最後のメッセージ
馬車はニーベルグ伯の屋敷へと到着した。
主を失った家は、以前訪れた時とは打って変わって静かで物寂しい雰囲気だった。
アランの訪問を出迎えたのは、以前マリアの件で世話になったメイド頭の壮年の女性だった。
アランは彼女にフレッドの手紙の事を簡単に説明した。彼女は驚いていたが、アランとキースを書斎へと案内してくれた。
「君が探しているものがここにあるのか?」
キースは何てことない書斎をきょろきょろと見渡し、アランに訊ねた。
フレッドの言う『以前アランが探していたもの』とは、恐らくマリアのことだろう。
しかしマリアはもうニーベルグ伯に殺されてこの世にはいない。
それはフレッドも分かっているはずで、その上でアランが探しているものを見つけたとわざわざ書いた。
ならば探している物はマリア自体ではなく、マリアに関わるもの、そこに何かメッセージを残したのではないか?
生前、身の危険を感じていたフレッドは慎重に行動していた。
フレッドとのやり取りの中でマリアに関係し、メッセージを残せそうなもの。それはモリソン=ニーベルグ伯がマリアに譲った小説だ。
アランは脇目もふらずに連載小説の青い背表紙の本を手に取った。
ぱらぱらとめくり、何かメモが挟まっていたり、違和感はないかと探してみた。
「……」
特別に変わった事は無い。
もう一度探そうと今度は逆からめくろうと思った時、それは目に入った。
背表紙の裏に、モリソン=ニーベルグと書かれていたはずのサインが、別人のものにすり替わっている。
「ルワンダ……公爵?」
第一巻の背表紙裏に書かれた名前。確かに以前はニーベルグ伯の名があったその場所には、絶対持ち主ではありえないルワンダ公の名前が記されていた。
アランは急いで第二巻へと手を伸ばす。
同じように、名前は書かれているがその名はニーベルグ伯でもルワンダ公でもなく、また別の貴族の名前だった。
「アラン? 何か見つけたのか?」
一心不乱に本をめくっていたかと思えば急に手を止めてぴたりと動かなくなったアランにキースが声をかける。
「……フレッドは、危ない橋を渡り殺されたんだ。ここにその証拠が残されている」
「!」
憶測ではあるが、ここに書かれた名から導かれるもの。それはアランとレオンが探していた、『裏ローチェ』のメンバーの名前だ。
小説は真新しく、フレッドが買い直したことが伺えた。
書かれた名前を見ると、どれも大物ばかりでキースに見せることは出来ない。
これを調べるのにフレッドは無茶をしたに違いない。それでも、これ以上の犠牲者を減らすために決死の覚悟で調べ、アランに託してくれた。
「ニーベルグ伯同様、他にも少女を買って非人道的な行いをしている仲間がいた。私はそれを調べていて、フレッドが私に託してくれた」
キースにもざっくりと説明する。
最後に会ったフレッドの、父親の罪を黙したことに後悔した様子を思い出す。
「フレッドは亡くなった少女たちに報いるため、危険を冒したんだ」
そして自身に危険が迫っているのを知って、キースとアランに手紙を残した。
「……アラン」
キースは静かに泣いていた。
「頼むアラン。フレッドを殺した犯人を捕まえてくれ! 俺達の父親がしたことは決して許されないことだ。だけど、フレッドが殺される理由にはならないだろう!?」
頭を下げたキースの目から、零れた涙は絨毯へと滲んでいった。
「……」
ずっと気になっていたことがある。
そもそもメルディを誘拐したのは誰だったのか。
人身売買に手を染めたレントンは労働者の服装に着替えさせられたメルディを買い、ニーベルグ伯に売った。
ニーベルグ伯は己の欲望を満たすためにメルディを乱暴した。
しかしどちらも、伯爵家からメルディを誘拐した犯人ではない。
もう一人、メルディ誘拐を企てた者がいる。
レントンとニーベルグは『裏ローチェ』で繋がっていいた。レントンが人身売買に手を染めていたのを知っていた。ならば、誘拐犯も『裏ローチェ』のメンバーではないのか?
ルディもローチェスターを探っていた。
アランは最終巻を手にしていた。ページをめくり、最後に記された名を目にする。
そこに書かれた見覚えのある名は、アランを不快にし、メルディとも関わりのある男の名前であった。
「そうか。あいつがメルを……!」
〝僕らが関わって壊し、修理に出していた時計の件だけど、ようやくなんとかなりそうだ〟
フレッドが調べていたのは、『裏ローチェ』とメルディの誘拐犯。
フレッドは、裏ローチェのメンバーか、メルディを誘拐した男のどちらかに殺されたのだろう。
アランは全ての本を持ってキースに向き合った。
「君は一度命を狙われている。暫くは外出を避けて身を隠してくれ。フレッドを殺した犯人は、私が必ず捕まえる」
証拠を固めるためにはレオンの協力が必要である。
アランはキースに別れを告げて、過去の『メルディ誘拐事件』を根本から調べるために、屋敷を後にした。




