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第三話 渡瀬有希

「お疲れのようですが、大丈夫ですか? 渡瀬課長。」


 連休が明け、県庁は県教育委員会教学課分室。

 以前なら淹れたてのコーヒーにすぐ顔をあげ、その香りを楽しんでいたものだが。このところ、彼女も時折考えごとをすることが多くなった。


 デスクの彼女の目の前に、私はそっとカップを差し出す。すると、はっと気がつくや、やや慌てたようにいつもの笑顔を見せる。


「あ、ありがとうございます。

 流石に片道二時間の通勤って、堪えますね。」


 平日は雨守君が入院している病院との往復。婚約者、ということにしているようだが、もう……。


「お体に障らぬうちに、この仕事に区切りをつける……。

 そういうことも、考えられてもよろしいのでは?」


「……私に退職しろ、ということですか?

 古谷さんが私をこのポストに嵌めておいて?」


 眉を上げ、少し呆れたように彼女はおどけて見せた。


「それを言われると辛いですが。

 渡瀬さん。

 僭越ではありますが、雨守君と本当に一緒になられては如何ですか?」


「私が、雨守クンと結婚……って、ことですか?」


 カップを下ろし、目を丸くしたまま私を見つめ、しばし後。静かに微笑むと、彼女は俯いて小さく呟いた。


「そっか……ご兄弟とは言っても、全てお話になってたわけでもないんですね。

 幻宗さん、ホントに口が堅いな。」


 そして顔を上げ、まっすぐに私を見つめる。


「なぜそんなことを急に?」


 私は昨日のことを彼女に話し始めた。



************************************



「ニュースでは知ってましたが、そこにもリンが……。」


 彼女は眉をひそめた。


「四神のうち、玄武はまだ無事ですが。

 リンがその気になれば、その破壊は誰にも止められません。」


「東海にしても南海にしても、

 大地震が起きるのは時間の問題って、だいぶ前から言われてますけど。

 更に早まるということですね?」


「はい。

 そこに加えてリンのいう『神』が封じられる事態となれば、

 この世は闇に包まれると。

 せめて安息のあるうちに……。」


「……それでさっきの?」


 彼女はどこか涼し気な目を、私に向けた。


「さしでがましいようですが。

 束の間であるかも知れないからこそ、

 あなたはあなたの幸せをお考えになっても……。」


 すると彼女はまた一度顔を逸らせ、聞き取れないような声で呟いた。


「縁ちゃんが、生まれ変わって……なんて言ってた計画も。

 実行したとしたって、間に合わないかも知れませんねぇ。」


 だがまた、さっきと同じだ。彼女は顔を上げ、明るく言う。


「ありがとうございます、古谷さん。

 でも私、結婚なんて形に拘らなくても、もう十分幸せ感じてるんですよ? 

 桜が丘高校の山に籠って修行中の縁ちゃんには悪いけど、

 雨守クンのお世話を任されたとはいえ、現に彼を独占しちゃってるわけだし。」


 そして真剣な目を私に向けた。


「それにこの仕事を続けることで、私にしかできないこともありますから。

 ぎりぎりまで、頑張らなきゃ。」


「渡瀬さんにしか、できないこと?」


「ダメもとで情報拡散に利用したSNSに、DM……ああ、反応があるんですよ。」


 本間さんが生前撮った写真にリンが写っており、それを渡瀬さんがSNSに拡散させていたのであった。私自身、それは渡瀬さんに任せきりであったが。

 渡瀬さんの声音が、一段下がる。


「感受性の強い中、高校生の声がかなり多くて。

 それもやり取りをしていくと、

 どうも本人だけでなく、家庭状況に不安を抱えた子ばかり。」


「もしやその子達にも、リンは接触しているのでは?!」


 驚き尋ねた私を、変わらぬ穏やかな瞳で見つめたまま、彼女は答える。


「はい。

 画像の女の幽霊が現れて、この世界を壊さないか、って。

 でもその子達は全員怖がって拒否しています。

 リンが、なぜかその子達に危害を加えないのが幸いですが……。」

 

 それもリンの、余裕なのだろうか……。


「その子達を不安から救うためには家庭の立て直しも必要です。

 それには学校からの情報収集は欠かせません。

 リンに関する事情は当然伏せてますが、

 スクールソーシャルワーカーに入ってもらって既にケアに当たっています。

 県教委にいるということが役に立っているんです。

 だから私は、辞めるわけにはいかないんです!

 古谷さん!!」


 力強く言う彼女に、失礼ながら驚いてしまった。


 リンは恐らく、自身の境遇と照らして、周囲の環境に問題がある不遇の子の前に現れているに違いない。雨守君に重傷を負わせた二人にしても、そうだったはずだ。共感する者同士、霊も生者も惹かれ合うものなのだから。


 とすれば、渡瀬さんのSNSに応えていない子どもの中には、リンの傘下に落ちた者もいるかも知れない。いや、そう考えるほうが妥当だろう。

 だがそれでも……渡瀬さんは救える子には躊躇なく手を差し伸べている。


「渡瀬さん。あなたは強い方だ。」


「いえ。

 私のことより、古谷さん。古谷さんこそ、退職なさりたいのでは?」


 この私が、見透かされていた?!


「いえ……これから忙しくなろうという時期に……。」


 うろたえた私に、彼女は微笑んだ。


「古谷さん、矛盾してますよ?

 時間がないからこそ、確かめたいことがあるんじゃないんですか?」


「……はい。」


「私だけじゃなく、雨守クンだって重箱の隅からでも頑張るって言ってます。

 たとえ、思わぬ時に時間切れになろうとも。

 でも普通にしてたって、いつ何が起こるかなんてわからないじゃないですか。

 だから古谷さんも、悔いのないように!」


 ああ。

 この人とは一年ほどしか、お付き合いがなかったのに。まるで生まれ変わる前から知っていた……そんなあたたかさを感じる。


「ありがとう、渡瀬さん。お世話になりました。」


 頭を垂れる私に、彼女も立ち上がって深々と頭を下げる。顔をあげると、また優しく微笑んでいた。


「私のセリフですよ。古谷さん、大変お世話になりました。」


「ありがとうございます。

 あのう……虫がいいようですが、渡瀬さん。

 今日のお帰りに、ご一緒してもよいですか?」


「ええ。雨守クンに会っていってください。」






スクールソーシャルワーカーは、雨守シリーズの後半にあったエピソードのように問題を抱えた生徒の家庭そのものに問題がある場合、スクールカウンセラー・学校と連携しながら、ざっくり言えば問題の大元の家庭環境改善のために動きます。


往々にして保護者に問題があるケースが多いようです。

リストカットしてる子に悩みも聞かずに「どうしてそんなことするの?」と責めてしまう。

夫婦間DV(見せられる子は辛いです。妻から夫への暴力も結構多い)

ネグレクト(赤ん坊の頃から、という根深いケースも)

貧困から食事を与えられない(学校で担任が朝食を食べさせてるケースも)等々。


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