかった。

 相変わらず空気の読めないリック。彼のことは苦手だが受け取った花に罪はない。


「痛んだ葉を落として新しい水に変えないと……」


 花瓶を片手で持ち上げるメルディに、侍女が慌てて代わりを申し出る。

 一人になったメルディは、部屋を見回してさて何をしようかと考える。

 腕の痛み以外はもう元気そのものなのだ。が、母の手前もう少し大人しくしていた方がいいだろう。

 結局は外出もできないので読書をすることになるのだが、読みかけの本のしおりが挟まれたページを開いた時、紙切れが一枚するりと絨毯の上に落ちた。


「あれ?」


 拾い上げて紙切れに書かれた差出人を見る。


「アラン様から……?」


 昨日アランには礼状を送ったが、その返事が来たのだろうか。

 もしかしたら手紙の束から落ちてしまったのかもしれない。

 逸る気持ちでカードを開く。中には自分に会いたいというアランから、大事な話があるので誰にも言わず一人で来るよう書かれていた。

 あれからアランには会っていない。

 跳ねる心臓に再び蓋をし、メルディは手紙の通り、こっそり外出の準備を始めた。



     ***



 アランはフレッドからのメッセージを受け取ったあと、すぐにレオハントも呼び戻して王城の私室で待った。

 レオハントにルディの事情を伝えると、眉間に皺を寄せて苦い顔をした。

 その心の内はきっとアランと同じ、悔恨と申し訳なさでいっぱいだろう。

 ルディはフレッドやメルの死に関係していなかった。

 彼女はメルの復讐に動く者を止めるため、自分達に捜査を働きかけただけだった。

 ルディを疑い、責めた言葉がそのまま楔となって自身の胸を貫く。

 彼女の傷ついた顔を思い出すと、胸が苦しくなる。

 贖罪の気持ちを抱えたまま、レオハントとアランはまず銃撃事件の根回しに動いた。

 とにかくメルディが撃たれたことは隠すべきで、幸運にも彼女の姿を見た者はなく、新興宗教の襲撃と誤魔化すことが出来た。

 伯爵もメルディが撃たれたことを大事にする気はないようで、アランの提案に乗ってもらえた。


 翌日になると、ロックベル家から丁寧な礼状とルディの無事を知らせた手紙が届き、アラン達は安堵した。


「……会いに行かなくていいのかい?」


 レオンに問われる。


 ルディに会いたい。

 会って、謝って、無事をこの目で確かめたい。

 だけど――。


「今は……まだ会えない」


 今するべきことは、彼女の憂いを払い、これ以上の危険を拭い去る事だと自分に言い聞かせた。


 銃撃事件の後始末を終えると、レオンはフレッドから得た『裏ローチェ』の構成員の裏付けを取るため動きはじめた。

 警備隊にはフレッドの自殺の再捜査を命じた。

 アランも過去のメルディ事件を一から調べるため、王城の広大な敷地内にある軍部が保管している書庫で、過去の事件をまとめた膨大な記録を探した。

 メルディ事件に関する関係者への調書などを一から調べる。その内容は自分が知っているものと相違なかったが、見落としているものはないかと何度も読み込んだ。

 ずっと王城に寝泊まりしていたので、自邸に戻ったのはメルディが襲撃された日から丸三日も経っていた。


「アラン」

「ああ、姉さん。来ていたんですか。お腹の子は順調ですか?」


 屋敷のダイニングでは母とカカが昼食を共にしていた。


「ええ、出産は初めてじゃないもの。安定期に入っているから少し動いた方がいいくらいよ。それよりあなた、もう少し身だしなみに気を配りなさいな」


 ここ二日まともに寝ていない姿に注意されるが、肩を竦めるだけにとどめる。


「アラン、もうすぐアジルも帰ってくるから一緒に昼食を取りましょう」


 それならば着替えだけでも済ませたいと、一度自室に戻った。

 食事の最中もアランの頭の中は事件のことでいっぱいだった。

 手が止まる度に母にため息を付かれる。

 メルディ事件を調べていて、当時の証言から何者かが侵入した形跡はほぼ無いと思われた。

 失踪当日、家庭教師兼メルディの世話係が行く先も告げず外出していた。

 その事で軍は彼女を疑い、拘束したようだが、後日彼女の動向をロックベル伯爵が証言したことで覆った。

 家庭教師はメルディが姿を消す前に外出していたのだ。

 その行先はクライシス子爵邸。ロックベル伯爵からの急なお使いで訪ねたと言い、同様にラオネルも彼女の無実を証言し、目撃証言もあった。

 それならば、メルディはどうやって屋敷から姿を消したのだろう。

 調書には面白い証言があった。


『メルディお嬢様は一度、使用人の目をかいくぐって一人外へ出たことがありました』


 メルディはバレずに外へ出る方法を知っていた。

 もしかしたら、彼女は屋敷で誘拐されたのではなく、自ら屋敷を飛び出し、一人でいるところを誘拐されたのかもしれない。


「アラン、いい加減になさい。考え事をするか食事をとるか、どちらかになさいな」


 母の注意にアランはもう完全にナイフとフォークを置いて、食事を中断した。


「姉さんはロックベル家に遊びに行ったことがありましたか?」

「ええ。幼少期のメルディにも会っているわよ」


 こちらが尋ねる前にメルディの名前を出す。

 カカの洞察力が優れているからか、アランが単純で考え事を推察されたのか、どちらかは分からないが話を続けてくれた。


「私とは歳が十も離れていたから、一緒に遊ぶというより遊んであげたという感じね。彼女、記憶を失くしているのでしょう? こちらだけが一方的に覚えているのは少し寂しいものね。だけどあの子の場合は忘れてしまった方が良かったかもしれないわ」

「? それは何故です?」


 もちろんカカはメルに起こった悲劇を知らないはずで、それを抜きにしても「忘れてしまった方がいい」とはどういうことだろう。


「自分の誘拐が原因で親しい人を亡くしたのだから、覚えていたならより悲しいでしょう」

「メルディの、家庭教師のことですか?」


 家庭教師は釈放された後、厳しい拷問の末衰弱し、命を落とした。

 たしかに、自分の誘拐で無実の人間が亡くなっていたなら、やりきれないだろう。


「ディアンヌ、といったかしら。彼女はとても芯のある素敵な女性だったわ。メルディは母親のように彼女を慕っていた。それなのに、あんな事になって、痛ましい事件よね……」


 カカは家庭教師のディアンヌに対しては思い出が残っているようだ。

 寂し気にしたかと思うと、急に顔を上げて顎に手を添える。


「どうかしましたか?」

「そういえば、ルルが言っていたのは……」


カカは何か思い出したのか、考える素振りを見せた。


「ルル姉さんが何と?」

「え? ええ……。初めてメルディと会った時、声に違和感があると言っていたの。メルディの声を聞いて、どこかで聞いたことがあると言っていたのだけれど、そうね。今思うと、あの亡くなった家庭教師と似ているのかもしれない」


 そこへタイミングよく父が帰って来たので、アランは勢いよく椅子から立ち上がった。

跳ねた食器の音に母と姉は驚いて小さな悲鳴を上げた。


「お父さん、少しいいですか!?」


 呆気にとられる父に、二人きりで話がしたいと申し出る。


「一体なんだ。帰って来て早々に――」


 アランは父の返事を待たずに部屋を出て行った。

 母が何か言っていたが、今度こそ完全に食事を投げ出し私室へと向かった。


「亡くなったロックベル家の家庭教師について、知っている事を全て、詳しく聞かせてください!」


 父の私室のテーブルに向かい合い、着席すると同時に質問を投げた。

 父がロックベル伯爵と親しくしており、互いの家に何度も行き来していると聞いていた。


「む……なんだ急に」


 視線を逸らす父に、唐突な質問だからという理由以外にも話しづらい何かがあると確信した。


「父さん!」

「……あまり亡くなった者を後から言うものではないが……」

「お願いします」


 父は一度息を長く吐き出した後、ゆっくりと話し始めた。


「あそこの家庭教師ディアンヌは、前クライシス子爵の妾腹の子だと、昔イヴァンに聞いたことがある」

「クライシス家の!?」

「ああ。クライシス家の娘でありながら使用人のような扱いを受けていた所を、イヴァンが無理やり連れ出したのだと――。世間には公表されていない子供ではあったが、たしかに前クライシス子爵の娘だったのだろう。ディアンヌを使用人として雇い入れたロックベル家とクライシス家はその後色々と騒動があったからな。それでもイヴァンはディアンヌを手放さなかった。彼女がクライシス家で肩身の狭い想いをしているからと、イヴァンはディアンヌを守ってやっていたのだ。今思うと、あいつの初恋だったかもしれない」

「それが――」


 それが本当なら、ロックベル伯、現クライシス子爵ラオネル、家庭教師ディアンヌには深い繋がりがあったことになる。

 そして、一つの可能性が見出だされた。

 アランはソファの背に寄りかかり、天を仰いだ。


「……なんてことだ」


 ルディは、伯爵令嬢であるメルに容姿が似ていた。

 家庭教師ディアンヌに、声がそっくりだった。

 伯爵の、家庭教師との初恋。


 『あなたは本当に伯爵家の娘だと?』

 『ええ。私の父はロックベル伯爵です』



「ルディは真実を言っていた」


 母親は違うが、父親は伯爵だとはっきり言っていたのだ。

 メルとルディは容姿の似た他人などではなかった。

 ルディは、れっきとしたロックベル伯爵の子供だ。そして母親は、伯爵家で世話になり、誘拐事件で命を落とした家庭教師のディアンヌ。

 メルとルディは異母姉妹だったのだ。


「そうか……! 『メルディ誘拐事件』の犠牲者は初めから二人いたんだ」


 アランは見落としていた事実に頭を抱えた。

 メルと、ディアンヌ。

 誘拐事件によって異母妹と母を亡くしたルディ。彼女はきっと犯人を強く恨んだことだろう。

 だが――。


『私は、私の大切な人達を血で汚したくはない』


 どんなに憎くても、ルディは復讐なんて考えていなかった。

 むしろ止めたかった。

 残された家族の手を、復讐という血で汚したくはなかったのだ。

 その家族とは――。

 ニーベルグ伯爵を捕らえたあの日、ニーベルグはロックベル伯爵と狩りを楽しんでいた。

 そしてもう一人、アランは猟銃を構えた男に会った。

 ラオネル=クライシス。

 ラオネルもまた、ディアンヌと異母姉弟だった。

 それならラオネルは、ルディの叔父に当たる。

 復讐を考えていたのは伯爵、あるいはラオネル。はたまたそのどちらもか――。


「お父さんありがとうございます!」


 これで全てが繋がったと思うと同時に、抑えていた気持ちが溢れて、無性にルディに会いたくなった。


 彼女の力になりたい。


 アランも、こんな悲しい復讐は止めてやりたかった。

 何故なら彼らが狙うメルを誘拐した犯人は、まだ野放しにされているのだから。

 アランが父に礼を告げて部屋を飛び出すと、同時に執事が慌ててアランの元へやって来た。


「すみません若様、只今警備隊が来ておりまして、火急の用事だと言ってこちらを」


 危なくぶつかりそうになりながら執事は持っていた紙をアランに渡す。

 警備隊からの知らせは、ロックベル家の護衛を任せた男からだった。

 手紙の内容を読むよりも早く、目にした瞬間手紙を握って廊下を駆け出した。


「もう! アランあなたねー」


 母の悲鳴を遠くに聞きながら、アランは警備隊が待つ馬車に乗り込んだ。



 メルディ=ロックベルが、再び誘拐された。





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