AWS小説“消えかけの黒霧領域”6
黒霧から一人の男が飛び出す。その手には黒扇子。
辺りを確認し、自分が《向こう側》へと飲まれた元の場所だというのを確認すると、すぐさま本部へ向かって走り出す。
幸い付近にリーパーの姿は見えなかったが、霧は濃くなっており視界は悪く、周囲への警戒は怠らなかった。
程よい緊張感が身体をめぐり、この闇の中で弱くなっていく心を奮い立たせる。そしてその緊張感はもっと、ピンと糸を張ったものに変わった。
前方に二体のリーパー。恐らく先の戦闘で相対した相手だと悟り、遠くから様子を見る。まだこちらには気づいていない。
ゲルトには確かめたいことがあった。《向こう側》に居たときから引っかかっていたこと。
本来、黒扇子は黒霧に対して唯一有効な武器であり、その特性のひとつに黒霧に飲まれないというのがあった。その特性があるからこそリーパーに打撃を加えることができる反面、《向こう側》に持っていく事ができない。しかし、こちらに戻るには黒扇子が必要であったことは身をもって確認した。
では、どうやって黒扇子を《向こう側》へと持っていくか、そしてなぜ自分には曖昧ながらもその記憶は存在していたのか
ゲルトにはどこか心当たりがあった。あのような体験をするのは二度目だということ。
「その方法は……」
知っている。
黒扇子を構えてリーパーに歩み寄っていく。そして、強く念じる。あの名を。あの姿を。あの声を、もう一度。
「リリア……」
かつての仲間であり、大切な人。
今はどこかに、《向こう側》へと行ってしまった人。
もう一度、声をかけてやりたい。風を届けてやりたい。
目を開けるとそこは暗く何も見えない、《向こう側》であった。
「リリア……! どこかに、このどこかにまだ居るのか?」
ゲルトの手には黒扇子。
会いにいく、風を送りたい、気持ちを伝えたい、その念がこの世界で、不可能を形にする。