最低な父親とVR技術の話
自慢ではないが俺の父親は最低だった。
母は幼い頃に亡くなった。記憶もあいまいだが優しい母だった。
自分が物心ついたときは既に母は病院にいて、それも長くは無かった。
そして葬式を迎え母と涙の別れをして、そして気づいた。
父は一度たりとも母と会っていなかった。
VRという映像を立体で写す技術の開発を父はしていた。
自分では何故そこまで拘ってるかわからない。
うちに来る人の一人が言っていた。かなりのお金になると。
つまりそういうことだろう。
仮にそれが大切なものだとしても
母の病院の見舞いを一度もいかずに
母の葬式にも出ずに
そして息子である自分の面倒を全て無視する。
これがそのネット内の世界に入れるだったり、
そういった何か大きなことに関わるなら兎も角、
ただの画像を写すだけだ。
そんなものの為に母と家族を捨てた父を佐藤正志
は許せなかった。
こうして俺は小学校、中学校、高校と順調に性格がゆがみグレていった。
勉強をせずに適当に生きて何もかも自堕落に。
ただしグレるといっても悪いことはしようとは思わなかった。
他人を苦しめる父を反面にしているからである。
そのうえ全く勉強していないのにテストはほぼ100点。何もかも簡単だった。
優秀な父の血を継いでしまった自分がありがたくて今すぐに殺してしまいたかった。
だがそれをしたら母が悲しむだろう。それだけを胸に面白くもない人生を生きていた。
自分の覚えている母はいつも悲しい顔をして笑っていた。
病院で何を思っていたかわからない。
寂しかったのだろう。本来は来るべき人が来なくて。
母は死ぬまで一度も愚痴を言わなかった。
高校を卒業に控えた自分は今後のことを考えていた。
先生に言われて高校に進学したが正直学校に飽きていた。
大学と言われても行く必要が見えるどころかむしろ頭が悪くなりたいとすら思っていた。
「めんどくせー」
俺のその言葉にクラスメイトが一人反応する。俺の唯一の友人だった。
「大学選び放題でその言葉を言うのは止めたほうがいいぞ。いつか刺される」
「それもそれでいいかもしれんな」
「馬鹿言うな。俺が悲しい」
友人はいつも口を言う俺を止めてくれる。
他のやつらみたいに良い子ちゃんじゃなきゃ駄目と言う言葉でなく、
本心で俺が心配で俺と仲良くしたいと堂々と言う。そしてそれを嘘とは俺は感じなかった。
友人の視点は俺と正反対で。俺が困ったときは友人にいつも聞く。それでも俺が助けることのほうが圧倒的に多いが。
「何をしたらいいかもわからん。俺はどうしたらいいんだ。どうしたら苦しくなくなるんだろうな」
そんなことは無理だった。
いつも悲しい顔をした母が頭に出てくる。
無表情でパソコンと何かを機器を触り続ける父が頭に出てくる。
「一応一つ何をしたらいいかわかるぞ」
友人は応えた。
「何をしたらいいんだ?」
「出来ることって一つしかないだろう。とりあえず父親と話をしてみたら?」
「もう1年以上顔すら見ていない父親とか?」
家に金だけは山ほどあり、気づいたら生活に必要な人材は全て揃っていた。それこそハウスキーパーからシェフ。
そして一度も利用したことないがカウンセラーと家庭教師もずっと待機しているそうだ。
なぜ一度も利用していないのに家に残っているというと簡単だ。
頼んだ父が一度も確認していないからだ。
実際一年以上前の顔を見たときも偶然部屋から部屋に移動しているのを文字通り俺が見ただけだ。
「会ってないから気になるんだろ。実際会って話をして、それでどう気に入らないか、どういう人物かわかったら少しは変わるだろ」
最悪殺意に目覚めそうだがそれはそれで面白そうだと思った俺はその意見を実行しようと思った。
俺はそのまま父親に会いに父親のいる研究室に行く。
足が拒絶する。それを無理やりに動かす。
扉を開けるとそこには父らしき存在がいた。
顔すらうろ覚えで父かどうかもわからない。
ただ間違いなく父だろう。他に誰もいないからだ。
父の考えてるVR技術でなく別の方法でVR技術が生まれたからだ。
父の考えてるVRは完全再現だが画像でしか出来ない。
逆に今生まれたものは荒い3Dモデルのものだが動かせるためゲームなどが画期的に進化した。
他の研究者もみんなそっちにいた。
父に会ったが、父はこちらにすら気づいていない。延々とパソコンのタイプをしていた。
何か言おうと思ったが、結局何も言えずすごすごと部屋を出た。
そして数日が経過した。あの日のことが棘のように残っている。
父に会いに行って気づかれもせずにノコノコ逃げ帰った自分が非常に気に入らなかった。
次は殴る勢いで行こう。いや実際殴ってやろう。
そう思って同じ部屋に行く。
そこで見たのは倒れている父だった。
口から多量の血液を吐いていた。
「父さん!」
自分の口から自然と言葉が出る。
だが父はそんな自分を無視し、のそのそと起き上がり、またパソコンの前にたつ。
「父さん!」
腹から声を出して叫ぶ。
だが耳が聞こえないのか父はそんな息子の言葉を再度無視する。
「父さん。病院に行こう!」
その言葉に父がこちらを向く。
「黙れ!」
父の声はかすれていて息がもれて弱弱しく消え入りそうだった。
だがにも関わらず非常に強い感情をぶつけてくる。
「そんな時間はもうない。もうないんだ!」
父はこちらをギロリとヘドロのようなにごった瞳と口からも鼻からも血を流しながら画面を見つめた。
父が何に拘っているかわからなかった。だが父は今までの印象の冷血漢には思えず。そしてこの形相と異常な行いは人間にすら思えなかった。
結局とめることが出来ず一日、また一日と経過していく。
時々見に行くが父のその形相は止まるどころか日々恐ろしい形相になっていく。人が一日ごとに鬼になっていく。そうとしか思えない。
結局血を吐いてから一月が経過した。
ドンドンと部屋を叩く音が聞こえる。
時間は深夜の二時だった。
自分がドアを開ける前に父が来た。
「早く来い」
一言呟いた後、足を引きずりながら父は先にいった。
その顔は真っ青で目から血が流れていた。
血の色も赤でなく、緑がかった色をしていて。
これから悪魔の儀式が行われ、自分が生贄になるという可能性すら否定出来ない。
それでも俺は父の後を追ってついていく。
父の本音がもうすぐ見える気がしたから。
「これをかぶれ」
父はかすれた声でヘルメット上のものを指差した。
言われるままに黒いヘルメットを被る。視界が完全に闇にそまり何も見えない。
その後のちに映像が写される。なんてことない映像が映るが、実際にそこにいるほどの完成度。
ヘルメットを被っていることすら忘れそうな出来だった。
惜しむらくはそれが画像専門なことだった。これが動画ならもっと凄いことが出来ただろう。
「見ろ」
父の声が聞こえた。
そして父がしたかったことがようやくわかった。
そこは夕日が沈みかかった非常に美しい岬だった。
海が見える岬にしずみかかった夕日。世界が赤く染まるがどれも染まりきらず、元の色の美しさのまま世界が赤くなっていた。
そしてその岬をバック映っている人がいた。
おそらく俺の母だろう。
なぜ確証がもてないかと言うと思った以上に美人だったからだ。
俺の知っている母は病的に細く、いつも悲しいで笑っていた。
だがこの映像の女性は、美しい風景よりもなお美しく、最高の顔で笑っていた。
映像が消えた。
俺はヘルメットを外し父に向く。
父は倒れていた。口から何かわからない液体を吐き散らしていた。
指が離れたから映像が消えたのだろう。
もうすぐ父もいなくなる。
「何でこれを作ろうと思ったの」
それを見たら母を愛しているのはわかっていた。
だが愛している母より
愛した母との結晶の自分より
何より自分の命より優先したソレの理由が知りたかった。
「あいつが、一番美人だった頃の私を息子の最後の記憶にしてほしかったと言ったからな」
思い返す母の顔と感情が一致していた。
いないはずの母の言葉が聞こえる。
『これだけ美人で幸せだったの私。だからあなたも私みたいに幸せになって』
母はそう願っていたのだろう。幻聴かもしれないが母の声が聞こえた。
結局父もその後すぐに無くなっていた。
医者曰く、一月は前に死んでいた。すでに臓器もいくつか溶けて消滅しており、食事も一月以上栄養ドリンクのみしかとっていない。とのことだ。
やっぱり自分は父を好きにはなれそうにはない。
少なくてももう少し自分を気にかけて欲しかった。
でも何故そうなったかはわからないが何がしたかったかはわかった。
自分も幸せになろう。
俺は高校を卒業間近になってようやくそう思えるようになった。
だがその前にすることがあった。
父と母は同じ墓にはいった。
それも大切だが、たぶん父にはこっちのほうがいいだろう。
父の作ったVRのヘルメットの設定を変えて、いつまでも1枚の画像を流すように設定した。
そこに映っていたのは結婚式で満面の笑みで微笑む母と、照れた顔をしながら仏頂面の父だった。
お読み下さりありがとうございました。
基本的に墓は亡くなった方の為でなく、
生きている方の為にあります。
心のよりどころなのだったら。
本人が人生をかけたものなら、
それが本当の寄り所となるのも間違ってないと思います。
そういう考えからこれを考えました。
再度お読み下さりありがとうございました。