疑惑の死
警備隊の捜査が終了し、フレッドは自殺という結論が成された。
アランが知った翌日には、フレッドの死は社交界に広く知れ渡った。
若くして自らの命を絶ったフレッドに、皆が同情した。
夜も九時を回ったころ、王都の高級サロンでは、フレッドを偲び友人らが集まっていた。
この日はフレッド=ニーベルグの葬儀が教会で取り行われた。
彼の死が父親であるモリソン=ニーベルグの凶行を悲観しての自殺と結論付けられた為、参列者は実に寂しいものだった。
没落する伯爵家と関わっても損でしかない。それが社交界での共通の認識となっていた。
ブライトン家では父は欠席、アランは旧友ということもあり葬儀に参列した。
ブライトン家ほどの地位と家名があれば、葬儀に参列したからといって受ける影響は微塵もない。
しかし他の友人達は世間の目もあり、参列したくても出来なかった者がほとんどで、彼らと共にフレッドの弔い酒に集まることにしたのだった。
「可哀そうな奴だった。あんな父親の元に生まれてこなければ、若くして死ぬこともなかっただろうに」
「運動は全然駄目だったが、頭は飛び抜けて良かったよな。惜しい奴を亡くしたよ」
「フレッドの死を受け入れられない。まだ生きている気がして……」
「フレッドに冥福を――」
「冥福を――」という言葉と共に、何度目かの献杯を捧げる。そして皆でフレッドの思い出話に華を咲かせた。
すると、突然ドアが勢いよく開けられ、大男が姿を現した。
遅れて登場したキース=レントンに、皆の視線が集まる。部屋はしんと静まり返っていた。
キースは誰もかけていない椅子に座ると、持参した酒を煽るように飲んだ。
「随分酔っているな」
心配して立ち上がろうとするアランに、友人が手で静止する。
「そりゃあ今レントン商会の信用は地に落ちているからな」
「酒も煽りたくなるだろうさ」
そう小声で話すのは、アランのテーブルだけではない。そこかしこでキースの噂話をしていた。
「結構な数の偽物を売りまわっていたようだ。今国で一番忙しいのは鑑定師だろう」
「ご婦人方は怒り心頭さ。うちの妻の機嫌も最悪だ」
「レントンの爵位持ちを後押ししていたルワンダ公爵も『恩を仇で返された』と怒り心頭だという。爵位どころかこの国での商売もあやういだろう」
「ここ、いいか?」
アランに声をかけたのは、噂のキース=レントン。
友人達は気まずそうに視線を逸らしたが、キースは相手にせずアランの隣に座ると、自ら声をかけたにもかかわらず、一言も発さずに酒をあおっていた。
同じテーブルに座っていた友人達が気を利かせて席を立つ。もしかしたらキースはアランと話があるのかもしれないと思ったのだろう。
案の定、キースは二人きりになると、小さな声で話し始めた。
「フレッドは自殺じゃない」
「え?」
キースはじっとグラスを見つめ、アランにだけ聞こえる声で続けた。
「父親が捕らえられた翌日、俺はフレッドに会いに行った。あいつ、拳銃を用意して自殺しようとしてた」
「!」
「だが思い止まったんだ。本当だ。あいつは俺に、『犠牲となった命に報いたい。命を無駄にできない』って。一度、あいつは死のうとした。それは本当だ。だが思い止まった! それも本当なんだ……!」
「キース……」
キースは苦し気に唸ると、酒を一気に仰った。
「だっておかしいだろう? あいつは自殺に銃を用意していた。俺はしっかり見た。それなのに、わざわざ湖まで行ってボートを漕いで入水自殺? そんな面倒臭い事をする理由があるか? きっとあいつは殺されたんだ!」
「キース、落ち着け」
徐々に声を荒げるキースに、周囲の視線が集まる。アランはとりあえずキースを立たせ、「酔いが回ったようだ」と言って外に連れ出した。
実際キースは随分酒を飲んだようで、よろめきながら建物の壁に寄りかかった。
「……」
もしもキースの言う通り、フレッドが拳銃を用意していたなら、たしかにパークでの自殺には違和感がある。
「教えてくれ。君は何を知っている? フレッドが殺されたと思う理由は何だ」
「分からない……。俺だって、分からないんだ!」
キースは叫ぶとその場に蹲り、小さくなって泣いていた。
フレッドとキースは学生時代から仲が良かった。この中の誰よりも、フレッドの死を悲しんでいるのはキースだろう。
「……今日はもう帰った方がいい。後でゆっくり話をしよう」
キースはもう一言も発せられず、アランは馬車を呼んで乗せた。
出発の間際、キースは酩酊状態で小さく呟いた。
「……時……の……」
その後の言葉は、馬車の音に消されて聞き取れなかった。
アランは既視感に襲われていた。
たしかあれは、フレッドが夜会で体調を崩した時の言葉。
『……時……の……』
あの時も二人は一緒で、彼らの様子はおかしかった。
「時、の……、『時、止まりの令嬢』?」
まさかな……。
頭を振って、アランは夜風を吸い込み、建物の中へと戻って行った。




