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第0話 

 新鮮な摘みたて果物が並ぶ果実店。その前を1台の立派な馬車が風を切って通り過ぎた。

 この辺りではまず見かけることのない魔法がかけられた二頭立ての高級車だ。都から直接ここまでやってきたのだと一目で分かった。


「ほぉー!ずいぶん珍しい車だなぁー!」

「……ですね。あ、オレンジ10個お願いします」

「あいよ。800イェンね」


 長い箒を持った少女ラウラは腰の巾着から銀色の硬貨を4枚取り出し、走り去る馬車を眺めに道まで出てきた店主へと渡す。

 受け取った店主が手のひらで転がして確認する僅かな間だけ、少女は眉を顰めていた。


「はい、丁度だ、ありがとな。お嬢ちゃん可愛いし、最近よく来てくれるから少しだけオマケしといたぜ。食ってくれや」

「えっ、いいんですか!?ありがとうございます!」

「おう!親父さんにもよろしくなー」


 店主から渡された柔らかい細木を編んで作られた持ち手の付いたカゴ。そのカゴの中には綺麗なオレンジ色をした柑橘の実がドッサリと入っていた。実が詰まった果実はズッシリと重く、カゴが腕に食い込んで嬉しい悲鳴を上げている。持っている方と反対の腕で店主に手を振り、ラウラは店を後にした。

 商店街の外へ向かって歩きながら数えてみると、貰ったオマケの数は2個だった。どうやら父の分までオマケしてもらったらしい。

 思わぬ収穫だが、少しばかり時期が悪い。


「あーあ、せっかく顔馴染みになれたのになぁ……」


 活気にあふれるシゾカ村の朝市を抜け、ラウラは村と森の境界までやってくると一度カゴを地面に置いた。

 流石にここまで来ると人の気配はしない。聞こえるのは揺れる木の葉と野鳥が奏でる爽やかな音だけだ。


「よいしょっと」


 カゴを箒に通し、上手くバランスを取りながら跨る。そして、柄に目立たないように埋め込まれたボタンを親指で数秒押し込んだ。

──フォン


 一瞬だけ箒を中心に風が起こり、周囲の木の葉がふわりと吹き飛んだ。内蔵された飛翔の魔法が正常に起動した証である。


「よし、帰りますか」


 父から貰った魔法の箒。それは自在に空を翔べる魔法の箒だった。

 お金持ちや貴族でも持っている人は少なく、自分以外に使っている人を見たことが無い。操縦は馬よりも簡単だが、こっちは障害物を勝手に避けてくれないし墜落する危険もある為、これを買うことの出来る連中にとって、これは遊戯に使う物なのだそうだ。

 長時間乗っているとお尻が痛くなるけど、手軽な移動手段としてこれ以上便利な物は無いというのに。勿体無い話だ。


 ラウラを乗せた箒は重力を無視してふわりと浮き上がり、ゆっくりとその高度を上げながら前に進んでいく。カゴから果物が落ちないよう慎重に、スピードは控えめに森の木々をすり抜けて箒は飛び続ける。


「そろそろかな〜……あっ、ここだっ!」


 見覚えのあるその地点は何の変哲もない森の一角。

 だが、この付近ならば森の上に出ても村から見えることは無い。何度も往復しているうちにその感覚は掴めるようになっていた。

 密集する木々の間に丁度いい空への抜け穴を見つけると、そこから蒼天と緑海が広がるシゾカの大森林直上へとラウラはスピードを上げて舞い上がった。


 眼前にはいくつもの丘陵が連なり、万年雪の降り積もるアルブス山脈やシナナイ山がその奥地にそびえ立つ。

 後方にはさっきまでいたシゾカ村と青く煌めくルーガ湾、その対岸にメイズ半島。そして、半島の遥か遠方に白みがかった聖天樹の幹がうっすらと見えた。

 天気がいい日ほど良く見える。今日はまぁまぁだね。

 空を二つに分ける白線が地上から真っ直ぐに伸びている光景はいつ見ても神秘的だ。街を見下ろし、雲を突き抜け、天まで届くその巨木には古より聖霊神が住むと言われている。

 ここ、リーヴェント聖王国のシンボルにもなっている神聖な世界樹だ。


「……よし、村からは見えてないね」


 そんな神聖かつ雄大な光景には目もくれず、振り返ったラウラは先程の小さな村だけを気にしていた。

 ここまで来れば屋根の上しか見えなくなる。これなら今日も目撃者はいないだろう。

 ああいった小さな村はすぐに噂が回ってしまい大変なことになるのだが。箒で空を飛ぶ美少女の噂を聞かないということは、逆に言えば、まだ誰にも見つかっていないということでもある。

 当然、これまでにそんな噂は耳にしていない。

 ラウラは安心しておまけとして貰った分の果実にかぶりつきながら、そのまま森の奥地へと入っていった。


 ここリーヴェント聖王国を始め、この世界には古代遺跡が数多く存在する。約300年前の大戦によって滅んだ文明の遺跡や1000年以上前に存在したと言われる古代の魔法文明の遺跡、街よりも大きいものから物置程度の小さなものまで年代バラバラ大小様々な遺跡があちらこちらに点在しているのだ。

 そして、それらの遺跡の調査は冒険者と呼ばれる人達の主な仕事の一つでもあった。


「ただいまー。ねぇ、聞いて聞いて!オレンジを2個もオマケして貰えたよ!」

「おう、お帰り。凄いじゃないか、一日分の食費が浮いたな!」

「そうだね。私はもう食べちゃったから、今のうちに食べてきたら?」

「そうだな……そうさせてもらうか。コイツが勝手に動き出さないか、しっかりと見といてくれよ?」

「アハハ、しっかり見とくよ」


 ラウラの父、ライブラは最終工程に入った作業の手を止め、洞窟の入り口付近に建てた休憩小屋へと冗談を言いながら梯子を登っていった。

 一日に一度しかない食事だ。誰だって、こんな場所で食べたくはない。

 二人がいるのは名も無き洞窟。地下の岩盤が露出した窪地に空いた至って普通の横穴だ。魔物はおろか小動物さえいないが、埃っぽいし土まみれである。


「今はまだいいけど……お願いだから動いてよね?」


 その奥で父が探し当てた不思議な遺物。肉食の大型魔獣と比べても遜色無いくらい巨大なその全貌を見上げながら、ラウラは改めてじっくり観察することにした。


 二か月前に発見したときは殆ど土の中に埋まっていたので分からなかったが、いざ掘り進めると掘っても掘っても終わりが見えないその大きさには驚かされたものだ。

 一か月以上の時間をかけて、ようやく現れたのは全長20m以上高さ4mもの巨大な物体。

 その正体は、ほとんどが魔素金属で造られた巨大な空箱を背負う動力付き移動車だった。

 銀色の箱の側面には古代魔法言語と3頭の馬が駆ける様をモチーフにした青色の略絵が描かれており、それらは所属や用途といった要素を意味しているように思わせる。

 箱の下には4つの対になった8つの軸付き車輪と筒や箱型の部品が大量かつ複雑に組み込まれ、知るものが見れば古代の動力が搭載されているとすぐに分かる構造をしていた。

 解析にはそれなりの時間を要しているが、文官寄りの父にとって掘り出す作業の方が苦痛だったようで、ここ最近は解析と修復作業を愉しそうに進めている。終わりの見えない採掘作業にいつも文句を言っていたときとは大違いだ。


 一周ぐるっと回ってきて、ガラス製の窓や後方を見るための鏡が備えつけられた搭乗部分の方へと戻る。座席の向きや視界の確保の仕方からして、間違いなくこちらが前方だ。

 のっぺりとした青色の前面部分は正面から見ると複数の眼をもつ魔甲虫の顔に少し似ていた。実際の魔甲虫ならもう少し目が顔の中心に近くなるのだが、虫嫌いのラウラにとってそんなのは大差した差ではない。

 上に乗っている金属のカバーが可愛い帽子に見えなかったら、生理的に受け付けられなかったかもね……。

 そう苦笑いするラウラの背後で、誰かが梯子を無視して地面に着地した。


「よっと。どうだ、綺麗になっただろ」

「うん、見違えたよ!魔素金属だから錆びてなかっただけで、実はけっこう汚れてたんだね〜」

「あぁ、磨けば磨くほど綺麗になってくもんだから、ついついやり過ぎてしまったけどな」


 暇があればせっせと布で磨いていた父のお陰で、発掘現場のライトが反射した車体は艶っぽく輝いている。これだけの魔素金属を使っているのだから当然だが、この古代の車は王族が乗っていてもおかしくないくらい重厚な存在感を放つようになっていた。遺物とは思えないほど保存状態も良く、歴史的価値も計り知れないだろう。


「それで?鍵はどんな具合なの?」

「もうちょいだ。あと少しだけバリを取れば完成する」

「嘘、もう出来るの!?流石は父さん、早いなー!楽しみだなー!!」


 金属の破片を加工して造られた鍵。それは、搭乗口の扉を開けるための鍵だ。

 内側がまだ汚れているガラス窓から中を覗いてみたところ、どうやら鍵は動力源の起動にも必要らしく、操縦棍の下にある鍵穴の方に最初から刺さっていた。

 とても貴重な遺物だ。窓ガラスを破るわけにもいかないので、扉の鍵穴を調べて鍵を一から造ったわけなのだが、私の想定よりもずっと早く父さんはそれを造ってしまったらしい。

 鍵穴を調べたのは昨日の夜なのに、もう出来ちゃうなんて本当に凄い。

 父は器用で何でも出来てしまう、いわゆる天才だ。男手一つで私を女らしく育ててくれただけの事はある。


「じゃあ、完成までここで見ててもいい?」

「別にいいけど……それ楽しいか?」

「うん!もちろん!」


 偉大で優しく力強い大きな背中。その後ろでラウラは食い入るように父の仕事を見続けた。鍵の形状が段々と整っていく様子は面白く、飽きることなくずっと見ていられた。


「──よしっ!!出来たぞっ!」

「やったー!私が開けたい!」

「もちろんいいぞ、だけど届くのか?」

「そりゃ届くよ!もしダメなら、箒を使うまでだしね」


 ステップとタイヤに足をかけてよじ登り、扉の取っ手に手をかける。

 あとはこの中を調べるだけだ。もしかしたらギリギリで間に合うかもしれない。さっき村に来た連中と出会わずに済むなら、それに越したことはないのだ。


「それじゃ、オープン!」

─ガチャッ


 手作りの鍵は本物なのではないかというくらいスムーズに回り、扉のロックを解除した。

 本当に凄い。私の父に出来ないことなんてあるのだろうか。いや、無い!


 搭乗部分、もとい運転席には大量の埃が積もっていた。だが、そんな状態でもこの遺物は知的好奇心をくすぐってくる。


「なにこれ!足元や天井にもスイッチやボタンがいっぱいあるよ!!」

「何ぃ!?そうか、外から死角になるところに……くそぅ、してやられたな!」

「これはまだまだ時間がかかりそうですね〜」

「全くだ!オマケを貰えて本当にラッキーだったな」


 謎が増えたのに喜ぶ父の姿を見て、ラウラはあのことを報告すべきか少しだけ戸惑った。

 じっくりと研究している余裕はない。そう告げることで、今の父から笑顔を奪ってしまうのは……。


「どうした?何か気になることでもあるのか?」

「えっ!?い、いや、その……ほ、本当に動くのかなーって思って、アハハ……」


 もう……。分かっていても、やはり驚いてしまう。

 相変わらずの鋭い観察眼を発揮した父に対し、私はとっさに誤魔化してしまった。

 かといって、今の気持ちも嘘ではない。動いてくれなきゃ困るのだ。

 ただ、伝えるのと確かめるの順番が逆になっただけで。


 そんな小さな選択が、私の運命を大きく変える。


「さぁな、それはやって見なきゃ分かんねぇさ。気になるのなら、今すぐ起動用の鍵を回してみればいいじゃねぇか」

「えっ!?あっ……そ、そうだね、そうする!」

「ちょっ、おい!そこは埃が……!」

「へっ?……うわあああっ!?」


 動揺していたラウラは埃まみれの椅子に座ってしまい、さらに激しく動揺する。埃から逃れようと後ろ向きに飛びのけ、椅子からハンドルへと座り直した。無論、そこも埃まみれだ。


「わひょー!!」


 もう手遅れだが、身体を反らすことでできる限り埃から逃れようとするラウラ。

 伸びた彼女の右足がペダルを踏みつけたまま、体重を預けていた左手が刺さっりっぱなしの鍵にズレて着地した。

 当然、鍵はしっかりと回しこまれ。


──キャルルル……

 ブゥウウウン!!


 長い時を経て、彼の心臓エンジンは遂に動き始めた。


 その日、目覚めた一台のトラックはやがて世界を変えることになる。


 この物語は彼の生涯を描いた物語である。

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