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04・北部と南部




「ん? ……あの赤毛の令嬢なのだが、誰か知っているかい?」


 取り巻きの一人が、思わずといったように上げた声に、ローズはハッとした。周囲も“赤毛”の一言に敏感に反応し、周囲を見やる。

 ヘクセイル王国は島国だ。砂時計、と言うよりは、蝶のような形をしており、羽を南北に広げたような形をしている。

 王都は南部のクロヌテールにあり、高位の貴族は南部に多い。北部のファータテールは、併合と離脱を繰り返した歴史もあり、見下されがちだ。

 そして、赤毛にそばかすと言えば、ファータテールの出身者と決まっている。

 長い歴史の中で、南部貴族がファータテールの者と結婚した事もあるだろうが、血を大事にする貴族は“純血”という言葉が大好きだ。高位の貴族で、ファータテールの血を引く赤毛の者など、数えるほどしかいない。この狭い貴族社会で、名前もわからない赤毛の少女は、ひどく珍しい存在だった。


「公爵夫人のパーティーに参加できるのだ、それに見合う身分なのだろうが……」

「私も、思い出せませんね」

「私もです。ファータテールの高位の貴族で、あの年頃の娘を持つ者……。私が知っている者は、みな、赤毛ではなかったはずですが」


 ローズは話の流れに嫌なものを感じ、胸元で手を握りしめた。鼓動が早くなり、シルクの手袋に包まれた手が汗ばむ。

 皆が首を傾げる中、はっとしたような声が上がる。


「……もしかして、白狼びゃくろう伯爵の娘じゃないか?」


 ぎょっとした顔で、皆がその青年の顔を見つめた。


「嘘だろう?」

「なんだってファータテールの、しかも、伯爵家の者がこんな所にいるんだ」


 ありえない、との声が次々に上がる。

 それも仕方のないことだろう。

 リムネー公爵夫人の主催の舞踏会は、招待を断るなどしたら、正気を疑われるほど、社交界で重要な位置をしめている。大規模で、華やか、かつ洗練された、毎年、話題になる人気の催しだ。

 下位貴族、田舎貴族、貧乏貴族にとっては縁がなく、憧れるのがせいぜいのもの。招待状をもらえる者は限られ、男爵以下の家格であれば貰えないのが当然だ。

 それなのに、ファータテールの――伯爵自身ではなく――令嬢がいる? 南部では、北部の者というだけで、爵位の価値が一段下がると言っても過言でないのに?

 こんなことが分かったら、招待状をもらえず、友人や親戚の連れとして参加している南部貴族は怒り狂うに違いない。


「一体、どうやって潜り込んだんだ。ずうずうしい……」


 まさに連れとして参加していた青年が、ボソリと呟いた。

 それを皮切りに、非難の声が次々とあがる。そんな中、まさか、というように一人の青年が呟いた。


「……もしかして、彼女が公爵夫人の魔法使いなのか?」


 男爵令嬢を口々にけなしていた声が、ピタリととまる。

 みな、ありえないと否定したいのだろうが、それならば辻褄つじつまが合う、と納得してしまう気持ちもあるのだろう。ぐっと言葉を飲み込み、苦虫を噛み潰したような顔で黙り込んでしまった。


 ファータテールは、“精霊に愛された土地”という意味だ。

 その土地では、大精霊たちは気に入った氏族と血の契約を結んでおり、氏族の中で精霊が認めたものが氏族長となり、その力を振るう。

 氏族長による精霊魔法の威力は、底知れない。もしも、ファータテールの氏族たちが結束をしたら、ヘクセイルの歴史は全く違ったものになっていただろう。


 幸か不幸か、ファータテールの氏族たちは仲が悪いので有名だ。北国の寒い土地では、氏族は一丸となって厳しい自然を耐え抜く。

 だが、一方で氏族同士では土地をいつも奪い合い、領地が接しているほど仲が悪い。クロヌテールに腹を立て、一時的に結束しても、気がつけば仲間割れをしてしまう。

 対して、クロヌテールは飛び抜けた才はなくとも、魔法陣による魔法で皆が一定の力を持ち、王の力が強い。強固な結束で巧みな策をろうし、戦いにいつも勝ってきた。

 そんな歴史があるため、ファータテールでは、精霊魔法こそ至高、魔法陣による術式魔法は、小賢しい卑怯者の魔法、と馬鹿にする風潮ふうちょうがある。

 その割に、若いものは年長者に反対されても、わざわざクロヌテールへ術式魔法を学びに来るのだが。

 もし、あの赤毛の少女が“公爵夫人の魔法使い”なのだとしたら、術式魔法で成果を出したことは賛辞の対象になるどころか、ファータテールの年長者を中心に批難されるだろう。

 これほど、正体を隠す理由としてもっともらしい話があるだろうか。


「なるほど。大精霊と契約を結べなかった小物か」

「術式魔法で頂点に立とうなど、身の程知らずめ」


 素晴らしい魔法使いがファータテール出身者かもしれないという推測に、“公爵夫人の魔法使い”の業績にケチをつけようと、青年たちが頭を捻り始める。


 ――馬鹿馬鹿しい、くだらない……!


 彼らが赤毛の少女に興味を向けたときから、ローズは、不安と苛立ち、焦燥を感じていたが、嫉妬と傲慢さから悪意ある言葉を撒き散らし続ける、その姿に怒りが募る。


 ――彼女のことを何も知らないくせに! 北部出身というだけで、何が分かるというの?


 そう、叫びたい衝動にかられるが、この場所が、公爵令嬢という立場が、それを許さない。

 込み上げる苦々しい思いに、眉をひそめたのも一瞬、次の瞬間には全て飲みこんで、ローズは笑ってみせた。

 扇子で口元を隠し、クスクスと可笑しそうに笑う声に、やや殺気立っていた男性陣は、毒気を抜かれてぽかんとする。


「嫌だわ、もう。そんな話を真剣にしてしまうなんて」


 その整った美貌を十分に意識して、ローズは淑女然とした優しく気品のある笑みを浮かべた。男性陣の半分ほどは、見とれてぼうっとする。そんな彼らを前に、言葉を続ける。


「彼女なら、わたくし、見かけたことがありますわ。公爵夫人の妹さんと仲良くしていらしたようだから、その関係でしょう」


 リムネー公爵夫人の実家はクロヌテールとファータテールの境に領地を持つ、伯爵家だ。身分的にも、土地柄的にも納得の行く説明に、緊張した空気がゆるむ。


 ――術式魔法で本家の南部が、北部の魔法使いに負けるなど、冗談じゃない。


 そんな想いがあったようだが、懸念が払拭され、彼らのプライドも落ち着いたようだ。

 だが、それでも勘違いで騒いだことでばつが悪いのか、気恥ずかしさから腹を立てたのか、人騒がせだ云々と文句が出る。だが、最初の勢いはすでにない。

 ローズは、これでこの話は終わりだろうと、胸をなでおろした。

 だが、周囲に漂う微妙な雰囲気を、笑いで払拭しようと考えた者がいたようだ。彼はファータテールの者を取り上げては、こき下ろし、おどけた物言いで笑いを誘う、ということをし始めた。

 ローズは愕然とし、憤りに言葉をつまらせた。

 青年は自分が話すたび、周囲が沸くのを見て、どんどん調子にのってゆく。

 反対に、ローズの心は次第に憤りと軽蔑に冷えてゆく。そして、もう我慢も限界だったのか、思い切った手に出た。


「――ということが、あったんだ。本当に、ファータテールの」

「私、喉が乾いてしまったわ。貴方あなた、飲み物を取ってきてくださらない?」


 穏やかなその言葉に、冷水を浴びせたように場が静まった。

 ローズは悪意を見せず、ニッコリと微笑んでいるが、笑いを取っていた青年は青ざめている。話を遮るなんて無作法は、眉をひそめられるものだ。だが、彼らは結局はローズの取り巻きで、このグループの中心は彼女なのだ。


「……いや、しかし」

「あら、お願いを聞いてくださらないの?」


 青ざめる青年に対し、ローズはすこし拗ねたように問いかける。

 こういった場で、飲み物を取りに行って欲しい、というのは、会場内で相手を何処かへ追い払いたい時に使う、常套句でもある。一度、輪の外へ出てしまえば、輪の内側へ戻ってくるのは難しいだろう。グループの中心にいたはずが、突然、追いやられることになり、青年は思考が追いつかないようだ。しばらくは狼狽えていたが、観念したのか、肩を落として輪の外へと去ってゆく。

 ローズはその姿に罪悪感から息苦しさを感じたが、場を取り仕切るためにも、落ち込んでいる暇はない。この大人数の青年たちの手綱を握るのは、慎重さが必要で、この場でのルールを示すには、こうするしかないのだ。

 場の空気を変えるように、ローズは明るいほほ笑みという鎧を着込む。


「私、楽しいことや、美しいものの話が聞きたいわ。最近、何かありまして?」


 次第に、オペラや観光の話題で盛り上がってゆき、周囲はすぐに赤毛の令嬢のことは忘れたようだった。

 だが、ローズは視界の外、壁の花の赤毛の令嬢をいつまでも意識し続けていた。



挿絵(By みてみん)


たぶん、こんな感じ……じゃないかと思います。

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