遅すぎる春
レオンは久々に友人の屋敷を訪問した。
通された応接室。しかし待てども友人はやってこない。
扉が開かれ、ようやく友人が登場したのだが、その情けない姿にも呆れることなく努めて明るく声をかけた。
「やあ、アラン」
「……レオン、待たせてしまって悪いね」
同時に座るなりレオンはアランの様子を窺った。
頬杖をつき物憂いに視線を落とす姿に、気付かれないよう小さくため息をつく。
友人アランが教会で知り得た情報を、王太子に報告してから一週間が経つ。
報告時、随分落ち込んだ様子のアランに、どうしたのかと声をかけた。
彼は上の空で返事をするだけで、多くを語らなかった。
そこからアランの様子がおかしい。
常に思い悩んでいて、何か考えごとをしていた。
空元気なアランに、一度ゆっくり話をきこうとこうして会いに来たのだ。
「フレッドの件だけど、キースの言う通り机の引き出しから拳銃が発見された。ただ、それが自殺に用意された物か、護身用かは調べようがない。キースからまだ話は聞けないのかい?」
「ああ。何度か連絡はしているんだが、商会の問題もあって忙しいそうだ」
「レントン商会の偽物事件か……。レントンが主張するには仕入れた時は本物で、いつの間にか偽物とすり替わっていたという、陰謀説だったな。それでも商会が確認を怠ったことに責任はあるだろう」
「……そうだな……」
「……。それからメルディの件だけど、僕も気になって調べてみたよ」
メルとルディの二人の話を聞いて、レオンはロックベル伯爵の周辺を探ってみた。
「うん。それは……私も初めに調べた」
容姿の似た二人ならば、伯爵家の、外でできた子供の可能性もある。
「伯爵に愛人はいないようだ。すごく真面目なお人柄で、夫人を心から愛し夫婦仲は良好。外に隠し子を持つような噂や疑いは一切ない」
「……ああ」
「歯切れが悪いな。最近の君はどうも元気がない」
「……ああ」
呆けるアラン。原因にメルディが関わっているのを、レオンはなんとなく気付いていた。
アランとは長い付き合いだ。
おそらく彼の良心がメルディを調べることに心を痛めているのだろう。案の定、アランは迷いを呟いた。
「まだメルディの件を調べなければいけないだろうか……。僕には彼女が嘘をつく人間には思えないんだ」
「随分と親しくなったものだ。罪悪感でも生まれたかい?」
アランが女性関係で悩んでいる姿が珍しく、不謹慎にも興味を引かれた。
「メルディ嬢と何かあったのか?」
教会での神父の話は色々な事が分かってきたと同時に、メルディの悲しい過去を知った。
レオンも話を聞く限り、メルディが本物である気はしている。しかし、彼女の行動に気がかりな部分も確かにあり、捜査終了とまでは言えない気もしていた。
「僕はもう少しメルディの素性を調べてみるべきだと思うよ。なんとなく、彼女には何か事情がある気がしてならない」
勘のいいアランだってそう思っているはずだ。だからこそ、悩んでいる。
しかし、これまで求められた案件はそつなくこなしていたくせに、一体何がそんなに彼を思い悩ませているのだろう。
レオンはアランが口を開くまで根気強く待つことにした。
紅茶をすすり、カップをソーサーに戻すと、アランはやっとその重い口を動かした。
「教会の帰り、墓地で彼女に会った。メルディは自分が素性を疑われているのを知っているようだった」
秘密裏に捜査していたはずが、どこかで漏れたのか?
いや、それよりも、メルディは親切にしてくれたアランが、自分を捜査するためだったと知ったことだろう。
ようやくアランが落込んでいる理由がわかった。
「メルディは私が調べているのを分かっていながら、〝本物か偽者かしっかりと見極めろ〟と忠告したんだ」
「それは……」
どういうことだと訊ねるレオンに、アランも首を横に振る。
「私にもメルディの意図は分からない。だが君の言う通り、彼女を調べ、過ごした中でひっかかりが全く無かったわけではないんだ。それなのに、私はこれ以上彼女を暴くようなことはしたくない。メルディをこれ以上傷つけたくはない……」
「それはどうして? なぜ調査がメルディを傷つけると思うの? 彼女を傷つけることを何故そこまで恐れるんだい?」
アランはその恵まれた容姿と誠実な人柄で、これまでも意図せずたくさんの女性を傷つけてきた。
何度も女性からの誘いを断っているし、泣いて去っていった令嬢も数知れず。それを引きずるほど気にしたことはないはずだ。
アランもそれを分かってか、自分の気持ちをまとめようとしていた。
「……メルディを、これ以上傷つけたくない。彼女に……失望されるのが嫌なんだ」
紅茶を口に運ぶ隙間から、口角が上がっていくのが自分でも分かった。
まさか女嫌い侯爵からそんな言葉を聞ける日が来るとは。喜ばしい限りだ。
「アラン、それは――」
続く言葉を、寸前のところで呑み込む。
続きを気にするアランに、レオンは考えを改めた。
今レオンが続きを口にしたところで、アランは否定してしまうかもしれない。
せっかく芽生えた〝恋心〟というやつを、摘んでしまうのは気が引ける。なにせアランにとってやっと来た遅すぎる春なのだ。
「それなら、メルディのために調べればいい」
「メルディのために?」
「真実をはっきりさせろとメルディが言ったんだろ?」
それが挑発だったとしても、彼女の望む通り調べあげたほうがアランのためになる。
もしもメルディが偽者だったなら、アランの隣に立つ資格はない。とっとと排除すべきだ。
「……ああ、そうか。なるほど」
「ん?」
「私は彼女の力になりたい。真実がどうだろうと彼女に寄り添って支えてあげたい。だから、彼女が求めた答えを探そうと思う」
「……アランらしい考えだと思うよ」
正直、アランほどの男がメルディのようなわけありの令嬢を選ぶ必要はないのだが……。
今は友人がきっかけを掴み、変わろうとしているのを前向きに受け止めよう。
本人は無自覚だが……。
銀縁の色眼鏡を上げ、レオンは優雅に紅茶を口に運んだ。




