プロローグ
しんしんと降り積もる雪は、
散りばめられた星の欠片のように奇麗だけれど、
下から見上げると何の価値もない塵のようね
メルは悲しげに、肩を寄せながらそう呟いた。
彼女の口から吐き出される白い息を包み込むように、ルディは毛布を持ち上げた。
路上に孤児二人、寒さで身を寄せ合う姿にも、行き交う人々は無関心で、周りの喧騒もこの空間だけ切り離されたように静かだ。
二人で一枚の毛布に包まり、身を寄せ合いながら落ちてくる雪をただひたすら眺めた。
どんなに寒くても、空腹でも、共にいられれば温かく安らげた。
「はあ、はあ」
自分の足がこんなにも憎らしいと思ったことがあっただろうか。
もっと、もっと早く動いてほしいのに、一向に進まない足は空を掻きなんとも歯痒い。外は一面が雪で覆われ、頬にぶつかる風は冷たく痛い。何度も転びそうになり、足を取られながらも視界が真っ白の中をひたすら目的のために走った。
死なないで
死んだらだめ
一人残して置いてきた友を想い、じわりと目頭が熱くなる。それでも涙をぐっと堪えて走り続けた。
大通りには天候に関係なく人が溢れ、その中を縫うように駆け抜ける。視界の悪い中、涙を拭いた一瞬に目の前を歩く人に、勢いのままぶつかってしまった。
「痛ってぇ!」
華奢な体はぶつかった拍子で投げ飛ばされ、尻もちをついてしまう。すぐに謝ろうと起き上がろうとしたが、怒声を放つ男に足で肩を蹴られ、地面に倒れこんだ。
「あぶねぇな! この野郎!」
運悪くガラの悪そうな男三人に絡まれ帽子を押さえながら必死に謝った。
「ごめんなさい! 急いでいて――」
男達は自分にぶつかって来た子供が、つぎはぎだらけの格好から路上孤児であると分かると顔色を変えた。怒りから面白いおもちゃを見つけた時の様な意地の悪い笑顔に、恐怖を抱き後ずさりする。
「ちょうど苛立ってたんだよな」
「!」
腕を引きずられ、冷たい雪の上に顔を叩きつけられる。頭を足で踏みつけられ、男達に蹴られながら痛みを堪え必死でやめてくれと懇願した。それでも男達は暴行を止めず、酒瓶をわざと顔の横で叩きつけ、甲高い声で笑っていた。
「お願い! 急いでいるんです……!」
頭を守るように体を丸めて叫ぶ。周囲の人々は異常な男達の行為に皆関わり合うまいと見て見ぬ振りをしていた。
「助けて……」
言葉にしても虚しさだけが残る。こんな孤児を助けてくれる者等いないことは、今までの中で自分が一番分かっているというのに、それでも自分が行かなければ、待っている人がいるから、助けてくれと願わずにはいられない。
「誰か……」
必死の願いは無情にも届くことなく淡雪と共に消えていく。
ああ
雪が落ちていく。
薄れゆく視界の中で、星の欠片が、塵の様に、儚く路上に落ちては消える様を見ていた。
もう二度と、戻ることのない時間の中、孤独と悔恨の中を進みながら、目を閉じれば何度でも思い出せる。
あの頃の、ひもじくも、温かい満たされた日々を――。