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06・ハウエルとシェリエ



 楽団が奏でる曲に合わせ、色とりどりのドレスの裾が、ふわり、ふわりと弧を描く。それぞれのカップルが軽やかにステップを踏み、くるり、くるり、と右に左にと回りながら、すれ違ってゆく。

 まるで万華鏡を覗きこんだかのような、色鮮やかな変化を見せる会場の中心で、ハウエルは慣れないスッテプをひたすら繰り返していた。

 シェリエを腕に抱き、相手の足を踏まないよう、周囲の者とぶつからないよう、気を張っている。

 顔は一応、前を向いているものの、神経のほとんどは周囲に向けていた。

 数小節すぎたころ、ようやく勘を取り戻したのだろう。彼はなんとかシェリエに声をかけることができた。


「申し訳ない。久しぶりのダンスなので、踊りにくいでしょう?」


 夢心地だったシェリエは、ずっと無言だったハウエルから苦笑混じりに謝罪され、ハッとして目を瞬いた。


「いいえ!! ……あの、私も、それほどダンスは得意ではなくて。でも、ほら……」


 シェリエは力いっぱい否定するものの、言葉を探し、言いよどむ。が、ぱっと顔を輝かせて、先を続けた。


「昔のお友達に会えたのが嬉しくて。しかも、一緒にダンスができて……。なんだか、とっても楽しいんです!」


 予想外の言葉と、大輪を思わせる満面の笑みにハウエルは驚き、彼女の顔を見つめた。

 紅潮した頬に、楽しげにきらめく瞳。ハウエルと目が合うと、その顔はゆるゆると笑み崩れる。

 どうやら本心のようだが、好意を直球で語られて戸惑ってしまう。

 クロヌテールの貴族は、基本、ほのめかすよう、思わせぶりに、それとなく、というのが上品とされている。反面、女性への美辞麗句は大げさにするが、貴族のマナーが細かいのは、どこの国でも同じだろう。

 ハウエルは北部と南部の文化の違いとして流そうとしたが、ふと、記憶が蘇った。


 ――二人とも、大好き!

 ――二人がいるもん! あんなの、気にしないよ!


 幼い少女の、純粋で、真っ直ぐな笑顔。

 隣りにいた金髪の少女が、真っ赤になって黙り込んでしまうほど、直球な言葉の数々。

 思わず、口元が緩んだ。


「相変わらずだね」


 シェリエはなんの話かわからず、不思議そうにハウエルを見たが、彼の表情が和らいだのを見て、まぁいいかと、にっこりと微笑んだ。

 先程からシェリエの顔は緩みっぱなしで、楽しくてたまらないようだ。

 それも、仕方のないことなのかもしれない。

 子供の頃、南部貴族の子供達に受け入れてもらえず、泣いていた自分に手をさしのべてくれた少年。

 今もまた、南部貴族の中に馴染めずに一人でいた彼女に、彼は昔と同じように手を差しのべてくれた。

 年頃の少女なら、優しい異性に胸を高鳴らせてしまうものなのだろう。

 二人で、招待された経緯いきさつや、互いの近況を話し合えば、あっという間に時が過ぎる。曲が終わり、名残惜しそうな表情かおのシェリエは、ハウエルのエスコートで中央のスペースから連れ出された。

 その時、ハウエルの視線があるものに釘付けになった。


「すごいな」


 思わずというように、呟きがこぼれる。

 視線の先にあるのは一つの集団。誰か・・を中心に、若い男性が二重、三重に取り囲むようにして集まっている。

 誰かが何か言ったようで、どっと笑いが起こった。

 シェリエはハウエルの視線の先を追い、納得したように頷いた。


「アウルメール公爵のご令嬢ですね。レディ・ローズは今、社交界で注目されている方なんです」


 シェリエは、社交界に疎いハウエルのために説明を始めた。どうやら、社交界では有名な話のようだ。

 レディ・ローズが社交界デビューしたのは二年前。公爵家のご令嬢というだけでなく、人形のように整った容姿と気品あるたたずまいに、誰もが注目した。

 とくに若い男性たちは絶賛し、誰もが彼女に紹介してもらおうと群がった。

 なんと、一年目にして彼女は複数の求婚プロポーズを受けた、という噂だ。

 だが、そこまではよくあることだったと言えるだろう。身分があり、容姿が優れていれば人が群がるものだ。

 普通でないのは、その後の彼女の対応だ。

 なんと、彼女はすべての・・・・求婚を断った・・・・・・のだ。

 それには社交界が愕然とし、そして熱狂した。

 なぜなら、断られたなかには公爵家の嫡男が複数いた、という話だったからだ。

 次期公爵夫人の座を蹴るような者が――しかも、複数の中から選べたのだ――どこにいるというのか。


 ――レディ・ローズの心を射止めるには、爵位だけでは不足なのだ


 二年目は、彼女はさらに注目を集めた。

 公爵家にふさわしい身分ではない、と諦めていた者たちまでが期待を込めて彼女を見つめていた。

 一度、断られた者も、今度こそ承諾してもらおう、彼女を振り向かせよう、とかなり真剣に求愛するようになっていた。

 だが、二年目も、彼女に選ばれたものはいなかった。 

 そして、今年が三年目。

 流石に今年中には婚約発表があるだろうと、誰もが最後のチャンスと気合を入れていた。

 人は手に入れづらいものほど、より欲しいと思うものだ。

 有力貴族を中心に、紳士たちは皆、彼女を狙っていた。すでに、彼女を追うのが流行り、という雰囲気さえあった。

 どうやら、誰が選ばれるのか、という賭けさえ始まっているらしい。


「彼女に選ばれれば、才能、人柄も認められたことになる。自分こそが、彼女にふさわしいと、皆さん、躍起になっているようです」


 あんな人がいるんですねぇ、とシェリエは人に埋もれて見えないはずのローズへと視線をむけ、心底感心したように言う。

 ハウエルは、その反応に違和感を覚えて、彼女の横顔を見た。まるで、赤の他人を見るような視線に戸惑う。


「もしかして、覚えてないのか?」

「何をです?」


 主語もない唐突な言葉に、シェリエはきょとんとしている。

 子どもの頃、一年も一緒にいなかった友人なんて、そんなものなのかもしれない。

 ハウエルは何でもない、と言葉を濁した。


 あの頃、ローズは公爵家の者だと名乗っていなかった。シェリエたちの前では、大分くだけだ態度をとってもいた。

 現在、彼らの前にいるのは、夜の催しのために華やかに着飾り、化粧を施した優雅な令嬢だ。記憶の中の少女とは結び付かなかったのだろう。

 ハウエルと違い、シェリエは二年目に彼女と会うことはなかった。三年目からはクロヌテールへ来なくなり、ハウエルとの接点もなくなった。

 記憶も大分、曖昧になっているはずだ。

 ハウエルの方は違う。二年目の再会は苦い思い出として、深く記憶に刻まれていた。



 ――それでいいの?


 うつむく少女に、少年は問いかける。

 顔を上げた少女の青い瞳は、今にも零れ落ちそうな涙をたたえていた。


 ――だって……


 彼女はなんと続けたのだったか。

 あの時、いつもの彼だったなら、彼女がどうしたいか、言葉に出せるまで根気よく付き合っただろう。

 そして、彼女の本当の願いを聞いたなら、叶えるために手を尽くしただろう。

 でも、彼だって、まだ子どもだったのだ。


 ――もう、決めたのなら、それでいいんじゃない? 泣く必要もないでしょう?


 無表情な彼が冷たく告げると、青い瞳は大きく見開かれて。

 その整った顔が、くしゃり、と歪んだ。


 今思えば、ハウエルはあの時、腹を立てていたのだ。

 いつも本にかじりつき、話すことは魔法のことばかりだった、ぱっとしない少年。そんな彼の友人はごく僅かだった。

 あの頃、王都ではまだ友人はおらず、シェリエとローズが王都で初めてできた友人だった。

 彼の語る魔法の話を理解しようと、彼と同じ本を読もうと、一生懸命だった金髪の少女。

 そこまでして、彼と仲良くしようとする子なんて初めてで、すごく嬉しかったことを今も覚えている。

 だからこそ、腹立たしかったのだ。

 裏切られたような気がしたし、調子に乗っていた自分が間抜けに感じられて、自分自身にも怒りが湧いた。


 ――お母様が、ダメって……


 子どもなら、当然の言葉。それが、彼を苛立たせていた。

 彼が最後に見たのは、若い・・子守に手を引かれ、肩を落とし、覚束ない足どりで去ってゆく金色の髪の少女の後ろ姿。

 彼のもとには、怒りのままに行動した後の虚しさしか残らなくて……。


「……ハウエル?」


 赤い髪の少女が、不思議そうに顔を覗き込んでくる。

 眉間にシワが寄ってたよ? と、少し心配そうだ。ハウエルは、少しの間目をつむり、気持ちを切り替えた。


「少し、人酔いしたようです」

「え! じゃぁ、端で少し休憩しましょう。あそこなら飲み物もいっぱいあるし」


 嘘ではない、当たり障りのない言葉でごまかせば、シェリエは慌てて彼の腕を引っ張り始めた。彼は内心で苦笑しつつ、逆らわずについて行く。

 途中、背後へ目をやったが、人垣に遮られ、金の髪さえ見ることは叶わなかった。


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