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第二十話 迎撃

 少年の霊波弾は私の足元の鉄平石を貫いた。

 だが鉄平石は衝撃を受けてもただ割れるだけだ。先刻の岩ほど四方に飛び散りはしない。


 しかし同時にパンパンと勢いよく乾いた音が響き渡る。すり鉢状になったこの場所が拡声器のようになり、その音は木霊して上空の少年に襲いかかった。


『うわあっ!!』


 ごく普通の霊なら、柏手かしわでで祓うこともできる。幽霊とは案外臆病な者達なのだ。人の罵声や大きな音にも敏感に反応してしまう。それらも音波、つまり波の振動が幽霊にとって固有の霊波に障るのだ。


 先に私は鉄平石を敷き並べ、間に隙間ができるように積み重ねていたのだが、それと同時に宮前氏から預かったあの警官の拳銃の弾をそこに仕込んでいた。

 弾丸を逆さに立て、撃鉄が当たる部分と上から覆う鉄平石の間にごく小さな石の粒を挟んで。表層の鉄平石が少年の霊波弾の瞬間的な衝撃を受け、隙間に配置した弾の火薬をさく裂させたのだ。

 

 私の中のリンまでも、その音に一瞬びくっと震えたのが分かった。これから私のすることは、中にいるリンにも障ってしまう。


「リン! 私から出て背後に回りなさいっ!!」


 全て言わずとも、リンは私の意図を理解してくれた。その瞬間、リンが奪っていた痛覚が戻り、一瞬気を失うのではないかという激痛が走った。

 だが左目の視力も戻った今、この機を逃すわけにはいかない。振り仰ぎ、両の目を凝らし、まだ上空で頭を抑えもがき苦しむ少年の位置と距離を掴む。


 私はすかさず少年に向かって指を中空に切り『印』を結んだ。


「滅せよっ!!」


 私の渾身の霊波は少年にぶつかった。


『うああああああああああああっ』

 

 断末魔の叫びを震わせて少年の霊は四散し、すぐに霧のように消えていった。

 振り返ると、そこに私は初めてリンのその姿を見た。

 紺のセーラー服にかかるかと見える黒髪。それが揺れて覗く白く透きとおるような頬。そして恐ろしいまでに深い闇をたたえた瞳。

 あまりにも華奢な体のリンは、膝を、手を、地につくようにしてぐったりとしている。彼女もまた、私の中にいて霊力を落としていたようだ。


「大丈夫ですか?」


 するとリンは顔を上げ、震えた目で私を見つめた。


『な……なによ?……凄く強いんじゃないの……。

 それなのに、私に隠して……。』


「ですから、何度も腹黒いと言っていたでは……。」


 言いかけて私もガクッと膝をついてしまった。もはや、体が限界か。今更気がつくのもどうかしているが、指の骨が、それにあばらも数本折れているらしい。


 こんな風に、雨守君はいつも満身創痍だったのだな。今頃になって彼の壮絶な戦いを実感したことを申し訳なく感じた。


 呼吸を落ち着け、感じる痛みを調整する。気休めかも知れぬが、幾分和らげることもできよう。今、はっきりとリンに伝えねば。


「もう、いいでしょう。

 さあ、私を殺して下さい。

 それであなたの四神を、消していただけますか?」


 リンはじっと私を見つめていたが、突然険しい顔つきになった。それは私に対して……いや! 違う!!


 振り向き上空を仰ぐと、少年が消え去ったその場所に、一人の少女の霊が震えていた。いつの間に……いや、気がつかなかったほど、私の霊力は落ちていたか。


 目を凝らしてみるに、彼女もどうやら高校生のようだ。前髪が目にかかっていて表情はつかめない。きちんと正したブレザーの制服姿だが、今時の子とは思えないほど、膝頭にかかる長めのスカートだ。

 その大人しそうな彼女がわななく。


『ねえ、リンさん? どうして?

 どうして今、ひろし君を消した男なんかと一緒にいるの?!』


 見られていたか……だが、その口調!


「あなたは、かおりさんですか?」 


 私に名を呼ばれ彼女は叫び返した。


『気安く名前なんて呼ばないでよっ!

 名前名前って、あなたさっきも!!

 生きてた時なんて、誰もかれも私のことなんか無視していたのにっ!!

 今頃になって名前なんかで呼ばないでよっ!!』


 うぬ……。まさか名前に起因して死んでいたとは。最初から拒絶反応が強すぎた。どうやら彼女に説得は通用しない。

 彼女はまたリンに向き直った。


『ねえ、答えて! リンさん!!

 あなた、この世界を消すんじゃなかったの?

 もうこの人達の「玄武」さえ壊せばいいって、自分で言ってたじゃない?

 それなのに何故なの?』


 だがリンは答えない。すると少女は再び私に向かい、恨めしそうに言う。


『やっぱりあなたのせいね?

 あなたに会ってからリンさんはおかしくなってしまった。

 もう、いいわ……。』


 急に黙りこんだ彼女だが、突然リンが驚いたように叫んだ。


『かおり? 今あなた何てことを皆に送ったの?!』


 察するにかおりという少女は、私にはわからぬ霊能力で仲間に呼びかけたのか? すると彼女は私を一瞥すると静かに、だかよく透る冷たい声で答えた。


『私、こんな力しかないもの。

 生きてた時は誰も見向きもしてくれなかったのに……誰とも話せなかったのに。

 死んでから自分の言葉を、どんな遠くの人にも伝えられるなんて。

 こんなのって、ないわ?

 だから私には、死後の世界だっていらない!』

 

 まさか憑依してもいないのに、私の心も読んだのか? 生前叶わなかった強い願いが今になって、ということか。


『同情なんていらないわ。』


 そう吐き捨てるように言うと、再び彼女はリンを見つめた。


『リンさん、あなたには失望したわ。

 でももういいの。

 あなたがいなくても、もう同志は大勢いるんですもの。

 でも……その男には恨みがある!』


 リンは立ち上がり私の前に出て両手を広げた。


『古谷は、あなた達には殺させないっ!』


 その瞬間、強い霊波がリンから放たれ上空のかおりという少女に矢のように襲い掛かる。だが、リンの霊波としては勢いが弱かったのか、彼女は寸前で易々とそれをかわしていた。


 彼女は前髪をかき揚げ、白目がちな瞳でリンを睨む。


『これがリンさんの答え?

 いいわ!

 もうすぐ同志が行動を起こす。

 ここに集まる人もいれば、その男の玄武を破壊しに向かう人もいるわ!!

 終わりにしてあげる!

 すべてを!!』




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