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時止まりの令嬢と女嫌い侯爵  作者: 千山芽佳


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16/33

舞踏会で

 

 王城で執り行われる王家の舞踏会には、上流階級の中でも選ばれた者しか参加できない。

 王家からの信頼も厚い由緒あるブライトン侯爵家は、例年通りゲストの名に入っていた。

 大理石のホールに順に名前を呼ばれ、そのまま台座に鎮座する王家に挨拶をする。

 アランは両親と共に出席し、国王陛下、王妃、親友レオハント王太子と末の姫君に挨拶を済ませた。


「アラン、後でゆっくり話そう」


 謁見中、王族から声をかけてもらう事はほぼないのだが、レオハントはアランに親し気に言葉をかける。

 それだけで周囲の視線を集めてしまう。

 アランは深く頭を下げたまま後にした。


 アラン達が舞踏会場に移動すると、入れ違いでロックベル伯爵とメルディとすれ違った。

 ロックベル親子の登場に周囲は一際ざわついた。

 毎年王家は、招待客リストには乗せずその年の話題となった人物をサプライズで招待する。

 それが今年はロックベル家のメルディのようだ。周囲も彼女の舞踏会の参加に異論を唱える者はいない。今年の話題を攫った人物であるの言えた。

 しかしアランの心中は複雑だった。

 あの観劇の後、メルディは一言も発さず、アランと目も合わさずに別れた。

 あの時の涙の理由を、アランは尋ねることが出来なかった。もし問うたら二度と会ってくれないような気さえし、最後まで訊ねることは出来なかった。


「……」


 陛下に謁見するメルディを遠目で眺める。

 その髪には、アランが贈ったアマリアの髪飾りが添えられていた。

 観劇の時と同じ、喜びはあるはずなのに、何故かそれを勝る切なさで胸が痛んだ。


 大舞踏会場では、国楽団の演奏に合わせてゲスト達が相手を変え優雅にダンスを踊っていた。

 さすがのアランもこの時ばかりは女性をダンスに誘わなければならず、そのお相手は毎年決まってレオハントの姉君で、公爵家に嫁がれたリアナ姫だった。

 彼女とは幼馴染のような関係で、アランの事情も理解し、尚且つ結婚しているので変な噂もたたない。

 アランがいつも通りリアナと踊り終わると、一際歓声が上がり、皆が場所を空けた。王太子レオハントの登場である。

 レオハントには現在婚約者がいない。国内が安定している今、隣国からの姫君が妃候補に挙げられているが、そのお相手は慎重に判断されていた。

 そんなわけでレオハントのお相手は無難に末の妹君であるサーシャ姫。彼女もまた、他国に嫁ぐことが決まっており、結婚前の最後の兄妹の姿に、両陛下含め皆が微笑ましく見守っていた。

 レオハントもアランも、毎年一度踊れば表舞台から下がるのだが、この日は例年通りとは違っていた。

 父の隣で目立たないように控えていたメルディが、一人の青年にダンスを誘われていた。

それを皮切りに、複数の青年が彼女に近づいていく。


「失礼!」


 アランは慌ててメルディの元へと急いだ。ダンスが苦手だと言った彼女の、事情を知る自分が相手になった方がいいと思ったからだ。


「「メルディ」」

「!?」


 アランと同時に人を掻き分け、声をかけた男を見てぎょっとする。

 他の青年はあまりの驚きで後ずさりしていく。アランはなんとか思い止まったが、言葉を失ってしまう。


「メルディ嬢、私の手を取っていただけますか?」


 ざわりと周囲に波紋のような驚きが広がり、その中心の人物に視線が集まった。

 メルディに手を差し出し、ダンスに誘ったのは、王太子であるレオハントだった。

 周囲も、メルディも、楽団も、驚きで人の数には比例しない静寂がしばし会場を包む。


「……殿下、私がメルディ嬢を誘おうとしている所に横入りとは、無粋ですよ」


 親しいアランだからこそのぎりぎりの冗談と牽制に、レオハントも気付いているはずなのに、その手を引っ込めはしなかった。


「アラン。申し訳ないがここは私に譲ってほしい」


 はっきりと告げられれば王太子にそれ以上の異議は唱えられない。


「あの……殿下、失礼を承知で発言をお許しください」


 そこで当事者であるメルディがか細い声で発言を求めた。


「許す」

「ご存知の通り、私は事情があってダンスには不慣れで自信がございません。殿下に恥をかかせるわけにも参りませんので、どうかお許しを……」


 恐縮しながら礼を取るメルディの声は震えていた。

 会場中がメルディの事情を酌み、納得したはずだった。レオハントを除いて。


「あなたの事情は分かっているし、腕前の心配なら無用だ。私はただあなたと二人きりで踊りたいだけ。足を踏んでも構わない。転びそうになったら支えよう。共に転んだっていい」


 レオハントの言葉に、アランは唇を噛んで拳を握った。

 周囲はもうざわめきから騒然とし、騒がしくなった。

 尚も動かないメルディに、アランが口を開きかけるよりも早く、レオハントがその手を強引に掴み、ダンスホールへと連れ去った。

 楽団も周囲も、王太子の強引な誘いに呆気にとられ、ホールの中央に佇む二人を眺めるだけになった。

 王子が顎を上げた合図で、楽団も慌てて曲を奏でだした。

 レオハントはメルディを抱き寄せ、腕を翻して踊りだす。

 メルディは踊るつもりはなかったかもしれないが、ドレスはきちんと舞踏用の物を用意していたので、腕の下の長いレースが透けて、流れる様に裾を翻して美しく踊りだした。


 ダンスホールに二人きり、周囲の注目を一身に集めるメルディは、ただただ美しく、周囲はアラン同様声が出せないほど見入っていた。

 ゆったりとした曲調のワルツに流れる様な足さばき、メルディをリードするレオハントは流石というか、二人のあまりにもお似合いな姿にアランも言葉を失ってしまった。


「……」


 心の底から湧き上がる燻ぶりのようなこの感情を、なんと呼ぶのだろうか。

 レオハントはメルディを微笑みながら見つめ、何か言葉をかけた。


「……?」


 アランは気付いた。レオハントの口が微妙に動いている。メルディと踊りながら話をしているようだ。

 曲が終わり、二人は手を繋いだまま体を離し、礼をした。

 その姿に一同拍手喝采が沸き起こり、次の曲の間奏が流れると同時にダンスホールには手を繋いだゲスト達が踊りに繰り出す。

 何事もなくダンスが終わったことにほっとしたのも束の間、また周囲がざわついたので顔を上げると、レオハントは再びメルディを引き寄せ、腕を振り上げて二曲目へと入って行った。


「――な!」


 再び踊りだす王太子とメルディの姿に、同じダンスホールで踊る者達も驚いて道を譲る。

 今度はアップテンポの曲だ。明らかにメルディは動揺し、視線が足元に下がっている。

 くるくると移動しながら踊る二人に、アランは視線をそのままに追いかける様に人混みを掻き分けた。

 レオハントは笑顔でメルディに話しかけていた。声は聞こえない。


「!」


 一瞬、メルディがこちらを見て、目が合ったような気がした。


「っメルディーー!」


 届くはずもない彼女の名を口にする。

 聞こえるはずもないメルディは、瞳を揺らしアランに気付いた。

 遠い。

 二人の踊る姿をずっと追いかけ、握った拳は爪が食い込み痕が付く。

 そして、曲はまだ終わりきらないのに、レオハントが手を離した。いや、メルディがレオハントの手を突き放したように見えた。

 曲が終わり、その場でお辞儀をすると再び手を取り合ったレオハント達は、次の曲が流れる前に今度こそ舞台から降りたのだった。


「実に有意義な時間だった。とても美しく、苦手という割には華やかさもあって素晴らしかった」

「……ありがとうございます」


 王太子は父親であるロックベル伯爵の元へメルディを返し、そう言い残して自分の席へと戻っていった。

 もうダンスは踊らないようだ。

 メルディは父親の元から離れ、踵を返してバルコニーの方へ向かった。アランは迷った末、レオハントを追いかけた。


「殿下、メルディに何を言――」

「メルディにはもう関わるな」


今、王族の席には誰もいない。アランは気だるげに座るレオハントを見下ろす。


「私の依頼は無かったことにする。君はもう、あの子に関わらなくていい」

「レオ――」

「アラン。あの子はメルディじゃない」

「!」

「我々は彼女に利用されたのだよ。君だって薄々気づいていたのではないか?」

「……」

「あとは私が処理する。君はこの件から外れてくれ」

「それは、何故ですか」

「友人をこれ以上傷つけたくはないのだ」

「……命令ですか?」

「命令だ」

「ならば先に謝っておきます。その命令はお受けできません」

「アラン」


 関わるな? 傷つく? もう手遅れだ。


「私は、メルディが好きだ」


 彼女に強く惹かれている。

 自覚してしまえば簡単な事だった。


「アラン!」


 レオハントの制止を無視して駆け出した。

 前にもこんなことがあったと、メルディを探す。

 ダンスホールにも、会場にもいない。バルコニーへと人を掻き分け進んでいく。

 息を切らしたアランが二階のバルコニーから庭園を見下ろすと、中庭に降りたメルディが大理石の支柱の側で佇んでいた。


「メル――」


 二階から声をかけようとしたそこへ、ルワンダ公爵令嬢達が背後から近づいていくのが見え、嫌な予感しかしないアランは階段を急いで駆け下りた。


「先程のあれは実に不快でしたわ」

「ええ。伯爵位程度の方に、殿下のお相手が務まるとも思えませんわ」


 ぺちゃくちゃとおしゃべりを始めた令嬢たちは、扇で口を隠しても大声で話しているので隠す気など本心では一向に無い。


「爵位に問題もあるけれど、あの家にはこんな噂もございますのよ? 『伯爵夫人は精神を病んでいる』と」

「まあ!」

「本当に?」

「娘が下町で育ち戻って来たのです。心も病んでしまいましょう」

「全くね。私なら、そんな暮らしを一度でも強いられたら恥ずかしくて戻れないわ」

「ええ。図々しく戻り嘲笑されるくらいなら、死んでしまった方がまだ――」

「メルディ!」


 声をかけたが間に合わなかった。

 ガチャン! と花瓶が割れる音がして、驚いて少女たちが振り返る。

 トーチに飾られた花は花瓶ごと粉々に砕け散っていた。

 怒りに震えるメルディと、少女たちの間にアランは滑り込んだ。


「失礼! 私の腕が花瓶に当たってしまったようです」


 騒ぎを聞きつけて集まる人々に、ただメルディを庇う事に必死で嘘をつく。


「今のは、メルディ様が――」


 令嬢たちの声を手で遮り、聴衆に聞こえる様に自分の非だと尚強調した。


「破片が飛んでいませんか? メルディ、あちらで怪我をしていないか見ましょう」

「……どいて」


 しかしメルディは動かず、視線はずっとルワンダ嬢達に縫い留められていた。


「メルディ……!」


 拳を握って怒りで震える肩に、アランは手を添えてその動きを必死に止めた。


「メルディ、お願いだ。落ち着いてくれ」

「絶対に許せない」

「メルディ」

「離して!」

「ルディ!」

「!」


 メルディは大きく目を見開いてアランを見た。


「私が悪かった。だから、どうか怒りを鎮めてくれ……!」

「……」


 放心した状態のメルディを、ひとまず庭園の方へ連れ出す。ここなら人目を気にしなくて済む。

 メルディはアランに背を向けて俯いていた。


「どうして邪魔したんですか?」


 メルディはアランに怒っていた。

 ドレスのスカートを握った拳が、彼女の怒りを表していた。


「相手は公爵令嬢、あそこで騒ぎを起こすのは賢明ではない。君だって分かっていたはずだ」

「ええ。分かっていますよ。貴族の世界は理不尽を受け入れ序列に従い、地位と権力に固執して己の欲望に正直で平気で弱者を蔑む!」

「……ごめん」


 謝るアランにメルディが振り返る。アランもそんな貴族の一員で、相手が公爵家とあって引くべきだと無理やりメルディを下がらせた。

 礼を欠いていたのは明らかにルワンダ嬢達の方で、メルディの怒りも頷けたというのに。

 メルディはアランを責めた形になり、後悔したのか顔を歪めた。


「っ違う……。どうして謝るの。どうして庇うの! わたしなんてどうなっても良かった!」


 ぼろりと大粒の涙が零れ落ちる。


「私だって分かってた。だけどお母様を、メルを侮辱するのだけは許せなかった!」


 メルを侮辱? あの会話の中でメルに関係することがあっただろうか。


「ルディ」

「その名で呼ばないで!」


 伸ばした手を払い落とされる。


「殿下にお聞きになったのでしょう? 私が偽者だって。だったらもう私には関わらないで!」

「君の力になりたい」

「――なに」


 払い落とされた手でもう一度メルディの細い指を掴む。触れた瞬間にメルディの指がぴくりと跳ねた。

 

『私は偽者ですか? 本物ですか?』


 彼女に問われてから、アランはずっと考えていた。

 何故メルディはアランにそんな事を聞いたのか。

 確かにアランはメルディの言う通り、彼女の素性を調べ王太子の命で探っていた。

 目的のために彼女に近づいた。

 それを知ったメルディはきっと気分のいいものではなかったはずで、アランが疑っていることを分かっていて、尚アランに見極めてほしいと言った。

 彼女の目的や意図は分からないが、メルディが何かを自分に求めているのだけは感じた。

 アランにはメルディが何か事情があって、伯爵家に来たように思えて仕方がないのだ。


「何をそんなに抱えているの。何をそんなに苦しんでいるの。私じゃ力になれないのか……?」


 涙の引いたメルディは、突き放すような冷たい目でアランに告げた。


「アラン様は……やっぱり向いてないです」


 今度はアランの手をゆっくりと放し、そのまま会場へと戻って行ってしまう。

 取り残されたアランは宙に浮いた手をそのままに、その背をただ見送っていた。

 アランは知りたかった。

 王太子の命令も忘れてしまうほど、ただ純粋に、メルディという少女を、知りたいと――知ることが怖いと、そう心から思った。


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