第1話 転生したらトラックだった
──キャルルルル……ブゥウウウン!!
っ!?なんだ、なにごとだ!?
ゆ、揺れてる……ってことは、地震かッ!?
んんっ、目が見えないぞ!?
って、身体も動かん!!
な、なんでっ!!?何がどうなってる!?
真っ暗なまま世界が揺れている。
いや、小刻みに振動しているといった方が正しいかもしれない。もし地震なら初期微動継続時間の真っ最中だろうか。
……いや、どうやらそれとは違うらしい。
そうだ、思い出した!
俺は死んだんだった!!
それで色々と考えた結果、寝ようとして……。
そこから先の記憶がない。現状を把握して考えてみると……。
かなり勝手が違ってはいるが、今は目が覚めたときの感覚に違いない。
つまり、寝れたってことか!?
死んでるのに!?
マジか、面白いな!
……じゃないだろ!
この揺れはなんだ!?
俺に今、何が起きてる!?
……ハッ! もしかして俺、今から生まれるのか!?
別の生き物に転生した結果、今まさに誕生する瞬間なのか!?
よし!なら、頑張れ母さん!俺を産んでくれ!!
………………。
そんなわけないよな、うん……。
某地上最強の生物よろしく、産んでくれる母に対して俺を産めと命じるような念を送ってみたが、何も変わらなかった。やはり、念なんて非現実的なものに頼るのは良くないな。
身体は動かないのに振動していることは分かる。またしても理由が分からない状態に困惑しながらも、俺はとりあえず覚醒して間もない頭を働かせることにした。
なんとなくだが、この規則的な振動には覚えがある。これだけ長く一定のリズムが続けば、それが自然にはない人工的な振動だということはすぐに分かった。
これは、車か。
俺は今、車に乗ってるのか。
間違いない。車で寝ている時に感じるあのエンジンによる小刻みな揺れにそっくりだ。
……だとしたら、なんで今さら車なんかに載ってるんだ?
俺は救急車で運ばれる自分の姿をイメージしたが、何かが違う気がする。
……そうか! エンジンをかけるような音で、俺は目が覚めた。でも、それだと救急搬送の迅速性と辻褄が合わないから……って。
ん?
……音で目覚めた?
……そういえば、確かに聴こえていた。
だが、あれは……耳で感じていたわけじゃない。
そう、まるで全身の肌で感じ取ったような……!
そのことに俺が気がついたとき。
目が開くのとは全く違う新しい感覚を伴って、俺の視覚も解放された。
なっ!?
……見える、見えるぞッ!?
私にも世界が見えるッ!!
久々の聴覚と視覚に喜びが全身を駆け巡る。
そりゃあ、あんな暗闇の世界から脱出することができたのだからな。当然だ!
どうやら俺は、ぼんやりとした明るさのランプが壁の両側に吊るされた鉱山のような洞窟にいるらしい。
自然の光がうっすら差し込んでいる横穴目掛けて立てかけられた梯子や、ハンマーやノミなどが置かれた作業台、シャベルやスコップ、長い箒などの道具類がこの場所がどういう目的で使われているのかを教えてくれた。
そして、目の前の人物を見て確信する。
間違いない。ここは発掘現場だ。
俺の目の前には作業員と思しき人物が2人いた。
土と埃で汚れたベージュ色の作業着を着た、ごく普通の髪色、髪型の人間。だけど、顔立ちが整いすぎているせいで人種がイマイチ分からない。日本人にも欧米人にも見える、なんとも不思議な顔立ちだった。
年齢と性別はそれぞれ、30代くらいの大人の男性と中学生くらいの女の子。おそらく親子だ、目元と雰囲気がとてもよく似ている。
そうなると、母親らしき人物の姿がないのが少し気がかりだが、この場にいないだけという可能性も十分にあるな。うん。
しかし、たった二人でいったい何を発掘しているのだろうか。
それが気になった俺は、まずは二人の様子を観察することにした。
「……勝手に動いたりはしないのかな?」
「そうらしいな。なんにせよ、動くことは分かったんだ。一度スイッチを切るとしよう」
声が聴こえた。それもかなりハッキリと、だ。
だが、すぐにそれ以上のことに驚いた。
なんと、彼らは日本語を話しているのだ。どういう事だ、ここは異世界ではないのか?
……いや、もしかすると異世界の言語は転生すれば自動で対応してくれるのかもしれない。
なんにせよ、彼らの会話を聞き取れるというのは非常にありがたい話だ。
どうやら、何かのスイッチを切るためにこのお父さんは俺の方に近づいてくるようだが。
いったいなんのスイッチだ? ……そう思った矢先。
「よっこらせっ……と」
えっ、ちょ、ちょっと!?
俺の肩?……いや、腰か?頭か?
部位がどうなってるかよく分からないが、その男はなんと俺の身体によじ登ってきた!!
身体が右にガクッと傾いたのがよく分かる。いったいこの人、何してるんだ!?
何故か俺の視線は正面から全く動かせない。首もがっちりと固定されていて横に回せない。
男の人が俺の上でなにをしているのか、その様子は全く見えなかった。
だが、何をしていたのかはすぐに分かった。
俺の首元に取り付けられたツマミを捻るかのような感触。その直後、俺の意識レベルは一気に最低レベルまで落ち込んだ。
どうやったのかは知らないが、たった今俺のやる気スイッチはこの男によって切られたらしい。体育の後の授業中にこれまで何度も戦ってきたあの悪魔のごとき睡魔が俺を襲う。
くそっ……何しやがった……!
ぐっ……あああああぁっ!!!
──キュルルル
ブォオオオン!
俺は咄嗟に、回されたばかりのツマミを元の位置に捻った。無我夢中で、どうやったのかは上手く説明出来ないが、お陰で意識は回復した。
「何っ!?」
「どうしたの!?」
「……いや、なんでもない。どうやらスイッチを切り損ねてしまったらしい。何も心配することはない」
ちゃんと回しきれてなかったと勘違いした男が再び、俺の意識を消してしまうスイッチを回そうとする。
だが当然、そんなことはさせない!
──キュルルル
ブオーン!
──キュルキュル
ブオオオーン!
「くそっ!!駄目だ、動力が停止しない!」
「ええっ!?どうするの!?」
「……確実なのは、燃料が切れるのを待つことだ。こいつの燃料はボディの魔素金属を媒体化することで空気中の魔素をエーテリング変換して生み出されている。この洞窟を密閉して自然に止まるのを待つしかない」
「そんな……!」
俺のスイッチを切ることが出来なかっただけなのに、何やら絶望的な様子だ。
マソとかエーテリングとか聞きなれない言葉も飛び交い、俺はますます困惑する。
……いったい何がどうなっているんだ? 全く状況が飲み込めない。女の子からは不安そうな目で見つめられてるが……いったい俺が何をしたというんだ?
こっちはまだ目覚めたばっかりで、自分が何者かも分かっていないってのに……。
あれ?
そういえば……結局、俺っていったい何に転生したんだ?
目の前の事ばかりに気を取られていてそれどころじゃ無かったけど、よく考えてみればそっちの方が重要だ。
とはいえ、視点はこれ以上動かせないし。
……ん?
なんだ?
もしかして真逆なら見えるのか?
俺が見ている方向とは真逆の方向。何故か分からないが、真後ろになら視点を移動できそうな気がした。
試してみると、瞬きをするかのようなほんの一瞬の暗転を挟んで俺の視点は切り替わった。その後に映し出された光景には見覚えこそ無いものの、すぐにそれが何なのか、何を意味しているのかを俺は即座に理解した。
二つ並んだ革張りの座席が、部屋というには狭過ぎるが車内と言われれば俄然広々とした印象を受ける閉じた空間に鎮座している。
座席周りの構造が左右の所々で違っている非対称なコックピット。一番の違いは俺から見て左側の席の前にある大きな丸いハンドルだ。
今しがた見えた光景が、俺の正体をある一つのジャンルまで絞り込む。
……車に乗ってたんじゃない。
俺が車になってんだ。
理解できない。
出来るわけがない。
俺の知る人外転生は、竜やゴブリンといった人間以外の命ある生物への転生だ。自動車になるなんて、予想だにしていなかった。
しかし、そんなことはお構い無しに俺の思考回路は冷徹に自分の分析を続ける。
先入観というやつだ。自分が生物ではなく自動車であると自覚した途端、これまで全く繋がることの無かった全身の感覚が冴え渡り、俺が何者なのかを示しだす。
想像と認識を遥かに超える大きさ、全体的に角張った形状、動かせるパーツとそうでないパーツ。それらのバラバラな情報がパズルのピースのように組み合わさって、たった一つの真実を導き出したのだ。
トラックに轢かれた俺が転生したのは。
『トラックでした。ってかぁぁあああ!!!?』
「うわぁっ!?」
「だ、誰だっ!?」
『なんで!? なんでトラック!? 説明も無いし、意味不明にも程があるぞ!!』
「!こ、これって……」
「あぁ、どうやらコイツは念話で話せるようだな……」
怒りと不満を爆発させる俺は彼らのそんな会話に気づくこと無く、知りもしないこの世界の神様に毒を吐きまくる。
『この世界の神様は「トラック転生」の意味を間違って覚えてんのか!? あぁ!? どう考えたって、トラックに転生することじゃねぇだろうが!! 世界をトラックまみれにするつもりか!? 魔王をトラックで轢き殺せってか!? いいよ、やってやるよ!! そんでもって、魔王を俺のいた世界まで跳ね飛ばして、逆に女子高生にでも転生させてやるよ!!』
「父さん。コイツ、何かおかしいよ」
「……だな。コイツが大戦で使われずに残っていたのは、どうやらそういう理由らしい」
男はそう言って、悶え続けるトラックに毅然とした態度で歩み寄ると、フロントガラスに向けて右人差し指を突き出した。
……あ? なんだ?
このイケメン親父、今度は何するつもりだ?
俺がそう思った次の瞬間、突き付けられた指の先端が赤い光を放ち始めた。十中八九、魔法である。
そのまま男は手首と指の関節の動きだけで器用に空中に光の紋様を描くと、五指を広げて宙に浮かぶその紋様を鷲掴みにする。
尚も手から送り込まれる力を受け、輝きを増しながら同心円状に拡大し続けるその紋様はどこからどう見ても魔法陣だった。
俺が初めて目にする魔法に喜ぶよりも早く、男は静かなる殺意を込めた声で俺に語りかけてきた。
「今、お前に向けられている魔法は消えることのない業火の魔法だ。永遠にその身を溶かされたくなければ、俺の質問に答えてくれ」
『は、はい。そりゃ勿論……。って、俺、答えたくても声が出せないじゃん! えっ、えっ……!! どうしよう、溶かされる!?』
「……おかしなことを言う奴だな。さっきから煩いくらい聴こえているぞ」
『えっ? ……いつから聴こえてました?』
「『トラックでした。ってかー!?』と叫んだところからだ。その後も、ずっとペラペラペラペラ意味のわからん事を1人で話していたぞ」
『左様ですかい……』
そう言われても全然実感が沸かないが、会話が成立している以上、疑う余地はない。
心の声が実際に声として届く叫び加減は今の説明でなんとなく分かったので、俺は素直に質問に応じることにした。
ていうか、応じないと溶かされる。そいつはゴメンだ。
「お前は何者だ? 何故、喋ることができる?」
『それはこっちが聞きたいです……。なんでトラックなんかに転生してるんですか、俺は!?』
「……転生だと? その姿は生き物が生まれ変わった後の姿だというのか?」
『そうですよ! 元々は人間ですよ、俺は!?』
「ほほぅ、それは随分と興味深い話だ。是非、詳しく聴かせてもらいたいものだな。……だが、今はそれよりも先にすべきことがある」
キッと睨むような視線と共に、いつの間にか直径2m口径まで成長した赤熱色の魔法陣が俺に向けられる。
「まずは、貴様の立場をハッキリさせなければな。貴様はどのような立場にいるんだ?」
その目は口ほどによく語っていた。
答え次第では、貴様を即座に焼き尽くすと。
『た、立場って言われても……』
「簡単だ。先程、貴様が愚弄したのはこの世界における二つの陣営。いったい貴様はどちらに付くつもりだ?」
イケメンとはいえ、どう見ても作業着の似合う一般人。なのに、その迫力はどんどん凄みを増していく。
人間には決して出すことが出来ないであろう、強大な獣のような……いや、それ以上の、生物の種の頂点から見下すかのような威圧感がガラス越しにビシビシと伝わってきた。
この人の正体も気になる所だけど、生憎と今は命に関わる疑問が最優先だ。
『……俺が愚弄した二つの陣営? なんのことだ?』
「この世を統べる神々と魔王様。貴様は先程、その両者を愚弄しただろう」
『……あ、ヤベ。心の声が漏れてタメ口で質問したみたいになってた……。まぁ、いいか。そういえば、さっきそんなことを言ったような気もするな……』
「……なんだ、故意に言ったわけじゃないのか? まぁいい。それで、貴様はどちらに付くつもりだ?」
俺のどっち付かずであやふやな態度に拍子抜けしたらしく、男は先程までの威圧感を少しだけ潜めると三度訊いてきた。
ハッキリ言って、どっちでもいい。
起きたばかりの俺には、どちらにつく方が有益かなんて合理的な判断は絶対にできないからな。
魔王と神々だ、俺の記憶にある王道ファンタジーを参考にすれば、両者それぞれに主張する正義があるのだろう。これでは善悪の区別も付けにくい。
どちらに付くかなんてのは、完全に俺の好みでいい。
ということは、まずは先に接触してきた方の陣営についておくべきだろう。だって、判断つかないし。
……決まりだな。この人たちがいる方の陣営につくとしよう。
魔王"様"の陣営にな。
『……っていうのが、俺の考えなんですけど。聞こえてました?』
「……あぁ、わざとだったのか。考えが駄々漏れだってことを、いつ教えてやろうか悩んでしまったよ」
フッと笑って、男は俺に向けていた右手を下ろした。その手に煌々と輝いていた魔法陣は外周から砕けるようにして霧散し、あっさりと消滅した。
『ふぅ……どうやら溶かされずに済んだようだな』
「なぁに。元より魔法を撃つ気は無かった。君の価値は計り知れないものだからな」
『嘘だぁっ!? あの目は絶対に跡形も無く燃やしつくそうとする目でしたよ!?』
「そうでなければ脅しにならないだろう。当然の演技だ」
『……本当かな〜?』
「あぁ、本当だ。……さて、早速だが聴かせてくれ。人間だったという君が、今の君になる前のことを」
『えぇ、いいですよ。けど、その前に。あなた方が何者なのか教えてくれないのは、いささか不公平じゃないですか?』
「なるほど、もっともな言い分だ。では、こちらから自己紹介するとしよう。おいで、ラウラ」
張り詰めた空気が一転した俺たちの元に、自然な笑みを浮かべて駆け寄ってきた茶髪の少女。
彼女は父親の横まで来ると身につけている作業着にそぐわない気品に満ちた礼をした。もし綺麗なドレスを身につけていたならば、貴族の令嬢や王族の姫にも見劣りしなかったのだろう。
もっとも俺の知っている貴族や王族の連中は全てアニメの中のキャラクターだけどな。
「私の名はライブラ。魔王様に仕える幹部の1人にして『仲裁者』の銘を授かる者だ。こっちは一人娘のラウラ、私の仕事の手伝いをして貰っている。今の見た目は普通の人間だが、実際は……」
そう言って、ライブラが左手の薬指に嵌められていた白金の指輪を外すと、何かが外れたような甲高い音の後に、彼の身体は膨れ上がった。
そのまま異形の様相を目指し、全身の筋肉がボコボコと隆起し続け……。
『どうだ? これが、私の真の姿だ。アダマントドラゴンのライブラだ、よろしく頼むよ』
あっという間に飛竜の姿に変貌した。
イケメン親父な作業員に代わって現れたのは、服のサイズが身体に合わせて変化したと思われる魔法の作業着を身につけたままの、かの有名な空想上の生物だったのだ。
『マジですかい……』
美しくも悍ましい紫と緑の鱗に覆われた大型トラックをも余裕で見下ろす凶暴かつ巨大な身体。
サイなど比べ物にならないくらい鋭く尖った鼻先の角。
立派すぎる翼と尻尾は俺に「百聞は一見にしかず」という諺を連想させた。
俺は自分がトラックであることなどすっかり忘れ、その強大な姿に釘付けになる。
出会った者の命を保証しない最上級の危険を振り撒く存在、ドラゴン。
その中でも高い防御力と飛行性能を誇るのが彼らアダマントドラゴン族である。
だが、俺が初めて出会ったその竜は。
この世の誰よりも優しい瞳の持ち主だった。