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プロローグ

 『転生』


 その意味は死んだ生物が新しく生まれ変わること。


 生前の記憶を失わずに別の生物になるなんてなんとも非科学的な話だと思う。


 だが、有り得ないとも証明されていない。

 こういうのをたしか『悪魔の証明』と呼ぶんだったかな。この前、漫画で読んだ気がする。


 ……まさかねぇ。

 誰にも確かめようが無いからって、本当に転生したなんてことが有り得るのか?


 うーん、分からん。というか、知らん。


 大まかな説明は省くが、今の俺が『転生』という言葉から真っ先に連想したのは最近高校の友人から教わった『トラック転生』という言葉だった。

 それに続くようにして、俺の頭には『異世界』『チート』『ハーレム』といった、仏教のぶの字もない何とも軽そうな用語が湧き出てくる。

 それこそ、本家本元の『輪廻転生』という言葉は今しがた思い出したところだ。


 事故で若くして死んでしまった中学生や高校生を色々なパターンこそあるが、どれもとんでもなくて面白いユニークな能力を与えて別の世界で新たな人生を謳歌させてあげるような話だった。

 連想の結果が偏ったのは、そんなファンタジーな話が俺の記憶に新しいせいに違いない。


 たしか『輪廻』の意味は「循環」に近い意味だったな。


 あ、もしかして異世界への転生はそれを無視した『輪廻転生』だから、単に『転生』と呼んで区別してるのかもしれないな。

 ……まぁ、だからなんだよって話だけど。


 俺は主人公が異世界に転生する漫画やアニメなんて三作品しか知らない。情報源としては心もとなさすぎる。


 それもそのはず。

 このジャンルはライトノベルと呼ばれる小説に多い。漫画をメインにアニメを嗜む程度の俺では、まだまだ手を出し切れていない範囲なのだ。


 一応、この手の転生に詳しい人物になら心当たりはあるが。

 はてさて、どうしたもんかな……。


 高校で俺にラノベを勧めてきた同じクラスの田淵。アイツなら転生について魅力からパターンまで熟知してそうだ。訊けば色々と語ってくれるだろう。


 ……そういえば、以前アイツから勧められた小説の中にも主人公が人間以外に転生するものがあったな。

 あの時は意味が理解できず、ディープな気配を察知して遠慮してしまったが……もし、あの時に戻れるのなら今すぐ戻りたい。


 ……田淵。

 お前に、その作品について聞きたいことがあるんだ。


『人間以外の存在になったそいつらはどうやってここから先に進んだんだ!?』


 ……当然、返事は無い。

 だが、俺が落胆することも無かった。


 大型トラックと衝突したはずの俺は、気が付くと何も見えない真っ暗な世界にいた。


 単純に目が見えてないだけだと分かるまでそんなに時間はかからなかったが、状況を理解して落ち着くまでにその数十倍の時間がかかっただろう。


 なにしろ、目が見えない……のではなく。瞳という部位そのものが俺から綺麗サッパリ無くなっていたのだからな。

 まぶたがないというのは凄まじい違和感だ。


 どうやらここは『俺』の意識だけがハッキリ存在するというなんとも孤独な世界らしい。

 正確な自分の姿を認識できないまま時間だけが音も無く過ぎていく、とても寂しい虚な世界だ。


 どうしようもない孤独を紛らわせるため、俺は色々と考えた。その際、特に疲れは感じなかったがそれはそれでヤバイと思う。


 複雑で論理的な思考が出来た時点でこれは夢じゃないと確信できたが、結局そこまで。そこから先には進まなかった。

 考えられる可能性を一つずつ消していくことでしか、俺は俺の現状を知ることは出来ないのだ。


 そんな状況だからこそ。

 俺はあらゆる可能性について考えた。

 ついに『転生』なんて事象についても考えていたところだったのだが。


 ……これ、意外と当てはまるんだよなぁ。


 もし本当に『転生』したとすれば今の俺は間違いなく人間を辞めていると確信できるだけの判断材料が既に揃っている。


 目は見えない。耳も聞こえない。手足も口も動かせてるのか分からない。

 これで人間を名乗るのは流石に無理があるだろう。


 人間以外に転生した主人公たちも今の俺と同じような状況だったのではないか。


 ふとそう思った俺は彼らが物語の冒頭でどんなことをしてたのかが猛烈に気になったのだ。


 頼む、届いてくれ!

 応答しろ、田淵ッ!!


 耳も聞こえないので確かめようがないが、おそらく声も出ていないだろう。


 だが、それでも。


 誰でもいいから答えてくれ!!


 …………………………………………………………。


 クソッ、やっぱり無駄か。

 マジでなんなんだ、この状況……。


 藁に縋るような思いで祈っても、友人や神様からの返事はなかった。女神や神様が不在となると俺の知る数少ない転生ストーリーとは一線を引かれてしまうのだが、それはとても困る。

 俺は気が狂う前に自力でこの閉鎖空間から脱出しなければならないということになってしまうからだ。


 ……いや、落ちつけ。発狂するにはまだ早い。

 もう一度、記憶と状況を整理するんだ。


 まず、俺が何者か。

 そして、どうしてこうなったのかをもう一度おさらいだ。


 坂上圭さかがみけい15歳。

 誕生日は2月23日。うお座。AB型。

 出岡いずおか高校1年2組出席番号14番。硬式テニス部所属。

 趣味は広く浅く、ソシャゲと流行りの漫画とアニメと音楽鑑賞とその他もろもろ。

 成績は上の中で特に苦手な科目もない。

 昨日の夕飯は今朝と同じくカレーだった。


 ……うん、やはり記憶は彼女がいたかどうか以外はハッキリとしてるな。

 彼女に関してはいた記憶が無いけど、いたような気がするからとりあえず保留だな、うん。


 なんだかプロフィールみたいに整理されてるけど、別に何の問題もないか。

 よし、次だ。


 直前までどこで何をしていたか。

 ここにはまだ見落としがあるかもしれないからな。正確かつ慎重に思い出そう。


 ……俺の記憶が正しければ、いつものように部活を終えて自転車で帰る途中、三馬さんば輸送の大型トラックと事故ったハズだ。


 あれは絶対に死んだと思った。だけど、不思議や不思議。未だに意識はハッキリしている。


 こんな状態じゃ無事に生きているとは言い難いが、それでもまだ『坂上圭オレ』は死んでいない。そこは間違いないだろう。


 植物状態なら呼吸する感覚や心臓の鼓動を感じ取れないのはおかしな話だし、そもそも俺は臓器提供カードに全部チェックを入れてある。

 俺の両親なら、きっと俺の意思わがままを尊重してくれるだろうから、俺にとって植物状態=死だ。


 ……となると、やっぱり俺は間違いなくトラックに轢かれて死んでいることになる。


 とすれば、あとは転生の可能性だけか。

 事故に遭ったというのがそもそも勘違いという可能性はないもんな。


 間違いなく俺は事故に遭っている。それだけは絶対に譲れない。


 自分で言うのもなんだが、小さい頃から運動神経には自信があった。

 だから、突然トラックが突っ込んできても漫画やアニメみたいに避けることも、逆に飛び出した子供を庇って助けることも俺ならできるんじゃないかと、心のどこかでこっそりと思っていた節があった。

 だが、現実は違った。


 ……そう痛感した覚えがある。

 今にして思えば、それが俺の唯一の走馬灯だった。


 事故は偶然と不注意によって起こるものだ。もし本当に遭遇したら、いくら運動神経が良かろうと運が悪ければ避けようがない。


 ……少しだけ信号を無視して渡り始めた俺も悪いんだ。だけど、まさか赤になっても無理やり駆け抜けようとする大型トラックがいるとは思いもしなかった。


 俺の犯した不注意に3つの偶然が重なった結果、事故は起きたのだ。


 一つ。運動神経は良くても俺の視力は致命的に悪い。

 レンズの範囲外から大型トラックは接近していたせいで、気が付くまで少し時間がかかった。


 二つ。トラックから発せられていたはずのエンジン音は、運悪く騒々しいバイクが止まってたせいで全然聞こえなかった。

 大型のトラックが目に留まらなかったのも、そのマナーの悪いバイク野郎に気を取られていたせいだ。


 三つ。ブレーキの不調だ。壊れちゃいないが老朽化で急ブレーキがまるで効かないし、止まる時に必ずキィーっと大きな音して目立つ。

 だから無意識に赤信号で少しだけ止まるのを嫌がって、ちょっとだけならいいかと信号無視をしてしまったのだ。


 このうちの一つでも違えば、俺は事故に遭わなかっただろう。

 ……敢えて言うなら、あのクソバイクがいたせいで俺は事故ったのだ。他人に迷惑をかけることしか出来ないクソ野郎め。一人で事故って死ねばいいのにな。


 ……おっと、話が怨みに逸れてしまった。

 もしかすると悪霊になってしまうから、それだけはやめようって最初に決めたばっかだったのにな。

 いや、でも仕方ないって。

 死んでるんだから。そりゃ恨みたくもなるわ。


 ……んで、「痛い」とか「ヤバい」とか「これが走馬灯か……」なんて悠長なことを考える暇もなく、気づけばこの状態だったわけだが……。


 んー……なんのヒントも見落としも無いな。

 せめて、伏線っぽい走馬灯とか見えていればいいのにさ。


 そういえば、走馬灯に対して感想を抱けないっていうのは意外だったな。

 アニメだと何かしら回想してコメントしてたけど、そんな余裕ないわ。


 そりゃそうだ。

 現実とアニメは違うんだからな。


 ……よし、とりあえず整理完了かな。転生に関しても幽霊や神隠しと同じく結果待ちという感じか。

 残念ながら、特に進展はなかったな。


 さーて、どうしたもんかな……って、頭を抱えることも出来ないのはすっげー違和感ある。

 本当、どういう状態なんだか……。


 俺の知る限りの知識を総動員して色々な説を考えた結果、とりあえずここは死んだ後の世界という結論に落ち着いた。

 ここが俺にとっての異世界。女の子の代わりに暗闇に囲まれるハーレムだ。これっぽっちも需要無いわ、ふざけんな。


 「観念した」とか「開き直った」に近い感じだが、まだ俺の精神状態は安定している。

 だけど、絶望はすぐ目の前にいる。この暗闇がパソコン画面になってネットにも繋がるというのなら一転して天国に早変わりだけど、どう考えてもそれはあり得ない。


 ここは天国でも地獄でもなんでもない場所だ。

 何もない暗黒世界。そんな所に意識だけが残るなんて結局地獄と変わらないだろう。


 ……いいや、考えるのやーめた。


 火山の噴火で宇宙の彼方に飛んでいった究極生命体の最期のシーンが思い浮かぶ。このままでは間違いなく自分も同じ運命を辿るだろう。

 そんな考えに続けて「考えるな、感じろ」というセリフも思い浮かんだ。

 ネット上で時々見かけるそのセリフが俺に考えることを止めさせてくれなかった。


 元ネタは知らない。

 何しろ、俺は「考えて動け」派だ。

 脳筋とも野生的とも言えるような思考を停止して直感に任せる行動など、ほとんどしてこなかった。

 「感覚センスでテニスをやる人間は成長しない」っていうのは、今日の部活の締めに顧問が言っていた言葉だ。

 俺もそうだが、頭を使わなきゃ個人スポーツは絶対に勝てないと考えている顧問は超現実的なテニス漫画全巻を部室に提供するところで俺の評価を爆上げしてる。

 あの漫画は面白い上に、常に思考して勝利を掴んでいるから読んでいて身になることがとても多い。俺の漫画が好きな理由の一つに「意外と勉強になる」があるけど、そのいい例だ。


 ……あれ、まてよ?

 もしかして「考えるな、感じろ」も漫画のセリフか……?


 そんなことを思った俺は、セリフに従って全身の感覚に意識を集中させてみることにした。

 あくまでこれは手のひら返しではなく発想の転換なので派閥問題はクリアしている。


 一応、さっきからうっすら何かを感じてはいるのだが……。

 しかし、やっぱりよく分からない。

 残念ながら、俺の鈍い感覚センスじゃ何が何だかさっぱりだった。


 思えば、この感覚センスという言葉には散々苦しめられたものだ。

 そのテニス漫画にも、テニスに限らずスポーツが本当に上手い一流の選手は感覚センスも優れているものだと描写されていた。

 感覚センスと思考が噛み合ってるからこそプロは圧倒的な強さを発揮する、と。


 そのことは高校で部活を再開したとき、ようやく実感と共に理解できた。

 小学生から続けている奴らとの間には、頭を使ったくらいでは決して埋めらない溝がある。

 そのことに気づいてしまった俺は、人一倍考えることを重視して今日までテニスを続けてきた。


 単純な話だ。

 俺に感覚センスが無かったのだ。

 人に比べて……というよりは自分が思ったよりも……ではあるが、それは俺を落ち込ませるには十分だった。


 まぁ……だからって、こうして人間としての感覚まで無くしてしまうだなんて、思ってもみなかったけどな。


 ため息をつきたいが、あいにくさっきからずっと息はしていない。

 目は見えないし、音も聞こえない。

 声も出せないし、臭いも感じない。

 手は動かそうにも動かない……というか、体全体が完全に固まっていて、いくら力を入れても動かせた気配がない。

 唯一、重力だけは感じるが上下感覚と連動していない。

 不思議なことに、立っているようにも寝ているようにも感じるのだ。こんな感覚は初めてで、どうにも理解できない。


 五感は失われ、おそらく肉体も消失した。

 だが、確かに俺はここにいる。

 この状態が、例えば魂だけの状態なのか、あるいは現世に生きる人は知る由もない名称不明の状態なのかは分からない。

 全てが闇に包まれた存在。それこそが今の俺の状態だった。

 この状態になっても自分が生きた人間だって信じられる奴は能天気な馬鹿か、そもそも人間の定義が違う宇宙人だけだろう。


 こんな状態だからこそ、さっきの疑問に答えが欲しかったわけだ。

 人間とは違う姿に生まれ変わった主人公たちがどうやって他の登場人物たちを発見し、会話して、交流を深めていったのかを知りたかった。

 そこから派生させた手段を思いつくままに試せば、一つくらいは成功して何か変化が起こるんじゃないだろうか、と。

 ……もちろん誰も答えてくれなかったがな。


 あぁ……こんなことなら、さっさと田淵から借りて暇な数学や化学の授業中にでも読んでおくべきだった。


 あいつのロッカーは数十冊ものラノベが保管された小さな図書館だ。超高確率でこの状況を打開するヒントとなり得る人外転生小説が置いてあっただろうに。


 ……まぁ、こんな状況になるのを想定して小説を読んでる奴が世の中にどれだけいるか、って話だな。

 こればっかりは後悔したって仕方がないか。


 さて、と。

 この状態になってからどのくらいの時間が経っただろう。

 この状態はいったいいつまで続くのだろう。

 いつ答えは出るのだろう。


 分からない。

 何も分からない。


 なら、ひとまず寝ようか。

 俺はこの状態でも寝られるのだろうか。


 いや、それさえも分からない。


 そうだ。

 考えたって何も分かりはしないのだ。


 それがこの暗黒に覆われた世界のルールなのだから。



 ……だが、幸運にも。


 俺の意識はそこで途切れたのだった。

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